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ダイヤモンド戦線  作者: 21.5センチのフレア
3/4

◆二・ルビー・サファイヤ

 目を開けると、意外な仲間が数に加えられていた。


 「なぁ、犬が自分より身体の大きな動物をあやしてるぞ」


 「違うわよ。ゲボクが飼い馴らされているのよ」


 「こらァァァァ! 陰口は陰で言いなさいイイ!」


 「それより、その動物は?」


 「私の忠実なるスパイですよ。ガゼルの一種なんですが、このガゼリは草食動物ではありません。身体の大きさからは想像もできないほど気配を殺して走ることができます。一週間、飲まず食わずでも満足な働きをしてくれる上に、とても足が速い」


 「要するに、ゲボクちゃんよりも有能ってことね」


 その皮肉に対して、ゲーシュタイナーは大袈裟に咳払いをした。

身体は栗色で、百六十センチはあるだろう。

 尾は、馬の尻尾をそのままとりつけたように足元まで垂れていた。V字に伸びた黒と白の太い角を頭部に生やしている。

 首には、ゲーシュタイナーのハット帽に巻き付いてある赤いスカーフと同じものが身につけられていた。

一見、普通に愛らしい動物に見えるが、とうに心はくり抜かれ、ロボットなのではないかと疑ってしまう冷たさがあった。彼以外、見ようとしないその従順さを超えた不自然さも気掛かりだった。

 とはいえ、そのガゼルの一種ガゼリが、ゲーシュタイナー以外のものには、まるで気にも留めない様子だから、と言う理由だけで違和感を感じているわけではない。

ガゼリの正体も気になったが、今はその疑問を封じておくことにした。


 「で、ゲーシュタイナーのガゼリはどんな情報を持って来てくれたんだ?」


 「うまくいけば、ふたつの宝石を一度に掌握することができますが、失敗すると、我々の血はすべて吸われてしまうことになるでしょうね」


 この旅で命の保証がないことくらい分かっていたが、血をすべて吸われてしまうと言う表現には特別な意味が含まれていそうだった。


 「どうやら、ここから北方へ進むと、ルビーを持つ一等魔導師の敷地内に入ることになるようなのですが、そのルビーに異変が起こっているらしいのです」


 「異変?」


 それまで足を組んで岩に座っていたトルマリナが腰を上げた。


 「トルマリナは知っているでしょうけど、ムウラン。ルビーがなぜあんなに赤いのか、その理由を知っていますか?」


 俺は首を振った。

 ゲーシュタイナーは腰の後ろで手を組み、俺たちの周りを静かに歩きながらルビーについて簡単に説明をしてくれた。

彼が言うに、ルビーの赤は流血そのものなのだとか。鋼玉と呼ばれる鉱物のうち、赤みを帯びていないものを全てサファイヤと呼ぶ。サファイヤには、流血を抑制する善のパワーが宿っているが、ルビーはその善のパワーをすべて打ち消すほどの威力があると言う。

 当然、闇の術者たちが善のパワーを欲するはずもなく、すべてのサファイヤをルビーに塗り替えたいと躍起になる。しかし、焦りが招いたその浅はかな行為が災いとなったらしい。

 ルビーには、選ばれた高貴な血しか注いではならなかった。なのに、彼らは一か月ほど前から無名の粗末な血をまぜてしまった。ルビーが一等魔導師にですら操られなくなる日も近い。

 そう、ルビーは呪いの石に変質しようとしているのだ。

 そこで、多くの者たちに高貴な血を至急、集めさせ、鮮血の儀を執り行うことが決定した。幸か不幸か、明日、その儀式は開かれると言う。


 「どうして、善のパワーがある宝石の代用となるものを闇の術者たちは選ばなかったんだ?」


 俺は率直な疑問を口にした。


 「ルビーとサファイヤは、とりわけこの世界の人間には見分けがつきにくいのです」


 「この世界の人間にはってどういうこと?」


 早口から察するに、時間を省きたいのだろうが、疑問は次々と湧いて出てきた。


 「古い書物によれば、その二つを簡単に見極められる地球人がいたのだそうです」


 「なるほどね」


 「話を戻しますが、貴重なルビーをうっかり捨てかねない。真っ赤なルビーはとても珍しい。ルビーかと思えばサファイヤだったり、サファイヤだと思ったらルビーだったりします。そんなある日、闇の術者達はすべてのサファイヤを処分しようと思い立つ。しかし、サファイヤを燃やすとルビーの力が僅かながら弱まることを知る。実際、ルビーとサファイヤがひとつになっている場合もある。あらゆる意味で、両者は表裏一体なのですよ」


