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未定  作者: マリオネット
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5話〜退魔師の死神〜

 東京 【朝倉総合病院 2階会議室】。

 そこには3人の退魔師――桐島刀夜、厳島祭、安藤徹だけが存在し、休憩に入っていた。

 室内から備品を壁に追いやり、一部に腐食したコンクリートが見える簡素な内装。そこが会議室だとわかるのは事務用の椅子や机がある事で何となく察しただけ。

 そんな部屋の端に小さな明かりをが幾つかある。桐島たちが持ってきていた小型のライトだ。

 その時、携帯で佐山とメールで連絡を取っていた安藤が、嬉しそうに頷いて言う。


「藍ちゃん、もうすぐもどってくるって」


 桐島たちはこの廃病院にカテゴリーAの悪霊がいると思って、気を引き締めたのに亡者以下の悪霊しかいなかったので、安藤は拍子抜けしていた。


「……わかった。佐山が俺たちと合流次第、対策室に連絡を入れる」


 桐島は静かに、だが堂々と答える。

 桐島の言葉と同時に、近くの薄闇から靴を鳴らしながら、人影がゆっくりと会議室内に歩いて来た。

 それは青服に身を包んだ、佐山藍だった。


「佐山さん、具合大丈夫? 安藤君から聞いてどうしたんだろう、って思ったんだけど……」


 厳島がまるで母親のように心配した表情で、佐山に尋ねる。

 そう厳島が言い終わった時、佐山の姿が視界から消えた。

 まるで野性動物が森に身を潜めるように擬態したのではないかと思えるほどの出来事だった。


「どうした悪霊? そこに突っ立てるだけかァッ?」


 背中から声が聞こえ、桐島たちは一様に振り向いた。真正面から佐山は向かってくる。その佐山の顔は笑っていた。あの無口で微細な表情しか見せてくれないあの少女が笑っていた。楽しくてしょうがないと言わんばかりの笑み。


「おい」


 軽く手首を曲げ、佐山が瓦礫を投げつける。狙いは桐島の顔。それを反射的に片手で払いのけた桐島は、瓦礫が地面に落ちる音を聞いてから、桐島は安藤の胸に信じられないものを見た。


「…………え」


 刀が刺さっている。佐山が使う日本刀の退魔武器が、目を離した隙に、刀を一気に抜き放って安藤の胸に刺さっている。ちょうど心臓の位置だ。深々と突き刺さった刃は、安藤の心臓を確実に貫いていた。

 今の、ほんの一瞬の間に――。

 壮絶な痛みがこみ上げ、声も出せない安藤に、邪悪な顔面を貼り付かせながら、


「抵抗する気もねェのかよ。だけどさァ、ちゃんと精神がぶっ壊れるまできっちりかっちり成仏させてやるって」


 刀を簡単に引き抜いて言う。そして己の殺気を込めるようにして、彼女は再び刃を走らせる。

 それは、桐島ほどの動体視力でも追い付けない速度。紛れもない殺すことに特化した技。その刀が牙を剥く。

 まず安藤の左腕を切断し、返す刃で右腕も切断。血を撒き散らしながら、安藤の両腕が宙を舞い、天井にぶつかった。


「なんで……」


 安藤は先を失った自分の肘を見つめ、床に落ちてくる腕が目に入り、笑っている佐山に対して絶望の表情を浮かべ、よろよろと後退しながら、尻もちをついて止まる。

 信用していた仲間の突然の行動。対応できなかった自分。

 それらは今、後悔するだけ。ただ単に、後悔するだけ。


「なんで、こんなことに……」


 そして安藤は、自分を見る桐島の存在に気づいた。

 ――安藤のように常に明るく冷静でも、こんな表情をするのか。

 今にも泣き出しそうに顔を歪め、安藤の口から儚げに声が漏れる。


「桐島ァッ!!!」


 ――安藤は何を言うつもりだったのだろう。何を伝えたかったのだろう。それは、永久にわからない。

 佐山は無造作に日本刀を一閃。安藤の首が、根元からざっくりと切断された。噴き出す血で肩と背中、そして佐山の上半身を濡らしながらゴロッと転がる安藤の首。

 さながら無慈悲に、呆気なく、地獄に送り届けるその刃。一言で表すとしたら、人の命を奪い取る死神そのものだった。

 今、目の前で何が起きたのか、桐島たちは考えたくなかった。

 しかし、冷静な分析に現状の把握をしようと桐島の脳は情報の処理を始める。


「なんだァ? 今回の悪霊はよく喚めく、そんなに嬉しかったのかねェ、オレに斬られる事がよォォ!」


 愕然した桐島たちの顔を見て、佐山は笑った。満面の笑み。派手に暴れられる前兆。

 その言葉を聞いて、桐島の脳はやっと情報の処理を終わらせていた。

 こいつは、佐山は、俺たちの姿を悪霊だと錯覚している。

 ……ならば、どうすればいい? どうすればこの現状を打開できる?

