第14話 フギンとムニン
ライリの話に上手く乗せられたラックの奴が俺への武具の援助を申し出てくれたのは自然な流れだった。
その代わりに以前と同様に宣伝に使わせて欲しいと言う話は既に了承済みだ。
「そうですか…… その身体でも充分に戦える武器が欲しいと言う訳ですな。 う〜ん……」
ラックの奴に武器のアドバイスをして貰おうと相談したんだが、随分と悩んでやがるな。
「その身長ならば短剣が最も相応しいのですが、対人戦闘ならば良いですが冒険者として魔獣や妖魔を相手にするとなると……」
そうなるとやはり片手剣になるか。
今の俺にとってはそれでも両手剣みたいな大きさになるからな。
「流石に以前のような腕力は無くなっちまったからよ。 重い剣を長時間振り回すのには無理がある。 そうなると武器も限られて来ちまうよな……」
俺達が悩んでいるとライリが何やら言いたそうにしていた。
「どうしたんだ、ライリ。 何か思い付いたのか?」
「以前、アンナ様から旦那様は双剣使いって呼ばれても不思議ではない程、両手に剣を持って見事な戦いぶりだったと聞いた事があるのです。 だったらと思いまして…… でも戦いなんて何も分からない私の言葉なんて当てにはなりませんよね」
そりゃあ乗り合い馬車が盗賊に襲われた時の話だな。
双剣か…… 確かにスピードを活かせるかも知れねぇが、今の俺に普通の片手剣を片手で持って戦えるかだよな。
「双剣ですか…… 少しお待ち下さい」
ライリの話を聞いたラックが俺達から離れて奥へ行くと朱色の布に包まれた一対の剣を運んで来た。
「これは魔剣と呼ばれている逸品でして、其々に名前まであるのです。 ちなみに"フギン"と"ムニン"で渡り鴉を印象付ける漆黒の小剣ですが如何ですかな?」
その漆黒の二振りの小剣を見つめていた俺は吸い込まれるとような感覚を感じてしまう。
何やら妖しい感じはしたのだが、俺は思わずフギンとムニンを手にしていた。
不思議と手の平に吸い付くような感触がする。
「少し試させてくれよ」
少し広い場所に移動した俺は、両手に小剣を持つと目の前に敵がいる事をイメージして構えを取る。
こんな時にちょうどイメージしやすいのが何度も勝負をした名槍ラースフィアを構えるカイルの奴だ。
俺の脳裏に浮かんだカイルが大地を蹴り一気に詰め寄って俺に襲い掛かる。
その鋭い突きを身を捩るように避けて、逆にその回転を活かして奴に斬りつける。
だが…… 相手はカイルだ。
それくらいは簡単に受け止められちまうのは予想出来るからな。
そこへ更にもう一振りの小剣で間髪入れずに横から斬りつける。
慌てて後ろに飛んだカイルの腹を剣先が掠めた感触はあったぜ。
俺はこの機会を逃さず一気に突っ込む。
激しい突きで奴の体勢を崩させると利き腕とは逆側に飛んで身を捩り、そこから素早く回転斬りをお見舞いする。
その連撃は確かな手応えを感じせる物に思えた。
そして俺は深く呼吸をしてから目を開ける。
そこには信じられないと言った表情のラックとライリがたっていた。
「な、何と言う動きを…… 仕事柄数多くの剣士を見て来た私ですら、早くて途中から剣の軌道が全く分からなくなりました。 これは素晴らしい」
どうやら決まりだな。
コイツならば今の俺が持ち味にする速さも活かす事が出来る。
「このフギンとムニンを貰えるか? 俺はコイツが気に入った。 それにしても番いの鴉とは洒落てるじゃねぇか」
「ええ、勿論ですとも。 子爵領の英雄にして、双剣使いの冒険者殿」
ラックの奴は満足気に俺を見ていた。
んっ? ライリまでがボーッと俺を見てるがどうかしたのか?
「旦那様…… とても素敵でした。 以前の雄々しいご主人様も格好良かったのですが、今の舞うような動きをする旦那様は美しささえも感じさせられるくらい」
男が美しいとか言われてもよ…… 他の奴は知らねぇが俺は嬉しくねぇぞ。
アンナに似た顔立ちのせいだろうよ。
ラックの奴に礼を言って武具屋アルマを出た俺達は、ライリがどうしても行きたい場所があると言うから付いて行く事になった。
ライリの奴が途中に花屋に立ち寄って花束とか買ってやがる。
一体どこへ行くのかと思っていたら、そこは広い霊園だった。
迷う事無く進み、ある墓の前でライリは立ち止まる。
「おい、ライリ。 ここって…… まさか?」
墓石には俺の名前が刻んであったからな。
まぁ、普段からあんまり名前で呼ばれねぇんだけどよ。
「はい、亡くなったご主人様が眠る場所です。 私は毎年このお墓に来てはご主人様とお話するのを楽しみにしていました。 一年の間にあった出来事や感じた事など色々です」
そんな昔の話を楽しそうに語るライリ。
俺は逆の立場になって考えてみた。
愛を誓いあったライリが目の前に無惨な姿で死んじまったら、その後の葬式にはどれだけ悲しい思いで参加しなきゃならねぇんだよ。
そして10年以上…… 片時も忘れる事無く、変わらずに愛したまま過ごすのか…… 想像しただけで気が狂いそうになるぜ。
俺はお前をそんな辛い目に遭わせたのかよ。
「ライリ…… 済まなかった。 馬鹿な俺を許してくれ。 お前には長い間辛い思いをさせちまったな。 情けねぇが俺は弱いからお前を失ったら生きて行ける自信がねぇ……」
俯いたままライリに謝る俺は顔を上げる事が出来なかった。
こんな泣き顔をコイツに見られたくは無かったからだ。
そんな俺をライリが抱き締めてくれた。
始めは優しく…… そして徐々に力を込めて。
「旦那様、今のライリは幸せなのですよ。 姿形は変わっても、誰よりも愛する人が帰って来てくれたのですから。 謝るくらいなら10年分、いっぱい私を愛して下さいませ…… もう…… 絶対に一人にしないで……」
「ああ、誓うよ。 俺はもうお前を離さねぇ」
俺は心の中にいる小ちゃなライリにも済まなかったと謝っていた。
大粒の涙を流すライリと抱き締め合いながら、俺は償わなきゃならないと考えていた。
それはライリだけじゃないはずだ。
俺を愛してくれたアンナ、ヴィッチ、マリン達も幸せに暮らして行けるようにしてやらなきゃならねぇよな。
俺とライリが王都で二人っきりで暮らしたら、あの家に一人残されたアンナはどうなるんだ。
どれだけ悲しい思いをするんだよ。
おいおい、俺はまた馬鹿な事を繰り返すつもりだったのか? ちゃんと気付けて良かったぜ。
それもこの場所に来れたからだな。
連れて来てくれてありがとよ、ライリ。
それと…… ありがとな…… そこにいる昔の俺。
今回、主人公の思った事は私の懺悔でもあります。
試しに自分自身に置き換えて考えてみたら気が狂いそうな思いになりました……
愛すべき登場人物を自分の弱さから辛い目に遭わせたのですから…… 皆が幸せになって欲しいと思います。
それと…… 6万PVを達成しました。
本当にありがとうございます。