 その後、トルマリナはひとつ説明を加えた。


 「ちょっと、ふたりとも。基本的なことを忘れてるわよ」


 「基本的なこと?」


 「まず人は、その宝石の美しさに心を奪われるもの。血も涙もないヤツかもしれないけど、ダークフォルト王とて植物じゃないわ。ましてや、良質なエメラルドは希少価値が高いのよ?」


  男ふたりで、その言葉に納得したよううなずいた。


 「つまり、バランスが大事ってことよ」


 それまで微動だにしなかったガゼリの両耳が、鳥の羽のように揺れだした。


 「さて、北へ移動する間、次の作戦を練らないとなりませんぞ。また、包帯男たちが追ってきてしまいます」


 そう言葉を締めくくると、いつの間にかガゼリが二頭に増えていた。ゲーシュタイナーは、ハット帽を脱ぎ、手際良く小さく折り畳んでスーツの中ポケットにしまった。


 「ムウランは、後ろに乗ってくださいよォ」


 そう促されて、俺はゲーシュタイナーの後ろに跨った。見た目以上にガゼリの背中には安定感があり、乗り心地が良かった。

トルマリナは以前にも乗ったことがあるのか、ガゼリ二号で先頭を切っていた。


 ルビーの敷地まで行く間も、やはり薄暗い雲に覆われていた。いまにも雨が降り注いできそうだったが、それ以上、雲の色が深くなることはなかった。俺たちは、海とはとても呼べない雲のような場所の中央に架けられた長い橋を、ガゼリで渡ることにした。

 ゲーシュタイナーの言うとおり、ガゼリの速度には一驚させられた。変わり映えのない景色のせいで、体感速度が速いという実感はなかったが、さっきまで寝床にしていた洞窟は、僅かな時間で見えなくなっていた。


 底が見えない雲の海を突っ切る間、ゲーシュタイナーが実にシンプルな作戦を提案した。トルマリナには、昨晩のうちに洞窟の中ですでに伝えてあったようだ。

 ルビーの一等魔導師が斎場に現れる間、宝石の保管庫の警備は普段より手薄になると推察している。トルマリナの任務は、保管庫に潜入して宝石を盗むこと。時間に余裕があれば、その場で魔術を使い、合成されたものを心に変える。ゲーシュタイナーと俺は、変装して鮮血の儀に潜り込み、一等魔導師に近付いてルビーを奪取する役目だった。


「で、斎場の見取り図は持ってるのよ、ね?」


「ああ、私のガゼリは優秀でしてねェ、この通りでっさァ!」


鼻高々と見取り図をポケットから取り出すまでは良かったが、ちょっと油断した隙に、激しい追い風にあっけなくさらわれてしまった。


「あ」


互いに顔を見合わせてから、ゲーシュタイナーは「ガゼリ二号、あれを! あれを取り戻してくれ!」と叫んだ。


 「おいおい暴れるなよ。ここから落ちたら即死だろ。って、まさか、見取り図の予備がないとか、言わないよな?」


 こわごわ訊くと、ゲーシュタイナーはわざとらしく口笛を吹き始めた。


 「マジかよ。どうするんだよ。おまえ、ハット帽が飛ばされることを知っていて未然に脱いだのに、見取り図が飛ばされることは想定できなかったわけ?」

 