 答えは、簡単だった。何も難しい事はない。

 佐山藍を止める。ただ、それだけ。

 こいつを押さえつけて、錯覚しているのを終わらせば、この無意味な殺戮は止まる。

 拳銃を構える桐島を見て、厳島は声を荒げる。


「刀夜、一体何をする気ッ!」


 その声に桐島は目線だけをやる。厳島の身体は肩を上下する荒い呼吸に、ブルブルと両足を震わせて動かない。床に張り付いたかのごとく、前進も後退も不可能だと思われた。

 厳島のそんな姿を見ながら答える。


「安心しろ厳島。佐山は絶対に殺さないで助ける、絶対だ」


 桐島は自分でも何故こんな事を口走っているのか、わからなかった。

 以前の仕事の時は仲間だの、友達だの、家族だの、と言っておきながら身の危険が迫った時は、平然と切り捨ててきたし、それが人間の本性だと頭の中で整理していた。

 だが、ここにいる奴らは自身の経歴を教えても遠ざかるどころか、親身に接してきた。

 その理由が「何かとんでもない悲劇があって、そんな仕事をして来たのだろう」、と。

 でもそれは勘違い以外の他にならなかった。何かしらの理由があって始めたわけではなく。単に自分のしたい事が見当たらなくて、裏社会の人間に誘われるまま、人を殺す“殺し屋”になっただけだった。

 でも、そんな愉快な勘違いをする思考を持ったこいつらだから、俺より先に下らない死に方をしないで欲しいと、柄にもなく思ってしまった。

 だからこれ以上は殺させない。

 誰も、死なせない。

 その時だった――。

 佐山が桐島を遠ざけるように、何かに向かって疾駆していく。


「ギャハ!」


 それを桐島が理解するよりも速く身体は反応して走り出す。向かう場所は自分のすぐ横、厳島だ。佐山より先に桐島は厳島の前に立つがつまらなそうに、雑な動きで難なくかわしてみせた。そして死神の剣が厳島の首に襲いかかる。 佐山は日本刀を水平にして切先を向かわせる。その当てる場所は人体の急所、頸動脈。当たる直前になるまで二人は反応すら出来てすらいない。否、佐山の速度が格段に違うだけ。そして厳島の頸動脈を残酷までに、正確に佐山は突き刺した。

 刺した刃の勢いそのまま、赤い液体は床へと散らばっていく。その度に厳島の身体は陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと痙攣する。

 そして、佐山は愉快そうな顔をして日本刀を一気に振り抜いた。刃は厳島の首をギチギチという音を立てながら、赤く染まった迷宮を駆けずり回る。やがて、刃先が迷宮の出口を見つけた。

 出口を見つけた日本刀はそのまま桐島の背中に向けて横薙ぎに払われていった。

 その斬撃の炸裂で厳島の首は薄皮一枚になっており、頭と身体がかろうじて繋がっていたがもう現代の医学レベルでは、到底助ける事が出来ない絶命状態。

 時間に換算して二秒ほどの間に佐山が動き厳島の命を奪っていた。それと同じ時間を使って、桐島が厳島の方へと身体を反転させようとしていた。

 しかし、佐山の惨劇が終わったわけではない。今、まさに桐島に死の入り口が迫って来ているのである。だが、桐島がそれをかわす手段がないので胴体へと目掛けて刃が降り下ろされた。

 その日本刀はあっという間に、桐島の胴を真っ直ぐにまるで芸術だと錯覚するほどに美しく切り裂く。斬った痕跡を景色に加えるように赤色の一本線を空に描いた。


 死の絵画を描くのと同時に、桐島は剣圧の衝撃で後方へと弾け飛び、古ぼけた病院の壁に背中をぶかり、


「……かはッ……」


 と胃液を吐き出してしまう。

 一瞬、桐島の思考が止まった。活動を止めた脳髄からジワジワと広がり体中を侵食していく。それは負の波動。胃も肺も腎臓も肝臓も、その他の臓器も次々と活動を止めたと思えるほどの圧倒的、絶望の波動。

 視界がぶれ、黒く染まる。足元から溶けていくような虚脱感。自分という存在が薄くなっていく。意識が呑み込まれ暗い世界へと落ちる。

 だが、桐島はそこで死ぬ事が出来なかった。それを幸運と呼ぶべき事だとは桐島は全く思えなかった。

 桐島が考えを張り巡らせる間に、厳島の身体が関節を動かせるフィギュアに変わったのでは、と判断してしまうほどに床に叩きつけられる。その周りにジワリジワリと人体にある中で、最も鮮烈な色をした小さな水溜まりが出来ていく。

 厳島が倒れる瞬間を視界にとらえながら、僅かに残っている感覚で下腹部に手をあてる。服が、身体が、切られている事を今さら知る。パックリと開かれた傷口から、ドクドクという音が鼓膜に響く。

 傷口を押さえた指先が温かいモノに触れ、それがはみ出してきた腸の部分だとわかり、必死に止めようとしたが腸は溢れ出るように流れ続け、急激に体温が下がる。

 そんな生と死の狭間で桐島がもがいているところに、血塗れの佐山が眼前にまで歩いて現れた。そして躊躇う事なく惨劇の刃を振り上げ、まるで服についたゴミを払うかのごとく刀を桐島へと打ち下ろした。

 そして――全体約3割が人によって赤く染まった部屋。

 佐山の周囲にあるのは、かつての仲間にして退魔師の屍。

 彼女を止めようとしていた者たちは、皆、一同に身体と首を切断され倒れ伏している。

 その現場を唯一知っている彼女は、身体をユラユラと揺らしながら階段を駆け下りる。

 当てなどないはずなのに、一つの明確な目的を持って夜の闇を駆けだした。


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