やきゅうフレンズ
初対面の人に男と認識された事が一度もない一稀だが、一人だけそんな一稀を男だと見抜いた男がいる。
その男の名前は和馬。
今では親友の和馬と一稀の出会いは...意外とあっさりしていた。
「...あぁ...今日から中学校だな...」
「元気ないね!大丈夫〜?」
小学校の頃とは真逆だねと言わんばかりの顔で一稀が声をかける。
「だって勉強難しいんだろ...?」
「大丈夫だよ!友樹は勉強が苦手なだけでやってない訳じゃないんだからさ!」
「...でも嫌なもんは嫌なんだよ...」
「まぁ、勉強すれば勉強は簡単だよ。」
「...なんかそれ、おかしくね?」
「...あ、結構中学校は近いね〜...そうだ!クラス表見に行こ〜!」
「...おう...」
一稀がはぐらかしたので、友樹は少しだけ呆れた顔をして一稀を追いかける。
「あ...クラス別だな。」
「...つまり...一年間イタズラの相手がいない...?」
「いや、俺以外にも誰かいるだろ...?」
「なるほど!しかし止めないんだね。」
「止めた所で聞かないのは知ってるしな......流石に虫はやめろよ。」
「え。」
「やるつもりだったのかよ...じゃあな。」
「僕がいなくても泣かないでね〜?」
「小学生の時の話はやめてくれ...」
友樹は二組で、一稀は三組だった。
一稀と友樹は教室前で別れ、一稀が教室に入ると、おそらくズボンを履いてることに違和感を持たれたのか、困惑の声が上がる。
慣れているため、一切気にすることなく一稀は自分の席を確認し、そこに座る。
「よっ...えっと...名前、なんていうんだ?」
「...一稀。」
「なぁ、一稀...お前野球やってるだろ?」
「...え...やってるけど、なんで?」
「その手を見たらわかるって。相当投げ込んだんだろ?ピッチャーかぁ...大変だよな。」
「え、あ...うん...君もやってるの?」
「あぁ、セカンドをな。でもピッチャーの方が大変だろ?すげぇよなぁ...」
「僕はセカンドも凄いと思うけどね。」
「一稀、部活は勿論野球部だよな?」
「うん、そのつもりだよ。」
「お〜よかったよかった。俺最近引っ越してきてさ、知り合い誰もいねぇんだよ。」
「そうなの?これで一人友達が出来たね!」
「...おう。俺は和馬、よろしくな。」
「うん、よろしく!」
和馬は一稀の事を完璧に男だと認識しているようで、その後も野球話で盛り上がった。
「...お?そいつ新しい友達?」
「うん。あ、さっき言ってた友樹だよ。」
「俺は和馬。よろしく。」
「おう!よろしくな!」
その後は案の定友樹と和馬の間にも友情が芽生え、三人は親友となった......
「...あれ?一稀と静葉ちゃん前と比べると雰囲気変わった?」
「...そ、そんなことないですよね!先輩!」
「うん〜。付き合っただけだよ〜。」
「先輩ッ!」
「やっぱりか。」
静葉は和馬に関係がバレるのを恐れ、繋いでいた手を必死に離そうとするが、一稀がそれを許さずにあえなく和馬にバレてしまう。
「まぁ...前から仲良かったし、自然っちゃ自然か。それにしてもまぁ...雰囲気変わりすぎじゃね?」
「...せ、先輩が好き...ですから...」
恥ずかしそうに答える静葉の隣で、一稀はへにゃりと笑いながら、
「可愛いでしょ。僕のだから取っちゃダメだよ。」
「先輩ッ!?」
「いや取らねぇよ...」
一稀に彼女が出来たが、関係性が変わる事は一切なく、たまに一稀との予定が合わなくなるくらいの違いしか起こらなかった。
「...友樹的には一稀に彼女が出来たのはどう思ってんだ?しかも相手が妹だけど...。」
「そうだな...一稀も異性を好きになることがあるんだな...って安心したよ。」
「保護者かよ...でも...二人ともに先越されるとは思ってなかったな...少なくとも一稀よりは早く出来ると思ってた俺が馬鹿だった...」