 俺達が口論をしていると、前方から半ば呆れた声が聞こえてきた。


 「あたしのパーフェクトバストの中に予備があるわよ。ゲボクと赤毛くんがヘマをすることくらい、想定済みなんだから」


 その言葉に、俺とゲーシュタイナーは同時に安堵の息を吐いた。

 その後、顔中包帯を巻いた三等魔導師たちに追いつかれることなく、無事に俺たちは橋を渡り終えた。

 一面、銀色に光り輝くその場所で、俺は生まれて初めて雪を目の当たりにした。しかし、それは人工的な雪だとゲーシュタイナーから教えられた。正直、がっかりはしたが、すぐにその意味を知り、身が引き締まった。


「普段、自分が履いている靴は脱いでもらいます」


 と言って、装飾のないシンプルな黒いブーツを手渡された。


 「どこでこんなの用意したんだよ」


 「そこで拾ったんです」


  反射的に俺は、ブーツの中を念のため嗅いでみた。


 「我慢しましょうねェ。命の方が大事でしょう?」


 「それを、あっちのお姉さまにもちゃんと忠告しろよ」


 「私は、魔法で靴底の痕を変えたから問題なーし」


 「魔法の無駄遣い」


 俺とゲーシュタイナーは口を揃えて言った。


 「冗談はさておき、あとは、絶対に怪我はしないように。僅かな血でも人口雪に付着すれば、(ファイヤー)のリス(スクイレル)に嗅ぎまわられて包帯野郎に捕まる」


 「リスってもっと可愛い生き物だと思っていたけどな」


 俺は、ガゼリ二号の首元を撫でながらひとりごとを言った。

 ここでいったん、二匹のガゼリとは行動を別にすることになった。ゲーシュタイナーが念じれば、またいつでも駆け付けてくれるので、今生の別れではない。


 「さて、高貴な血だが、恰好だけでも必要ですからね。各自これを所持して下さいよォ」


 ゲーシュタイナーは、俺とトルマリナの前で短い腕を突き出した。てのひらに収まるほどの小瓶には、赤紫色の血が半分ほど入っていた。


「まさか、ゲーシュタイナーの血じゃ、ないよな?」


「これはガゼリの血ですよ。無論、まやかしです。ちなみに解毒作用があります。あらかじめ、少し口に含んでおくのが良いでしょう」


ガゼリの血だと知って複雑な気はしたが、ゲーシュタイナーが手本を見せるように先に一口だけ飲んだ。


「自分が怪我をした時、血を舐めたことがあるでしょう? それくらいの軽い気持ちです」


俺は、その言葉に押されるようにしてグイッと一口飲んだ。

とその時、数メートル先で人の気配を感じた。

互いに顔を見合わせる。

注意深く耳をそばだてると、いくつかの足音が聞こえてきた。

三人は、膝が隠れるほどの高さまで生えた雑草を掻き分け、気配を感じる方へと移動した。


茂みを抜けると、初老の男と目があった。

ごつごつと浮き出た頬骨に、虚ろな目をしている。レンガ色の壺が、シワだらけの手の中にあった。真偽のほどは判別できないが、恐らくその中には高貴な血が入っているのだろう。


よくよく周囲を見渡せば、同じように表情を失った人たちが、同じ方向へと歩を進めていた。私語を口にしている者は誰ひとりとていなかった。


「あれが正門ね。それにしても、レース会場や闘技場のように、建物全体が円形になっているのね」


 見取り図を手にしながら、トルマリナはひそひそ声で言った。

俺たち三人は、早速その列にまぎれて正門へと向かった。

周囲に生えている草木が風になびく音が、やたら騒々しく聞こえた。


 正門の両側には、黒い鉄の仮面を被った半裸の男が槍を握って立っていた。鉄の腕当てに、鉄の防具を両ふくらはぎと腰に身に着けていた。しかし、とこどころ肌が見え隠れしている薄手の靴といい比較的軽装だった。槍の先には、赤いルビーが嵌めこまれていた。ゲーシュタイナーに聞いた話だと、ここでは、武器に嵌めこまれたルビーの大きさと輝きの度合いで階級が分かるのだと言う。


 中に入ると、まずはグラスを渡された。それを受け取った瞬間、鼻先を中に入れて匂いを嗅いでみた。特にこれと言って匂いはなかったが、顔を上げると、「この場で飲め」と言わんばかりの目つきで睨まれた。

