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君の瞳にあいたくて  作者: ゆいる
第一章 彼女と彼とはじまりと
2/13

(1)

「――というわけだ。各自、夏休みが近いからといって気を抜かないように。休み明けにはお前らの大好きなテストをするからな」

 授業終了のチャイムに重なるように告げられた、冗談めかした担任の言葉に教室中からえー、といったブーイングが起こる。

 とはいっても、本気で嫌そうにしているのは数人くらいで、ほとんどは先生の洒落っ気に合わせた表情なんだろう。がやがやと騒がしい教室は、それだけで楽しげな雰囲気を表していた。

 わたしはといえば、そのどちらに属するでもなく、ただ無言で携帯を弄っていた。

 見下ろす画面には、今日何時から会える? とかこの前は楽しかった、などの誘い文句が次から次へと浮かんでくる。

 どうでもいいけど、彼らはいったい何をしているのだろう。一応、今は平日の午前中なのだけど。まあ、それはわたしも同じか、と思い直して軽く自嘲する。

 見飽きた文面を一瞥しては消し、また読んでは消し、とやっていると、ふっと視界が暗くなった。

「笹岡、授業中は携帯禁止だと何度言ったらわかるんだ」

 相手を見るまでもなく、それが担任の声だとわかった。顔を上げると、予想通り顰め面をした男がわたしの席の前に仁王立ちしていた。いつの間にか、号令も終わっていたらしい。

 背が高く、がっしりとした体格の彼は確かラグビー部の顧問だっただろうか。どちらかというと格好いいほうではなく、一部ではゴリラのようだと例えられるほどに厳めしい顔立ちをしている。

 それにしては担当教科が英語で、たまにユーモアも交えたりする授業内容からか、見た目に反して生徒からの人気は高い。二十代の後半と、比較的年齢が近いこともその人気に一役買っているのかもしれない。

 さっきまで騒がしかった教室が嘘のように静まり返っている。

 さすがに、完全に沈黙とまではいかないけれど。あえて言うならそう、静かにざわついてる感じ。

 多くの視線と、ほとんどの意識がこちらに向けられている。その気持ちもわかるけど、当事者にしてみればうんざりなことこの上ない。それに、目が合いそうになると誰もがさっと逸らすのも苛立ちに拍車をかける。

 まあ、まったく興味なさげにしている人もいるにはいるけれど。どちらかといえばそちらのほうが好感が持てる。

 わたしのことなんて、放っておいてくれればいいのに。そうすれば、お互いに楽なんだから。

 これ見よがしにため息をつき、机の横に掛けた鞄に携帯をしまう。その動きのまま、出しっぱなしで結局ほとんど使わなかった教科書や筆記用具も片付けはじめる。

「授業はさっき終わったはずですけど」

「そういう問題じゃなくてな。せめて俺がいなくなるまで待つとかあるだろう。それにそもそも、お前授業中からずっと弄っていたじゃないか」

 そう言われれば、その通りだけど。というか、それならその時にでも注意すればいいものを。わざわざこうして時間をとるのは面倒だろうに。

 まあ、注意されたからといってわたしがやめる理由にはならないけれど。

 このやりとりもいつものことだ。もう何度目だったかなんて、いちいち覚えていない。それぐらいには日常だと言ってもいい。

 だというのに、授業のたびにこうしてわざわざ声をかけてくるあたり、人柄が知れるというものだ。

 別に、校則に違反しているわけじゃない。ただ、授業中には触らないようにと、当たり前のような不文律があるだけだ。実際、わたしほど大っぴらにではないものの、同じことをしている人だっている。それはいわゆる早弁や内職だって似たようなものだろう。

 それなのに、彼がここまでわたしに固執しているのは、単にわたしがその中でも目立っているという、きっとそれだけの理由だ。

 他に理由があるとすれば、それは、

「あと、その髪もな。いくらなんでも派手すぎるぞ」

「そうですね、気をつけます」

「……なぁ笹岡、お前はまだ――」

「すみません、お手洗いに行きたいので失礼します」

 急に気遣わしげな表情になった彼の言葉を遮る。立ち上がり、もはやそちらには目もくれずに歩き出す。背後からそれ以上の言葉はなく、ため息だけが追いかけてきた。





 華やかなその背中が廊下に消えると、どこか張りつめていたような教室の雰囲気が緩みはじめた。囁きがざわめきに変わり、徐々に元の騒がしさが戻っていく。

 そこかしこで交わされる言葉の内容は、ほとんどが同じ人物についてのものだろう。

 彼女――笹岡夕瀬ささおかゆうせは、色々と話題には事欠かない。良い意味でも、悪い意味でも。

 気まずげに頭を掻いていた男性教師は、曖昧な笑みを浮かべてから気を取り直すように声を上げた。

「お前らも、あまり羽目を外しすぎないようにな」

 揃えたような、はーい、という返事とともに、彼もまた教室を出ていく。

 そんな空間の中にあって、芳沢聡よしざわさとるは終わった授業のノートを机の中にしまいながら、無意識に止めてしまっていた息を吐いた。

 ピリピリした空気は、嫌いだ。

 学校内に友人がいない聡にとって、こういった喧騒はまったく違う世界のものなのだ。まして、その中心が笹岡夕瀬のような人物ならなおさらに。

 明るい色で巻かれた長い髪に、着崩された制服。容姿は整っているが、だからこそ余計に目立つ浮いた華やかさ。何度注意されても改める気配のないその素行と、彼女自身が発する刺々しい雰囲気に、周りは一定の距離をおいていた。

 噂では、援助交際などにも手を染めているらしい。本人が否定しないのをいいことに、そうした憶測は憶測を呼び、仮初の真実を作り上げていった。

 そんな彼女とは対照的に、聡はとても地味な少年だった。

 少し長めの黒い髪に、とりたてて特徴のない顔。人と話すのが苦手で、良く言えば温和、悪く言えば気弱な性格。

 趣味といえば、アニメやゲーム、漫画などが好きな――ようするに、そんなどこにでもいるオタク気質な少年。

 それが芳沢聡だ。

 あえて彼らの共通点を挙げるとすれば、どちらも友人と呼べる存在がいないことだろうか。

 孤高と孤独。

 二人の進む道は平行線で、決して交わることはない。

 そのはずだった。


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