第22話 お前達の英雄
「旦那様…… どうしたのですか?」
ライリが小首を傾げて俺を見ている。
どうやら俺が硬直したまま自分の元に来ないのを気にしてるようだ。
完全に俺が来ると信じているんだろうな。
でもよ…… やっぱり俺にはユナを切り捨てる事は出来ねぇよ。
全てを捨てる決意をしてまで俺の事を思ってくれた奴を悲しませるなんて…… ただの屑だ。
「ライリ…… 済まねぇ。 今の俺には誰も養う事も出来ねぇのは承知してるつもりだ。 でもよ、ここまでしてくれるユナを放ってはおけねぇって思えちまうんだ。 さぁ、ユナ…… 俺と一緒に来いよ」
「はいっ!」
ユナ自身も驚いたみてぇだな。
きっと俺に置いて行かれると思ってたんだろうぜ、その顔を見れば嫌でも分かる。
結局泣かせちまったが、嬉し涙ならいいよな。
俺はユナの手を掴むと歩き出す。
向かう先は主寝室だ。
そうさ、寝るなら三人で寝ればいい事だろう。
「旦那様、それで良いのです。 先程までは私一人を幸せにするのが精一杯だと言っていたのに、ユナ様も幸せにする決意を持たれたのです。 そうやって無理をせず少しずつ前に進めば良いと私は思います」
ライリが優しげな笑みを俺に向けていた。
きっと煮え切らない俺の背中を押すつもりだったんだろうな。
お前は俺の事を誰よりも分かってくれる奴だ。
でも俺にも分かるぜ…… 半分は本気だったろ?
フェリスの時と同じさ。
可愛らしい顔をしてるくせにライバルを排除する非情さも持ち合わせてるのがお前だからな。
「そう言って貰えると助かる。 もしもの時は俺も働くからよ。 薪割りでも水汲みでもしてさ。 まぁ、みんなで力を合われば何とかなるだろ?」
冒険者になれないからって働かない訳にはいかねぇからな。
働かざる者食うべからずだ。
「屋台でも構いませんから、お店を持つのも面白いですわ。 ライリさんと私が二人で看板娘になるなんてどうでしょう?」
ユナの奴も考えてるんだな。
しかも今までずっと侍女と呼んでたライリの名前も、ちゃんと呼びやがったぜ。
こりゃあ、ユナの決意は本物かもな。
「まぁ、まずはシャルロットとの勝負の結果次第だ。 負けるつもりで挑む訳じゃねぇからな」
あくまでも仮の話なんだからよ
「旦那様、流石に寝ておかなければ辛くありませんか?」
俺もそうは思うが…… 東の空が明るくなり始めてるぞ。
おいおい、結局寝てねぇぞ!
「少しでも寝ておいて下さいませ。 後の事は私にお任せを!」
ライリはそう言ってくれるが…… 流石にそろそろ限界だな。
「悪いがそうさせて貰うぜ。 時間になったら起こしてくれ」
俺は主寝室に行くと大きなベッドの上に倒れるように横になる。
本当に疲れたぜ……
主寝室を覗いたライリが静かにドアを閉める。
その顔には彼女が良く訪れている孤児院で暮らす小さな子供に向けるのと同じ笑みを浮かべていたのは彼には不本意だろう。
「さて…… 旦那様もお休みになりました。 ユナ様は本気で旦那様に尽くすおつもりなのでしょうか?」
ライリは露わになった素肌をシャツを引っ張りながらモジモジと隠す小さなライバルでもあるユナが立っている場所までゆっくりと歩み寄る。
「本気です! それと私を呼ぶのに"様"は要りません。 ユナと呼び捨てで構いませんわ。 ライリさんと対等な立場を望みます」
「でしたら…… ユナさん。 いつまでもその様な格好では旦那様の迷惑になります。 私が着替えを用意しますから、それに着替えなさい」
ライリが自分の鞄から取り出したのは彼女の思い出の品だ。
宝物だと言っても過言では無いだろう。
今のユナにはそれを渡しても構わないとライリは考えていた。
「ハイランド王国が誇る聖騎士シャルロット・ザクセンと戦うのは、侯爵領の英雄と呼ばれた男の忘れ形見だとよ」
「マリン様の婚約者だったとも聞く伝説の英雄の息子か…… 一体どんな人物なのか気になるな」