ゲーシュタイナーよ、キミは何て用意が周到なんだ。

その後、通し番号のバッジを渡され、この場でつけるよう命じられた。門番と同じ仮面に槍を手にした男だったが、髪は肩まで長かった。

建物の中は薄暗く、天井はとても低かったが、部屋の奥に光が見えた。窓のない塀まで歩いて行くと、地下の風景を俯瞰することができた。基本的に建物の構造は、外壁と屋根だけであった。そのため、地面は表と同じく人工雪の絨毯が広がっていた。

左手に視線を向けると、立派な祭壇があり、ステージの両側には数メートルほどの高さまで燃え上がる炎が焚かれていた。中央に目を移すと、ルビーを操る一等魔導師専用と思われる華美な装飾のイスが置いてあった。一等魔導師の姿こそなかったが、すでに鉄仮面の男がイスの両側に控えていた。右側には、ステージ方向に身体を向けてソワソワしている男たちが控えていた。


 ここに集まって来た者たちは、一様にガラ、人相が悪かった。

余所見をしていると、恰幅の良い鉄の仮面男に無言で背中を押された。俺とゲーシュタイナーは、狭いエレベータに押し込まれ、地下の会場へと乱暴に誘導された。

いつの間にか、トルマリナの姿は忽然と消えていた。


 「保管庫に行ったのかな?」


 腰を落とし、ゲーシュタイナーの耳元で囁く。

 瞬間、ゲーシュタイナーは顔をしかめ、右手を口元にあてた。

 すぐに俺は、気をつけるよ、と目で伝えた。

 地下に着いたとたん、俺とゲーシュタイナーは、番号が連番にもかかわらず、右手と左手の列に離されてしまった。やむを得ず俺は、鉄の仮面に従っていちばん右側の列についた。儀式が始まる雰囲気はまだなかった。

 いや、それどころか、周りの男たちの様子がこの場に相応しくないように思えてならなかった。

まるで、宴会場のように男たちは赤ら顔で近くにいる者と談笑をしていたのだ。聞こえてくる会話は主に、これから開かれる儀式のことだった。

しかし、聞き耳を立てていると、自分がゲーシュタイナーから聞かされていた儀式の内容とは随分と異なっていることに気がつく。


 「なぁ、献血をしてくれた者には、シンシャを下さるらしいぞ」


 「シンシャだって? 不老不死と言われた、伝説の鉱物か?」


 「あんた、知らなかったのか? 俺は、てっきりサファイヤの粉末でも下さるのかと思ってたよ」


 「サファイヤの粉末でも良いな。罪人の俺たちには、願ってもない話だ。ダークフォルト王、様様だな」


 そのうち一人の、前歯の欠けた男の膝が俺の肩に触れた。足元もどこか覚束ないところを見ると、アルコールが入っているのかもしれない。


 「あんた、獄中で見掛けない顔だな?」


 男は足元から頭のてっぺんまで舐めまわすように見ながら言ってきた。

どうやら、この場に集まったヤツらの多くは前科のある人間ばかりのようだ。そんなこと、聞いてないぞ?


 「俺は、新人だからさ、ははは」

 

 適当にごまかして答えると、別の方向から「罪状はなんだ?」と間髪いれずに聞かれた。

背中に太い視線を感じて振り返ると、恰幅の良い男が立っていた。


 「罪状は、その、あの……親不孝者の罪だ、ははは」


 顔を引きつらせながら笑って答えると、二人の男は視線を合わせたまま黙ってしまった。

 と思ったら、途端に笑いだした。


 「こりゃ、結構。ほら、おまえも飲め」


 そう言って、先ほど入口で手渡されたグラスと同じもので俺の右手のグラスに豪快に継ぎ始めた。さすがにここで拒めば、興がそがれて暴れ出さないとも限らない。仕方なく俺は、勧められたグラスに口をつけた。

