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無題  作者: 大黒 一城
1/3

一話 『勇者な俺は――』

 

 勝った。

 魔王に勝った。

 腕を無くした、片目を無くした、心臓に剣が突き刺さっている。

 でも魔王に勝ったんだ。

 師匠も言っていたではないか。生きて帰えればどうなっても良いと。生きて帰ればどうにでもなると。


 残った右腕で何とか這おうとするが、上手く力が入らない。

 動こうとする度に血が流れ出すのが分かる。

 寒い。気温はそんなに低いはずはないのに、氷水に浸かっているかのように寒く、体の自由を奪う。


 ああ、何となく分かる。俺は死ぬ。

 自分のことは自分が一番分かるとはこのことだろう。

 まるで魂が吸いとられているような、魂が抜け出しているようなそんな感じがする。


「勇者!」


 馴染みのある綺麗で美しい声が、鼓膜を刺激する。

 共に魔王を打ち倒した仲間の一人、ルティカ・ルタリカだ。

 初めての仲間であり、初めての友達、初めての親友である彼女を守ることができてよかった。


「俺たち魔王に勝ったぞ......」

「うん」

「これで皆で幸せに暮らせるな......」

「うん」

「俺はたぶん死ぬ。アルフレッドならお前を絶対に守ってくれる......。幸せになれよ」


 ルティカの瞳から一筋の滴が溢れる。

 今まで一度も泣いたことのないルティカが俺のために泣いている。今までの人生で一番嬉しいことかもしれない。

 もう死んでも良い。


「嫌だよ。死んじゃ嫌......。何で死ぬなんて言うのよ!」


 ルティカからは五割の怒りと五割の悲しみを感じる。

 悲しんでくれるのはありがたいが、何故、ルティカは怒っているのだろうか?

 死にかけているため頭が回らないのか、それともただ単に俺が馬鹿だから理解できないのか、或いはその両方ということを有り得る。


「ごめん......。てか、何で怒ってるんだよ?」


 最後の力を振り絞って俺はルティカに微笑む。きっと、物凄く気持ち悪い顔になっているに違いない。


「怒るに決まってる。私を残して死ぬなんて百憶年早いわよ!」

「ははは、いつもツンツンしていたお前がこんなに悲しんでくれるなんて嬉しいよ」

「アンタは何で私が怒っているのか分からないの?」

「分からん」


 死にそうだというのにこんなにも楽しく和やかに話せるのはルティカだからだろう。

 落ち着く。

 ルティカといると心地がいい。

 ずっと彼女と居たい。

 ああ、そうか。そうだったんだ。


「私はその、あのね」


 ルティカは頬を紅く染め俺の手を握る。

 熱の篭ったルティカの柔らかい手が、俺の冷えきった手を暖める。

 温かい。

 心が温まる。

 やっぱりそうだ。俺はルティカが......。


「私は、ずっと前からアンタのことが好きだった......」


 鼓動が早くなるのが分かる。ルティカの告白に、俺はドキドキしていた。初めての感情が、死にかけの脳に流れ込む。


 死ぬ前に恋を味わえた。心が温まり、死にかけの冷たい体が温まる。

 恋というのは良いものだ。と言っても恋を知ったのはたった今だけど。


 死にたくない。

 さっきまで死ぬ覚悟はできていたのに、死ぬことなんて恐くなかったのに、今は死にたくないし、死ぬことによりルティカと永遠に会えなくなると思うと、生きたくなる。


「俺も......好き......だった」

「え?」

「だ、から。......俺も好きだった」


 俺が想いを伝えた瞬間、視界がぼやけてきた。視界が暗くなり、吸い込まれるような感覚に襲われる。

 痛みが嘘のように消え、何も感じない。


「............」


 ルティカが何かを言っているが、聞こえない。

 聴覚が死んだ。痛覚が死に、触覚も死んだ。

 もう分かる。死ぬ。死は目前だ。


 俺の想いを最後に伝えよう。


「もし、生まれ変わって、出会うことができたら、結婚しよう」


 俺は、この瞬間、この世界から姿を消した。


 ◆◆◆


 俺は十五年の人生を経て死んでしまった、のだが、何故か意識がある。

 これがあの世という奴だろうか?

 それとも、俺はまだ死んでいないのだろうか?


『死んでるよ~』


 何処からか可愛らしいお子ちゃまの声が聞こえてきた。

 大体八歳くらいの女の子だろう。


『お子ちゃまじゃないんだけど~!』


 声は真上からした。

 視線を向けると、そこにはお子ちゃまがいた。

 太陽のような金色の髪を持ち、左目が赤、右目が青、服は全身真っ白という不思議な少女だ。


『不思議な少女ってなんだ~! 私は一応、神様なんだけど!』


 ん?

 心が読まれているのか、というか話せない。

 ここはあの世で、お子ちゃまが神様で、俺は完全に死んでしまった。

 納得だ。


『お子ちゃまじゃな~い!』


 はいはい。

 で、ここはあの世で間違いないんだな?


