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読んでも読まなくてもどっちでもいい

チタンボーイ

作者: 阿部千代

 少年は目を閉じ、仰向けに寝転がっていた。

 音もなく部屋の明かりが点いた。まぶたを貫通してきた光で、少年はそれに気づいた。

「起きろよ」

 足音は聞こえなかったはずなのに、耳元で声がした。少年はそれでも身じろぎひとつせずに目を閉じていた。

「交換は済んだ。目を開けろよ、チタンボーイ」

「ぼくをチタンボーイと呼ぶなよ、藤枝」

 目を閉じたまま、少年は苛立たしげに言った。

「からかっただけだ、そう怒るな」

「ぼくをからかうなよ、藤枝」

「チタンボーイはご機嫌ななめか」

 少年は目を開き、藤枝を睨んだ。おびただしい数のケーブルが接続されている化け物じみた大きな機械に繋げられたモニターを眺めながら、藤枝は鼻唄を歌いはじめた。

 部屋には機械と、モニターと、少年が寝ているベッドがあるだけだった。少年を含むその全てが大小様々なケーブルで繋がっていた。

「歌うなよ、藤枝」少年はまた目を閉じて言った。「うるさいんだよ」

 少年の言葉を無視して、鼻唄まじりの藤枝はモニターを眺めつつ、大きな機械のつまみやスイッチの類を好きなだけいじくりまわすと、少年に接続されているケーブルを抜きはじめた。

「藤枝」

「なんだ?」

「今日は動かなくていいでしょ」

「動きたくないのか?」

「うん」

 ケーブルを抜く手を止めた藤枝は、ひとつ小さなため息をついた。

「わかった」

「サンキュ」

 藤枝はもう一度少年にケーブルを繋げはじめた。

「明日は——」

「わかってるよ、藤枝」

 何か言いかけた藤枝を、少年がさえぎって言った。藤枝が少年に向かってうなずいた。

 部屋の明かりが消えた。藤枝は来た時とは違って、ちゃんと音を立てて部屋から出て行った。遠ざかる藤枝の足音が聞こえなくなると、少年は鼻唄を歌いはじめた。ついさっきまで、藤枝が歌っていたメロディだった。



