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君の瞳にあいたくて  作者: ゆいる
第一章 彼女と彼とはじまりと
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(5)

 その日の昼休み。

 わたしは担任の教師に呼び出されていた。

 理由は、一向に改める気配のない生活態度への指導、ということになっている。

 それがあくまでも表向きのものだということは、経験上よくわかっていた。

 面倒くさい。

 ため息をつきたくなる欲求に逆らわず、気が進まないままに足を動かす。

 そんなわたしは異物だとでもいうように、一時でも授業から解放された校内の雰囲気は明るい。

 晴れ晴れとした天気の下、暑さよりも若さのほうが強いのだろう。

 誰もが、元気一杯に青春を謳歌している。

 そんな中、前から向かってくる女子の集団。彼女たちは、わいわいと放課後や休日の予定についておしゃべりに花を咲かせていた。きっと、今が楽しくて仕方がないのだろう。将来への不安も、まだまだ遠い未来のことと意識すらしていないのかもしれない。

 それを羨ましい、とは思わない。

 ただわたしは、彼女たちを見送るだけ。

 その中の一人と目が合い、すれ違い、背中を向け合う頃にはひそひそと花が萎んでいく。

 振り返るなんて愚かなことはしない。もしも今鏡を見れば、わたしは微笑んでいるのだろう。

 それは嘲りだ。

「ねぇ、あれって二年の――」「援交やってるって噂――」「気持ち悪い――」「最低――」

 もちろん、自分への。

 そうしているうちに、浮かれるような周りの雰囲気とは正反対の足取りが、ようやくそこにたどりついた。

 職員室とは廊下を挟んで正面。生活指導室、とプレートが掛けられたその扉をノックする。

「入れ」

「……失礼します」

 入ってすぐのところにテーブルと、それを囲むように二人掛けのソファがふたつ。

 向かって左側に担任が座っていた。

「まあ座れ」

 示された通り、右側のソファに腰を下ろす。

 長く使われているのだろう。中身はすっかりくたびれて、とてもふかふかとはいいがたい感触だった。

 わたしにとっては、慣れたものだけど。

「それで、笹岡。お前を呼んだ理由だが……」

「はい」

「あー、その、なんだ、その髪、いい加減どうにかならないのか」

「なりません」

 しばらく言葉を探していた彼に対して、わたしは即答した。

 かなりの時間と手間を費やしたこの髪は、いまや商売道具である以上にわたしの宝物だ。そう簡単にどうにかできるならとっくにやっている。

 それだけで、こうした面倒事からも逃れられるのだから。

「そうは言うがな、俺が庇えるのにも、限界があるんだぞ」

「別に、頼んだわけではありません」

 そう。この男はわたしを何度となく注意してくるが、それを理由にして他の教師からの叱責や追及を抑えているのだ。

 もちろんわたしがそうするように頼んだわけではない。彼が勝手にやっていることだ。

 その理由を、わたしは知っている。

「笹岡、俺はお前のためを思って――」

「先生」

「な、なんだ」

「前置きはいいから、さっさと本題に入ってくれませんか。わたしを呼び出したのは、そんなつまらない話をするためじゃないんでしょう?」

 気遣わしげだった表情が、わたしの言葉を聞いて真顔になった。

 しばらく見つめ合ったあと、彼は諦めたように唇をひらく。

「……笹岡、お前は今でもまだ続けているのか」

「はい」

 何を、とは言われなくてもわかる。

 わたしと目の前の男の、共通認識だ。

「俺に、その資格がないというのは俺自身がよくわかっている。だが、それでもあえて言わせてもらう。……笹岡、もうあんなことはやめるんだ」

「…………」

「どうしてお前があんなことを続けているのかは知らない。ただ、お前だって自分がよくないことをやっているという自覚はあるだろう。生活態度を直せとは言わない。真面目にならなくてもいい。だが、あれだけは終わりにしてくれ」

 真剣な顔で、教師にあるまじきことを言う。

 正直に言えば、その気持ちはありがたいと思う。わたしのことを心配してくれているのも、本当だろう。

 たとえ、それがすべてではないとしても。

 願いのような、祈りのような。

 その瞳を真正面に据えて、わたしは微笑んだ。

「それはできません」

 一瞬の静寂。

 彼も、まさかこうもあっさりと否定を返されるとは思わなかったのだろう。

 硬直を経て、彼の怒気が膨れ上がる。錯覚だとわかっていても、ただでさえがっしりとした身体が、さらに大きく見えた。

 けれど、それを直前で抑え込むように深く息を吐く。そうしてから、わたしを睨む。

 怒りは抑えても、苛立ちは隠せない。そんな声だった。

「笹岡、いったい何がお前をそこまで……」

「お話はそれだけですか? 羽村先生」

 最後まで言わせず、わたしは立ち上がった。

 引き止める言葉はない。

「失礼しました」

 一礼して、扉をあける。

 その背中に、静かな声がかかった。

「……もう、名前では呼んでくれないんだな、サユ」

 わたしをその名前で呼ぶ。

 彼が必要以上にわたしを気にかけることの、単純明快な答えだ。

「教師と生徒なんだから、それが普通でしょう」

 言い残して、返答を扉で遮った。

 軽く髪をかきあげてから歩き出す。

 わたしが廊下を曲がるそのときまで、再び扉が開かれることはなかった。


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