第16話 魂の器
ハイランド王国最強の騎士か…… 一体どんな奴なんだろうか?
以前の俺ならば誰が来ようと負ける気はしなかったが、果たして今の俺に勝てるだろうか。
一抹の不安を感じながら俺達は王宮を後にした。
「そんなに心配しないで下さいませ。 負けても次の手を考えれば良いではありませんか。 転んでもタダでは起きないのが私の知ってる旦那様ですよ」
ライリが屈託の無い笑顔で俺を励ましてくれるが、俺ってそんなイメージだったのかよ。
それなりに落ち込む時は落ち込むんだぞ。
そんな事を考えていたら自然と気持ちが軽くなって来る気がしていた。
俺はライリにまた救われたのか…… やっぱりコイツには敵わねぇな。
「ああ、そうかも知れねえな」
俺が落ち込んでどうするよ。
全力でぶつかってダメだったとしても、その時はその時だ!
「はい!」
ライリに向けて笑みを送ると元気な返事が返って来やがった。
取り敢えず一旦朱雀館へ戻ろうと大通りを南下して行く。
そう言えばヨハン・ジーニアス準男爵の屋敷はこの近くだったよな。
忘れもしない…… 以前にこの俺が死んだ忌まわしい場所でもある。
「ライリ、ちょっと寄り道していいか? 少し気になってよ」
何だろうな…… 妙な胸騒ぎを感じていた。
俺はその場所に行かなきゃならねぇ気がして来たんだ。
「ライリは毎年王都には来ていたそうだが、ジーニアス邸には行ったりしたのか?」
ジーニアス邸の名前を出した途端、ライリが何やら嫌そうな顔をする。
「いいえ…… 私もあの年に雪解け後、家に戻って以来訪れた事はありません。 あそこには余りにも悲しい思い出があり過ぎて……」
俺が戻って来てもそれは変わらないと言う事なんだろうな。
「辛ければ屋敷の入口で待っていて貰っても構わない。 何か…… あの場所が俺を呼んでいる気がしてよ」
俺の言葉にライリの顔色が青ざめる。
「いけません! あの場所に旦那様が足を運んで何か良く無い事が起こったりして…… 今度こそ本当に消えてしまったりしたら…… 私はきっと耐えられません」
まさか…… そんな事はねぇと思うが。
お前がそこまで言うんだもんな。
そんなに青い顔しやがってよ、済まなかった。
俺は閉ざされた門から広い屋敷を眺めて深い溜め息を吐く。
「悪かったな、ライリ。 そこまで言うのなら止めておくぜ。 でも、何だかこの屋敷は人が住んでいる気配がしねぇな。 マリンが伯爵になって、この屋敷から引き払ったんだろうか……」
マリンの父、ヨハン・ジーニアス準男爵もマリンの元で政務に就いている筈だからな。
王都に滞在する際も王宮へ宿泊してるだろうだろうから、売り払ったのかも知れねぇな。
「今度マリン様に会ったら聞いてみると致しましょう。 多分、旦那様の言う通りでは無いかと私も思います」
ライリの言葉に俺は黙って頷いていた。
不思議な胸騒ぎを感じながら。
「ねぇ、ダーリン。 あの少年から歪な何かを感じたのだけれど…… 何か分かるかしら?」
美しい一人の少女が屋敷の中から遠く離れた門の方を眺めながら、自分の隣に立っている人物にそう問い掛ける。
美しい金色の長い髪を後ろに束ね、濃い紫色の瞳が印象的な少女だ。
そして…… それ以上に目立つのは長い耳だろう。
それだけで少女が特異な存在だと言う事に気付く筈だ。
「そうじゃあのう…… 魂が器からハミ出しているとでも言ったら良いのでは無いか?」
それに答えた男性は少女からダーリンと呼ばれるには似つかわしく無い程に年老いていた。
その眼光は鋭く、腰に差す珍しい片刃の剣からも、その老人が只の老人では無い事は明らかだ。
人には其々、その身に合った魂を持つ。
彼の目には門の前に立ってこちらを眺めている少年からは、その事に関して強い違和感を感じるのだ。
「そう言われてみれば…… きっとそうよ。 うふふっ、どうやら暫く退屈しないで済みそうね」
謎が解けてスッキリした様子の少女が笑みを浮かべながら彼の腕に抱きつく。
自分の目立つ容姿から外を出歩く事も出来ず屋敷の中で退屈な毎日を過ごしているのだから、何やら面白い事が起こりそうな予感につい嬉しくなってしまう。
そして上目遣いで軽く顎を上げて彼にキスをねだる。
「これだけ長く生きていると色々な事があるが、これはまた随分と珍しいのう。 前の世界には居なかった存在じゃ」
珍しい物を見るかのように呟いた老人は、仕方がないとばかりに少女の願いを叶えるべく唇を重ねる。
自分の思いに彼が応えてくれた事を嬉しく思った少女が満面の笑みを浮かべるのだった。
そして少年の傍らに寄り添うようにしている女性を眺める。
「でも一緒にいる女は普通みたいよ……」
彼女からすれば全く興味のない存在だ。
ライリ自身はあくまでも普通の人間なのだから無理もない。
「ならば彼女は苦労するだろうて。 難儀な事じゃな。 そう思わんか? リーフよ」
自分達が置かれている境遇と重ねるかのように悲しそうな目で二人を見つめる老人とは対照的に彼からリーフと呼ばれた少女の表情は明るい。
「もう本当に分かってないんだから。 愛し合う二人には障害があればある程、その愛は燃え上がるのよ。 今の私達みたいにね…… 愛してるわ、ダーリン」
彼の首に腕を伸ばして引き寄せると今度は自分から唇を奪う少女。
屋敷から離れて行く二人をチラッと横目で見た老人が軽く肩を竦めてから、気を取り直して彼女を強く抱き締める。
あの少年には必ず再会するだろうと確信めいたものを感じている。
少年があの場所から離れて行ったのならば、今はまだその時では無いのだろうと思い浮かぶ。
その時に彼は自ら選択しなければならないだろう。
そう考えて彼と同じように死と言う残酷な現実に弄ばれる自分の運命を恨まずにはいられなかった。