第9話 ブラッディ・スマイル
騒動を聞いて駆け付けた衛兵に取り囲まれた俺だったがライリが事情を話した所、すぐに解放されたのはパープルトン侯爵家の令嬢を襲った暴漢から守ってやったからだ。
この国じゃ貴族を殺害したら理由は問わずに極刑だからな。
アイツらの命はどっちにしろ無かったと言う訳だ。
御者兼護衛が逃げちまったパープルトン侯爵家の馬車を通りに置きっ放しにするのもマズイだろうと言う事で俺が手綱を握る事になったんだが、背後が気になって仕方がねぇ。
血塗れのヴィッチと不機嫌なアンナ。
それを怖がって泣くマリンに侯爵家の馬車に乗って恐縮したままのマリンの母親。
ライリとクレアは…… 特に変わらねぇな。
「私が5人の殿方と結婚して次々と殺害する事で女郎蜘蛛などと呼ばれるですって! そう言えば結婚の話は何件か来ています。 確かに政略結婚としか思えませんが…… まさか全員を殺すなんて……」
ライリに将来の話を聞いてヴィッチが唸ってるが、信じられねぇのも無理はねぇよ。
「ご主人様を亡き者にしようと乗り合い馬車を盗賊に襲わせた事が国王陛下に露見して、本来なら死罪になる所をご主人様に救われた縁で婚約者になりました」
おいおい、未来の俺はヴィッチと何があって殺されそうになってるんだ?
そんな目に遭いながら助命するとか意味が分からん。
「その貴女のご主人様は国王陛下と何か縁でもあるのかしら?」
ヴィッチも信じるには決定打に欠ける話に疑問が残っているみたいだ。
「そこにいるマリンさんと婚約するからです。 マリンさんは国王陛下のお孫さんですからね。 そうですよね? セリカさん」
口にもしていない自分の名前やマリンの出自を次々と当てられてマリンの母親も戸惑ってるみてぇだ。
「この事はランス国王陛下とヨハン様しか知らない秘め事の筈です…… 貴方達は一体どうして知ったのですか?」
セリカが重い口を開いた事でヴィッチの顔色も変わった事だろうよ。
あのまま馬車でマリンを撥ねて殺してりゃあ、内緒にしていたとしても何らかの罪を着せられて死罪は免れなかったろうな。
「それは私が23年後の未来から来たからです。 信じて貰えるだけの情報は提示している筈ですが、まだ足りないようでしたら皆さんが聞きたくないような恥ずかしい話だって致しますよ」
ライリがダメ押しをする。
「ちょっと待ってよ! 私はどうなのよ? 彼の子供を産むとか聞いたんだけど…… あの乱暴者に襲われでもするんじゃないの? 恐ろしいわ……」
おいおい、酷い言われようだな。
「いいえ、ご主人様を襲ったのはアンナさんの方からです。 私に嫉妬したアンナさんが自分のものにしようと遠くの町での依頼を受けて思いを遂げたと言うのが事の真相です。 今はどうか知りませんが、私が知る限り女豹のような方でした」
俺がアンナに押し倒されるのか! あの細腕にかよ…… 信じられねぇ。
「そ、そんなの嘘よ! 私が襲うなんて…… ううっ…… いやらしい」
「全て事実です。 お二人にとって、もっと恥ずかしい話も出来ますけど?」
ライリも容赦ねぇな…… 更に捩じ伏せやがったぞ。
「いいですわ……」
「もう結構よ!」
流石の二人も観念したらしい。
取り敢えず門限もあるらしいから王宮へと馬車を走らせたが漸く到着したぜ。
「おい、クレア! まずはお前からだ。 約束通りに送ったからな。 それとアニスに宜しく伝えてくれ。 後は…… あんまり迷惑かけるんじゃねぇぞ」
だいぶ参ってるようだったしな。
まぁ、優等生よりも問題児の方が色々と手をかけた分、何だかんだ言って可愛かったりするんだよ。
「もう…… 分かってますわ。 では皆さん御機嫌よう。 ご主人様、また後日にでも会いに行きますわ」
王宮の通用門から入って行ったクレアを見送ってから、次はマリン親子を家まで送る。
長屋住まいか…… 建物もだいぶ年季が入ってるな。
「セリカさん、今は何のお仕事を?」
馬車を降りたセリカにライリが問い掛ける。
「……下町の酒場の仕込みですが、仕事柄帰りが遅くなりマリンには寂しい思いをさせています」
マリンに申し訳なさそうに頭を撫ぜていた。
「もし良かったら、朱雀館の厨房で働きませんか? ランチタイムを始めるので昼間の料理人が足りなくなりますし、時間は朝から夕方までの仕事になると思います。 マリンさんも連れて来たらどうでしょう?」
突然の申し出にセリカも驚いたようだ。
だが待遇は今より確実に良いだろうぜ。
「本当に良いのですか? マリンまで…… ご迷惑になるのではありませんか?」
「いえいえ、マリンさんは私の大切な同士みたいなものですから。 宜しければ明日に朱雀館へ来て下さい。 支配人のフィリックさんに紹介致します」
「はい…… 本当にありがとうございます」
深々と頭を下げたセリカに見送られて次に向かうのはパープルトン侯爵家が王都を訪れた際に滞在すると言う旅館だ。
馬車は旅館の従業員に任せ、俺は馬車から降りる。
「ええっと…… 早めにシャワーを浴びた方が良いと思うぜ。 折角の美人が台無しだからな」
俺の言葉に絶句してやがるな。
まぁ、正直言って高そうなドレスを血塗れにしちまったのは俺だけど弁償とかは勘弁な。
「い、言われなくても…… そうしますわ!」
顔を赤くしてる気がするが…… 血塗れで良く分かんねぇや。
「おう、じゃあな。 俺達は帰るからよ」
「お待ちなさい! 貴方は何処に滞在しているのですか?」
「……仕返しに来るつもりじゃねぇだろうな? 暫くは朱雀館にいるぜ。 やる気なら相手になってやるからな!」
「お相手に? まぁ…… うふふ」
なんか変だな…… 最初の勢いがねぇぞ。
最後の笑いも気持ち悪いったらありゃしねぇ。
血塗れで笑うなよ……
「で、何でお前は俺達に付いて来るんだよ?」
アンナの奴が俺達に付いて来るんだが……
「まだ宿が決まってないのよ。 王都に着いたばかりで騒ぎに巻き込まれちゃったから」
お前が勝手に首を突っ込んで来たんだろうが!
「アナタ達の宿が良さそうなら私もその宿にしようかと思って……」
ふふふっ、あの旅館にお前みたいなペーペーの冒険者が泊まれる訳ねぇだろうが!
面白いから黙っておくとしよう。
そして朱雀館へと消えて行く俺達を悔しそうな顔で見送る姿を拝んでやるとするか。