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君の瞳にあいたくて  作者: ゆいる
第一章 彼女と彼とはじまりと
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(4)

 翌日。

 教室へと入り、すぐ近く。廊下側で一番後ろの自分の席を目指して歩く。

 その途中、わたしに向けられる声はなく、ただ視線だけが迎えてくれた。ちらちらと窺うようなそれらは、正直鬱陶しい。まあ、もう慣れたことだけど。

 持っていた鞄を机の取っ手にかけてから、机の椅子を引く。

 腰を落ち着けて一息つくと、途端にじんわりとした肌の感覚。夏の暑さのせいか、学校まで来るのに結構な汗をかいてしまったようだった。

 制服がぺっとりと張り付いているような感じがする。

 普段から開けっ放しな第一ボタンの隙間に指を引っかけ、ぱたぱたと空気を送る。

 焼け石に水だけれど、何もやらないよりはいくらか涼しい。

「……ふぅ」

 ふと視線を動かすと、慌てて目を逸らしていく男子たち。

 思わず笑ってしまいそうになる。

 なんて正直で、都合のいい人たちなんだろう。いつだって腫れ物に触るような態度で遠巻きにしておきながら、そんな相手の『女』にはしっかりと反応する。

 吐き気がした。

 真正面から欲望をぶつけてくるだけ、お金で繋がる男たちのほうがまだましにさえ思える。

 対照的に、女子の表情は汚いものを見るような、軽蔑しきったそれだ。

 わたしとしては、むしろそっちのほうがありがたかった。お互いに相容れないことがわかっているぶん、すっきりしていい。

 切った目線を取り出した携帯に向ける。

 今日も相変わらず、代わり映えのしない文面が並んでいた。

 その中に、

「……、……」

 無意識にユウイチの名前を探し、見つからなかったことに安堵の息をつく。そうしてから、表情には出さず内心で苦笑した。

 どうやら、わたしは自分で思っている以上にあの男のことが苦手らしい。

 とはいえ、もう会うこともないだろう。

 少なくとも、わたしには会うつもりはない。

 これは何も彼に限ったことではなくて、誰にでもそうしている。わたしは、一度きりの付き合いしか許していなかった。自分にも、相手にも。

 わたしにしても相手にしても、深入りしたところでよくないことのほうが多いということは、考えるまでもなくわかっていた。

 そんなことを考えてる間にも、習慣の染みついた指先は画面のスクロールを終えていた。

 結果的に、あまり目ぼしい誘い文句はなかった。今日はハズレ、かな。

 軽くあくびをしながら時計を見る。

 午前八時十分。

 朝のホームルームまで、あと二十分もある。少し、早く来すぎたかな。

 どうせ居心地が悪くなることはわかりきっていたのだ。早く目が覚めたとはいえ、どこかで適当に時間を潰してから来るべきだったかもしれない。

 けれど、後悔しても遅い。

 さてどうしようかと思考を巡らせようとしたところで、がらりと教室の扉が開いた。

 音はわたしの近く。教室後ろの扉からだ。

 ……そのとき、わたしがそちらを振り返ったのは本当に偶然だった。

 しいていえば、ちょうどやることもなくなって手持ち無沙汰だったこと。

 慣れていたとしてもうんざりすることに変わりはない。その教室の雰囲気から一時的にでも遠ざかりたい、そう思ったこと。

 などが挙げられるかもしれない。

 実際のところ、なんとなく、というのが一番合っているのは確かだけれど。

 振り向いた先、そこにいたのは、なんというか、とても地味な男子生徒だった。

 長く伸ばされ、ほとんど目元までを覆っている黒い髪。そのせいで顔はあまり見えなかったけれど。かろうじて見えている部分や、半袖のワイシャツから覗いている肌は生白い。日焼けというものを知らないような、どちらかというと病的な白さだった。

 身長は男子にしては低く、160cmのわたしより少し高いくらい。卑屈げに背中を丸めているせいで、余計に小さく映るのだろう。

 ぎゅうぎゅうに詰められて膨らんだリュックからは、毎日律儀に教科書などを持ち帰っていることが覗える。授業に関係するものはほとんど学校に置きっぱなしにしているわたしとは、正反対。きっと、真面目な性格なんだろうな。

 そんな、全体としてどこか暗い雰囲気を纏った少年。

 それが、わたしの彼に対する印象だった。

 目が合った。

 視線の交わらない対面でそう思ったのは、わたしがこうして彼を観察している間、びくりと身体を震わせてその場に硬直していたからだ。

 もごもごと、何か言いたげに唇が動かされるも、言葉は出てこない。

 見た目通り、気の弱い性格なのかもしれない。

 悪いことしちゃったかな。

 言うまでもなく、わたしの外見は威圧的だ。いろいろと独り歩きしている噂も、その近寄りがたさに拍車をかけていることだろう。

 そんな女にまじまじと見つめられていれば、委縮してしまうのも仕方ない。

 だからといって謝るのも何か違う気がして、わたしは結局無言のまま彼から視線を離した。

「あっ……」

 後ろからかすかな声が聞こえたような気もしたけれど、独り言か何かだろうとあまり深くは考えなかった。

 結局彼もそのまま自分の席へと歩いていったので、やっぱりわたしの思い込みか聞き間違いだったのだろう。

 追うまでもなく、その姿は視界に入ってきた。

 教壇の前。ある意味で特等席ともいえるその場所が、彼の席みたいだ。

 そう知ってみれば、今までにもずっと目に入っていたはずなのに、その姿はまったくといっていいほど記憶に残っていなかった。

 わたしの周囲への興味が薄かったのか、彼の存在感が薄かったのか。きっとそのどちらもが正しい。

 おはようも、世間話も、何一つ聞こえない。

 彼に対して声をかける人がいないその光景が、わたしの推測を裏付けていた。

 わざとなのか、それとも結果なのかまではさすがにわからないけれど。

 一番目立つ席で、誰よりも影に徹する。そんな彼のことが、今のわたしにとって何よりも気になる存在になっていた。

 もちろん、他のクラスメイトに比べて、だけどね。

 そんな思いも、担任の先生がやってきてホームルームの開始を告げたときには、綺麗さっぱりと消えてなくなっていた。


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