「え?でもお前結構告白されてるけど断ってるじゃねぇかよ。」
「あ、あー...それはなぁ...」
「友樹、何してるの?」
「よっ、香澄。今は和馬の恋人問題について話してたんだ。」
「へぇ。」
「興味なさそうだね...まぁ話さないんだけどさ...」
和馬と一稀が仲良くしているうちに、友樹にも出会いがあった。
「おはよう。お前いつも暇そうだな。」
「...おはようございます。勉強も簡単で、部活もマネージャーで、毎日が退屈なんです。せめて問題がもう少し難しければ人生楽しいのですが...」
「いや俺にとっちゃ既に難しいんだけど...」
木場香澄。
運動、勉強など、何をしても完璧にこなしてしまうせいか、人生がつまらないと言っている。
野球部のマネージャーをしているが、どこか無気力で、やる気がない。
「...何か楽しい事を知りませんか?」
「んー...そうだな...じゃ、好きな人でも作ってみたらどうだ?デートとか楽しいかもよ?」
「...好きな人ですか...それは楽しいんですか?友樹はどのような経験が?」
「いや、ないけど。」
「...まぁそうだとは思いましたけども...」
こんな二人が付き合うことになったのは一年の修学旅行の時だった。
山道を登っていき、宿の前で先生が生徒を並ばせていると、
「先生!香澄ちゃんがいない!」
「せ、先生!友樹もいない!」
「なんだって!?」
二人は少し深い谷に落ちてしまっていた。
理由は少し前に遡る...
「...はぁ...はぁ...」
「...香澄、大丈夫か?」
「は、はい...いつもなら余裕なのですが...何故か今日は...」
謎の疲労により皆から大幅に遅れていた香澄に気付いた友樹は、香澄を支えていた。
「ご、ごめんなさい...友樹...」
「謝らなくたっていい。大丈夫だ。」
「でも...皆を待たせるって...ことでも...」
「お前はいっつもネガティブだな。俺がいいっていうからいいんだよ。」
「あはは...そうです...か...」
「お、おい!?ちょっ...あっ!?」
香澄が気を失い、うなだれる。
その影響で友樹の重心が谷側に立っていた香澄側に寄り、二人は谷へと転落してしまった。
「...ん...」
「ん、起きたか?」
「は、はい...ここは...」
「ちょっと深めな谷に落ちてしまったらしい。助けを待とう。先生が助けに来てくれるはずだ。」
「そんな...私のせいで...友樹まで...」
香澄が涙を流す。
友樹は今まで香澄が泣いた所など見たことがなかったため、驚いていたものの、自分のハンカチを取り出して香澄に差し出す。
「俺は大丈夫だ。」
「優しい...よね...友樹って...」
「そんなことねぇよ...これしか出来ないのが俺なんだよ。お前だって、本当のお前でいていいんだよ。敬語使ったりして無理しやがって。お前本当はもっと可愛いだろ。何に対して遠慮してんだよ。」
普段は馬鹿らしく振舞い、ネガティブになってもすぐ切り替えてくれる友樹にここぞとばかりに色々言われ、香澄は混乱する。
「...そんなの...わからないよ...」
「...わからないのに何かに遠慮して敬語を使ったりしてたのか?」
「...私は!弱虫なのよ!何に対して遠慮してるかなんて私にはわからないけど!皆が離れて行く気がして!嫌われたくないから!偽りの自分を作って嫌われないようにしていたのよ!」
香澄の今出せる精一杯の大声は、全く大きくなく、皆に見つけてもらうには小さかった。
しかし、友樹に対しては十分だった。
友樹は安心したような顔で香澄の頭を撫でて、声をかけた。
「...ようやく本音が聞けたし、本当のお前が知れたな。大丈夫だ。お前から離れる奴はいない...俺は離れない。」
「...馬鹿。何かっこつけてんの。」
「なんだよ、離れられたいのか?」
「...」
「...なんて...冗談だよ真に受け...」
