第11話 王都カラミティ
「えっ、ライリちゃん…… アイツが一人で王都に行くって事なのかしら?」
思わずティーカップに入れた砂糖をスプーンで掻き回していたアンナの手が止まる。
美味しい紅茶が手に入ったので、良かったら時間のある時に家に寄って欲しいと先日ライリから誘われていたのだ。
「はい、折れた大剣の代わりを探しに行くと仰ってました」
冒険者ギルドで受付嬢としての仕事を終えたアンナは約束通りライリの所へと寄り道した際に、思いがけない話を聞かされていた。
(アイツが冒険者として家を空ける事が多いからライリちゃんは何とも思ってないみたいだけれども… 私は心配よ。 王都には誘惑が多いもの)
アンナは彼に対して散々憎まれ口を言いながらも、前々から秘めた想いを寄せている。
鈍感なアイツの事だから気付いくれないだろうと諦めにも似た思いを持っていたのだが、ライリが現れてからは、少しずつだが彼との距離が近付いて来ている気がしていた。
「ライリちゃんは王都に行った事が無いみたいだから知らないと思うけど、あそこは男にとっては誘惑の多い場所なのよ。 色々と珍しい料理や酒もあるし、綺麗に着飾った美しい女性も多いの。 それを聞いてもライリちゃんは笑ってアイツを送り出せるのかしら?」
美しい女性と言う言葉にティーカップを口に運ぼうとしていたライリの手が一瞬止まったのをアンナは見逃さなかった。
(まだ小さくて可愛らしい子供だって言うのに、やっぱり女なのね)
アンナは心配でならない自分の事を棚に上げてライリをいじらしいと思ってしまう。
「それなら私も一緒に王都に行こうかしら。 何かと面白い事もありそうだし、アイツと二人っきりで旅をするなんて何年ぶりかしら」
そんなライリにちょっと意地悪したくなる自分を酷い女だと思ってしまう。
「えっ、アンナ様もご主人様と同行するのですか?」
アンナの発言にはライリも少し焦ったらしい。
主従の関係とは言え、彼に対してほのかな恋心を抱き始めていたライリにとっては彼が自分以外の女性と一緒に旅をするなど考えたくもないのだろう。
だが自分には彼の留守宅を管理する義務があるのだからと焦る気持ちを必死に宥めていた。
「ライリちゃんも一緒にどう? 数日くらいなら家を空けてもいいんじゃないかしら」
流石にライリが可哀想に思えたアンナが助け船を出す。
それを聞いたライリの表情が変わる。
(さぁ… 私の小さな恋のライバルさん。 仕事と彼、どっちを選ぶの?)
俺が住んでいる地域は侯爵領と呼ばれている訳だが、他にも公爵領とか伯爵領などがあり、由緒正しい貴族達が自分達の領地を治めている。
その貴族達を掌握して国を治めているのが国王で、国内の重要な各地に直轄地なんかも持っているらしい。
今回の旅で俺の向かう先は、国王が住む国内最大の都市で栄えある王都カラミティだ。
「でもよ… 何でお前らが一緒に行くんだよ。 俺一人で行くつもりだったんだがな」
俺達が暮らす侯爵領の町から王都カラミティまでは乗り合い馬車が運行されているから危険も少ない。
王都から各地への馬車の運行には統治する領主が関わっているからだ。
人の往来は金の流れも作る事から経済発展にも繋がる。
また開放的なイメージは王国に対して二心が無い事を示す証明にもなり得ると言う訳だ。
「アナタ一人で行かせたら王都の酒場で酒と女に溺れるのは目に見えてるじゃない。 ライリちゃんが凄く心配してるから私も付いて行ってあげるのよ。 優しいこの私に感謝しなさい」
「酒は分かるが女にも溺れると思われているなんて、俺の評価は随分だな」
おいおい、ライリにまでそんな風に思われているのかよ?