 藤枝の足音が聞こえてくる。ばしゃーんと何かが落ちた音が廊下に響く。きっと藤枝がファイルか何かを落としたのだろう。少年はほんの少しだけ口もとをほころばせた。

 ドアの開く音がして、部屋の明かりが点く。まぶたの裏で少年は暗い光を見る。

「起きろよ」

「起きてるよ」

「じゃあ、目を開けろ」

「おはよう、藤枝」

「ああ」

 モニターをじっと見つめて、藤枝は少年を少し睨んだ。

「おまえ、あんまり寝てないだろう」

「どうだろう? わからないよ」

「ごまかすなよ」

「ごまかしてなんていないよ」

 眉間にしわをよせて少し考え事をしていた藤枝は、軽く首を横に振って、少年の体からケーブルを抜きはじめた。

「頼むよ、チタンボーイ」

「ぼくをチタンボーイと呼ぶなよ、藤枝」

 藤枝は少年の体からケーブルを全て抜いて、少年に起き上がるよう促した。

「大丈夫か?」

「問題ないよ」

 体を起こした少年は、ゆっくりと床に足をつけ、そのままベッドから立ち上がった。

「ほら、ね。大丈夫」

「よし、じゃあ行こう。くれぐれも無茶するんじゃないぞ」

 ゆっくりとした動きで歩を進める少年を心配そうに見つめながら、藤枝は少年と部屋を出て行った。部屋の明かりは点いたままだ。


 駆け足と車輪が転がる音が近づく。

 部屋のドアが乱暴に開き、焦った様子の藤枝と、自動掃除機に大きなガラスの筒をくっつけたような機械がなだれ込む。ガラスの筒の中には苦しそうな表情の少年がいた。

 耐熱手袋をつけた藤枝は、ガラスの筒から出した少年をベッドに寝かせて、少年の体に急いでケーブルを繋ぎはじめた。少年の体からはしゅうしゅうと煙が立ち昇っている。

「なんだってあんな真似をしたんだ」

 モニターと機械と少年に、順に視線を配りながら、藤枝は責めるような口調で言った。

「大丈夫かなと思ったんだ」

 少年が抑揚のない声で言った。

「嘘をつけ。大丈夫なわけがないだろう」

「あいつらのね、ぼくを見る目が嫌だったんだよ、藤枝」

 藤枝は怒っているのか悲しんでいるのかよくわからない表情で少年を見つめた。

「藤枝」

「なんだ、チタンボーイ」

「そう呼ぶの、今回は許すよ、藤枝」

「で、なんだよ」

「何か話を聞かせてよ」

「なんだ、突然」

「おねがい」

 目を閉じ、大きなため息をついて、藤枝は辿々しく話はじめた。

「そうだな……砂漠がな、あったんだ。とても大きな砂漠だ。そこに不時着した飛行機があった。あー……故障したんだ、飛行機が。その飛行機には、男が一人、乗ってたんだな。砂漠ってのは、まわりに人がいないから、そのままだと男は、その……非常に危険だっていうんで飛行機を直そうとしたんだ。でも直らないからどうしようって思っていたときに、ひとりの男の子が現れた。……で、男の子はそいつに羊の絵を書いてくれって頼むんだよ。男は絵が苦手だった……んだよな、確か。それでも描いたんだよ、よくわからないけどさ。でも、いくつか描いても男の子は納得してくれないんだ、これが。面倒になった男は、箱の絵を描いて男の子に渡したんだ。羊はこの中に入ってるよってね。そうしたら、男の子は喜んでね。こういう羊を探してたんだ……って。それで、その男の子は、どこかの星の王子さまだったんだっていう話」

 そこまで話して、藤枝はおどけたような表情で肩をすくめた。

「それだけ?」

「いや」

「続きは?」

「あるんだけど、忘れたよ」

「よくわからないよ、藤枝」

「おれの話が下手すぎるんだ。明日、その本を持ってきてやるよ」

 藤枝は、大きな機械のつまみやスイッチをせわしなくいじって、しばらくモニターを見ていたが、思い直したように少年を見た。

「今日はちゃんと寝ろよ」

「じゃあ、羊の絵を描いてよ」

 藤枝は苦虫を噛み潰したような顔をして、胸のポケットからペンとメモ紙を取り出し、さらさらっと何やら描いて、少年にメモ紙を渡した。

「これなに?」

「羊だよ」

「羊? これが?」

 少年はくすくす笑った。

「うるさいな。絵は苦手なんだよ」

「まあいいや。寝るよ、藤枝」

 部屋の電気が消え、ドアの閉まる音に続いて、藤枝の足音が遠くなっていった。

 少年は暗がりのなか、しばらくの間くすくすと笑い続けていた。


 ドアが開く。部屋の明かりが点く。

「起きろ。はやく起きるんだ」

 肩で息をしながら藤枝は少年を揺り起こした。

「どうしたの、藤枝。まだ起きる時間じゃないよ」

「よく聞け。おまえはここから出るんだ。もう戻ってきちゃいけない」

 いつにも増して真面目な顔で、藤枝は冷たく言い放った。

「意味がわからないよ、藤枝」

 少年はきょとんとしている。

「わからなくていい。今すぐここから出ていくんだ」

 そう言って、藤枝は少年の体からケーブルを外していく。

「こいつを着ろ。帽子は深く被るんだ。急げ」

 シャツとズボンと鳥打ち帽を手渡された少年は、なおもきょとんとしながら、言われた通りに着替える。

「いいか、絶対に捕まるなよ。捕まりそうになったら必死で逃げろ。とにかく逃げろ。おまえの見たいものを見て、行きたいところに行け。動けなくなるまで、生き続けるんだ」

 少年の肩を掴んで、藤枝は強い口調でまくしたてた。

「行けよ、はやく!」

 少年がわけのわからないまま、部屋から出ようとすると、藤枝が少年を呼び止めた。

「ちょっと待て。ほらこれ、約束の本だ。昨日の話の……」

 藤枝はそう言って、少年のズボンの後ろのポケットに文庫本をねじこむ。

「あばよ、チタンボーイ」

「ぼくをチタンボーイと呼ぶなよ、藤枝」

 少年が走り去ってゆく。

 藤枝は両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込み、しばらく体を震わせたあと、ふらつきながら部屋を出て行った。

 少年も藤枝も、二度とこの部屋に戻ることはなかった。


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