第28話 消えゆく魂
「やっと次の宿場町か…… まだまだ先は長いな。 もう前の宿場町みたいなトラブルはねぇとは思うけどよ」
風呂場でラミアに襲われるとか普通に考えたらありえねぇだろ。
その後に泥のように眠った俺はアンナにも襲われたのかと疑って乗り合い馬車の中で問い詰めたが、どうにかそれは我慢したらしい。
キスマークは自分の物だと主張したくなって付けたそうだが…… お前はマーキングする獣か?
「うん、そうそう無いと思うわ。 でも…… 昔からアナタって何かとトラブルを呼ぶのよね」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねぇよ。 大体、悪い知らせを持って来るのはお前だった気がするんだがな」
ちょっとした疫病神みたいに思ってた時期もあったからな。
「まぁ、失礼しちゃうわ。 こんな勝利の女神を捕まえて」
そんな感じで楽しげに過ごしていた俺達は予想外の事態に驚く事になるのを、まだこの時点では予想もしていない。
早めの夕食を済ませた俺達は夜の宿場町を散歩して星空なんかを眺めていた。
横を歩いていたアンナは幸せそうだった。
叶えられなかった幸せな気分を満喫している感じがしてさ。
俺はやっとコイツを喜ばせる事が出来たんだと俺は思っていた。
そして風呂に入った後は二人で寝る事にしたんだが、今日はベッドは別々にして貰っている。
我慢しているとか言われると…… やっぱりな。
夜も更けて辺りが完全に寝静まった頃に、ソイツらは現れた。
「何だ…… なんか騒がしくねぇか?」
何やら宿屋の入口の方で騒ぐ声がする。
最初は酔っ払いが騒いでいるんじゃないかと思ったが、どうやら違うようだった。
「ねぇ…… あの声ってユナちゃんじゃない?」
アンナが言う通り、何やら静止する男性の声と交じるように聞こえて来る女の子の声は間違いなくユナの声だ。
「おいおい、追いかけて来ちまったのかよ。 本当にしょうがない奴だな…… ちょっと行って見て来るわ!」
我が儘な奴が俺の帰りを黙って待っていられずに追いかけて来たのか?
本当にお子様だよな……
「だから! 私の旦那様が泊まっているから案内しなさいって言ってるの!」
部屋を出た俺が廊下を歩いてロビーへと向かうと間違いなくユナの声が聞こえて来た。
受け付けにいる男性もいきなり現れた幼女が旦那様とか言うもんだから訳が分からずに困惑してやがるぜ。
「おいおい、ユナは一体何しに来たんだよって…… ラ、ライリも来ただと!」
受け付けのカウンターの前に立つユナの背後にはライリもいたもんだから俺は目を疑った。
「旦那様…… アンナさんも一緒ですよね? 宿場町でラミアに襲われたと聞きました。 まずはお二人が無事なのかをお聞かせ下さいませ」
ライリが無表情に淡々と聞いて来る。
なんか怒ってるよな。
また危険な目にあったからか?
「ああ、俺もアンナも無事だよ。 それより一体どうして夜中に二人が現れたんだ? 大人しく家で待ってるとばかり思ってたのによ」
冒険者って職業柄仕方がねぇだろう。
ライリだって昔から知ってる筈だがな。
「案内して下さい。 早く!」
珍しく声を荒げたライリの気迫に押される形で泊まっている部屋へとライリとユナを案内するとアンナがドアから顔を覗かせていた。
「えっ、ライリちゃんも来たの? アナタはこんな馬鹿な事はしないと思ってたのに……」
アンナが呆れ顔をしているが俺もそう思うぜ。
まるで子供じゃねぇか。
「馬鹿な事をしているのはどっちですか? 夫婦だなんて嘘を吐いて旅をするなんて…… 私と言う妻がありながら旦那様は一体何を考えているのですか? でも私が本当に怒っているのは、その事ではありません。 バルド男爵領にあるアンナさんの実家で何をするつもりなのですか?」
別に浮気している訳じゃねぇんだがな…… 相手はアンナだぜ? それにしてもライリは勘がいいぜ。
こうなったら全部説明してやるか。
「アンナが16歳の時に家を飛び出してから一度も帰ってないらしくてよ。 故郷の村からの依頼が偶然あったのを見つけたから流石に一度挨拶に行こうと思ったんだ。 でも未婚の母だとバツが悪くて帰れないって言うから、だったら俺を夫って事にして会いに行こうかと思ってよ。 ちょうどタイミング良く特例で成人として認められた所だったからな」
俺の話を黙って聞いていたライリが黙って俺の頬を引っ叩く。
「な、何すんだよ!」
俺は訳が分からずライリに怒鳴り返す。
「どうして嘘を吐く必要があるんですか? もう二十年も会っていない親に対して…… 未婚の母親が恥ずかしいんですか? 世の中には望まなくても同じ状況の人だって沢山いるんです。 二人はそう言う人を馬鹿にしています! それに恥ずかしいから両親に嘘を吐くなんて…… だったら一生会わない方がアンナさんの両親だって幸せです。 そうすれば騙されたりしないんだから…… 私のご主人様は私達を守るために戦ってくれて死にました。 それを恥ずかしいなんて思った事は一度たりともありません!」
ライリは涙を流しながらアンナの頬も引っ叩いたが、叩かれた頬を抑えながらアンナは床に膝をついて崩れるように泣き出していた。
「寂しかったの…… みんなが羨ましかったのよ…… アイツが帰って来たのに母親なんだもの…… どうして、どうしてなのよ……」
やっぱり俺が馬鹿だったのか?
アンナが喜ぶとばかりに、また馬鹿な事をして結局…… 俺はみんなを悲しませるのか!
畜生…… 何をやっても上手くいかねぇ気がしてならねぇよ。
「こんな事なら俺は蘇ったりしなきゃ良かったよ。 結局…… みんなを悲しませたりするだけじゃねぇか!」
俺の言葉を聞いたライリが悲しい顔を向ける。
そんな顔をしないでくれ。
「何で…… ク、クッ…… ああぁああ……」
何だよ、何か…… 身体が…… いや、頭の中が変だ。
「だ、旦那様! しっかりして下さい!」
ライリが慌てて俺に駆け寄って来るのを感じたが、苦しくて…… すぐに何も分からなくなった。
何だよ…… 俺はまた死ぬのか?
暗闇の中に微かに意識だけが浮かんでいる気がしていた。
身体を認識出来ないんだから、そう言うしかねぇだろ。
その意識すら薄れて行くのを感じて行く。
嫌だ、まだ死にたくない!
俺は…… ライリと…… 一緒に…… ライリ……
……そして俺の意識は完全に消えた。