第10話 準男爵への誘い
「素敵です、ご主人様!」
ライリが俺を眩しそうに見ているのには悪い気がしない。
侯爵の招きを受けた俺は失礼が無いようにとライリに言われてタキシードとか言う衣装を新調したのだった。
今日はその受け取りに来たのだが、試着してサイズが合わなければ手直しをすると言われて一度着てみる事にした訳だがライリのお墨付きも貰えたし、待ってやがれ女郎蜘蛛!
「で、お前も一緒に行くのか?」
ばっちりメイクを施してフォーマルドレスを着たアンナが俺の家で侯爵邸からの迎えの馬車を待っているのだ。
なんでも俺の事を証明する冒険者ギルドからの代表として同行するらしい。
着替えはライリが手伝ったそうだが、こうして着飾ってみればアンナも中々の美人に見えるから不思議なもんだ。
俺が感心しながらアンナの全身を上から下まで見ているのに気付くと顔を赤くしてやがる。
慣れない服を着て恥ずかしいに違いない。
「それにしても悪いわね、こんなドレスまで用意して貰って…… 謁見するのに相応しい服なんて持ってやしないからギルドの制服で行くつもりだったのよ」
「まぁ、似合ってるし良いんじゃないか?」
そんな話は知らないがライリが手配したのなら文句は無い。
ウチの一切はアイツに任せてあるしな。
「アナタも…… その…」
「何だよ? やっぱ可笑しいんだろうよ」
「ううん… 似合ってる」
何だよ… 調子狂うじゃねぇか。
そう言や、ライリの奴はどうした?
「お待たせして申し訳ありません。 私も準備が整いました」
二階から降りて来たのは普段とは違う高価そうなメイド服を着たライリだった。
「おいおい、結局メイド服なのかよ。 どうせならアンナみたいなドレスで良かったんじゃないのか?」
「これが私の正装ですから! でもご主人様… 何処かおかしい所はあるでしょうか?」
俺の前でクルッとまわって微笑むライリ。
中々… 可愛いじゃねぇか。
こんな幼女にドキドキするなんて…… おかしいのは俺の方だな。
「だ、大丈夫だろ」
「馬鹿ねぇ、可愛らしいって素直に言ってあげればいいのに」
そんな事は恥ずかしくって言える訳ねぇだろ!
「迎えの馬車も来たみたいだし、お前らさっさと行くぞ!」
御者の手を借りて馬車に乗り込んだアンナの後に俺とライリが続く。
ここから侯爵邸までは馬車でなら、そんなに遠くは無い距離だ。
馬車から見える見慣れた風景もこうして見るといつもとは違って見えるから不思議なもんだ。
「さぁ、ヴィッチ・パープルトン侯爵様がお待ちかねです。 此方へどうぞ」
使用人に案内された部屋の大きな椅子に腰掛けているのはウェーブのかかった金髪の女性。
「良く来てくださいました、大剣使い。 竜殺しとも呼ばれる我が領内の英雄に会えてとても光栄です」
目の前にいるのは本当に女郎蜘蛛と噂される人物なのか?
ふんわりとした雰囲気を持つ若い女性の登場に俺は困惑気味だった。
「あ、ああ… 大した事はしていない… です」
困り果ててアンナの方を見れば呆れた表情を浮かべてやがる。
仕方がないだろ、こんな場所に来る事なんか今までの俺の人生の中には無かったんだぞ。
「……苦しむ人々のために懸命に尽くしたまでですと、我が主人は申しております」
俺の代わりに侯爵へと言葉を返すライリ。
その姿は堂々としていて非常に… まぁ、何と言うか頼もしい。
「随分と頼もしい侍女も仕えているようですね。 今日こうして其方を呼んだのは準男爵位を与えるためです。 貴族の一員となって我が領地ためにその力を貸して貰えないでしょうか?」
「準男爵って偉いのか?」
聞いた事も無い爵位を持ちかけられた俺は気になってライリに耳打ちしてみる。
ただで貰えるもんなら貰っておいて構わんとは思うが。
「準男爵への推挙とは光栄ですが、準男爵と言えば世襲制とは言え領地も与えられない名ばかりの栄誉称号ではありませんか。 ましてや貴族では無く身分は平民のまま。 それで貴族の一員と言えましょうか? 都合良く使い潰されるつもりかと我が主人が申しております」
まるで何も知らない俺のために説明しながらライリが侯爵に、今回の件についての真意を問う。
「中々に鋭いですね。 頭の悪い冒険者なら何も考えず飛びつくだろうと思っていましたのに。 随分とキレる侍女をお持ちですこと」
にこやかな表情は変えずに本音を吐く侯爵。
この女… 最低な性格してるぜ。
俺に何か退治させるにしても主命として命じれば依頼料はかからず、感謝の言葉でもかけておけばいいんだから懐も痛まないって訳か。
「では今回の件はご遠慮させて頂くと言う事で宜しくお願い致します」
そんな縛られた生活を俺は望んじゃいない。
気軽な今の冒険者生活が俺にはお似合いだからな。
ライリが俺の気持ちを代弁してくれる。
「この私に逆らうと言うのですか? 無理矢理承知させると言う事も出来るのですが……」
漸く本性を現しやがったな、不敵な笑みを浮かべやがって…… この性悪女が!
相手の挑発的な態度に怒りが込み上げ、飛びかかって高慢なその鼻をへし折ってやろうかと思い浮かぶ。
「ドラゴンやミノタウルスを倒す程の手練れを敵にまわすのですか? 冒険者ギルドからのご忠告としても彼程の実力を持つ者はおりません。 この場にいる者達で彼を止められると思っての事ならば私は止めは致しませんが」
人を化け物みたいに言いやがって…… まぁ、アンナも俺が準男爵になるのは反対って事だな。
「野生の狼は飼えないと言う事かしら? 私なら飼い慣らす自信があるのだけれど…… 仕方がありません。 残念ですが今回の件は諦めましょう」
一瞬だけ俺に向けた淫靡さを感じさせる妖艶な笑みが彼女を女郎蜘蛛と呼ばせる片鱗かもな。
侯爵邸から我が家へと戻って来た俺達は着くなり窮屈で不慣れな服から普段の着慣れた服へと着替えている。
「あぁ… 疲れたぜ。 やっぱり我が家が一番落ち着くな」
俺は心の底からそう思っていた。
侯爵邸の広々とした豪華な空間にいると息がつまる思いだったからだ。
「何よ、みんなライリちゃんが話してくれて、アナタなんて殆ど喋ってなかったじゃない」
ま、まぁ… そうなんだけどよ。
チラッとライリを見れば俺の役に立てた事が嬉しかったとばかりに満足気に微笑んでいた。
「私のご主人様を準男爵で迎えるなど失礼な話です。 公爵ならばお受けしたのですが残念です」
公爵って事はヴィッチ侯爵よりも爵位が上じゃねぇか… そりゃいいぜ!
俺達は揃って笑いながら今日の謁見が無事に終わった事を皆が安堵していた。
そう言やぁ… 折れちまった大剣の替えを用意しなきゃいけねぇんだよな。
この町の武器屋にはあんな代物は置いてないしな。
と、なると…… アレを手に入れた王都に行くしかねぇのかな。
面倒な話だが仕方がないか。