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王に至るクエスト

 夜に浮かぶ月のごとき輝きを放つ城がそこにあった。

 城の名はキャメリス。この時代において知らぬ者はいないとさえ言われる名城であった。

 赤竜が統べる赤竜王国ズライグ・レギオンの首都であり、騎士たちの聖地である。


 雨の日からさかのぼること数日、この日、赤竜王国はひとつの分岐を迎えていた。


「厳正なる選挙の結果、次期国王は竜爪騎士第三席オズウェル卿とする」


 宮廷魔術師ザカライアが言った。

 キャメリス城の一室、俗に円室と呼ばれる円状の部屋である。

 そこは赤竜王国の重要な取り決めがなされる議会であり、赤竜との謁見の間であった。

 超常的存在たる赤竜はその円室の北側に配置された鏡より様子をうかがっている。

 なにも言わず選挙の演説と投票を眺めているだけであったが、ただそれだけで不正を許さぬ抑止力たりえていた。


 数多の魔獣が蔓延り、魔獣の中でも特に力を持つ聖獣が土地の色となるこの世界ノズアークで、人々は暮らしていた。


 名を呼ばれ歩み出たオズウェルは、現国王グリフィスの前にかしずく。

 オズウェルが身につけている外套に描かれた竜の紋章は、彼が誉れある竜の子である証である。その下には甲冑があり、腰には剣を帯びていた。

 黄金の長い髪をひと束にまとめており、鼻筋からは気品がうかがえる美男子だった。わずかに揺れる翠の瞳も、覗き込めば魅入られる輝きがあった。

 そしてなにより、彼の髪に飾られた花が、彼を象徴していた。

 薄紅の花を乙女のように身につける彼であったが、不思議と嫌味と感じず、人々は彼を〈花飾りの騎士〉と呼んでもてはやした。


 その彼や対立候補を含み三名がこの日、王の座をかけて争っていた。

 兼ねて歴史より、王座を争う方法の多くは戦であったが、赤竜はそれをよしとしなかった。誰もが国を想う者なれば、血によらず解決するべきだと考えていたのであった。

 軍事国家たる赤竜王国は、その統治者を騎士団の中から選挙にて選出した。

 この日のために、遠征していた騎士が帰還、もしくは代理として信を置いている従騎士を遣わせている。


 王に選ばれた騎士を、人々はさも当然のことのように見ていた。

 決して大番狂わせではない。


「オズウェル卿、汝に王位を継ぐ意思はあるか」

「あります」


 簡潔に、彼は言った。

 通常であれば、麗句を並べ立てて、王になる決意を述べるもの。

 けれどもオズウェルはしなかった。


 ザカライアは頷いて、彼に王たる者になるための使命を言い渡す。


「これより語るは、王となる者の前日譚である。その偉業により、彼の者は王たることを証明せん」


 歴史より、王である者はその正当性を証明せねばならない。

 例えば、川の流れを操ること。村をひとつ興すこと。遠くの果実を持ってくること。異民族の姫を娶ること。戦に勝利し他国を屈服させること。

 そうした事実を、王たる者は持っている。

 それは騎士が冒険を経て武勲をたてることで、己の実力を証明するのと同じ。

 赤竜王国では即位の儀式として、赤竜より課された試練クエストを果たさなければならない。


 すると、現国王グリフィスは剣を取り出した。

 黄金の剣であった。

 赤竜王国につたわる黄金の剣は、二本。

 ひとつは支配を示す王剣。

 もうひとつは、初代国王の聖剣であった。


 目の前に差し出されたのは、聖剣であった。

 円室がどよめいた。その剣はたとえ式典であっても持ち出されることのないものであったからだ。


「オズウェル卿、これよりこの剣を持って、西へ行くのだ。そしてこの剣を還すがいい」


 それこそが汝の使命である。

 ごくりと、今度は打って変わって誰もが黙った。

 まるで冷たい風さえも吹き込んできたかのような空気であった。

 その沈黙を破ったのは、ただ一人、発言を許された者である。


「お受けしましょう。必ずや」


 やはり短く、けれども力強く答える。

 その姿を見て、彼を支持した者も、また支持しなかった者も安堵した。

 彼であれば大丈夫だろうと。

 すると、鏡の中にいた赤竜が首をしならせて、オズウェルを見下ろした。


「それは我が友の剣。ともに戦い、ともに平和を目指した者の剣。それ以上でもそれ以下でもない。剣はただ、剣でしかない。ゆえに、この国にはもう無用だ」


 竜の言葉に、オズウェルは頷くのみだった。

 剣を受け取った彼は立ち上がり、礼をする。

 騎士である彼の最後の仕事であり、王として君臨するための前日譚となる冒険の始まりであった。



    *     *     *




 オズウェルの試練の旅を支えるのは、二人の男だった。

 一人は彼の従騎士であるところのバートラムである。銀の拍車をかかとにかけ、胸には片翼のみ描かれた竜の紋がかけられていた。

 従騎士とは、主人である騎士の身の回りの世話をし、騎士としてなんたるかを学ぶ見習いであった。オズウェルが王となり次第、バートラムは一人前の騎士となる手はずになっている。

