三話 『孤高の勇者』
『そろそろ時間かな~』
少女の声が、直接脳内に話し掛けているかのように反響して聞こえる。
懐かしい。聞き覚えは無いはずのに、とても懐かしい声だ。
何処で聞いた。俺はこの声を何処で聞いたんだ?
少なくとも最近ではない。しかし、幼い時に聞いた覚えも全くない。
夢だ。そうだ。夢で聞いたことがある。
『夢じゃないよ~。やっぱり転生魔法の詠唱間違っていたのかな~?』
少女はいつもの夢とは違うことを言い、しかも、俺が考えたことに対し、的確に回答をしているように思える。
これが夢ではなかったら、ただ俺が少女のことを妄想している変態野郎ではないか。
『私のこと覚えてないの~? 神だよ、神様だよ~』
うーん。それにしても、何故いつものような悪夢ではなく、可愛らしい少女が現れる夢なのか。
そして、何故俺は素っ裸で少女と対面している、極限までに変態的な夢を見ているのか。
いくらリア充が羨ましいとは言え、幼女は......。
俺のセーフティーガールズゾーンは十四から二十五歳までだ。幼女なんか相手にする器ではない。
『だから~。私は体は小さいけど心は大人だからね~』
少女の発言は、自らを子どもと認める発言だ。
よく悪ガキは「俺はガキじゃねぇ」とか言うが、俺からしたらその発言は「僕はガキです」と何ら変わらない発言だ。
子どもは何事でも自分を大きく見せたがる。俺はお前より足が早いだとか、俺はお前より頭が良いだとか、所詮は子どもだ。
大人はアソコの大きさだけを気にする。それが大人であり紳士である。
『......キモ』
ふははは。少女に罵倒されようが俺の心は揺らがない。
『はあ、記憶と勇者の魂を送り込むのを忘れただけでここまで気持ち悪い人間になるなんてね~』
気持ち悪いか......。良く言われたものだ。
俺は同い年の学生とは少しばかり作りが違う。俺には恐怖や嫉妬などというナイナス思考の感情が強く、嬉しさや楽しさなどのプラス思考の感情が弱い。
気持ち悪いという言葉は俺のために有るのかもしれないと思った。俺はそれほど可笑しな人間。
俺には何かが欠けているんだ。
俺は出来損ないの存在だ。
皆と同じように成りたいと思う。
しかし、俺の何が欠けているのか分からない。
『何が欠けている、か~。分かるはずがないよ~』
分からない?
『そうだよ。貴方は生まれながらにして人間としては不十分な存在であり、今の貴方は人間とは呼べない』
人間とは呼べない存在って、俺はチンパンジーとかゴリラとかの類いなのかよ......。
確かに、時々力が入り過ぎて殴った壁が粉砕したり、軽く跳び跳ねたら校舎を飛び越えたりするけど、それは俺がゴリラだったからなのか。
納得だ。
『一対七十憶。何の数字だと思う?』
分からん。
『......』
何だよその馬鹿にした顔は。
『前世の貴方はもう少し賢かったよ......。この数字は貴方の地球においてのキルレシオ。つまり、貴方が七十憶の人間と戦った場合、勝てちゃうんだよ~』
少女は色の違う目を細め俺を凝視する。
何かを伺っているようだ。視線は俺の方を向いているのだが、正確には俺を見ていない。
俺を見ていないが、俺を視ている。
少女は俺の何かを視ている。
少女にしか見ることのできない何かが、俺にはあるのだろう。
『十五年前、貴方をこの世界に転生させるはずだったんだけど少しトラブルが起きちゃったんだ~。魂を送り込むはずだったんだけど、詠唱間違えて半分の魂しか送られなかったんだ~。だから、貴方には力しかない』
力しかない?
『そうそう~。勇者としての力は宿ったけど、勇者としての心が宿らなかったんだ。ほら、見てごらん』
少女は何処かを指差す。俺はそれに釣られるように視線を動かし、その先にあるものを視界に捉える。
有り得ない。
いや、夢だから有り得るのかもしれない。
でも、もし少女の言う通りこれが夢ではなかったら、俺は少女の言う通り、元異世界人なのかもしれない。
『あれは、貴方だよ』
状況を理解できない俺に少女は答えを教えてくれた。
そうだ。あれは、俺。
俺がもう一人いる。
『よぉ、俺は勇者だ』
勇者と名乗った俺は、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくる。
体はゆらゆらと揺れ、体長が優れないように思える。
髪の色は金髪で、そこだけを抜かせば全てが俺だ。
勇者は俺の目と鼻の先まで近寄ると、とても嬉しそうに俺の手を握った。
とても強引だった。
犯罪者のような面をしていた。
でも、俺はその手を受け入れた。
俺は目を瞑り、手から流れ込んでくる何かを感じる。
勇者、魔王、魔法、仲間、死、転生、お子ちゃま。
『お子ちゃまじゃな~い!』
全てを思い出した。
俺は勇者。魔王を倒し、その際に命を落とし、異世界に転生されることになった。
しかし、転生には意味があった気がする。
何かを成すために地球に生まれたはずだ。
思い出せない。その記憶の部分だけぽっかりと穴が空いているようだ。
『終わったみたいだね』
神様の言葉に目を見開くと、そこにはもう一人の俺は居なかった。
当たり前だ。勇者と優沙は一つの存在になったのだ。
俺が二人もいる訳がないだろう。
『うーん。超大事な記憶が抜けちゃってるみたいだけど、そっちの方が楽しそうだから、このままでいいや~』
おいおい、ちゃんとしてくれよ神様。
何のために転生したのか分からないとか、転生した意味が無いだろ?
『平気平気、無意識に目的は達成されるよ。おっと、そろそろ時間だね~』
お別れか。
『最後に一つ。貴方の愛剣を授けるよ。この先、きっと剣を奮う時が来るだろうからね』
その言葉を最後に俺の意識はプツリと途絶えた。