同調するしかなかった。

不意に、ステージ上を見たが、ルビーを操る一等魔導師はまだ登場していなかった。ついでに、ゲーシュタイナーが並んでいる方にも目をやったが、平均的に背の高いヤツが多いこともあって、その姿を見つけられなかった。


 すっかり酒に飲まれて肩を組み始めた二人を見て、俺は質問を投げかけてみた。


 「あのぉ、さっき聞こえちゃったんですが、シンシャってなんですか?」


 「おめーさん、この世界にいながら、知らねーのかぁ? 辰砂って言うのは、不老不死の薬だと言われている幻の鉱物よ。それも、タダの辰砂じゃねぇ。これからお目見えする、一等魔導師さんの魔法がかけられたシンシャさ。抜群の効果があるに違いねーよ」


 そうか、それをだしにして罪人たちを集めたのか。つまり、罠であることを知らずに?罠……まさか、手間を省くために? ここで一気に俺たちを殺す?

ひとり蒼白とした顔をしていると、やがて、ステージ上が騒がしくなってきた。

 奇妙な音楽、いや、音楽というよりは、氷の鍵盤をステッキでただ叩いただけの音色が場内に響き始めた。

ついに、一等魔導師のご登場か。

 ふと、後ろの通路の扉がバーンと開かれた。

 振り返ると、四、五人の鉄仮面の男に囲まれて、獅子の鉄仮面を被ったマント姿の男が堂々と現れた。どの男が握っている槍よりも長く細かった。先端に嵌められているルビーも、言うまでもなく一番大きく光輝いていた。マントが揺れるたびに息を飲む声が聞こえた。獅子の鉄仮面を被った一等魔導師がステージに上がって中央のイスに座ると、そのタイミングを見計らって奇妙なBGMも聞こえなくなった。


 「これより、フェメラルな血の選別に入る。早速、第一次審査とする」


 「フェメラルってなんだよ。あいつの名か?」


 独り言をつぶやいたつもりが、完全にできあがった前歯のない男が、「高貴っつぅ意味だよ。おまえは、ホント無知だな」と答えた。この地の言葉なのだろう。


「残った者は、順にひとりずつ、粗相のないよう、ルビーの王の前に立たれよ!」


 残った者?

その言葉に不信感を持った俺は、「どういう意味だろ?」と、前歯のない男に再び話しかけてみた。しかし、目線の高さにあったはずの首が目の前から消えていた。

自分も酩酊しているのかと両目をこすってみたが、ちょっと前まで会話していた男の首はなくなっていた。

俺は、一歩退いた。

すると、左足のかかとに何かが当たった。


 恐る恐る足元を見てみると、反対側に並んでいた男の両の目がこちらを見上げていた。 たまげた俺は、ひゃっと声を漏らした。

視界を広げると、


 ふたつ、


 みっつ、


 どころか何十、何百もの首が地面にゴロゴロと転がり、ところどころ雪を赤く染めていた。


「ゲーシュタイナー、ゲーシュタイナーな無事だよな?」


 大声でその名を叫びたい衝動に駆られたが、目立つ行動を取るのは何としてでも避けるべきだった。まだ理性が働いているだけマシかもしれない。

場内は、しんと静まっていた。罪人たちも放心状態だった。目が覚めるまで、少し時間がかかるのだろう。


 「命令に背くヤツは、同じ運命を辿るぞ!」


 ルビーの王の横に控えていた仮面の男が突然、怒鳴りだした。

自分も含めて、残された罪人たちは、彼らの監視のもと、ようやく一人ずつステージへと続く列に並び始めた。ルビーの王とどのような会話をし、どのようなチェックを受けているのか、待っている者にその全容を知られないためなのか、ステージ上にはいつの間にか黒い幕が下りていた。

 そもそも、ステージに上がってルビーの王と対面した後、幕の向こうから再び姿を見せる者は誰ひとりいなかった。別に出口があるのだと信じたかったが、それほど楽観的に考えられる雰囲気でもなかった。


 刻一刻とその瞬間は迫っていた。

どのタイミングで攻撃をしかけたら良いのか。

考えてみれば、どのように一等魔導師の息の根を止めるかまでは、綿密な打ち合わせをしていなかったことに気づく。幸い、羽銃を没収されることはなかったので、それを利用しない手はなかった。


