第12話 冒険者ライリ
朝一番で王都カラミティにある冒険者ギルド本部を訪れる事にした俺達。
何故かライリまでいるんだがよ……
「私が見ていないと遠くの町の依頼などを受けて来てしまい、また何時知らない内に子供とか出来たりするといけないので、依頼は近場にして貰います。 それと遠方の依頼の場合には私も同行しますので、そのつもりでいて下さいませ」
どうやら心配で俺達に付いて来るらしい。
でも昼からはマリンや母親のセリカがやって来るから、それまでには戻らなければならないそうだ。
それと暫くの間はディナーの仕込み時にライリが料理人達の教育をする事にもなっている。
それにしても盛りのついた野良犬や野良猫みたいに子供が産まれたりする事もねぇだろうとは思ったが、ライリの話にもあったしな……
「アンナ…… 俺を襲ったりはしねぇだろうな?」
念のために聞いておく。
見た感じ女豹と言うより気まぐれな猫みたいに思ってはいるが……
「失礼ね、そんな事ある訳無いでしょう! 何なのよ、一体……」
心外だとばかりに顔を赤くして怒りに震えるアンナ。
「だってよ、お前は女豹のような女らしいからよ。 話によれば自分から襲って孕んだらしいからなら。 しかも確信犯だろ?」
昨日出会ったばかりで、まだ良く分からないがライリが言うにはそうらしいからな。
まだ16歳で父親にはなりたくねぇよ。
「襲ったりなんかしないわよ…… この馬鹿!」
言うや否やアンナの鉄拳が俺の顔面をとらえる。
いきなり鼻頭に強烈な一撃を食らってツーンとする感覚に襲われて鼻を抑えながら座り込む俺。
そこは人にとって急所の一つだろうが!
「うぉおおおっ…… 痛い……」
鼻を抑えながら見上げれば腕を組んで勝ち誇った顔をして俺を見下ろすアンナがいた。
その横ではライリが深い溜め息を吐いている。
「いい気味よ! 暫くそうしてなさい」
冒険者ギルド本部には王都に辿り着いて俺が最初に訪れた場所でもある。
だが武器と言ってもナイフ一本じゃ依頼も受けられねぇと思い、武具屋アルマを見に行ったらライリに出会った訳だ。
「ねぇ、近場で手頃な依頼は見つかった?」
依頼書が貼り出されている掲示板を眺める俺達だったが流石は王都だけあって依頼書の数が半端ねぇ。
ドブさらいから訪ね人の捜索まで色々ありやがる。
まぁ、そう言うのは報酬も見合った安いもんだから今の俺達に興味は無い。
「いいや、あまりいいのはねぇな。 出来れば大剣を思いっきり振り回せるスカッとする依頼がいいんだがよ」
この大剣ならドラゴンすら倒せそうだしな。
一緒になって掲示板を眺めていたライリが何かを思い出したらしく、"あっ!"と言う声をあげる。
「どうしたライリ? 何かあったのかよ」
こいつは未来を知ってやがるからな。
何か思い出したんだろうぜ。
「確か大剣を手に入れたご主人様が試し斬りとばかりにオーガに挑み、真っ二つに斬り捨てたと聞いた事があります。 それで"大剣使い"と言う二つ名を手に入れる事になります」
おおっ、それは嬉しいぜ。
二つ名なんて名の売れた証拠だからな。
俺の名が売れれば店の宣伝にもなるからラックの奴も喜ぶだろうよ。
「そりゃやるしかねぇだろ! だがよ…… 見た所、オーガの討伐依頼って書かれた依頼書はねぇんだよな」
これから貼り出されるんだろうか?
「王都で騒ぎを起こしたご主人様はパープルトン侯爵領へと行く筈でした。 そうなると…… この依頼書は怪しくありませんか?」
ライリが指差して示すのは王都の南の街道で旅商人の行方不明者が出ている事の調査依頼で、依頼主は王都にある商工会議所だ。
急ぎの依頼で報酬も中々いいな。
「オーガか…… こりゃあ、腕がなるぜ! アンナも構わないよな?」
一応、コイツも一緒に行く事になるからな。
まさか俺が女と組んで戦う事になるとは思わなかったぜ。
「ええ、構わないわ。 なんか既に勝利が確定しているみたいだし、いいんじゃないかしら?」
確かにそうなんだが…… まぁ、それなら決まりだ!
「一丁、やってみるか!」
俺達がギルドの受け付けで依頼を受ける手続きをしているとライリが隣の受け付けに並んでやがる。
アイツは一体、何してんだ?
「アンナ、後は任せた! ライリ、お前は何をするつもりだよ?」
ライリの元へと行くと冒険者への登録用紙に記入してやがる。
「お前! ……じゃなくてライリ! 冒険者になるのかよ、既に侍組合に加入してるんだよな? そんな事よりも何を考えてやがる。 危険なんだぞ!」
一応、重複して組合に加入する事は禁止されているからな。
それにメイドのライリが冒険者になるとか危険過ぎるだろうが!
「侍女組合に登録しているのは未来の私ですから今はフリーですよ。 それに私だって戦えるんです。 ご主人様、ナイフをお持ちですよね。 少し貸して下さいませ」
俺が履いている革製ブーツの右足には護身用のナイフを収めるホルダーが備わっている。
ライリはそのナイフに視線を送っていた。
「まぁ、構わねぇが…… 怪我するなよ」
俺から手渡されたナイフの重さを確かめるように手の平の上に乗せていたライリだったが、ナイフを掴むと素早く壁に向けて投げつけやがった。
ドン!っと言う音に降り向くと犯罪者の手配書が貼られている場所にナイフが刺さっていたんだが、見事眉間の真ん中に突き刺さってやがる。
おいおい、コイツ本当に戦えるのかよ…… とんでもねぇ奴だな。
「如何でしょう? 坊ちゃんを守るために10年間磨いた腕前ですが…… まず狙った場所を外す事はありません。 昔とは違い、今の私にはご主人様の背中だって守れるのですよ」
少し恥ずかしそうに俺を見上げるライリ。
昔は依頼に出て行く俺をただ心配して待つだけだったんだろうな。
昨夜見た記憶の中では幼いライリが俺を本当に心配していたからな。
嬉しそうにしているのは、これで常に離れなくて良くなったからだろうよ。
そう言う事か…… 俺だって剣術の稽古を始めてから4年だからな。
ライリの方が長く修行している事になる。
「凄えな、だったらライリ用の投擲用のナイフも買わなきゃならねぇぜ。 あの依頼の報酬で買ってやるよ。 それでいいか?」
認めてやるしかねぇだろう。
コイツの努力は半端じゃ無かったみてぇだし。
「はい! これで私が相棒ですね。 実は昔…… アンナさんが"私が相棒なんだから"って良く口にするのを聞いて悔しい思いをしていたのです」
心の底から嬉しそうに微笑むライリ。
危険な目に遭う事もあるかも知れねぇのに……
だがな…… お前のその笑顔は俺が絶対に守ってやるよ。
それが今の俺に出来る精一杯だからな。