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同じ名前

「はあぁぁ…」


通いなれた通学路で締まりのないため息を吐いた。

4月も半分が過ぎ、桜は花が散り葉が出始めた。ピンク色の無数の花びらが舞うこの道も一年も経てばそろそろ見飽きてくる。


なぜため息をついているのかというと、今朝俺は人間の生理的活動を過剰に行ったのだ。身体の機能を一時的に停止させた意識がない状態をいつもよりも少しだけ長く保ってしまった。


つまり、寝坊した。


いや、なぜか今日は目覚ましの音が聞こえなかったのだ。俺は悪くない。目覚まし時計が悪い。


とにかく、学校に行けば生活指導のイカつい教師からの数時間の指導後、反省文提出という聞いただけで吐き気がする処罰を受けるのは必至。俺の場合、担任の先生がそういうのには何も言わないこととクラスメイトから蔑んだ目で見られることが無いのが不幸中の幸いか。


そんなこんなで4、5度目のため息をつくと校門が見えた。


この紅坂高校は校舎の窓から校門が見えないため、普通に通っても今頃1時間目の授業を受けている一般生徒から見られることはない。

そうわかっているが出来る限り校門の端の方を通り、隠れるようにしながら生徒用玄関の反対側、教員用玄関から入った。教師の名前が並ぶ下駄箱の端、自分の名前が書いてある場所から上履きをとり出し、履き替える。そこから1階の廊下を最低限音を立てないように早歩き。「カウンセラー室」と書かれた表札の下にある扉の前で止まり、軽く息を整える。


どう言い訳をしたものかと考えながらも覚悟を決め、勢いよく扉を開けた。


8畳ほどの小さな教室。窓辺には見慣れた移動黒板と見慣れた教卓、その手前に見慣れた机と椅子があった。いつも通りの、静寂で、それでいてどこか安心できる空間だった。


だが、たった1ついつもと違うものがあった。


俺がいつも座っている椅子に1人の女の子が座っていた。


「…………はい?」


そう。女の子がいるのだ。髪は黒く、肌は透き通ったように白い。その目が見つめる先には桜の花びらがちらちらと舞い、彼女の美しさをよりいっそう際立たせていた。

不覚ながら見蕩れてしまった。そして何かが心に引っかかった。


だが、一番の問題はこの教室に俺と担任の先生以外の人がいるということだ。


永遠とも思われた数秒の後、やっと気を取り戻し、扉をあけた状態でもう一度部屋を間違えてないか確認してみる。が、やはり扉の上の表札には「カウンセラー室」と書かれている。


「ねぼすけくん、おはよう」


急に後ろから声をかけられビクッと体が跳ねる。


「ああ、間先生、おはようございま…じゃなくて。誰ですか、この人?」


危うく普通にあいさつするところだった。

この人は(はざま) 彼方(かなた)。このカウンセラー室の担当、つまり臨床心理士兼俺の担任の先生だ。


「ああ、言ってなかったっけ。新人の本橋さん。今日から君のクラスメイトだ。まあ仲良くやれよ」


「いや、突然すぎだろ…」


間先生は俺の抗議に耳も貸さずガチャガチャと机と椅子を教室に入れて本橋という女の子が座っている席(昨日までは俺の席)の隣、少し離したところに置き、ここに座れと指で合図した。

間先生はいつも一言少ない。いや一言どころか十言ぐらい足りない。


やむなく俺はその新しい席に座り荷物を降ろした。一年間時間をともにした相棒は、今は女子に座られていて、なんだかニヤけているような錯覚に陥った。椅子って羨ましいな、此畜生。


改めて見てみると本橋さんは綺麗だ。顔のパーツは整っていて、さらさらの黒髪、胸はやや慎ましく、スカートから出る細い足は透き通るように白い。


「おはよう」


俺が彼女を見とれているもとい見ているとそれに気づいたのか挨拶をしてきた。


本橋(もとはし) (ゆき)…よろしく」


「ゆき?」


問うと本橋は小さく頷いた。


「幸せと書いて、幸。」


「こんなことってあるんだな。俺の名前は素南風(しらはえ) (ゆき)。同じ名前同氏よろしく」


「…ゆき…?」


俺が名を名乗ると、本橋が一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにもとの落ち着いた表情に戻った。


「同じ…名前なんだ…」


「よーし、それじゃあ授業始めるぞー」


何年生なのかとか、なぜここにいるのか聞こうとしたがその前に間先生が授業の始まりを告げた。


今更ながら遅刻の件はどうなったのかと少し気になった。


          ☆         ☆         ☆


放課後。グラウンドでは運動部のかけ声が響き、1階の廊下からは女子たちのきゃっきゃっとした声が聞こえる。ガールズトークとやらに勤しんでいるのだろう。あれってお互い好きなのかと思うほど抱きついたりするよな。まさかほんとに好きだったり。いやそれはないか。


通常、俺は他の生徒と会うのを避けるため誰よりもはやく学校に来て、誰よりも遅く学校を出る。そのため普段この時間帯は読書をしたり、スマホをさわったり、時々来る中学生と遊んだりする。本橋もそれは同じようで時間がたつのを待っているようだが何をしているかはわからない。

