2話〜特殊戦術班
現時刻午前0時36分22秒。
東京:新宿一丁目にある商業ビル地下駐車場。
そこに1台の宅配業者のトラックが止まっていた。よく街中で見かけたり荷物を届けてくれるあの黄緑色のトラックである。
もし止まっているのを知らない人が見ても何かを届けにきたのだろう、と判断するだろう。
しかし、中を見れば全員が全員宅配トラックではないと感じてしまうだろう。なにせ4人掛けの高級ソファーにテーブルがあり、正面には60インチのテレビモニターが備え付けてあるのだから。
そして、そこには先程まで亡者と戦っていた桐島当夜と厳島祭の二人が座り、モニターにいる男を見ていた。
その男は、左目を隠すほどの髪に威圧感のある瞳を持ちこちらを見据えていた。この男は2人の直属の上司にして、特殊戦術班の最高責任者兼作戦計画者観世智明である。
元陸上自衛隊特殊作戦群所属の自衛官だったこともあり、40過ぎてもなおその体に衰えたところが見られない。それほどまでに鍛えているだと分かる。
また、噂ではあるが自衛隊時代に「北海道で3メートルもある熊5匹を素手のみで手懐けた」や「PKOで中東に行った時に移動中、現地のゲリラに襲撃され拉致されたが無傷で脱出した」と言った嘘のような伝説たりえる実話をいくつも残しているらしい。
そのような実績を持っている人物が、最初に口を開いた。
「いや、亡者の除霊お疲れ様でした。安藤くんと佐山くんは少し遅れて来るようです」
見た目とは違い、丁寧で歯切れの良い口調だ。
それに桐島が自分の意見を言う。
「わかりました。で、新しく確認された悪霊はいますか?」
対照的に桐島の口調はどこか冷めているようだった。
それに対して隣に座っている厳島が諭すように言った。
「ちょっと刀夜、年上にする話し方をもう少し考えなさいよ」
「別に構わないですよ、厳島くん。と、桐島くんの質問の件ですが、今のところ悪霊は観測されはいません。ですが2人とも警戒は緩めないで下さいね」
と、観世は真面目な顔を作り、2人の目をじっと見つめている。そこには自慢の部下をもった上司の顔も見栄隠れしていた。
それに対して、2人は毅然とした言葉で返事をした。
「「了解」」
2人の返事を聞き終わると、観世は髪を一度整えながら、先程よりも真剣な表情で言葉を発した。
「それとですが今日、私がとある人物と極秘の会談を用意しているのはご存じですね?」
その瞬間、観世の目は鋭さを増した。先程の亡者が発していたものとは似て非なる、禍々しい気配が放たれていたからである。
平穏でごく普通な生活を送ってきた厳島には、この気配については反応することもなかったが……。桐島だけが観世が発していたものを察した。
それは、俗に『殺気』と呼ばれるものであった。
「はい、存じておりますが……それがどうかなされましたか?」
厳島は観世の言葉に少し戸惑いながら応える。それもそのはず会談の話は、2ヶ月前には班全員に聞かされていたからだ。
「ええ、今日の極秘会談が上手くいけば大きく我々の立場は変わるでしょう。しかし……」
観世は嘆息まじりに言うと、桐島が、観世の言葉を先読みして尋ねた。
「……会談が上手くいかなければ解体になるのですか?」
「……そうですね、あくまで我々は試験的な部隊ですから、解体へと向かうでしょう」
環境省の秘匿部署である特殊戦術班は、秘密的にではあるが日本政府は認めている。
カモフラージュとしての意味は国内の自然災害が発生したとき、自衛隊では対処できない予備役として設立しているとなっているが、実際は国内にある悪霊災害を未然に防ぐためと、オカルト信仰主義のカルト宗教を生み出さないためにあり、それには存在意義を残すため実績を政府(正確には一部政治家)に随時報告する必要があった。
だが、【日本抗鬼呪術協会】という1200年前から政府と繋がっている“とある非公開組織”が特殊戦術班に対して否定的であり、定期的に審問調査を行っている。
なので、この【日本抗鬼呪術協会(通称・日抗会)】からの審問調査を通過して行かなければ特殊戦術班というのは容易に解体され失ってしまう。それほどまでに絶大な政治的権限を【日抗会】は有していた。
だからだろうな、と桐島は思う。室長である観世さんがここまで張りつめた雰囲気をしているのは、初めて自分と相対した時以来だ。
その時、桐島の物思いをノックの音が破った。
「やっとこっちの仕事、一段落着いた〜」
「…………」
一瞬、桐島の体が震えた。そして無意識ながら腰に着けていたナイフを握ってしまう。だがそれは、今の自分には不必要な事だと頭を過った。そして、桐島は他の二人より遅れて振り返る。そこには桐島がよく知る人物たちがいた。
一人は肩まで伸ばした黒髪に碧眼をし、背中に日本刀を背負っている暗めの少女。
佐山藍。見た目に関しては歳相応の美少女と言えるが、いざ戦いになると性格が逆転して別人のような言動や身体能力を発揮する。これは日本刀を握ったことによる人格が浮き出たことだろうと推測できる。
例えば笑いながら悪霊を斬り続けたり、悪霊に取り憑かれた人間を串刺したりする(もちろん、悪霊絡みに対してのみではあるが……)。しかし、それでも剣術に関しては社長より優れた実力者を持っていたりするため色々と危険な少女だ。
その時、金色のメッシュがかかった短い黒髪をした男が不満げに言葉を紡いだ。
「で、そっちの二人はいつも通り僕らより早いと……相変わらずでちょっとムカつく」
「いたのか変人君、影が薄すぎて気づかなかったぞ」
この金髪の髪をして爽やかな雰囲気をもつ男は安藤徹と言い、俺達と同じくここで働く退魔師で、ナイフ投擲に関しては室長の観世さんから見ても神技と言われるほどだが、格闘になると一般人よりは少し上といった所だ。
それでも一般人から見ると圧倒的に強い。俺たちは自衛官のように身体能力を鍛えて強くなったわけではなく、単純に最小限の筋肉を動かしているため無駄な動きがなく、必要なところだけに力を入れられるから強いのである。
その時、
「おしゃべりはそこまでにして下さい。ここから北東2.5キロ地点【朝倉総合病院】にてカテゴリーAの悪霊出現を確認、だだちに除霊を行って下さい」
モニターから緊迫した声が弾かれた。
モニターには黒髪のセミロングでメガネ着用したナンバーコード05の峰渕和美がいた。
桐島は峰渕の言葉を聞いてほんの少し焦燥感に襲われつつあった。
何せカテゴリーAの悪霊はあの亡者が地を這う虫のように感じられるほどに、力がまるっきり違うのだから……。
その時、観世が4人を見つめながら、一語一語をはっきり言う。
「これは、一刻を争う事態だ! 私たちは、そんな現状に対して、的確に除霊行動を取らなくてはならない。皆さん、すぐに向かってください」
4人の退魔師は僅かばかり身体を震わしながら、
「「「……はッ! 了解しました」」」
悲愴さと覚悟を漂わせた面を見せて、相槌を打った。