第1話 小さなメイドさん
小さいけどしっかり者のメイドさん"ライリ"と、名も無き冒険者の"俺"の物語です。
「またかよ…… ベッドもカビだらけか… 家に帰って来る度にこれじゃ堪らんな」
大剣一振りを頼りに冒険者としてある程度の成功を収めた俺が小さいながらも念願だった一軒家を手に入れたまでは良かったが、長期の依頼などで家を空ける日数が長くなると家の中は埃だらけになり、疲れてすぐに寝たくても肝心のベッドがカビまみれで寝れる状況では無いのだった。
この辺りの高温多湿な気候の影響も大きいのだとは思うのだが、だからと言って日々の生活を送る上で我慢出来る問題では無かった。
ある日そんな悩みを酒場で冒険者仲間に話すと留守宅を管理してくれる侍女組合の利用を勧められたのだ。
侍女と言えば金持ちや貴族などが雇う側仕えの女性を想像してしまうが、侍女組合では家政婦的な侍女の斡旋も行なっているらしい。
「留守宅を知らない人間に管理させて大丈夫なのか?」
面識も無い人物に大切な我が家を預けると言うのだから不安にもなる。
「何かトラブルを起こすような人間を雇ってたりしていれば商売にはならないからな。 信用が第一なんだから素性が明らかな人間しか雇っていないって話だぜ。 それで安心して任せられるんだとさ」
確かに留守宅を管理して貰えれば疲れて帰宅しても以前の様に掃除してから休む必要も無くなる訳になる。
「お試しコースってのもあるそうだから試してみるといいぜ。 まぁ、家を持てない俺なんかには関係の無い話なんだがな」
お前が常に金欠なのは飲み過ぎだからだろと思ったが口にするのは控えておいた。
一度試してみるのもいいかも知れないな。
珍しく少し早めに酒場から帰宅した俺は明日にでも侍女組合を訪れてみようと考えていた。
「冒険者として依頼に出ている間の留守宅の管理ですね。 そうなると… 現状で紹介出来るのは、このファイルに記載されている五人になります」
受け付けを済ませた俺は係の者から五人のプロフィールが記載されたファイルを見せられる。
経歴や特技を始めとし、更には必要な報酬までが記載されていたが熟練の侍女になると報酬額もかなりの高額になるのだった。
そのファイルにはご丁寧な事に似顔絵まで描かれており、一番高額な女性は美女と言う表現が相応しい容姿をしていた。
「ん? この女性はかなり安いんだな…」
良く見れば描かれている似顔絵も中々に可愛らしい女性に見えるし、不思議な事に値段も手頃だった。
掃除と洗濯、料理が得意で更には住み込みも可能と書いてある。
「ライリですか? まだ新人ですので手頃な料金となっております。 気になるのでしたら試してみるのも良いかと思いますよ」
なるほど… 新人だから安いんだなと理解する。
これくらいの値段なら雇ってみても良いかも知れないと思えたし、何より可愛らしいと言うのも男にとっては嬉しいものだ。
「そうだな、ならライリさんを試してみたいんだが大丈夫か?」
これだけ好条件なら既に誰かが雇おうとしていても不思議じゃないと思い、念のために確認しておく。
「はい、大丈夫です。 では明日の朝に入会時に記載された住所に向かわせますので、是非お試しください」
これは中々の掘り出し物を見つける事が出来たとホクホク顔で帰宅した俺は明日になれば掃除して貰えると分かっていながら、あまりにも汚い我が家の状態を見せるのが恥ずかしくなり深夜まで掃除と片付けに追われる事になるのだった。
そして疲れ果てた俺はいつの間にか眠りに就いてしまう。
「ごめんください。 侍女組合から派遣されて来たライリと言う者ですが… あの〜 お留守でしょうか?」
度々玄関のドアをノックする音に目を覚ましかけていた俺は侍女組合のライリと言う名前に反応する。
しまった! 掃除をしている内にいつの間にか寝ちまったのか。
しかも… もう朝になってるじゃねぇか!