いや、横を見ればわかるのだが、なんか気まずいじゃん?隣の女子を見ただけでキモオタ呼ばわりされるやつを見たことがある俺としてはクラスメイトになったばかりの女子にドン引きされる事態は避けねばならない。


今日は朝以降、本橋とはまったく会話をしていない。授業は基本的に聞くだけのものだし、彼女の声さえ聞いていない。


だからといって自然に話しかけようとしても、流石1年間女子どころかこの学校の生徒と1度も会話をしたことがない俺氏。どう話しかけるべきか30分ほど脳内議会を開いて審議しているがまだ結果がでない。今度、再選挙をして議員を変えておこう。


だが俺も一人の日本男児。やる時にはやる。やらない時にはとことんやらない。


やはりはじめは相手を知ることが大事だと昔、本で読んだ気がする。


俺が勇気を出し、とりあえずいくつか質問しようと口を開きかけると突然本橋が話しかけてきた。


「ねえ、素南風くんはなぜここで授業をうけてるの?」


あまりに突然だったのと自分が聞こうとしたことを先に聞かれたことで本橋が言っている内容を理解するのに時間がかかった。


そう、俺はある事情があって普通の高校生とおなじように授業を受けられないのだ。入学式で倒れてからずっとこの部屋に通っている。


「ちょっとした病気でな。本橋…さんは?なぜここに?」


「本橋でいい。端的に言うとイジメられたの」


聞いた瞬間、後悔した。この教室、「カウンセラー室」にきて授業をうけるということは、通常のクラスに留まることが出来なくなったということだ。それはつまり、いじめだったり、そこまでではなくてもなにかしらの拒絶があったということになる。


こういったことは人間言いたがらないものだ。いじめをうけていると認めることはそれに抗うことが出来ない自分、弱い自分をみせることになる。


だから本橋が躊躇いなく言ったことに少し驚いた。


ただ、なぜイジメられたのだろうか。そんなに悪い人には見えないし、その容姿は周りの人を引きつけるほど清楚で可憐だ。


すると、俺の心を読んだかのように本橋は外の夕焼けを見つめながら、口を開いた。


「…私が可愛すぎるから嫉妬したの」


本橋は目を薄め、少し頬をつり上げた。これに擬態語をつけるなら「ドヤッ」が最適だろう。


前言撤回しよう。本橋はいじめをうけていると認めることで自分を認めていた。


「…一つ聞いてもいいか?」


「何?」


本橋はドヤ顔のまま、こちらに顔を向けた。


「イジメられたって具体的に何されたんだ?」


俺はおおかたの予想をたてた上で聞いた。果たして、本橋の答えは俺の予想を裏切らなかった。


「話しかけてもなにかと流されるのよ。なんだか避けてるみたいだったわ。まあ1人にだけは…」


そう言って本橋は口を鉗んだ。


なぜ本橋はクラスメイトに避けられた(本橋いわくイジメられた)のかわかったような気がした。


自分の考えを確信に変えるため最後の質問をした。


「もう一つ…お前、自分のことどう思ってる?」


「10年に1人の絶世美女」


即答だった。


          ☆         ☆         ☆


いつもよりも星がきれいだ。漆黒の空に鏤められた無数の星々は一つ一つが自らを主張しているかのように光り輝いている。

その中からオリオン座を見つけた。真ん中の3つの兄弟たちを家族のように4つの星が囲み守っている。


てか15年以上こんな田舎で生きているが星座のなかでオリオン座しか見つけたことない。いて座なんかは言われてもそんな風に見えない。メソポタミア人、マジ鬼畜。


俺の部屋は屋根裏部屋になっていて天窓のカーテンを開けると四角な空が見える。


ここから見る空は好きだ。この限られた空間でなら誰にも邪魔されず、俺を無視して回転を続ける世界から、望まぬともやってくる明日から、日常のなかの退屈から目を背けられる。


今日、自分と同じ名前の女の子(ナルシスト)と出会った。このルビかっけえな。


朝から寝坊し、怒られるかビクビクしながら見慣れた教室の扉を開けると俺の席に、女の子が座っていた。

外界からは完全に隔離されたはずのあの部屋で彼女は以前からそこに存在したかのように、けれども確かに昨日までは俺のものだった椅子に、整然且つ平然と居た。


そのとき俺は、彼女に何か「懐かしさ」のようなものを感じた。そして、今日彼女と同じ空間に居たことでそれは確かなものに変わっていった。


確証はない。だが確信はある。


俺は彼女と、本橋幸と会ったことがある。それもかなりの時間を共有したはずだ。


いつ?どこで?


考えれば考えるほど俺の脳内でいくつもの疑問や記憶がぐちゃぐちゃになってゆく。


()っ…」


しかし、それらは急にリセットされた。

発作の前兆だ。久しく起きてなかったがあまりにもいろいろなことを急に思い出そうとしたことで起きたのだろう。


もう考えるのはやめよう。明日になればわかるさ。明日学校に行って彼女に会えば何か思い出すに違いない。


そう思うと急に眠気がおそってきた。


俺は天窓のカーテンを閉め、布団に寝転がり目を閉じた。


カーテンを閉める前にもう一度オリオン座を探したが、四角な空から見つけることは出来なかった。

雪月花と申します。

最後まで読んで頂き本当にありがとうございます。

この連載は不定期です。

でも、出来るだけ早く出していきたいと思っています。

これからよろしくお願いします。

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