天才ですが何か?
八九高校...その名の通り、野球の名門校に入学した広川一稀(ポジション投手)と幼馴染で親友の多田友樹。(ポジション三塁、外野)
二人は八九高校の野球部に入るために、小学生の頃からずっと野球をやり続けていた。
そんな一稀には一つだけ悩みがあり、それは自分の容姿が女に見えるからか、高校では女子扱いを受けていて、たまに男に告白されたりすることもある事だ。
「おはよう一稀...おいおい、ボタンズレてるぞ?直すからちょっとじっとしててくれ。」
「ありがと〜友樹ぃ〜...」
一稀はこういった性格もあり、全員に『放っておけない人』と思われ、学校で一番人気と言っても過言じゃないポジションに立っている。
友樹はその放っておけない精神を小学三年生の辺りから思い始め、今ではすっかり一稀の事を理解してしまい、一稀に凄く懐かれ、懐いている。
一稀と同じく、友樹もそのお人好しな性格のおかげで一稀に続いて人気のポジションに立っている。
しかしテストの点はよくなく、中学三年間毎回学年一位の一稀に教えてもらい、なんとかなっている。
「よし...それにしても、やっと部活に入れるな。」
「うん。そうだね...早く野球したいなぁ。」
そんな話をしていると、一稀は何かの気配を感じ取り、その場から少し横に離れる。
「お〜っす。」
「ぐえっ!」
動かなかった友樹は後ろからのしかかってきた男に潰され、声を上げる。
「和馬...そろそろそれやめろ...」
鈴木和馬(ポジション二塁。)
中学の時にこちらへと引っ越してき、一稀と友樹と一緒に野球をしている。
「...うーん...そろそろ友樹だけじゃなくて一稀の苦しむ顔も見たいな...」
「それはわかるが離せ。」
「わかるて。」
「お前は見た目に反して強すぎなんだよ。察しもいいし、筋肉質じゃないのにどうなってんだよ。」
一稀は柔道と空手で何度も全国一位を取っていて、戦闘能力に長けている。
しかし、和馬の言う通り一稀は筋肉質ではない。
一稀はいくらトレーニングしてもこれ以上の肉体を得ることが出来ず、呪われているのではないかと疑っている。
ちなみに一稀は他にも様々な習い事をしていたが、「野球ほど楽しいと思わなかった。」という理由で全てやめている。
それに対し友樹と和馬は野球以外に特に何かしていた訳ではないのにガッチリとしていて、ついでに言うとイケメンである。
......イケメンなんて滅んでしまえばいいのに......
と一稀は嫉妬心が湧き上がってきて、少しだけトゲのある言葉を口に出してしまう。
「...実力の差だよ。野球でも...ね。」
「いやお前の球が早すぎるんだよ!この前コントロール関係なしに投げてもらった時135出てただろ!中学校の時の顧問入部したてのお前の投球見て固まってたわ!」
和馬が少しムッとした表情をしたのを見て、友樹はすかさず一稀を持ち上げる。
和馬もそれに流され、一稀を評価する。
「まぁ...今でもう変化球5個投げれるもんな。」
「とかいう2人だって打率0.726と0.754でしょ?凄いじゃん!」
一稀はあまり誇りに思っていないが、この三人は《天才》と呼ばれ、世間からも注目を浴びる存在となっている。
「やっと着いた...相変わらず遠いなほんと。」
「...んじゃ、部活でな。」
「うん。」
一稀と友樹は三組で、和馬は四組のため、三人はここで分かれる。
「...あぁ...」
「...大変だな。」
「あっ...うん...」
一稀が教室のドアを開けると、
「「「おはよう!」」」
何でそんなに息ぴったりなのだろう。待ち構えていたのだろうか。もしかして登校時間計算されつくされてたりする?