最後まで言う前に、香澄が友樹に抱きつき、言葉を途切れさせる。
友樹の代わりに、香澄は泣きながらこう叫んだ。
「離れないで!」
その魂からの叫びは、友樹にしっかりと届き、友樹は香澄の頭を撫でて、香澄を落ち着かせる。
香澄が落ち着くと同時に、タイミングよく先生が二人を見つける。
「おーい!大丈夫かー!?」
「は、はい!大丈夫です!」
「ちょっと待ってろよー!救助を呼ぶからなー!」
先生が走って行くと、香澄が笑って友樹に話しかける。
「やっと...だね。」
「あぁ、そうだな...それにしても、香澄の不調はなんだったんだろうな?」
「...わかんない。でも、そのお陰で友樹と...そのえっと...」
「もう恋人でいいだろ。俺お前の事好きだし。」
「こ、恋人になれたしね!...私はむしろ不調になれてよかったよ。」
「...ってかよ、お前そんなに可愛いんだから、性格偽るとか馬鹿な事やめてもっと素直になれっての。」
「うっ...そんな褒められ方...嬉しくない...もん...」
そう言いつつも内心では喜んでる香澄と、それを理解しているのか友樹はニヤニヤしている。
その後二人は無事に助け出され、少しボロボロになって皆の元へ向かった。
『...これでよーし。あー、疲れたぁ。先生を誘導するのと香澄の状況を作るのを同時に行うの、めんどくさかったぁ...でもこれでようやく二人がくっついてくれた!よかったよかったー!これで早く付き合えよって思いながら寝なくて済むよぉ。』
二日後の朝、学校で真っ先に友樹を見付けた香澄が声をかける。
「友樹、おはよう。」
「おはよう、香澄。」
「そ、その...一昨日はありがと...」
香澄が顔を少し赤く染めて礼を言う。
「気にすんなよ。」
「あと...皆もこっちの方がいいって...」
「ほらな。俺の言った通りだろ?」
「...まぁね。」
「...へぇ、そんな出会いだったのかお前ら...」
「あはは〜、僕と静葉ちゃんよりなんだかロマンティックでカッコイイね!」
あるカフェで出会った時の話をしてやると、和馬は「いい脅しの口実が出来た。」と言いながら不気味な笑みを浮かべやがるし、一稀は珈琲を飲みながら「いいねぇ〜青春だね〜」なんてことを言ってやがる。
一稀が「おかわり無料だから!」と言って飲み始めた7杯目の珈琲を飲み終わり、「飽きた。」と言ったので、俺らは会計を済まして外に出る。
「...なぁ、やっぱり和馬は彼女作らないのか?」
「それは僕も思ってた。告白されてるところ何回も見てるけど絶対一つ返事で断るよね...なんでなの?」
「...ちゃんとした理由は、ある。」
「いつか聞かせろよ?」
「うっ...わかったよ...」
その時、車の音が聞こえた。
俺達は車道に出てしまっている子供の姿が目に映り、それを見た一稀が真っ先に飛び出そうとした。
こいつはいつもそうで、自分のことなんて全然気にしないで人のことを助けようとする。
俺にはそこまでの度胸はないし、俺の身体はまだ飛び出そうしていない。
...だけど、俺はもう一人、一稀よりもその意識や、度胸がある奴を知っている。
現に今も、一稀を横に突き飛ばして、自分が助けに行こうとしている。
名前は和馬。
そいつは運動神経が人一倍良くて、お人好しで、皆を明るくしてくれるが、本当は少しだけ暗くて、自分を犠牲にしてまで人を助けようとする奴。
そいつはギリギリで子供を助け、親に礼を言われる前にこっちに笑いながら戻ってきやがった。
「いや〜、危なかったな!」
「...馬鹿なの?僕を突き飛ばしてまで自分が助けに行きたかったの?」
一稀は別に責めているというわけじゃなく、和馬が心配だからこそ怒っているのだろう。
和馬は笑うのを止め、真剣な顔でよくわからないことを口にした。
「...俺はもう二度と目の前で大切な人が車に轢かれるのを見るのはごめんなんだよ。」