いよいよ番号を呼ばれ、俺一人、黒い幕の中へ進むことになった。

思えば、自分より先の番号を割り振られたゲーシュタイナーが先にステージに上がらなかったことに今更になって気づく。

まさか……第一次審査で首を? いや、そんなはずはない。

考え事をして立ち止っていると、脇に立っていた仮面の男に槍の先で太ももの裏側を軽く押された。

ゲーシュタイナーの安否も気になったが、しぶしぶ幕をくぐり抜けた。

すると、そこには獅子の鉄仮面を頭に被った一等魔導師がイスに腰掛けていた。無論、表情は読みとれない。よく見ると、右手の五本の爪もルビー色に染まっていた。


 一等魔導師の前に、ふと、骨のようなもの、いや、間違いなく骨だ。そう、骨が宙に浮かび始めた。


 「三八九番。この骨に、おまえが持ってきたフェメラルな血をかけてみよ」

 

 その声は、正面からではなく、不思議と骨の髄から聞こえてきた。

俺は、どのタイミングで攻撃を仕掛けるか迷いあぐねていた。

 両側に控えた仮面の男が、いっせいにこちらを凝視した。

 俺は、腰の布袋を取って、中から小瓶を取り出す仕草をした。


 「それとも」


 再び、宙に浮いた骨から声が発せられた。


 「おまえの血で染めるか?」


 先手を打たれた。

 一等魔導師の顔を見上げた時には、すでに右腕を槍で突かれていた。骨に返り血がつく。

 すぐさま羽銃を手に取り、俺は一等魔導師の首元めがけて撃ち放った。

 しかし、向かって右手にいた仮面の男が槍でそれを打ち返した。

 俺は、すぐさま背後に下りていた黒い幕を真横に切り裂いた。逃げ場を確保するためだ。

ようやく、場内に警報がけたたましく鳴り響いた。


 「おまえの血で染めるか?」


 ほとんど顔がぶつかるほどの近距離まで一等魔導師が迫ってきた。見上げると、赤く光る槍が頭上で振り下ろされようとしていた。

痛みは感じなかった。

ゲーシュタイナーが、クリーム色の改造ショットガンで相手の手首を狙い撃ちしたからだ。


 「あんさんの腕は、そんなもんですけぇ?」


 余裕の笑みで微笑んだゲーシュタイナーだったが、次の瞬間、彼の胸元に赤い槍が突き刺さった。獅子の鉄仮面に、赤い血が跳ね返る。


 「ゲーシュタイナー!」


 俺の叫び声とともに、突如、左手が疼き始めた。蛇の如くうねりだし、右手だけではとても制御しきれないパワーが突き上げてきた。


 「うあああああああああ」


 自分の声だとは思えなかった。

 キーハンドと手の隙間から黒い煙が昇り始めた。


 気づくと、自分の目を通して、人殺しの目に染まった己を眺めていた。心の目なのかもしれないし、幽体離脱に似た状態に陥ったのかもしれない。

ともかく、キーの先端部分にある穴からは炎が放出され、終始、獣のように呻きながら、一等魔導師らに向かって連射していた。

ゲーシュタイナーは、袋の中にガゼリの血ではなく、どうやら油を仕込んでいたようだ。あちらこちらで炎上していた。罪人たちは、互いを押しのけ、いっせいにエレベータの方へと駆け寄っていた。


