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竜子unemployed  作者: 上野衣谷
序章「皆が皆、立派じゃない」
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第1話

 ドラゴン。神話や伝説様々な舞台に登場し時に世界を恐怖させ時に世界に平和をもたらしてきた種族。

 他を寄せ付けない強さを誇るドラゴンの一族により築かれた国、タラクン王国を前身とするタラクン共和国連邦は幾多の戦乱を超え、この世界の経済、技術、軍事を強く支配していた。

 狩猟生活を行って暮らすようなドラゴン元来の身体を持つ者はごくわずかになっていたものの、人型の身体にドラゴンの血が濃く混ざり外見的特徴にも強く表れている人型の男性「竜人」、同じく女性「竜子」の血統は共和国制を取る現政権にも強く力を示しており、種族差別撤廃が声高に叫ばれる中、重要な地位の多くをドラゴンの一族が占めていた。




 タラクン共和国連邦首都、ドラゴニア。そびえ立つ高層ビル群の姿は世界の栄華を一心に集めたかのよう。世界最高水準の世界都市であり、世界の商業、文化、エンターテイメントなどに多大な影響を及ぼしている。

 都市中心部にはほとんど人々は住んでおらず、多くの人にとってドラゴニア中心部は働きにくる、あるいは、遊びに来るための場所であった。ここに働きに来る労働階級の多くは都市郊外から公共交通機関を利用して来ている。

 かつてはドラゴンが支配したこの地だが、今や住む種族は多種多様。原生的な強さを求められることはなく、主に頭脳を求められるこの都市中心部での労働に従事するのは、純人間の他に、エルフ系統の混血、また、フェアリーなど小人系統に分類される身体の小さな者たち等、頭脳労働に適した才能をもつ者らが多い。

 しかし、そんな彼らであっても、この都市中心部から一時間程かかるような場所に住居を構えざるを得ない。それほどまでに都市中心部の地価は高いのだ。


 けれども、この都市中心部を居住スペースとしている者らがいる。それが許されるのは、かつてよりこの地を支配していた一族であり、今もなお世界に多大な影響力を及ぼす一族、由緒正しいドラゴンの一族である。それら一族の一つにファーフニル家がある。

 かつて大地を司る力を持っていたとされるドラゴンの血筋を引き、今なお連邦議会に数名の議員を輩出し続け、その他にも農業や飲食業関係の大企業をいくつか所有しているとされる名家だが、今一人の問題児をこの世に輩出ではなく排出しようとしていた。


 「えっ、ちょっとまって! 嘘でしょ? ねぇ、ねぇってばぁ……!」


 夜のビル街に響くような甲高い声でビルの入り口で叫ぶ少女の名はファドラ、姓はファーフニル。

 ダークグリーンのふんわりとしたセミロング、髪色はこの家の独特なもの。若干緩く垂れ目気味の眼の瞳の色もまた緑であり自然を司る存在であることを表しているかのよう。

 明らかに人間と異なるのは、頭に生えた角、そして、お尻にあるかわいらしいしっぽ。背は人間の成人女性平均より数センチ高いといったところだろう。

 今まさに高級住宅から放り出された彼女だが、身にまとう服が完全に部屋着であり威厳のかけらもないその姿から、まさか道を行く人たちはこの少女を名家ファーフニル家の者だとは思っていないだろう。およそ痴話喧嘩か何かと思われていそうなシチュエーションだが、しかし、自然を司る一族に生まれた彼女は、今日この日、家を追い出されたのである。


 しばらくしても、ビルの玄関の門が開かれないことを悟ると、その場に崩れ落ちるファドラ。

 ドラゴン、堕つ。

 かつてドラゴンと呼ばれ人々を恐怖の底に陥れた一族の末裔であるはずの彼女は、ドラゴニア最下層とも言える野宿生活者に堕ちた。

 外見から、ドラゴンの一族であるということが分かってしまうと余計に恥ずかしさを感じるため、誤魔化し程度に角を部屋着のフードで隠す。しっぽは一応服の中に隠れているので、すぐには竜子とはばれないだろう身なりになった。


