第12話 陰謀の予感
領主が運営に関わる乗り合い馬車が山賊に襲われると言う事態に驚きつつも俺は素早く行動に出る。
暇な筈の旅路の途中で自分の出番が来た事を何故か喜んでいるなど、王都の武器屋の店主が武器マニアなら俺は戦闘マニアだなと自覚する。
アンナとライリはまだ状況を受け入れられず動揺を隠せない様子で呆気に取られていた。
「ライリは馬車から絶対に降りるなよ。 アンナは馬車を頼む。 もしもの時はライリの事だけは頼んだぞ!」
「ご主人様、そんな事は言わないでください!」
もしもの時と言う俺の言葉にライリがハッと強く反応する。
生死を賭けた戦いに絶対は無い。
俺が死ぬ可能性だってあり得るからだ。
それに嬉々として戦いに赴いて人を殺す俺の姿をライリにだけには見られたくは無い。
「分かったわ。 敵を馬車の中には絶対に入れないから! ライリちゃん、あなたは絶対に馬車から降りちゃだめよ。 迂闊に外へ出て人質にでもなったりしたら私達は手を出せなくなるわ」
「…はい」
そうなれば俺達がどうなるかはライリにも分かる筈だ。
邪魔な男共を殺した後に女達はその場で犯されるのが当たり前なのだから。
良くて奴隷として娼館に送られるかだろう。
まぁ、全然良くはねぇか。
馬車から降りた俺とアンナは周囲を確認すると行く手を遮るかのように山賊達が馬車の前方を塞いでいた。
森の中を切り開いた長い一本道の途中らしい。
敵の数は七人だが周囲に伏兵が潜んでいるかもしれない事を頭の片隅に入れて置かなけれならないだろう。
アンナが馬車の乗車口付近で小剣を構える。
御者の男も剣を持って構えてはいるが、その手足は小刻みに震えてやがる。
どうやらコイツは頼りになりそうもないな。
剣を寄越せと半ば強引に奪うとアンナがいる場所まで下がらせる。
「何だよ… 良い女がいるじゃねぇか! こりゃあ楽しみだぜ。 さっさと男共を血祭りにあげて楽しむとするか?」
「そりゃいいぜ、ひひひ……」
「まだ馬車の中にもいるみたいだぞ」
早速の殺害予告ありがとよ。
嬉しくてたまらねぇな…… これで気兼ねしないで、お前らを殺せるからな!
それにしても黙ってりゃアンナの奴もいい女だから奴らの反応も分からなくはないが、ソイツはやめておけ。
口は悪いし何よりも腕は確かだ。
俺が相棒に選んだ事があるくらいだからな。
馬車の中が気になるみたいだが見たら驚くぞ。
何しろ飛びっきりのいい女が乗ってるからな。
「どっちにしろ俺の大事な女達に指一本触れさせる気はねぇ!」
両手に剣を持った俺は低い姿勢をとると一気に駆けて山賊達との距離を詰める。
「は、早え! 何だコイツは?」
「殺れ! お前ら殺っちまえ!」
山賊達が驚愕の表情を浮かべる。
まさか嬉々として逆襲されるとは思ってみなかったと言う所か。
相手が悪かったと地獄で後悔するんだな。
「グハッ…」
「ば、馬鹿な…」
先頭にいた二人の胸ぐらに剣を突き立てる。
剣は深々と突き刺さり致命傷は確実だ。
崩れ落ちる奴らから自然と剣が抜けたのを合図に残る五人に襲いかかる。
「あ、あの人は一体何なんですか! 強さが桁違いじゃないですか……」
御者の男が信じられないモノを目にしたと言わんばかりにアンナに尋ねる。
「アナタは大剣使いって言う冒険者の噂を聞いた事がないかしら? アレじゃ双剣使いって所だけど…… 流石ね」
アンナは彼の動きを目で追いながら以前よりも格段に腕を上げている事に感嘆の息を吐く。