 「おまえの血で染めるか?」


 背後から、はじめて吐息を感じた。

 一等魔導師の冷たい左手で首を掴まれた。


 「おまえの血で染めるか?」


 更なる攻撃をキーハンドで加えれば良かったのかもしれない。

だが、その意思とは裏腹に、身体が思うように動かなくなっていた。キーハンドによる暴走はとても短い時間で収まってしまった。

 もしこの時、トルマリナが任務を終えていなければ、俺とゲーシュタイナーはそこで命尽きていたかもしれない。

足元が大きく揺れ、床の隙間からまっすぐ光の筋がひとつ、またひとつと天を貫くように射してきた。


 「すべてではないけれど、うまくいったわ。あとは、ムウラン! あなたが一等魔導師からルビーを奪えばミッション完了よ。できなかったら、あたしが刺し殺すんだから」


 我に返り、俺は羽銃を両手で構えた。知らぬ間に姿を消していた一等魔導師を、必死に目で探した。

どうやら、三階まで裏のエレベータを利用して移動していたようだ。どのエレベータも、罪人たちによって塞がれており、機能不全に陥っていた。

仕方なく俺は、壁を伝って三階まで駆け上った。子供にも容赦なかった父親から、基礎的体力を鍛えられていたせいか、身体能力は父親に似て高い方だった。


 「ルビーは女の宝石だろ? 悪いな。へへ」


 そう言ってから、俺は羽銃に大きな殺意を込めて引き金を引いた。

 トゲがついた弾が一等魔導師の脳天を直撃した。

 もともと羽銃は弾を補充するタイプではなく、思いをエネルギーに変える、父が作った銃だった。トゲのついた弾は、この戦いで初めて目にしたものだった。


 「おまえの、血で、染め、るか?」


 引きのばされたような悲鳴のあと、一等魔導師の身体はパンと言う音を立てて破裂した。  

 槍についていたルビーは石となり、音を立てて割れた。


 「おいおい、わ、割れちまったら意味ないだろう!」


 「意味、大アリよ! なんたって、この宝箱が開くわけだからね!」


 トルマリナの陽気な声が聞こえた。


 「モタモタしてると、王の手先が来ちゃうわよ。そっちの方が手強いんだから。さっさとこの場から離れるわよ!」


 「でも、ゲーシュタイナーが」


 「ゲーシュタイナー?」


 俺は二度うなずいた。


 「ゲボクちゃんなら、すでにガゼリと外で待機してるわよ?」


 トルマリナは長い睫毛でウィンクをした。

 目の前で槍を突かれたのは、いったい何者だったのだ?

 すっきりしない気持ちのまま、火の海に包まれた建物から、トルマリナとともに避難した。


 入ってきた門とは別の場所から出ると、トレードマークの中折れハット帽が見えた。確かに、茂みの中でガゼリに乗って待機していた。不思議そうにその姿を見降ろしていた俺に、トルマリナは思い切り頬をつまんできた。


 「あんな微妙なサングラスにスーツを着た小さなブルドッグが、ほかにいて?」


その横顔に俺は笑顔で返した。

 

  ひとまず、数では到底勝ち目のない追手が到着する前に、俺たちは南下することにした。この地は、一等魔導師の力によってある意味、守られていたのかもしれない。それまでの秩序が崩され、空気がざわついていた。


 「右腕の負傷は、大丈夫ですか?」


 「これくらいなんたってことない」


 「でも、止血できてないじゃないですか」


 前に乗っていたゲーシュタイナーが不安を覗かせた。


 「それって、いつから……」


 「背後から仮面の男の集団が来てるわ! 逃げ切って!」


 トルマリナは、レースの靴下に隠してあるショットガンを取りだし、追っ手に数発撃った。俺たちもその発砲に加勢した。いくつもの顔が破裂して大気に溶けていったが、その後ろに続く別の鉄の仮面が応戦してきた。


「こうなったら、ワープするわよ。ガゼリちゃんの尻尾にしっかりと捕まってて!」


 その指示通り、俺とゲーシュタイナーは先方のガゼリの尻尾を掴んだ。

トルマリナが呪文のようなものを唱えると、俺たちの周りを優しい色の丸い光が包む込み、やがて、景色が黒く塗りつぶされたように見えなくなった。


この頃、海外ドラマ「ゲームオブス◆ーンズ」にハマっていました。

ダークファンタジーはもちろん、やや残酷な描写がある小説や映画は

わりと好んで見ますが、どうも残酷な描写を自分で書くとなると

うまくいかず・・・。

それでもこの章は、苦手なりに、ちょっぴり頑張った章なので

思い入れがあったりしますですよ。

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