「10年程前にこの場所で大剣を振るって戦う姿を直に見たがアレは鬼神のようだったぞ……」
ハイランド王国国王ランス・ハイランダーの知らせを受けた国内の王侯貴族達が集う闘技場は、まだ見ぬ英雄の登場に沸き立っていた。
既にシャルロットは闘技場に姿を現し、名槍ラースフィアを構えて彼の到着を今か今かと待っている。
白銀に輝く鎧を身に纏った彼女は聖騎士と呼ぶに相応しい風格を兼ね備えていた。
「まだですの? アンナお姉様の御子息だとは聞いておりますが…… 決闘の時間に遅れて来るなど無礼にも程がありますわ!」
王都へと向かう道中から既にシャルロットの心は乱れていた。
敬愛するアンナの息子との戦いだと聞いていたからだ。
そんな彼に怪我でもさせたら申し訳ないと思い悩んでいた程だったのだが、約束の時間になっても闘技場に姿を見せない対戦相手に怒りを覚えて始めている。
そんな最中に闘技場の大きな扉が開き、待ち焦がれていた観衆が歓声をあげた。
「おい、アレは…… メイドだよな?」
可憐で美しいと言い表すのが最も相応しいメイドの腕に抱かれて姿を現した少年。
その横にいる可愛らしい小さなメイドが抱えるのは漆黒の二振りの小剣だった。
「ランス国王陛下! アンノウン伯爵、只今参上致しました。 昨夜は私達と楽しみ過ぎたあまり疲れて果てて寝ている無礼をお許し下さい。 ですが…… 本日の勝負に負ける筈はありませんので御容赦下さいませ」
「隣にいるライリと共にアンノウン伯爵に仕えるユナと申します。 シャルロット様には申し訳ありませんが、主人の勝ちに揺るぎはありません。 朝飯前と言う言葉通りに直ちに片付けますので御容赦下さいませ」
突然繰り広げられたメイド達の口上に沸き立つ観客席と同じようにシャルロットも激昂する。
「んなっ、何ですって! アンナお姉様の息子だとしても…… もう許せませんわ!」
完全に我を忘れたシャルロット。
それがライリ達の策略だとは露にも思わずにいた。
目の前で繰り広げられる失礼極まりない口上に、観客席で戦いを見守るアンナ達は苦笑いを浮かべていた。
ヴィッチにしても娘の覚悟を誇らしく思うと共に羨ましく思っている。
その場に立つのか自分だったのならばと思い、悔しさすら感じていた。
マリンは闘技場に駆け寄ろうとして係の者に必死に止められており、それを目にした父のヨハンや祖父のランス国王は頭を抱えている。
「ん、んっ…… 何だよ…… そろそろ起きる時間か? って、ちょっと待て!」
周りの騒がしさに目を覚ました俺は突然の事に驚きを隠せないでいた。
目を覚ましたらいきなり大観衆に囲まれていたんだからな。
しかもライリの腕に抱き抱えられてやがる。
ちょっと待て! お姫様抱っこだろ、これは!
「早く降ろせ! 恥ずかしいだろうが!」
ジタバタする俺をライリが抱き抱えるように降ろす。
「さぁ、約束通りに起こしましたよ。 決闘の時間です」
起こすにしても、場所と時間ってもんがあるだろうが!
「では、お受け取り下さい。 うふふっ、さっさと終わらせて朝食に致しましょう」
ライリの横にいるユナがフギンとムニンを手渡してくれる。
「おい、ユナ…… その服はライリの……」
おいおい、ユナが着ているのは俺の家に初めてやって来た時にライリが来ていたメイド服じゃねぇか?
「はい。 ライリさんに頂きました。 思い入れのある宝物だそうです。 似合ってますか?」
恥ずかしそうに、はにかむユナ。
昔のライリを思い出すぜ。
「ああ、似合ってるよ」
そうか…… ライリがくれたのか。
「私の方が似合っていたとは言ってくれないのですか? ……後でお仕置きですよ、旦那様。」
ライリが俺を見て微笑んでいた。
言わなくても分かるだろ? お前ならな!
「恥ずかしくて言えるかよ! さぁ、勝負だシャルロット。 悪いが…… 負ける気がしねぇ!」
俺は侯爵領でも子爵領でもねぇ、お前達の英雄だからな!