それに思いを寄せている相手に大事な女と言われて嬉しくない筈がない。
赤くなった自分の顔をアイツに見られなくて済んだ事に安堵していた。
「大剣使いですか! 竜退治の英雄じゃないですか! こりゃあ凄い…」
馬車の中ではライリが皆が無事でありますように… ただそれだけを望み祈るように手を合わせている。
すると馬車の外から聞こえて来たご主人様の言葉。
それは自分の聞き間違いでは無いはずだ。
ご主人様が自分の事を"俺の大事な女"と言ってくれた事に心臓の鼓動が高鳴っていくのを感じていた。
正確には俺の大事な"女達"だったのだが、彼女にとってそれは些細な事のようだ。
「何してやがる! 相手は一人だぞ… この役立たず共が…」
自分の事を棚に上げて何を言ってやがる。
部下をけしかけてるアイツが親玉と言う訳か。
更に二人の首を斬り裂いた俺は剣を振って滴って来る血を払っていた。
残る三人の山賊達は完全に戦意を喪失しているらしいが容赦はしない。
逃せば仲間を呼ぶかもしれないからだ。
後々に仕返しと称して身内が襲われたなんて話も聞いた事もある。
だから…… ここで命を狩り尽くすのみだ!
「乗り合い馬車を襲ったんだから極刑は確実なんだ。 手を出した事を今更後悔しても遅せえよ。 だが… その前に心優しい俺が殺してやるから安心して死んで行け!」
「ヒッ、ヒィー」
恐怖に負けて武器を地面に落とした奴の心臓を一気に剣で貫く。
自分の胸に突き刺さる剣と俺を交互に見て口をパクパクさせていたが、やがて動かなくなる。
「お、お前が行け!」
手下の背中を押して俺への盾にした親玉が走り出す。
そいつを袈裟懸けに斬り捨てた俺は奴が走り出した先へと振り返る。
奴が向かう先は… 馬車だ!
アンナを人質にして窮地を脱したいと言う所だろうが、相手が悪かったな。
「へへっ、大人しくしやがれ!」
下卑た笑みを浮かべなからアンナとの距離を詰めた男の顔から血飛沫が飛ぶ。
その男の瞳に最期に映ったのは逆手に小剣を構える美女の姿だった。
斬り裂く速度は一瞬で男は何が起きたか分からないまま後退り、苦悶の声を漏らしながら血の滴る顔を手で押さえる。
「残念だったわね。 私はアイツよりも残酷なの。 私に手を出した事を後悔してたっぷり苦しみながら死になさい」
即死しない程度に顔面を斬り裂かれた哀れな山賊の親玉は地面で激しくのたうち回り… ゆっくりと死んでいった。
相変わらず怖え女だよな…
絶対に敵に回したくない性格をしてやがる。
横に立っていた筈の御者は腰を抜かしてアンナを見上げていた。
女性恐怖症とかにならなきゃいいけんだけどな。
「片付いたな。 死体を林にでも埋めたら出発するぜ」
「ええ、なるべく早くね。 仲間がいたら厄介だわ」
アンナの言うように、この場を早く離れたいのは山々だが奴らの死体を放っておけば血の臭いを嗅ぎ付けた魔獣共がやって来る。
街道沿いを行く旅人には迷惑な話だろう。
手伝って貰えれば早いのは分かっているが、アンナには馬車に乗って貰う。
これで少しはライリも安心するだろう。
御者には周囲の見張りを頼んでおいた。
俺は山賊の懐から金目の物を頂戴すると次々に掘った穴に埋めて行く。
「山賊にしちゃあ随分と金を持っていやがるな。 俺達の前に金持ちでも襲ったのか? それとも前払いで金を貰ったとか… まさかな」
最近それらしい金持ちが襲われたと言う噂も聞いてはいない。
そんな俺の脳裏にはヴィッチ侯爵の妖艶な笑みが浮かぶのだった。