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君の瞳にあいたくて  作者: ゆいる
第二章 夏祭りと花火
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(3)

 言葉通り、次の日から委員長サマの攻勢が始まった。

 遅刻ぎりぎりに扉を開け、あくびを噛み殺しながら自分の席に向かう。

 今日も今日とて夏の空は爽やかで、いっそ憎たらしいくらいだ。こんなとき、席が窓際じゃなくてよかったと思う。涼しい風を浴びることもできないから、どっちがいいのかは人によるけど。

 そんなことを考えながら荷物を置き、椅子に座って一息つく。

 すると、目の前に仁王立ちする人影がひとつ。

「おはよう、笹岡さん」

「……おはよう」

 確認するまでもなかった。黒々とした髪をまっすぐに下ろした、その硬質な雰囲気。研ぎ澄まされた鋭い声は昨日聞いたばかりだ。忘れるはずもない。

 古筒藤乃。

 品行方正な委員長は、絶対零度の視線でわたしを見下ろしていた。

 朝の教室のざわつきが、ひそひそとした囁きに変わっていく。

 それもそうだろう。

 ある意味でクラス内でも有名な二人が、どこか険悪な雰囲気で向かい合っているのだから。

 そこには、藤乃に対するある種の期待も含まれているように思える。皆が抱くわたしのイメージは、それぞれ多少の違いはあっても、結局は同じようなところに落ち着く。

 よくわからないけど怖い人とか、まあそんなところだろう。

 そんな相手に、正しさを象徴するような委員長が注意するべく声をかけた。あまりにもわかりやすいシナリオだ。

 自分に向けてか、それとも他人にか。唇に嘲りが浮かぶ。

 ふと見れば、芳沢までもが驚いたようにこちらを見ていた。

 目が合った、と思った瞬間、彼ははじかれたように前を向いてしまったけれど。

 まあそうだよね、と納得しながらも、なんとなく寂しく感じてしまうのは、きっと気のせいだ。そうに違いない。

「……ちょっと、聞いているの?」

「え? ああ、もちろん」

 聞いてないよ、とは続けなかった。さすがに、そこまで冒険する勇気はない。

 それでもわたしの表情から悟ったのか、藤乃は一度ため息をつくと、その動きに続けて黒髪をかきあげた。

「とりあえず、そのじゃらじゃらしたアクセサリーを外しなさい。校則で禁止されているはずよ」

「そうなの? こういうのしてるの、わたしだけじゃないみたいだけど」

 手首に巻いたシュシュやブレスレットはともかく、ネックレスはこの前おろしたばかりのお気に入りなんだけどな。確かにちょっと学校という場には目立ちすぎるかもしれない。

 とはいえ、オシャレは女子の嗜みだ。わたし以外にも結構そういう子はいるよね。

 なにげなく周囲を見回すと、そそくさと視線が散っていく。なんともまあ、わかりやすいことだ。

 それでも藤乃に動じた様子はなく、わたしを見る目も冷たいままだった。

「あなたが派手すぎるのよ。ピアスとか、あからさまにアウトでしょう。あくまでも目立たない範疇でなら、私だってそこまで口うるさく言わないわ」

「ふーん……」

 そうか、それがあったか。

 けど、正直意外だ。

 彼女のことだから、もっと厳しいことを言うのかと思っていたけど。それこそ、全面的に禁止、みたいな。

 案外と理解もあるらしい。

 まあ、わたしはその理解の外らしいけども。

「何? 言いたいことがあるのなら言いなさい」

「いや、別に……」

 お互い、妙な沈黙のなかで見つめ合う。

 先に目を逸らしたのは、意外にも藤乃のほうだった。

「……とにかく、すぐに変えられる部分から直していくことね」

「はいはい」

 はいは一回、なんて返ってくるかと思ったけど、そんなことはなかった。

 さすがにそこまでそれっぽくはないか。

 ぴんと背筋を伸ばして去っていく後ろ姿を見送りながら、わたしはなんとなく頬を掻く。

 そうして追っていた視線が、再び芳沢を捉えた。

 もちろん、彼だけでなく、それとなくわたしたちを窺っていた教室中の空気はわかっている。

 けれど、わたしの瞳は真っ先に芳沢の地味な姿を見つけていた。

 おそるおそる、という風にこちらを見ていた彼と視線がぶつかる。

「あ……」

 今度は、わたしが逃げてしまう。

 なんだろう。なんなんだ、これ。

「あー……」

 片手でわしゃわしゃと髪をかきむしる。

 今日遅刻しかけた理由が、ぐちゃぐちゃになっていく。

 あとで整えるの面倒だなと思いつつも、今はあえて気にしないことにする。

 しばらくそうして無言でうつむく。

 一分か二分か、それくらいが経っただろうか。見るも無残なぼさぼさ頭のまま、わたしは立ち上がった。

 誰かが息を呑む音が、はっきりとわかった。

 朝のホームルームまで、あと少し。けれど、そんなのはどうだっていい。どうせわたしは〝不良〟なのだ。いまさら悪行がひとつ増えたくらいで評価は変わらない。

「ちょっと――」

 背中にかけられた声は、聞こえない。

 そういうことに、した。

 今はとにかく、一人になりたかった。

「ん? おい笹岡、どこに行くんだ」

 廊下に出ると、向こう側からやってくる担任――羽村に見つかった。

 わたしは無言で会釈だけをしてすれ違おうとする。

「笹岡!」

 その腕を掴もうと伸ばされた羽村の手が、中途半端な位置で止まった。

 彼なりに、何か思うところがあったのかもしれない。

 だけど、わたしにとってはそんなことどうでもよかった。

 だから、目を合わせないままもう一度小さく頭を下げて、横をすり抜ける。

 姿も声も、それ以上は何も追いかけてこなかった。

 一歩、また一歩。

 足を進めるたびに、学校内のざわめきが遠くなっていく。

 これで、本当にひとりだ。

 自分から望んでいたはずなのに、心が軽くなることはなかった。

 それどころか、この気持ちは。

「――……、」

 ポケットの携帯が震える。

 のろのろとした動きで、画面を確認する。

 メールの着信だった。無味乾燥で、軽薄な文面。

『サユちゃん、久しぶり。俺のこと覚えてる? なんだか急に会いたくなっちゃってさー。よかったら今日、また遊ばない? 返事、待ってるよ』

 その差出人の名前を見た瞬間。

 かつての行為のとき彼に縛られた手首が、じんわりと赤い痕を浮かび上がらせてくる。

 そんな錯覚を、感じた。


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