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エアコンが壊れた

作者: ほうじ茶
掲載日:2016/08/30

 うだるような夏の午後。バイトが終わり、塩辛い汗を滴らせながらアパートに帰ってきた彼は、玄関脇に置かれた洗濯カゴにバックを投げ捨てると、ベットの上に無造作に転がっている灰色のリモコンを引っつかんだ。夏の暑さにイラつきすぎて、もはや苦悶の表情を浮かべた顔で窓際のエアコンを睨みつけ、銃撃の勢いでリモコンのスイッチを押した。

 彼はクリーム色に薄汚れた前世紀産のエアコンを眺めた。そして、緩やかなカーブを描くウイングが彼に向かって開かれるのを今か今かと待っていた。

 平凡な彼に予感などありはしない。無造作に靴を脱ぎ捨て、なけなしの開放感を味わうのと同じような面持ちで、エアコンのある夜を迎えようとしていた。

 ところが、しかし、翼は開かない。

 リモコンを握った彼の手がわずかに震えた。湿った唇が力尽きるように開いては、「嘘だろ」と声を漏らす。

 火照った彼の体のうちを、稲妻のような怒りが貫いた。

 怒りは瞬時に焦りに変わり、焦りは徐々に恐怖を覚醒させる。彼はリモコンを力いっぱい握り締め、願うように、崇めるように灰色のボタンを何度も何度も押しまくった。

 しかし、エアコンは音階の等しい電子音を返すばかり。彼の希望は粉々に砕け散り、心の奥底から謎の屈辱感が湧き上がった。なぜだ。どうしてエアコンが付かんのだ。

 彼は右腕を振り上げた。もはや一円にすら劣るこの灰色のリモコンをぶち壊したくて仕方なかった。しかし、彼は迷った。床に叩き付けると階下の住人に迷惑がかかる。壁に叩き付けてもそれは同じこと。 

 彼は理性的に怒り狂っていた。腕を振り上げたまま、ベットに仁王立ちになり、枕目掛けて全力で投擲した。リモコンは彼の胸元まで跳ね返ると、回転しながらフローリングに落ちていった。

 大きい、耳障りな音が鳴る。しかし、彼にはむしろ心地よく響いた。破滅的な感情の時には、破滅的な音がよく馴染む。

 彼はベットの上で2、3深呼吸し、ようやく落ち着いた。彼は一人暮らしだ。ずっとキレていたのでは事態は何も解決しない。どころか、更なる泥沼にハマる事を彼は身を持って知っていた。非常な困難にぶち当たったときは、冷静さを取り戻し、その困難を直視することが大事なのだ。

 彼はソロソロとベットを降り、居間の窓を開けた。日暮れだというのに生ぬるい風が両腕を伝う。チリチリとした怒りが再び湧き上がったが、彼は怒りをグッとこらえた。なに、冷たいシャワーでも浴びればいいさ。濡れた体で夜風に当たれば、少しも涼しく感じるだろう。

 彼はいそいそと服を脱ぎ捨て、小さな浴槽に飛び込み、シャワーの栓をグイとひねった。ああ、これほどシャワーの水を浴びたいと望んだのは、ガキの頃の泥遊び以来だ。

 ところが、いつまで経ってもシャワーが出ない。それもそのはず。彼は水道代を滞納し続けたため、つい先ほど止められてしまったのだ。自業自得、とはいえタイミングが悪すぎる。これではもはや拷問だ。

 彼は再び怒り狂った。

 

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