第12話 草葉の陰にいるらしい
「ご主人様、もう朝ですよ。 そろそろ起きませんか?」
ライリが俺を呼ぶ声がする…… 本当にお前の声は可愛いよな…… 昨日の夜は随分と可愛らしい声で俺の思いに応えてくれてさ……
「……うぉっ! そうだった!」
カッと目を見開いた俺は声のした方向へと振り向く。
そこには幸せそうな顔で俺を見て微笑んでいるライリがいた。
昨日の事は夢じゃねぇよな……
「うふふっ、もうご主人様ではありませんね。 旦那様とお呼びせねばなりません」
どうやら夢じゃねぇみてぇだ。
薄いシーツに包まっているライリが裸だったからな。
自己主張の強い胸元が露わになって己の存在を示しているかのようだった。
大人の女性へと成長したライリが普段はメイド服で良く分からなかったが、予想以上に素晴らしいプロポーションをしていたのだ。
その姿が頭の中に浮かんで来る。
「あ、ああ…… そうだな。 それにしても…… 昨夜のライリは可愛かったな……」
初めてながらも俺の思いに応えようと頑張ってくれたライリを思い出して…… ポツリと呟いちまった。
な、何を言ってるんだ俺は!
ハッとしてライリを見ると両手で顔を隠して恥ずかしそうにしていた。
だが指の隙間からチラッと俺を見て一言呟く。
「旦那様のいじわる……」
おいおい、可愛いにも程があるだろ…… ダメだ、もう我慢出来ねぇ!
結局、俺達は暫く間ベッドから離れる事は出来なかった。
日も高くなった頃に宿場町を出発した俺達だったが、王都カラミティまではあと少しだ。
順調に行けば夕方には着くだろう。
いや、本当なら昼過ぎには着いてる筈だったんたがな…… まぁ、アレは仕方ねぇよな…… うん。
ライリが可愛らしいのが悪いんだ。
王都に近付くにつれて街道を往く人々の数も数を増していた。
そして俺は10年振りに王都へと戻って来た事になる。
いや、考えてみると今が10歳なんだから正確には11年振りになるのか? まぁ、そんな細かい事はどうでもいい。
「旦那様、まずは予定通りに朱雀館を訪れるのですか?」
王都へと到着した俺達を乗せたヘンリエッタは人の多い大通りをゆっくりと進む。
馬上の俺達は結構目立つみたいだな。
道行く人々に見られている気がするのは俺の気のせいじゃない筈だ。
「そうだな、アルマにも寄りたいが…… 朱雀館で部屋を確保してから考えるとするか。 それでいいか?」
「はい。 旦那様!」
ライリも久しぶりの朱雀館に嬉しそうだぜ。
「フィリックさん、お久しぶりです。 今年もお世話になります」
朱雀館のロビーで主人のフィリックを目にしたライリが声を掛けたが、アイツも随分と老けたなもんだな。
俺の聞き間違いじゃなければライリが"今年も"とか言って無かったか?
ライリに気付くと嬉しそうに足早に近付いて来る。
「今年は随分と早いですな。 いつもは冬前なのにどうしたのですか?」
ライリは何をしに王都へ来ていたんだ?
しかも冬前か……
「今年は私一人ではありませんから。 そう言えばフィリックさんが会うのは初めてでしたね。 この方はご主人様の忘れ形見でアンナ様の息子になります」
フィリックが驚いた顔で俺を見る。
俺の面影を探しているのかもな…… どっちかと言えば今の俺はアンナ似だろうぜ。
「おおっ、あの方の…… 随分と立派に育てたものですな…… そうですか……」
涙ぐむフィリック。
お前には迷惑をかけた記憶しかねぇな、済まねぇ……
「そして…… 今は私の旦那様です」
「な、なんと……」
ライリの言葉に言葉を失ったようだ。
そして嬉しそうに俺達を交互に見る。
「それは良かったです…… 私はライリ様の幸せを祈っておりました。 そうですか…… あの方も草葉の陰で喜んでいるでしょうな」
いや、草葉の陰にはいねぇんだがな…… お前の目の前にいるぞ。
ライリの奴め笑ってやがるな。
「では…… お部屋はいつものスイートルームをお使い下さい。 ごゆっくりとどうぞ」
旅館の主人だと言うのに従業員には任せずにフィリック自身が荷物を持って俺達を案内してくれた。
本当にライリの事を大事に思ってくれてるんだろうぜ。
「おおっ、久しぶりだな。 あの頃のままか…… 折角の夜景だしな、今日くらいは少しくらい飲んでみてもいいんじゃねぇか?」
部屋に入って開口一番に俺が言うとライリに睨まれてしまう。
「良い訳ありません。 私が美味しいお茶を用意しますので楽しみにしてください!」
「はっはっは、まるであの方のようですな」
フィリックが思い出したかのように笑っているが、その本人なんだよ。
夕食まではまだ時間があるらしいが、長旅の疲れから今日はゆっくりと休んでおこうと外出は避ける事に決めていた。
「旦那様…… お風呂の用意が整いました。 後で知ったのですが、ここは夜景だけでなく夕焼けも綺麗ですから是非一緒に入って眺めましょう」
当たり前の様に混浴に誘われてるな。
まぁ、そう言う関係になったんだよな俺達は……
「なら…… そうするか。 さぁ、行こうぜライリ」
「はい、旦那様」
ライリの言う通り沈みゆく夕日は思っていたより綺麗で俺達は感動していた。
そしてどちらからともなく唇を重ね合う。
俺達は今までの時間を取り戻すかのように深く愛し合うのだった。