この間もライリを口説いたみたいな雰囲気になってたしな… 誰彼構わず口説く奴とか思われてるんじゃねぇだろうな。
それを聞いた俺の心情は穏やかでは無い。
「お酒はライリちゃん、女の方は私が心配してるのよ」
「何だよ…… 驚かせやがって」
アンナは昔の自堕落な生活を送って来た俺を良く知ってやがるからな。
それで何度文句を言われたかなんて数え切れないだろう。
「わ、私も… 女性関係にはちょっとだけ心配してます。 ご主人様が悪い女の人に騙されたりしないかとか… 逆に相手の気持ちを考えずに甘い言葉を囁いたりしないかとか… 人が心の底に秘める本当の思いとかには鈍い方ですから」
やっぱり… この間の件か?
正直に思ったままを口にしただけで、特に深い意味は無いんだけどな。
ライリの言葉を聞いて横にいたアンナが無言で頷いてやがる。
「まぁ、何にしろ王都に行くなんて機会は滅多にある訳じゃないでしょ? これに便乗する手は無いわ。 ねっ、そうでしょライリちゃん?」
「私はご主人様の留守を預かる立場なのに旅に同行してしまって本当に良かったのかと…」
そんな事を言いながらライリが恐縮していた。
あれだけ毎日掃除してりゃ少しぐらい間を空けても大丈夫だろ?
「心配するなよ、何も冒険に出る訳じゃないからな。 買い物に付き添うのも侍女の立派な仕事だと俺は思うぞ。 値段交渉とかはライリの方が得意だろうし、俺はお前に期待してるんだぜ!」
そんな俺の言葉に真っ赤な顔をして何かを言いかけてたライリが黙ったまま俯いてしまう。
「ライリちゃん…… 苦労するわね」
そう言ってアンナが溜め息を吐く。
何なんだよ? 俺は別に変な事は言ってねぇだろうが!
「そんな事よりアンナ… お前は冒険者ギルドの受け付けの仕事はどうしやがったんだよ、最近休みがちになってねぇか?」
「それには有給休暇を使ってるわよ。 今まで滅多に使わなかったから結構たまってたの」
有給休暇だと? 冒険者ギルドにはそんなもんがあるのかよ…
「そう言えばご主人様… わざわざ王都にある武器屋さんで、あの大剣を選んだ理由などはあるのですか?」
俺が長年愛用して来た大剣はミノタウルスとの戦いで折れちまって今の俺の手には無い。
大剣使いって言う二つ名が台無しだな。
「あの大剣はな… 王都にある武器屋の店先に飾ってあったんだよ。 何でも店主が自慢する特注品で扱える人間がなんていやしない、もしも存在するならタダでやるって言うから俺が貰ってやったんだよ」
「うわっ、えげつない。 確かアナタに出会った時には既にあの大剣を持ってたけど、その話を私は知らなかったわ」
お前も出会った頃は初々しい冒険者の少女だったよな。
今じゃ何かと俺を馬鹿にするし、最近じゃ厄介な事にそれを楽しんでる感じがしてならない。
「でも… その武器屋さんに、また大剣を置いているとは限らないのではありませんか?」
ライリよ、心配するな奴は… 武器マニアだ。
趣味を兼ねて色々な武器を取り揃えてやがるからな。
だから奴の所に行けば大剣が手に入るって言うのは確実なんだよ。
「最悪は鍛冶屋に頼むのも手だしな。 アレを作った人物を紹介して貰うだけでも御の字って所だと思ってる」
幸いにも懐事情は温かいし、出来れば良い物を手に入れるつもりだ。
危険の少ない旅とは言え、もしもの時のためにアンナが以前に使っていたブロードソードを貸してくれたのには感謝しなくちゃな。
その剣は使われなくなって久しいはずだが、それにも関わらず手入れされていたのにはアンナらしいと感じている。
なんだかんだ言っても情の深い女なのを俺は良く知っているからだ。
順調に進んでいたかに思えた俺達の旅だったが、予期せぬ出来事に見舞われる事になる。
ん? 馬車が止まりやがったぞ。
「お客様、さ、山賊が出ました! 早くお逃げください!」
御者が慌てて俺達に危険が迫っている事を告げた。
領主が直々に運営する乗り合い馬車を襲うとはウチの侯爵様も随分と舐められたもんだな。
よっぽど腕に自信があるって事か?
乗り合い馬車を襲って捕まった場合には理由は問わず極刑が待ち構えているからだ。
それともよっぽどの馬鹿が現れたのかのどちらかになる。
どちらにしろ… ここは俺の出番って訳だな!