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未定  作者: マリオネット
4/5

4話〜対策室の襲撃

 桐島たちが病院に入った同時刻。


「あと5分後には会談の時間になりますね」


 自分の執務室のにいた観世は珍しく、緊張した声で一言漏らした。


「観世室長、失礼いたします。」


 対策室のオペレーターである峰渕和美が、そう声をかけ執務室に入ってきた。


「峰渕くん、審査官が来られましたか?」

「はい、今は執務室前でお待ちになられています」

「わかりました、峰渕くんここまでお通しして下さい」


 デスクにあるパソコンを閉じながら、観世は峰渕に伝える。


「了解しました。」


 暫くして、峰渕が連れてきたのは、全身を黒いマントで覆った体格のいい成人男性だった。


「ご苦労さま、峰渕くんオペレーションルームに戻って桐島くん達の支援を行ってください」

「はい、了解しました。何かありましたら、すぐにお呼び下さい。」


 そう言って、峰渕は執務室を去ていく。


「やれやれ、ここに来た途端に銃を突きつけられるとは思いませんでしたよ。異常災害対策室室長お呼び特殊戦術班最高責任者、観世智明殿」


 黒いマントで姿を隠した男は観世の傍に近寄りながら言う。


「それは申し訳ありません。しかし、私たちは秘匿部署なので警戒は怠れないのですよ、審問調査官殿」


 観世は歴戦の武士(もののふ)の目で、黒いマントの男を鋭く見据えた。


「恐ろしい目つきだな。その視線だけで、悪霊は我先にと逃げ出すのではないか? もっとも……君たちは今日で命を終えるのだがね」


 その黒いマントの言葉に観世は驚きの表情を見せながらも、一瞬にして全身に殺気をみなぎらせて素早く左手で拳銃を握った。

 だが、黒いマントの男は、観世が引き金を引く前に襲いかかった。白く光る刃が空間を裂く。反応が遅れた観世の腹部に、鋭利な日本刀が深々と突き立てられた。拳銃が手から飛び出して床を滑っていく。首に迫ってきた相手の手を右手でとらえ、押し戻そうとして、観世はある違和感に気づいた。

 ――こいつ……!?

 黒いマントの男は、何かしらの真言を唱える。その瞬間、腹部に刺さっている日本刀から紫がかった黒い煙が全身へと広がっていく。観世は一度相手を引きつけようとするが、身体中の力がとてつもない速度で奪われていく。

 ――初めは過激思想を持っている日抗会の者が襲撃してきたかと思った。だが、こいつはそれとは違う存在であると観世は確信した。黒いマントの男は悪霊に取り憑かれ妖怪へと変わった人間だ、と。

 そう思考している間に、観世の膝は床に触れようとしていた。

 ――もし、そうだとすると内通者か洗脳されている者がいる事になる。ここは悪霊が入れぬように結界を作り、幻像の建物を見せ、て……。

 程なくして観世は、床にくずれおれた。


「これで、やっと私は天上衆の人間になれるでしょう」


 黒いマントの男は恍惚の笑みを浮かべながら、観世に突き刺っている日本刀を抜いて、血を払った。

 その後、格闘中に滑っていった拳銃を拾い上げて、倒れている観世に黒光りする銃身を突きつけ、引き金を躊躇わず引く。

 その銃口が火を噴いた。観世の側頭部を小さな衝撃が抉り抜く。もうすでに絶命していることは目に見える状態なのに、追い打ちをかける形で数発の弾丸が貫いていった。

 明らかな殺戮に、執拗な破壊。

 音楽に合わせて動く操り人形のように、力なく四肢をくねらせる。


「祝いの踊りを見せて頂きありがとうございます」


 赤い飛沫を背景にベチャベチャと舞う観世。その生き生きとした屍を前にして、黒いマントの男は手を叩きながら賞賛の言葉を送った。


「その仕事は貴方の天職ですね、観世智明殿」




 数分後――。

 血溜まりの中に倒れる屍の前で、黒いマントの男は一歩も動かぬままだった。

 ただし、周囲の様子は先刻より一つだけ異なる空気が広がっている。

 全身を青いジャケットを纏い、両手の袖からは黒いグローブに覆われた手をした女性、峰渕和美が扉に立っていた。

 峰渕は黒いマントの男へと歩み寄り、姿勢を一度正して敬礼しながら口を開く。


「報告します。周囲の警備員は全て殺害しました」

「ご苦労様です」


 峰渕の態度とは真逆に、穏やかな口調で言葉を返す黒いマントの男。

 師であった肉塊を目にしても、眉を動かすことさえしない峰渕の状態は、不気味な光景であった。



 この死の臭いが充満する日から――15年前。

 現代日本に、信仰篤き者がいた。

 それだけの話。たったそれだけの話だった。

 信仰篤き者は、“ある事”に対して常軌を逸した信仰心から、周りの人々から『狂信者』と蔑まれた。

 よりにもよって、同じ“ある事”を崇める者達からもそれ以上の蔑みの言葉を言われ続けた。

 だが、狂信者は人を憎まない。

 ――何故なら自らが蔑まれるのは、まだ未熟だから。信仰心が足りない。ただそれだけの話だから。

 狂信者はなおも自らを追い込み続ける。先人たちが起こした偉業を追い求め、そのすべてを成し遂げて見せた。

 ――だが、足りない。

 狂信者の信仰心はすがり続ける、信仰者の誰もが狂信者を忌み嫌う現状になっても。

 狂信者は恨みなど持たない。ただ異なる宗教を憎むのみ。

 そのような、常人には度しがたい狂信者がいた。

 ただ、それだけの話だった。

 それだけの話で終わるはずだった。


 狂信者以上の狂気を纏わせた、黒い軍服の男と会う瞬間までは。


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