紅い鳥
しばらくして、少し落ち着いた。
何故周りを気にして、先に自分を気にしなかったかが不思議だ。思い出せる事を探そうとするが、何も浮かばない。
分かっている事は名前と性別。
ボクはヒサギ。性別は女。
頭の中で唱えても違和感はない。
まあ、そりゃあそうだろう。
いろいろ分からないままだが、いつまでもベンチに居座る訳にはいかない。
取り合えず、自分の身体をぺたぺたと叩いて、尻尾やけも耳、羽や翼、角、触覚が無い事を確認して散策でもする事にした。
立ち上がると、肩が少し重くなり、小さな革の、青い石のボタンが付いた肩掛け鞄を持っている事に気づく。
後で中身を確認する事にして歩きだした。
歩いているうちに、様々な感覚が思い出したようにやって来て、自分の様子が分かってくる。
スカートが衣擦れを繰り返す。
人の目が集まってくる事を、ひしひしと感じてきた。
ボク、変な格好でもしてるのかな?
あまりにもジロジロ眺められるため、近くの洋服店に飛び込んだ。
こんなに見つめられるなんて、堪ったもんじゃない。
店の人は居なかった。かわりにカウンターに休憩中の札が掛けてある。
運が良かったよ。人がいたらジロジロまた見られる所だった。
何気なくワンピースを取って試着室に向かう。
姿見に自分の姿が映った。
透き通るようで、うっすらと赤みが挿している、どこか作り物めいた肌の色。
濡れたようにしっとりと輝く、長い漆黒の髪。
深い深い海を思わせる、神秘的な青い瞳。
長い手足と、薄黄色のシンプルで少し裾が広がった、品の良いドレスのようなワンピースが合っている。
黒髪には青い石の高級感溢れる、繊細な細工の花の髪飾りが飾られていた。
こんなに可憐で綺麗な美少女を、自分の姿と言えども初めてみた。
元から記憶は無いが。
取り合えず試着室から出ていく。
ワンピースを元の位置に戻ると、ちょうど奥のカウンターから店員が出て来た。
「ありがとうございました。」
声を後ろから聞きながら、店を出た。
無意味な散策をまた始める。
もう見られるのにも慣れてきた。
「ヒサギ様!ヒサギ様!」
突然耳元から声が聞こえる。
ストレスによる幻聴かな?
「ヒサギ様!無視しないでくださいよぅ!」
肩が突かれたような気がした。
「誰?ボクに何か用なの?」
また耳元でバサバサと音がして目の前に、茜色の神々しい鳥が出て来た。
「・・・誰?取り合えず不死鳥さんで良い?」
本当に不死鳥なのか、良く分からないが。
「ヒサギ様は私を忘れてしまわれたのですか!?」
何を言われているのだろう。
「ひどいですよぅ。この姿ならどうですか?」
鳥が大きく羽ばたくと、ゆらゆらと揺れながら人の姿になった。
赤い振袖の着物姿、長い銀色の髪、意思の強そうな紅色の瞳、端正な顔立ち。
なにより、緋色の翼。
明らかに人ではなさそうだ。
「ヒサギ様?」
ぼーっとしていたみたいだ。
「ごめんなさい。どなたですか?」
明らかに元鳥は、狼狽している。
「ヒサギ様ぁっ!私を、この麗朱を忘れてしまわれたのですか!?本当に忘れてしまわれたのですか?」
かなり慌てているようだ。
「ああっ!ヒサギ様、あの服は?」
何が起きているのか理解出来ない。
「ヒサギ様、皆も待っております。一度戻りましょう。」
本当に唐突に背中に乗せられて、変化した麗朱の背中に揺られながら、ボクは誘拐されて行った。