 ファドラは無言で歩く。帰宅ラッシュが終わりを告げる頃。相変わらず車通りは非常に多いが、道行く者の層は労働者中心だったものがその他柄の悪そうな層も散見できるようになってくる。

 いくらドラゴニアは適度な治安を保たれているからといって、女一人でこの街で夜を明かすのは危険性が高かった。


 向かう先は明確なようで、歩みをしっかり進めていく。歩くこと十数分。着いたのは自身が追い出された高層マンションに似たような建物。多くの竜人・竜子や他、富と名声を得た者らが暮らす居住スペースだった。

 エントランスにあるインターホンで訪ねる先の部屋番号を押し、相手がインターホンに返答するのを待つ。数回のコールの後、一人の高めの男性の声が返ってきた。


「はい~ティルです~、って、ファドラ? 久しぶり~、どうしたの?」


 カメラ越しにファドラの顔を確認し、インターホンの相手が言葉を返してくる。


「…………」


 涙目になってカメラを見つめるファドラ。相手の顔は見えないが、とにかく今の彼女自身の悲壮加減は良く伝わったようで、


「だ、大丈夫!? い、いま開けるから、とりあえず入って!」


 声が返ってくると同時に、エントランスから居住スペースへと入るための扉が開く。ファドラはそのままエレベーターで先ほどの声の主がいる部屋へと向かった。

 部屋の前ではすでにティムがいる。

 ティム・ティアマト、ファドラと同じくドラゴンの一族の血統が一つティアマト家の竜人。

 闇を司っていた一族だけあり、髪は漆黒の黒。

 男にしては少し多めの髪量だが雰囲気の重さはなく、さらさらと流れるように跳ねているその髪の色からより際立つのは、その肌の白さだった。

 ティムの背丈は小さく、凛々しさをわずかに内包するものの、全体としては、儚げであるが可愛らしいという形容が適切だ。彼自身はコンプレックスに感じていることでもあったが、今の比較的平和な世の中では、体格が良かったからといってさして優位に働くことはないということを実感する日々でもあった。

 そんな少年の面影のティムは、ファドラを発見すると、てててと駆け寄り、ファドラと目線を合わせるため、若干見上げる。面影や行動もさることながら、部屋着だからかいやに脚も腕も露出度の高い服装で、なおさら少年らしさを上げている。


「ファドラ久しぶり~! あ、どうぞどうぞ、入って入って」


 見た目の高貴さとは裏腹に、活発な声でティムはファドラを招き入れる。

 種族は同じでも性別は異なるのだが、ティアマト家とファーフニル家は繋がりの深い家であり、幼い頃には良く顔を合わせていたこともあり、互いに特に警戒をすることもなく、ファドラはティムの家へと入っていった。


 ティムの部屋は男の一人暮らしとは思えないほど綺麗。やはり、お坊ちゃまと言ったところだろうか。

 「とりあえず、こっち」と案内された部屋は、ティムが普段くつろぐ時に使用するスペース。部屋中央にはローテーブルがあり、テレビやパソコンがある。

 際だって多いのは本で、本棚には小難しそうな本が並んでいた。


 ティムは、ローテーブル付近に置かれていた座椅子にファドラを誘導し腰掛けさせる。「飲み物持ってくるね」と言うと、しばらくして炭酸水を二人分運んできたのち、ファドラの対面に座った。


「それで……ファドラ、どうしてまたー? 服も、それ、部屋着だ」


 可愛らしく首をかしげながらのぞきこむようにして聞いてくるが、本人に可愛らしくしているという自覚は一切ない。


「……追い出された」


 ティムの天真爛漫な声とは正反対のぶすっとした暗い声でファドラが呟く。背を丸め、目には若干の涙が浮かんでおり、ことの深刻さが伝わったのか、途端にティムは焦る。


「え、ぇえ、追い出されたって……。最近連絡とか取ってなかったけど、何か、あったの?」


 優しく、子供を諭すような言い方で問い掛けられ、張っていた緊張の糸が緩んだからか、ファドラは、ぶえぇーと情けなく泣き出してしまった。

 ティムという一時頼る先はあったものの、その家に到着するまでのどうしようもない絶望感から解放されたことへの気のゆるみ。

 慌てたティムは立ち上がり、ファドラの横に駆け寄って肩を撫でる。ふわりとファドラの髪が舞い、いい香りが漂うという普通の雄なら発情してもおかしくないシチュエーションだったが、男ティムはそんなことは全く気にもせず「落ち着いて? 大丈夫だから」と優しく声をかけ続ける。

