3話〜三日月のナイフ
満月が空に浮かび、その目映いばかりの光をこうこうと地上を照らし、辺りは薄暗い闇に包まれていた。
目の前に聳え立つ建物。
過去は輝かしい経歴を持つ大病院だったが、今はその面影すらみえないただの廃墟になっている荒れ放題の病院「朝倉総合病院」。
外観を見回せば雑草は各々伸びたい方向へと伸び、蔦は建物の外壁を蛇の様に這う。
割れた窓ガラスからは、ボロボロに引き裂かれたカーテンがはためいているのが見て取れた。
何より不気味なのは、纏う空気。街中に有るにも関わらず、其処だけ暗く淀んだ空気が流れていた。
そんな病院の扉前に、年齢も性別も違う4人の退魔師がいた。
桐島たち特殊戦術班だ。
着いてから桐島たちは各々の持つ退魔武器を確認する。もちろん移動中に一度確認したが、問題なく使用するため再度調べる。これらの退魔武器はフリーの霊媒師に依頼して作られたものなので、他の退魔師では使うことはできない。だが、これがあるおかげで少数でも除霊任務を遂行していけるのである。
「これから俺たち特殊戦術班は病院内へと潜入。このフェンスを破り、入り口まで4人行動。そののち2つのチームに別れ、カテゴリーAの悪霊を捜索する」
桐島は他の3人の表情の具合を目視しながら、言った。
三人はそれに頷き、フェンスの隙間から病院の駐車場に入った。
駐車場は、アスファルトがひび割れ、その隙間から雑草が生えていた。建物内には正面玄関のガラスが一部破損している所があったのでそれを砕き、4人は懐中電灯を取り出した。
病院内は荒れ果てていた。病院の顔とも言うべき待合室の床には、蛍光灯そのものや本が落下して散乱していた。
歩く度にガラスを踏み抜く音が部屋全体に響いていく。
もう何十年単位で使われなくなったであろう、古い病院の中身だった。建物の内部にはアルコールや薬剤、カビやホコリといった匂いが混ざり合い、不快な空気が充満している。
さらには、まとわりつくような不快な生温い風が時折吹く。音も無く、重い澱の空間。
「じゃあ俺と厳島が左を、安藤と佐山が右を巡回していこう。もし、対処できない事態に陥ったら連絡を入れて、ここまで集合だ!」
低めの声で、そう桐島は3人に告げる。
その言葉に3人はそれぞれの違う態度で返事をする。
「うん、わかった」
「……わかりました」
「藍ちゃんがいれば、問題ないね。……おっと!」
安藤が話している途中で、何かの存在に気づいた。
それに桐島は警戒しながら、瞬時に振り向いた。そこには黒いもやの様なものが垣間見える。直後、首筋の近くを疾風のごとき速さで何かが通り過ぎる。
通り過ぎた何かはほんの少しだけ視界に捉えていた黒いもやを突き刺し、そのままの速度で黒いもやは病院の待合室の最奥まで行くと爆発し、炎に包まれて消滅していく。
同時に爆発音が部屋全体に響いた。その振動で床が小さく上下に揺れる。
「反応がいつもより遅いっすよ? 桐島隊長」
爆風が吹きつける室内で、目を細めて安藤は桐島を茶化しながら忠告する。
それを聞いて桐島は答えに至る。先ほど首筋の近くを通り過ぎたの何かは安藤が使用する退魔武器であるナイフだった、という事に。
「助けてもらった事には礼を言うが……、もう少し上手く投げれないのか?」
桐島は呆れ果てながら言葉を紡ぐ。その後、窓の隙間から夜空へと目を向ける。そこには雲に隠れながら美しい三日月が輝いていた。