『うーん。正確にはあの世とこの世の狭間ってやつだね』


 ということは、俺はまだ死んでいないのか?


『肉体は死んだんだけど~、魂は生きてる、みたいな?』


 どいうことだ?

 普通、死んだらあの世に召されるものじゃないのか?


『普通はそうなんだけど。貴方は特別。貴方には異世界に転生して貰いたいんだ~』


 異世界に転生って、つまり、記憶を残したまま別の世界に送り込まれるってことか。

 でも何でだ?

 意味が分からない分からないんだけど。


『勇者である者には代々特別なスキルが付与されていたんだ~。そして、貴方はそのスキルが異常なまでに強力過ぎる。だから異世界に行って私を楽しませて欲しいんだ~』


 余計ややこしくなったよ!

 大体、勇者が代々付与されるスキルって何のことなんだ?

 そんなの聞いたことないぞ。


『まあ、そうだろうね。私しか知らない超レアスキルだからね~』


 どういうスキルなんだ?


『ズバリ! 主人公補正・鈍感』


 ......。


『何その反応~。結構すごいスキルなんだよ~』

 

 スキルの効果を教えてくれ。

 内容によったら、話を聞いてやる。


『ふふふ。スキル効果は、異性からの好意に全く気付かなくなってしまい、人生童貞を捨てられずに終わってしまうという悲しくも素晴らしいスキル!』


 はい脚下。

 もう少しまともな効果なら話を話だけでも聞いてやったが、俺はそのスキルのせいでルティカと結ばれずに人生の幕を閉じたんだ。


『最後まで話を聞いて~。今は主人公補正・鈍感が発動していないからルティカのことを好きでいられる。でも、主人公補正・鈍感が発動した瞬間、貴方の恋は一瞬で覚める』


 だから何だよ?


『主人公補正・鈍感はあの世でも発動するんだよ~。貴方は死にかけていて、主人公補正・鈍感が発動していなかったからルティカを好きになれた。


 でもさ、あの世でルティカと出会うとき、主人公補正・鈍感は再び作動し、貴方はルティカと恋はできない。


 でもね~、転生をすると主人公補正・鈍感の効力が十分の一くらいになるんだ~』


 つまり、恋をしたければ、主人公補正・鈍感の効力を下げなくてはならない。そのためには異世界に転生する他に方法がない。

 ということで良いんだな?


『そうだよ~。物分かりが良いね~』


 でもな、俺が好きなのはルティカなんだ。俺は恋がどれだけ素晴らしいものかを知ることができたし、恋をしたいとも思う。でも、それはルティカだからの話だ。

 俺は絶対にルティカ以外の女性には恋をしない。

 それに恋ができなくても、ルティカのことを好きになれた成れなくても、あの世でルティカといる方が幸せだ。


『ほぉ~。絶対に、ルティカ以外の女性は好きに成らないね~。じゃあ試してみようか』


 少女は手に持っている白い球状の何かを悪戯な笑みを浮かべ、楽し気に俺に見せ付ける。

 目を凝らして球状の何かを見ると、まるで生きているかのようにゆらゆらと動いている。

 少女は球体を握ったり、手の平で転がしたり、玩具のように扱っている。


『これはね~、ルティカ・ルタリカの魂なんだ~』


 ルティカの魂? 何を言っている? ルティカは生き残っただろ?

 俺は死ぬ寸前まで見届けた。絶対にだ。


『ルティカ・ルタリカ。亡年十五歳。死因は自傷による大量出血死であり、その背景には最愛の人を失った悲しみ、最愛の人を失ったことにより味わった絶望がある。ルティカ・ルタリカは死んだんだよ~』


 ......。


 少女は手に持っている何かを見せ付ける。とても楽しそうに、嬉しそうに。


 その手に持っている何かは、もしかして、本当にルティカの魂なのか?


『正解~。おっと、時間がないから少し説明をすっ飛ばすけど許してね~。


 今からこのルティカ・ルタリカの魂を異世界に転生させま~す。そして貴方の魂も同じ世界に送り込ませま~す。もちろんルティカ・ルタリカの記憶も、貴方の記憶も残ったまま。


 異世界に転生されることにより貴方のスキルは軽減される。ルティカ・ルタリカと恋もできる。もちろんルティカ・ルタリカ以外の女の子でもいいよ~。


 そして、私に魅せて欲しいな~。勇者が主人公のラブコメを』


 少女はそう言うと、目を閉じ魔法のようなものを詠唱する。

 とてつもない魔力が込められているのが視覚で捉えることができ、視覚で捉えることができる魔力は神の魔力を意味する。

 つまり、俺はこれから異世界で神様のためにラブコメをするようだ。


『行ってらっしゃい~』


 二度目の感覚だ。死ぬ瞬間に味わった魂を吸いとられるような感覚が俺を襲った。

 そして実感する、俺は異世界とやらでラブコメをしないといけないらしい。

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