一稀が様々な思考を巡らせているうちに各部活入部希望者に囲まれる。
「ねえねえ一稀君!一稀君はどの部活に入るの?」
「え...僕は野球部に...」
「えー!一稀君音楽の才能あるんだから吹奏楽部入ろうよー!」
「おい一稀!お前柔道全国一位だったらしいな!?柔道部入らねえか!?」
「絵の才能もあるんだから美術部もいいと思うぞ!」
「いやいや!水泳部なんてどうだ!?」
「なによ!みんなして...なら演劇部に入ってよ!」
何故か野球部にしか入れない一稀の取り合いで皆が騒ぐのを見て、友樹が静かに立ち上がる。
「俺はサッカーをやってみてもいいと思うぞ!」
「ふざけんな!こいつは陸上部が向いている!」
「あの...そのえっと...僕は...」
友樹はゆっくりと一稀の側へと近寄っていき、
「おい。」
一稀の肩を掴み、一稀も驚くくらい低い声で声をかける。
「あっ...友樹...これは...その...」
「あ〜...えっと...」
...散々一稀を困らせてそれかよ。
と思うが、それを何とか自分の中で抑える。
「...一稀は野球部に入るためにここに来た。勿論野球部の他に部活を掛け持ちしている余裕なんてないし...それに...一稀が困ってるだろ?...いい加減にしろ。」
「あ...その...ごめん一稀...」
「ご、ごめんね一稀君!」
「...うん、大丈夫。友樹、ごめんね?」
「お前は謝らなくていいんだよ...あ、それよりもこの前面白い動画見つけてよ〜...」
「...と、友樹君って...怒るとめちゃくちゃ怖いね...」
「あ、あいつ滅多に怒らないからな...。」
「怒らないっていうか...一稀君関連でしか怒ったところ見たことないっていうか...」
「ようやく部活だな!おしいこーぜ!」
「気合入ってるけど僕達まだ雑用しか出来ないんじゃないの?」
「いや、この学校は実力式だから一年でベンチ入りもありえるらしいぞ。逆に三年で二軍とかもあるらしい...って先輩が言ってた。」
そんな説明を聞いていると、球場に到着した。
オープンスクールの時からわかっていた事だが、やはり設備が充実しまくっていて、プロ野球選手の排出率が高いのも頷ける。
一年生は全員顧問の元へ集まっているようで、三人は急いで荷物を置きその場へ走る。
「...これで全員だな。野球部に入部してくれた47名の一年生諸君。歓迎しよう。ここが名門校の野球部だ。全員が経験者と聞いている。まずは実力を試させてもらおう。判定するのは三年だ。結果次第では二軍。あわよくば一軍入りだ...亀井、頼む。」
「はい。」
顧問の先生が二年生の元へ向かったのを確認した亀井先輩は、優しく一年生に語りかける。
「みんなよろしく。キャプテンの亀井だ。ポジションはキャッチャー。投手の一年生は俺が判定する...まぁ、ここの野球部は他の野球部よりもメニューが過酷だ。一軍、二軍、三軍...そして、四軍...どこに入っても同じ練習という訳じゃないけど...まぁ、厳しい練習なのは覚悟してくれ。じゃあ...三年生集合!一年生のテストだ!...ピッチャーは俺の所に来てくれ。」
「じゃ、後でな。」
「あ、うん。頑張ってね。」
一稀を含めた三人が亀井先輩の前に集まる。
「...よお、一稀。お前ならきっとベンチ入りだろ。あとお前相変わらずのその...あれだな...」
「お久しぶりです。亀井先輩。わからないですよ〜...あと...もう...うん、気にしないでください。」
一稀と亀井は小学生の頃から野球をしていて、今でも個人的に練習をする程の仲だ。
「よし、ピッチャーのみんな。とりあえずは投げてもらおうかな...あー...一稀は最後な?」
「え、なんでですか?」
「お前の投球を一番最初に見て自信をなくされると困るからな...」
「暇なので寝ててもいいですか?」
「駄目に決まってるだろ。」
一稀を除いた二人の投球が始まり、一稀は頷いたり、首を傾げたり色んな表情を見せる。
流石に経験者ということもあり、球速も十分で、コントロールも良く、変化球のキレも悪くなかった。
「...ま、こんなもんか...さてと...おーし、一稀!思いっきり来い!」
「はーい...よっ!」
「うおっ!?」
亀井は唐突な投球に驚いたものの、うまく体制を変えて一稀の速球をキャッチする。
「...ったくお前はいっつも俺のペースに合わせてくれねぇんだからよぉ...んじゃ、そこのビビってる二人にお前の決め球投げてやれ。」
「はい。じゃあ行きますよ?」
「おう!」
「...らぁっ!」
一稀は亀井のミットの近くで大きく変化する完璧な高速スライダーを投げる。
「...まだまだ甘いな、一稀。」
亀井は少しドヤ顔をしながら一稀に近付いていく。
「...流石ですね亀井先輩。」
「...あ〜...一稀、今年はピッチャーが少なかったみたいでな。まだちょっと合同練習まで時間かかりそうだし、それまでキャッチボールでもするか?」
「いいんですか?是非お願いします!」
「友樹君!も、もういい!もういいから!交代!」
「もうちょっとで本調子が出そうなんだよ!もうちょっとだけ投げさせてくれないか!?」
「それで本調子じゃないってどうなってんの!?君合格!余裕で合格だから!一年だけじゃなくて先輩達もビビっちゃってるから!君監督と相談!」
「お、おい!あの和馬って奴もそろそろ交代させろ!セカンドに飛んでいったボール全部取られてるじゃねぇか!あいつ合格!あいつも監督と相談でいいから!これじゃバッティング練習にも守備練習にもならねぇよ!もうこれあいつ一人へのノックだよ!」
「おい一稀!バッターが打てねえ球を出すな!手を抜け手を!お前の番のバッターが可哀想だろ!」
「おい今年の一年どうなってんだよ!?」
「さよなら俺のレギュラー...」
「野球がしたいだけの人生だった...」
ちなみに結果は三人とも一軍どころかベンチ入りだった。