俺は慌てて玄関に走るとドアを開ける。
「済まない。 どうやら疲れて寝過ごしてしまったらしい! ライリさんだったよ… な…」
ドアを開けた先には彼女の姿は無く…… と言うか俺の視線の先にはいなかったのだ。
彼女がいたのは遥か下の方。
「初めまして、私はライリと言います。 この度は私を指名して頂き、本当にありがとうございます。 では… どうか宜しくお願い致します!」
少女と言うにはあまりにも若過ぎる侍女服を着た幼女が立っていた。
妙に報酬が安かった訳はそう言う事か!
絵で見た限りでは子供だとは分からなかったんだが、とんだ勘違いだったようだな。
プラチナブロンドの長い髪を後ろで縛って一つに纏めているのは仕事の邪魔にならないためだろう。
肌の色が少し褐色気味なのは南方の血が混じっているのだと思う。
瞳の色が黒いのも南方に住む民族の特徴だ。
俺は疑問に思っていた事の答えをやっと理解する。
チェンジ!とか言ったら泣き出すだろうか…
こんな年端もいかない子供を雇うつもりは毛頭無いんだが、これはお試しコースだから試した後に断れば良いだろうと思い直す。
だが… そんな俺の考えを知りもしないライリは家に入ると一生懸命働いていた。
侍女組合のプロフィールに記載があったように掃除や洗濯を卒なくこなし、今は買い物に出ている。
来て早々に俺のために朝飯を作ってくれたのだがあり合わせの食材を使ったにしては美味い飯だった。
仕事をしている間も鼻歌混じりで楽しそうに働いており、その仕事内容には文句のつけようも無かった。
ただ若過ぎると言う欠点を除けばだが…
「ライリさんは何で侍女組合で働こうと思ったんだ?」
俺は率直な疑問をぶつけてみる。
すると真面目な顔をした彼女にライリさんでは無く、ライリと呼ぶように注意されてしまう。
雇う者と雇われる者との礼儀だそうだ。
「そうですね… 私は孤児院で育ったのですが、そこは常に経営難で毎日の食べる物にも事欠く始末でしたから私がいなくなれば少しでも口減らしになるかと思ったんです。 幸いな事に孤児院では人手も足らず掃除や洗濯、料理も人並みに出来るようになりましたから侍女になろうと言うのは自然な流れでした」
自らの苦労話を微笑みながら語るライリ。
おいおい… それは微笑みながら話せる内容じゃないだろう。
「そ、そうか… それは大変だったな」
彼女の苦労を想像すると、俺にはそう答えるのが精一杯だった。
「でも私は自分を不幸だとは思っていません。 世の中にはもっと不幸な人がいるのですから、これくらいで不幸だなどと言ったら馬鹿みたいじゃないですか!」
うぉっ、なんか彼女が眩しく見えるのは気のせいか?
「口減らしって事は、この家での住み込みを希望しているのか?」
独り身の俺の家に年端もいかない女の子が住み込んで働くとか嫌じゃないのかよ?
「ええ、もし許されるのでしたら是非… その代わり誠心誠意で一生懸命働きます!」
俺としては助かるが… う〜ん…
「私では駄目なのでしょうか…」
そんなうるうるした瞳で俺を見つめないでくれ! 駄目だと言えなくなるじゃないか…
暫くの時間、二人の間に沈黙が続く。
「まぁ、なんだ… 無理しない程度にな。 ええっと… 宜しく頼む!」
沈黙に耐えらず観念した俺はライリとの契約を交わす事になる。
「はい、宜しくお願い致します… ご主人様!」
心の底から嬉しそうに… そして恥ずかしそうに俺をご主人様と呼ぶライリ。
これは… そんなこんなで予想していたよりも、かなり小さい侍女を雇う事になった一人の冒険者の物語である。
拙い小説ですが、楽しんで貰えたら嬉しいです。