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君の瞳にあいたくて  作者: ゆいる
第一章 彼女と彼とはじまりと
3/13

(2)※

 放課後。

 駅までの道を歩きながら、相変わらずな文面を眺める。似たような内容の中から適当に一つを選び、待ち合わせの時間と場所について送ると、そこからいくらも歩かないうちに返事がきた。

 こういった付き合いにおいての迅速な対応。このパターンには二種類あって、一つは相手が慣れている場合。もう一つは逆に初心者……それも本当に初めての場合だ。

 どちらの場合でも一長一短はある。

 相手も慣れていればお互い割り切ってるから気兼ねなくいられるし、ある意味では気楽なものだ。そのぶん、調子に乗りやすい奴が多いのも確かだけれど。

 逆の場合は、とにかくこちらがリードしなければならないから単純に面倒くささが増える。メリットとしては、こちらのペースで相手できるため、うまくすれば少ない労力で多くの対価を得ることができるかもしれない、ということがある。

 内容から察するに今回は前者だろうな、と当たりをつける。

 軽薄な文章からは、場数を重ねた余裕のようなものが感じられた。

 こちらも適当に盛り上げるような返信をしつつ、反比例する表情で足を動かす。じんわりと汗ばむ身体が鬱陶しくて、胸元に垂れていた髪を後ろに払った。

 七月上旬の夕方は、まだまだ日中の熱がそこら中に纏わりついていた。

 ――雨よりは、いいけどね。

 一度、足を止める。夕方とはいえまだまだ青さの残る空を見上げ、内心でそう呟いた。

 ここまでのことでだいたいはわかってると思うけれど、わたしは俗にいう出会い系サイトを利用してお金を稼いでいる。あえて飾らずに言ってしまえば、援助交際というやつだ。

 学校で噂になっていることも知っているし、陰で自分がなんと呼ばれているかもわかってる。不良とかビッチなんていうのはまだいいほうで、中にはもっと露骨で下品なものだってあった。

 別に隠しているわけじゃないし、本当のことなので否定する理由もない。だからそのままにしていた。

 何を言われようと、所詮は三年かそこらの付き合いだ。それも、上辺だけで馴れ合い、裏では同じ口で貶し合う。笑顔を交わしながら疑心暗鬼ですり減っていく。

 一瞬、思い出したくもない記憶が蘇りかけて、慌てて頭を振った。

 とにかく、そんな薄っぺらい関係ならいらない。

 そんなことをするくらいなら、最初から偽物だとわかっているほうがいい。他人同士、せいぜいが数時間でぷつりと途切れるような繋がり。

 それを楽だと……、そのほうがいいと望んでいるのはわたしだけではない。

 だからこそ、誘いの文面がやむことはないのだ。



挿絵(By みてみん)



 待ち合わせ時刻ちょうどに、そいつは現れた。

「えーと、君がサユちゃん?」

「そうだけど、あなたがユウイチくん?」

「ユウイチでいいよ。どーも、はじめまして」

 金のメッシュを入れた茶髪に、片耳だけのピアス。半袖のウルフシャツにカーゴパンツ。いかにも遊び慣れた大学生風の男だ。にやにやとした表情をはりつけた顔は、それなりに整っているように見える。その視線が、わたしの全身を舐め回すように動いた。

 まあ、品定めはお互い様だ。いまさらそんなことぐらいでどうこう思ったりはしない。

 むしろ、男の唇がいやらしくつりあがったのを見て、成功を確信したくらいだ。

 ちなみにサユ、というのがわたしの偽名、というか登録名だ。こういうときにはいつもこの名前を使っている。

 ささおかゆうせ、だからサユ。我ながら安直だと思うけど、別に問題はない。実際、どうだっていいのだ、こんなものは。

 たった数時間の間、互いを認識するためだけの記号なのだから。

「とりあえず、軽くご飯でも食べる?」

「そうだね。でもわたし、あんまりお腹すいてないかも」

「大丈夫、軽いわりにとってもおいしい店知ってるから案内するよ」

「そう? じゃ、そこにしよっか」

 予定調和のような会話が終わると、男――ユウイチは馴れ馴れしくもいきなり手を握って歩きはじめた。

 この程度でいちいち気にするほど、わたしは初心ではない。けれど、

「きゃっ、……もう、いきなり手なんか握るからびっくりしちゃったよ」

「ごめんごめん。サユちゃん可愛いから、つい」

「えー、じゃあ、罰として今日は全部ユウイチのオゴリね」

「あはは、オッケーオッケー。任せといてよ」

 こういった地道な営業も、ときには必要なのだ。たとえ短い時間だとしても、どうせ付き合うなら機嫌がいい相手のほうがやりやすいだろう。

 こちらの思惑を知ってか知らずか、ユウイチの足取りは軽い。

 場慣れというのもあるだろう。きっと、彼自身こういうことは数えきれないほど繰り返してきたに違いない。

 わたしとしては、貰えるものさえ貰えれば相手が誰だろうと関係ないけど。

 それこそ、今まさにすれ違った同じ高校の男子生徒でも構わない。まあ、わたしの噂は知っているだろうから、相手のほうが嫌がるかな。

 たいていの人は、わたしのような人間を見るとよくない顔をする。今回は見た目にもまだ若いユウイチだから多少はましなものの、ときにはスーツ姿のおじさんなんていうあからさまな組み合わせのときだってあるのだ。

 笹岡夕瀬単品でも、その外見からの想像は悪いほうへと傾くのに。

 自嘲はしない。選んだのは、自分だ。

 歩きながら振り返ると、その背中はすでに遠く、背負ったリュックだけがぼんやりとした日光に照らされていた。

 ワイシャツに刺繍された特徴的な校章から同じ学校だとわかっただけで、長めの前髪に隠された顔立ちはどうにも記憶に残りにくかった。

 そんなふうに彼についてぼんやりと考えていると、ふと繋がれた手を引っ張られた。

 ぐい、と引かれるままに身体は動く。近くにあった脇道へと連れ込まれ、最終的にはすっぽりと腕の中に抱えられる形で止まった。

 駅前の喧騒が、少しだけ遠くに聞こえる。

 あたりに人通りはない。なにかの飲食店の裏なのだろうか、むわりと、あるいはじめじめとした匂いや暑さが立ち込めていた。

「なに、どうしたの? 急に」

 少し驚いたものの、表面に動揺を出すことなく見上げれば、ユウイチの悪戯っぽい表情が目に映った。

「さっきの奴、知り合い?」

「ううん、別に」

 正直に言うと、彼の目がふぅん、というように細められた。口元は、にやついたままだったけれど。

「ダメだよ、今のサユちゃんは俺の彼女なんだから。ちゃんと俺だけを見てないと」

 なんてね、と笑うその姿を見て、面倒だな、と思った。

 冗談めかしてはいるものの、本当に一瞬だけ、彼は真顔になっていた。

 こういう男は、たまにいる。経験豊富すぎて、少しでも自分の思い通りにならないと気に入らないタイプ。テンションの上下が激しくて、その調整をするのがとても面倒くさいのだ。

「ごめんね、同じ学校だったからちょっと気になっちゃった。本当にそれだけで、全然知らない人だよ」

「そっかそっか、なるほどねー」

 いくぶんか声のトーンを下げて、しおらしく、それでいて卑屈になりすぎないように。

 以前からの経験が生きたのか、ユウイチの機嫌も戻ったように見えた。

「じゃ、罰としてキス一回ね」

 少なくとも、表面上は。


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