 何が大丈夫かなんて関係ない、僕がいる限り全部大丈夫だとも言わんばかりの男らしさがその小さな体から発せられているのだから、さすがはドラゴン体は小さくても心はでっかい。


 そんなティムの慰めの甲斐あってか、ファドラは落ち着きを取り戻し、涙を流すために閉じられていた瞳をゆっくり開ける。ひく、ひくと声をわずかに震わせ、ティムの顔を見つめる。

 そこには小さいけれど頼れる男が優しく微笑んでいた。


「追い出されたのぉー」


 甘えるような声でそして上目遣いにファドラはティムにそう告げた。ティムはそれら非言語的な情報に惑わされることなく言語的な部分のみを頭に入れたように返答する。


「うん、そうなの? それで僕を頼ってきてくれたんだね……。でもなんでまた。確かファドラは去年高校を卒業して大学に進学していたものとばかり思っていたけれど……?」

「それがね……」


 ファドラは続けた。


「私、学校行きたくなくて、だってなんで学校行くの!? パソコンが楽しくて、あ、ゲームがね。それでいろんな人と遊んでたり。動画見たりして、学校楽しくないんだもん!」


 ティムは言葉に詰まる。どう返答したらよいのか。

 彼が最後にファドラに会ったのは彼女が高校生の時だった。既に社会人として働いていた彼からすると、ファドラはかわいい妹のような存在だった。背丈は自分の方が負けているが、ティム、ティムと寄ってくるその姿はまさに妹そのもので、無邪気な彼女が好きだった。

 ティアマト家とファーフニル家の間柄は親しく、ティムが本気で縁談を申し出たらなんとかなったかもしれない。

 しかし、家の力で結婚などということはティムのプライドが許さず、彼はこうして今、立派に社会人として誇れる竜人になれるよう、色々な経験を積んでいるのだった。

 そう、いつか、ファーフニル家の子とお付き合いをできるような立派な竜人になりたいという思いでここ数年間あまり連絡も取らずに頑張ってきたのだった。


「だって、お父さんもお母さんも学校へ行きなさい、教養を身につけなさい、ファーフニル家の子として恥ずかしくないようにしなさい、とかうるさくて! 聞いてる? ティム~」


 ティムの頭に、ファドラの言葉はほとんど入って来ない。

 目の前にいるのは、なんだ?

 僕が自分自身に鞭打ってなんとか恋仲になろうとした憧れの女の子か、と自問自答する。

 いやいや、彼女がどう成長しようと、ファドラはファドラですよという天使のティムと、なんだこの目の前にいるのはと目の前の現実を否定しようとする悪魔のティムが戦いを繰り広げる。

 しかし、今目の前にいる女の子は、どうあってもファドラだった。この現実を受け入れるんだティム、お前は強い子だろうと自分を言い聞かせる。


「ということは、つまり」


 ようやく捻り出した言葉はそれだった。普段冷静沈着なティムの頭に様々な感情が渦巻く。


「…………?」


 ファドラは、ティムの異変に気づく。顔を伏せているティム、背後にわずかに炎が上がっているかのような気配がある。


「つまり、つまり」


 ティムの言葉にファドラは息をのむ。自分は何か重大な失敗をしてしまっているのではないか、と。わずかな間。凍ったような空気の後、ティムは疑問を投げつけた。


「ニートで引きこもり!?」


 顔をあげたティムの目は若干潤んでいた。金色の瞳が美しく爛々、ファドラの緑の瞳を持つ緩い目と合う。

 しかし、ファドラは理解してくれたことが嬉しいのか、笑み、返答する。


「うん!」

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