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君の瞳にあいたくて  作者: ゆいる
第一章 彼女と彼とはじまりと
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(6)

 その後、五、六時限目と授業が終わり、ホームルームになった。ちなみに教科は体育と古文。どうしようもなく眠気を誘う組み合わせだと思うのは、たぶんわたしだけではなく、クラス全員の共通認識だと思う。

 こんなことで仲間意識が芽生えるほど、単純でもないけれど。

 ホームルームの直前、扉を開けて入ってきた担任――羽村は、一度こちらをちらりと見たが、わたしに取りあう気がないとわかると、ため息をついてそれ以降は諦めたようだった。

 教壇に立つ厳つい姿がどことなく小さく見えるのは、希望的観測だろう。できればそのままずっとしおらしくして、関わらないでもらいたいのが本音だけど……。

 彼の性格上、そんなことはありえない。

 どうせ、数日もすればまた口うるさく言ってくるに違いない。だったら気にするだけ時間と労力の無駄だ。

 合わせたくなくて外に向けた視線の先には、晴れ晴れとした景色が広がっている。心も、簡単にそうなってくれればいいのに、ね。

 夕方へと移りゆく時間帯。まだまだ空は青く流れる雲は白い。

 なぜだかとても、羨ましく思えた。

 そうしてぼんやりと窓の外を眺めている間、いくつかの連絡事項が伝えられ、それも終わると羽村の声が解散を告げた。

 放課後だ。

 とくにめぼしい誘いもなく、部活にも入っていないわたしは、まるまるこれからの時間が空いたことになる。

 慌ただしく教室を出ていく者、友人とおしゃべりしながら笑顔を交わす者、黙々と勉強を始める者。

 いろいろな選択があって、わたしはその誰よりも自由を持っているはずなのに、誰よりも息苦しさを感じていた。

 誰も言葉にはしていない。それどころかわたしに目を向けている人もいない。

 けれど、この場の雰囲気が物言わずわたしを疎んでいた。

 ――いつまでいるの?

 ――早くどこかへ行かないかな。

「……ふん」

 バカバカしい。

 もとより、友人なんていない身だ。

 あえて針のむしろに居座り続ける理由もない。

 適当に荷物をまとめると、わたしは教室を出た。

 背中に突き刺さる、安堵の視線には気付かないふりをして。

 昇降口には、先客がいた。

 どこか見覚えのある、ぱんぱんに物が詰められたリュック。

 あれは、たしか……そう、今朝気になっていた男子だ。まあ、今の今まですっかり忘れていたけど。

 一瞬止まった足を再び動かす。

 多少印象に残ったとはいえ、結局は関係のない他人。意識するのも変な話だ。

 わたしが歩き出した先、彼は上履きを脱ぎ、慣れた手つきで下駄箱にしまい、靴を取り出した。そうして、つま先を靴に入れ、上半身を曲げて靴紐を結ぼうとして、

「あ」

 その声は、わたしのものだったか、それとも彼のものだったか。もしかしたら、そのどちらともだったかもしれない。

 とにかく、彼がお辞儀をするような体勢になった瞬間、蓋が閉まっていなかったのか、彼のリュックは盛大な雪崩を起こしていた。

 ……あとになって振り返れば、この瞬間が、わたしと彼を繋げたのだと思う。あえて大げさに言うのなら、そう、これがきっと運命というものだったのだろう。

 わたしは最初、その光景を見ても何も思わなかった。

 せいぜいが、あー、やっちゃったね、という他人事極まりない感想を抱いただけだった。

 そのまま横をすり抜けようと近付いていくと、当然彼もわたしに気付いた。

「……あ……」

 散乱した教科書やノート、プリントなどを拾い集めていた手が止まり、呆然と見上げてくる。

 そこで初めて、わたしは彼の瞳を見た。

 思わず笑ってしまいそうになる。

 黒々とした瞳に浮かんでいたのは、あからさまな怯えだった。せっかく綺麗な目をしているのにもったいないな、なんて浮かんだのは、一種の哀れみのようなものなのかもしれない。

 そうだ。この向けられる感情が、わたしのしてきたことの結果なんだ。

 後悔はしない。それだけは、絶対にしてはいけない。

 これまでの自分を、すべて否定することになるから。

 だけど、ちょっとだけ寂しいな、と思ったのも――きっと本当だ。

 だから、そんな気まぐれをしてみようという無意識に従ったのだろう。

 わたしは、どこか振り切れてしまったような清々しささえ感じながら、歩み寄る。

「あ、……う」

 動きも止まり、声にならない声を震わせるだけの彼に近付いていく。

 誰かがこの光景を見たら、わたしが苛めているように見えるのかな、なんてどうでもいいことをちらりと考えた。

 そうして、いよいようろたえるだけのその手に、落ちていたプリントを拾って差し出した。

「はい、これ」

「……え?」

「今度から、気をつけなよ」

「あ……え? は、はい」

 よく事態が飲みこめていないその姿に笑ってしまいそうになる。いや、もしかしたらもうとっくに表情には表れているのかもしれない。

 硬直している彼の横を通り、靴を履きかえる。

 もちろん、わたしは雪崩を起こしたりしない。まあ、そもそもわたしにそんな量の荷物はないんだけど。

 外に出ると、相変わらずの晴天が出迎えてくれた。容赦のない日光に刺されて、すぐにじんわりと汗が浮かんでくる。夏服とはいえ、気温が高いと普通に暑い。半袖のブラウスもスカートも、多少生地が薄いだけでは焼け石に水でしかない。

 普段のわたしなら、日陰を求めてさっさと歩き出すところだ。

 けれど、今はその日差しがあまり不快には感じなかった。

 それどころか、らしくもない衝動のままに伸びをして深呼吸。身体いっぱいに光と熱を浴びる。

「……っふぅ」

 肩越しに、後ろを振り返る。

 いまだに固まったまま、手に持ったプリントを見つめている姿が見えた。

 ――やっぱり、今日は〝お付き合い〟しようかな。

 どこか突き抜けてしまった人恋しさを埋めるため、わたしは歩きながら携帯を取り出した。


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