第20話 私を馬鹿にしないで!
俺に絡まるようにして酔い潰れた女達から何とかして抜け出す事に成功するとベッドから這い出て立ち上がる。
深く深呼吸をして息を整えてから振り向くと女達はどいつもこいつも幸せそうな顔をして寝てやがった。
最初に飛び掛かって来たユナの奴は大丈夫かと心配になったが、身動き出来ない事で諦めたのかヴィッチに抱えられるようにして寝ているんだが、そうしている分には可愛らしいんだけどな。
「完全に目が冴えちまったな…… さて、どうするかね」
俺はあまりにも刺激的な出来事があったせいか目が冴えちまったようだ。
気晴らしに少し風にでも当たって来るとするか。
俺は部屋を出ると朱雀館の庭園へと足を運ぶ。
その庭先にあるベンチに腰を下ろし星空を眺めていた。
一人になった俺の頭に浮かんで来るのは、やっぱり明日の勝負の事だ。
慣れない武器で力量の分からない相手だからな。
シャルロットがアンナと戦った際にはアンナの圧勝だったが、あれから10年…… その歳月は大きいぜ。
「綺麗な星空ですね。 それに心地良い風も……」
うおっ、その声はライリか!
深く考えて込んじまって全く気付かなかったが、いつの間にか俺の側にライリが立っていた。
「だいぶ酔っていたみたいだが、もう大丈夫なのか?」
酒を飲んで酔っ払うライリを見るのも初めてだったからな。
「はい…… もう平気です。 久しぶりに皆が揃ったせいか、はしゃぎ過ぎてしまいました。 旦那様がいるって事が皆さん嬉しいんです」
そう言いながら俺の横に座るライリ。
俺が死ななければ毎日こんな風に過ごしていたんだろうか?
いや、毎日これじゃ堪らんか……
どっちにしろ今を大切に生きるしかねぇな。
それにしても俺は誰かに頼って生きる生き方をして来なかったからな。
今の状況に堪らない程の不安を感じているのは、そのせいだろう。
そんな俺の心境を知ってか、ライリが俺の手を握る。
「ライリは俺が勝てると思うか?」
俺は思い切って聞いてみた。
シャルロットの力量は未知数だからな。
今の俺が何処までやれるかも同様だが。
「昔と違って弱気なのですね。 昔なら"負ける気がしねぇ"って言うのが当たり前でした。 旦那様、肩に力を入れ過ぎず全力を尽くしてみては如何でしょうか?」
確かにそうだな。
俺に出来る事をするしかないか……
「そうか、そうするしかないよな……」
俺達の間に暫く沈黙が続く。
その沈黙を破ったのはライリだった。
「旦那様…… もしも負けたら私と一緒に王都で暮らしませんか? 私はフィリックさんにお願いすれば、きっとこの朱雀館で働かせて貰えるでしょうから、お金の心配はしないで下さいませ。 旦那様は冒険者になれる14歳まで、しっかりと稽古していても良いと思います」
俺がライリに養われるって事かよ。
今の俺には…… アイツらを養う術がねぇしな。
あの家に帰ってもアンナに養われるんだから同じだよな…… 情けねぇ。
「皆さん、もしも旦那様が負けたら自分の元に引き取るつもりでいます。 もしそうなったら旦那様は一体誰の元に行きたいですか?」
ライリが口にしたのは驚く内容の話だった。
「ちょっと待て! お前達は俺の知らない間にそんな話をしてるのかよ? そんな情け……」
ライリは俺を強く抱き締めると、その唇を塞いで続きを言わせなかった。
「誰も情けないなんて誰も思っていません。 二度と旦那様を失いたくないだけです。 それに旦那様に養われるのが当たり前だと思わないで下さい。 私を馬鹿にしないで! あの日、教会で誓い合った言葉を思い出して下さい……」
教会で誓った言葉だと…… 健やかなる時も、病める時もってアレか?
「私は…… 新郎を愛し、富める時も、貧しい時も、これを励まし、これを助け、命ある限り真心を尽くす事を誓いました…… 旦那様が亡くなった後に何度も思い出した言葉です」
そうか…… 俺は誓い合った事実だけで満足して、その内容を理解していなかったんだな。
「済まねぇな、ライリ。 俺はお前に謝ってばかりな気がするぜ」
きっと死ぬまで謝り続けるのかも知れねぇな。
そうさ…… 俺にはお前が必要なんだ。
今の俺は誰よりもお前が欲しい。
「肩肘を張って無理をせず、お互いに足りないものを補い合って生きるのも悪くありませんよ。 私などは昔からいつも旦那様に助けられてばかりでした…… だから今度は私の番だと思うと嬉しいんです」
優しい月明かりにライリの髪が照らされる。
俺に向けられる満足気な笑みは教会に飾られていた絵画に描かれていた聖母のようにも思えた。
「勝負の前から負けた時の話をするなんて変だよな。 でもスッキリしたよ。 明日は全力でぶつかってみるぜ。 それで負けちまった時は…… ライリに頼っても良いか?」
「はい。 全てライリにお任せ下さいませ。 私達だけが教会で互いに愛を誓い合ったのですから。 それだけは他の皆さんに勝る私の自慢です」
ライリが誇らしげに笑う。
考えてみればライリとの結婚式を挙げた夜に俺は死んじまったからな。
嬉しさの余り飲み過ぎちまったのが状況を判断し損ねた俺の敗因になったのは間違い無いだろう。
「そうか…… ありがとな、ライリ。 そろそろ部屋に戻るか? 今ならスイートルームが貸し切り状態だ。 夜景を見ながら風呂に入って寝ちまおうぜ、勿論一緒にな!」
こうなったら、後はやるしかねぇだろ。
やるって…… 明日の事だからな。
今夜は明日に備えて寝ておかなきゃならねぇからな。
だが…… そんな俺の考えは甘かったと後で知る事になる。
俺達がスイートルームに戻ると辺りに漂う酒の匂いに頭がクラクラする気がしていた。
部屋のドアを開けただけでコレかよ……
この身体には無理があるのかも知れねぇ。
それにしても随分とユナに飲まされたんだな。
部屋に足を踏み入れて辺りを見渡した俺は先程まで行われていただろう酒盛りの場面を思い浮かべて溜め息を吐く。
そんな事を想像していた俺がバタンとドアが閉まった音に何気なく振り返るとライリが鍵を閉めていた。
そしてゆっくりと振り返ると満足そうな笑みを浮かべて俺を見下ろす。
「うふふっ、貸し切りなのはスイートルームだけじゃありませんよ。 旦那様も私の貸し切りです。 覚悟して下さいませ」
ライリの顔が赤いのは酔っているせいか、恥ずかしいからか分からねぇが、分かっている事が一つだけある。
今夜は簡単には寝かせて貰えねぇだろうな。




