第21話 選択の時
疲れた…… 本気で疲れたぞ。
ライリの奴、明日の決闘に俺が負ける事を望んで俺から体力を奪ってやがるんじゃねぇかと疑いたくもなるぜ。
先程まで繰り返された愛の営みは俺から体力と気力を根こそぎ奪う激しいものだったからだ。
俺はそんな可愛らしい策略にまんまと嵌められたのかも知れねぇな。
満足気な顔をして眠りに就くライリの髪を優しく撫ぜながら俺は苦笑いを浮かべていた。
夜明けまではまだまだ時間があるからな。
少しは寝ておこう…… 俺は勝たなきゃ……
ドンドンドンドン!
眠りかけていた俺は激しいノックに目を覚ましてフラフラとしながらもドアへと向かう。
「一体誰だよ、こんなに遅い時間に…… 迷惑だろうが……」
ドアの向こうに立っていたのはユナだったが、頬を膨らましており怒っているようだ。
どうやら手にしたヘアピンでは流石にスイートルームのドアの鍵開けは出来なかったらしい。
「私を置いて行ってしまうなんて酷いですわ! 目が覚めたら旦那様と侍女の姿が見えないから焦ってしまいました」
そう言いながらキョロキョロと辺りを見渡しているのはライリを探しているんだろうな。
「ライリは主寝室で寝てるぜ。 ユナも早く寝ろよ、子供が起きている時間じゃねぇからな」
ムッとした表情で俺の手を引くと主寝室では無く、もう一方の寝室へと俺を連れ込むユナ。
「侍女では無く、私と一緒に寝て下さい!」
ちょっと強引だな、何を焦ってやがる。
「おい、待てよ! 一体何なんだよ!」
ユナの腕を掴んで引き止めた俺をユナが睨みつけていた。
「どうして子爵令嬢の私よりも平民の侍女を大事にするんですの! 私の方が偉いし、お金だっていっぱいあるのに! どうして……」
生まれついての貴族だと、こうも人を見下すようになるのかね……
お前も最初は俺を蔑んだ目で見てやがったからな。
「ユナ…… 俺だって平民だぜ。 だったらその平民の俺にユナは何で固執するんだよ? 俺と言う個人を好きになってくれたからじゃないのか? 王侯貴族は偉いって言うのが世の習いなのは俺も分かっているさ。 でも金や地位があるからって人を好きになる訳じゃねぇんだよ。 そう言う奴もいるのは確かだろう。 だけどな…… そんなのは愛じゃねぇと俺は思う」
「そんな事ありませんわ! 旦那様だって私が子爵令嬢だから一緒に王都に行こうとしてくれたのではありませんか?」
そんな風に思ってたのか?
まぁ、そう思われても仕方ねぇよな。
正直助かったって思ったりもしたからな……
でも…… それは違う!
「あの日みんなが俺を否定する中でユナだけが俺の味方になってくれたからな。 俺はあの時凄く嬉しかったんだぜ」
恥ずかしい話、お前に救われた気がしてたよ。
ユナにも本当の事を話さなきゃダメだよな。
ここまで本気になってくれる奴に対して、いつまでも隠しておくのは失礼だろ?
「ヴィッチ達が俺に固執するのは愛した男の息子だからじゃねぇんだ。 一度は死んだはずの男が産まれる前に死んじまった息子の身体で蘇ったからさ。 信じられねぇだろうがユナが知ってる奴とは別人みたいだと思わなかったか?」
嘘みたいな話だからな。
俺を知ってる奴なら気付いてくれるが、ユナは以前の気が弱い俺を知ってる筈だ。
「それは…… 確かにそう思いましたけど……」
思ってはいたみたいだな、なら話は早い。
「そう言う事さ、だから俺は昔と同じ事が出来ると思い込んでたのさ。 惚れてくれた女達をみんなまとめて幸せに出来るなんて思い上がりもいい所だったぜ。 笑えるだろ? ただの子供になっちまったのによ」
冒険者になるって言い出してアンナの奴を悲しませちまったよな。
「アンナが一人で暮らすのが可哀想だ? マリンが愛されない結婚を強いられて可哀想だ? みんな俺が幸せにしてやるんだとか一体何様だよ!」
ヴィッチも俺を引っ叩いて泣いてたな。
そう言えばライリにも引っ叩かれたか……
「そんな事を言ってる俺を…… アイツらは俺が決闘に負けたら誰が引き取って養って行くかの算段をしてくれてたよ。 俺はそんな事も知らずに一人でいい気になってたのさ」
アイツらはそんな俺を見てどう思ってたんだろうな? 底が透けて見えてたろうよ。
「もしも負けたら俺はライリの所に世話になるつもりだ…… 死ぬ前に俺が誓い合ったのは他の誰でもねぇ、アイツだけだからな。 せめてアイツだけは幸せにしてやりたいんだ」
クソッ、子供相手に俺は何を言ってるんだ……
「私の家ではダメなのですか? 私が精一杯尽くして差し上げます!」
ユナの奴、何を必死になってやがる。
ライリが言ってたな…… あれは昔の私ですとかって…… またアイツの言う通りか。
もしかして…… 俺はユナに昔のライリを重ねてるのか?
「お前だってヴィッチに養って貰ってるんだぜ。 その夜着だってユナが稼いだ金で買った訳じゃない。 そんな子供のお前が俺をどうするって言うんだ?」
俯いたまま暫く黙り込んでいたユナが顔を上げる。
あれは何かを決意した顔だ。
「分かりましたわ! だったら…… ユナ・パープルトンは今ここで死にました。 ここにいるのは只のユナです。 今後は家からの援助は一切受けるつもりはありません。 この旅館で皿洗いでも何でもしますわ。 だから…… この私と……」
ユナが着ていた夜着を勢い良く破り捨てやがった。
買い与えられた服すらも捨てるって事か?
だけど流石に恥ずかしいんだろうよ、大事な所は手で隠しているが随分と思い切ったもんだな。
「何をやってやがる。 でも俺のシャツならいいだろう?」
俺は苦笑いしながら着ていたシャツを肩に掛けてやる。
「はい。 ……とても温かいです」
ユナが俺の手を握り締めて呟いていた。
本当にとんでもねぇ奴だぜ。
全くこんな情けねぇ俺のどこがいいんだかな。
さて…… この後はどうしたもんかと思いながら顔を上げた俺は思わず硬直する事になる。
主寝室の開いた扉からライリが俺達を見ていたからだ。
素っ裸に肩から俺のシャツを羽織るユナと上半身は裸の俺の姿を……
「旦那様…… こちらにいらして下さいませ」
ライリが冷ややかな声で俺を呼ぶ。
これって俺に自分かユナかを選べって事か?
俺にここまで言ってくれるユナをバッサリと切り捨てろと言うのか?
気になって振り返るとユナが悲しげな表情を浮かべて俺を見てやがる。
ライリには勝てねぇと諦めてるからだろうよ。
俺は…… どうすればいい?