 もう一人はオズウェルの親友たる騎士ニコラスだった。同じころに精鋭たる赤竜騎士団に所属し、ともに戦場を駆けてきた。オズウェルの功績の裏には彼がいると言われるほどであった。


 聖剣と自身の剣の二本を帯びたオズウェルは、馬上から自身の帰る場所であるキャメリスを見た。

 白亜の城としてそびえ立つその城は、騎士たちの憧れだった。

 竜に認められた騎士としてそこに仕えることは、末代まで語られる栄誉である。

 そして自分が次のこの城へと来るときは、王としてだということに、ぶるりと震える。


「オズウェル様、癖が出てますよ」


 バートラムが言った。

 オズウェルは自分が左目のまぶたを押さえていることに気づいた。

 緊張が少し緩むと、〈紋傷〉のある左目を触ってしまう癖があった。

 人が生まれながらに体に持つという〈紋傷〉は、秘匿すべきものという慣習になっている。誰かに見せることは恥ずべきこととされ、多くの者は布で隠している。

 しかし、オズウェルは左目にあった。眼帯をすれば見せずに済むが、騎士である彼は目を隠すわけにはいかなかった。

 それが彼にとっては致命的なことであり、同時に包み隠さないという思いもあったのだ。


「……ついに試練か、と思うと、気は休まらないと思うが?」


 オズウェルの癖を知っているのは、親友であるニコラスも同様だった。

 手厳しい彼の言葉が身に沁みる。


「君たちがいれば、怖いものなしですよ」

「まさか。偉大なる巨人の騎士である〈銀獅子〉アルセルムに喩えられるお前であれば、一人でも十分だろうに」


 過去に生きた巨人を用いて、オズウェルはそう呼ばれていた。

 それは彼の、英雄的行動によるからだ。


 かつて雨降る戦場で土砂崩れが起こった際に、すぐさま敵将へ休戦を申し入れ、敵味方を問わず救出へ向かったのだ。己の命すらかえりみずに陣頭で指揮をとった彼は、様々な異名で称えられた。敵国から勲章を贈られてすらいた。

 その中に古の民である巨人の騎士、〈銀獅子〉アルセルムの名があった。

 川の流れを変えるほどの剣技を持つとさえ言われる彼は、伝説においてその剣で水難から村をひとつ救ったという話がある。しかもその村は、アルセルムの敵方の部隊が在留していたのだった。

 それを当てはめられて、オズウェルの名は一気に広まったのだ。

 酒場で楽器を弾いて歌う吟遊詩人が曰く「銀獅子ならぬ金獅子、そして赤竜の盾オズウェル」と。


 オズウェルはあいまいな笑みを浮かべる。


「やめてください。僕はそんなたいそうな人物ではありません」

「その名声を信じてこそ、人々はお前を王に選んだのだ」


 飾らない言葉でニコラスは言った。

 騎士というよりも無骨な武将である彼は、異国であればもっと評価されただろうに。オズウェルはそう思ったが、口にはしなかった。


「それに、勝つ見込みがあったからこそ、出馬したんだろう?」


 ニコラスの言葉に、参ったな、と頬を掻いた。

 この友人は実に鋭く、端的なことを述べる。そしてそれは、オズウェルが抱えているものへと深く入り込んでくるのだ。


「まだわからない。どうしてお前は、王になろうだなんて思ったんだ」


 オズウェルはその問いには答えず、馬の速度をわずかにあげた。





 出立から時間が経った。じきに夕暮れ時である。キャメリスは遠く見えなくなり、代わりに森が迫ってきていた。

 魔の森と言われるこの森を抜ければ、次の都市があった。しかし今日はここで進行を止めて、野営するのがいいだろう。

 魔獣が蔓延るこの森で夜を過ごすのは得策ではない。森に入る前に一晩過ごし、明日に一気に駆け抜けてしまうのがいいだろう。


「よし、今日はここまでにしましょう。野営の準備を……」

『避けろ、オズ!』


 途端、声が響いた。その声に驚いたのはバートラムとニコラスであり、当のオズウェルは何か言うよりも早く馬を操ってその場を離れた。

 矢が三本、降ってきた。オズウェルがさっきまでいた場所に、それらは突き立つ。

 放ったと思われる方向を向けば、騎馬が駆けてきていた。数にして九騎だ。馬上で弓を扱うなど、並大抵の技術ではない。盗賊などではないのは明らかだ。


「敵だ! 二人とも、備えてください!」


 そう言ってオズウェルは兜を冠る。バートラムも同じように兜を身につけた。

 しかし一人だけ、不可解な動きをする者がいる。


「ニコラス!」

「オズウェル、覚悟しろ!」


 剣を抜いて迫るニコラスに、咄嗟に反応できなかったオズウェルは間一髪で躱した。馬術にも優れる彼と、ときに最も頼りになる友である愛馬ドゥエインの連携の成し得たことだった。

 距離をとる両者は、馬を互いに円を描くように歩かせる。


「どういうことですか」

「見てわかることを問うのは、お前の悪いところだ。優しすぎるのだよ」


 そう言った彼の背後に、追いついてきた九騎が並んだ。

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