表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

一話、百獣の王

暇つぶしに、通勤途中や、通学途中にでも、目を通して頂ければ、幸いです。

 帰宅途中の、山手線の中だった。


 外は、暗い。街の光も、消えているような時間だった。席は空いていた。俺は手すりに頭をもたれながら、腰をかけている。


 西日暮里で、二人組の男が、乗ってきた。一人は、赤いセーターに紺のスラックス。太い、金色のネックレスを首からさげたチンピラだった。年は、若い。


 もう一人は、チンピラと対照的に、身なりを整えていた。ネクタイをきっちりと締めたその姿はサラリーマンのようにも見えるが、眼鏡の奥にひっそりと存在している、暗い光を携えた眼光は、堅気のそれではなかった。


 二人の男は、無言で俺の対面に腰を落ち着けた。チンピラはしきりに、こちらを睨み付けてくる。


 見覚えは、なかった。つまり、目の前の男を叩きのめした記憶がない、という事だ。すなわち、怨みをかった覚えも、ない。


 田町で、降りた。二人の男が同時に席を立った。


 階段を登り、改札へ向かう。酔っ払いがうずくまっていた。ゲロが、階段の縁から滴り落ちている。


 改札を出て、眠りについたオフィス街へ足を運んだ。迷路のようなコンクリートジャングルを、右へ、左へ、でたらめに歩いた。ふと、細い路地を見つけた。覗くと、袋小路になっている。路地へ入り、足を止めた。


 男二人の足音が、ついてきた。


 「神立弘樹かんだつひろきさん、ですね」


 サラリーマン風の男が、俺の名をいった。懐から、何かを取り出している。暗くてよく見えないが、名刺入れのようだった。


 名刺を一枚、差し出された。


 「失礼、私、こういうものです」


 名刺をみた。株式会社ビリオンバード。実行部主任、山田太郎やまだたろうとある。冗談で創られたような、名刺だった。実行部主任という肩書きが、気になるといえば、気になる。


 「聞いた事がない」


 俺は名刺をもみくちゃにして棄てた。


 「うちの会社を?」


 「あんたの会社も、実行部主任という、肩書きも」


 「山田太郎という名前は?」


 冗談を口にするタイプの男には見えなかったが、読み違いだったらしい。


 「何かの例としては、よく聞いた」


 「そうですか。私は生まれた時から、山田太郎という名前でしたよ」


 偽名ではない、という事らしかった。いまいち、読めない。


 「神立さんは、S社に勤めておいでですね。勤続五年。それで、すでに部長職に就いていらっしゃる。大したものです」


 「小さな、会社だからだ。それに、若い。他に、人がいないだけだ」


 「謙遜なさらないでも結構。貝塚さんは、あなたの事を高く評価していましたよ」


 貝塚は、社長の名前だった。悪い男ではないが、口が軽い。


 「社長の、知り合いか」


 微かだが、男の口の端がつり上がったように見えた。


 「知り合いと、言えばね。知り合いですよ」


 回りくどかった。俺に何の用があるのか。それをはっきりさせなければならない。


 「何か、用があるなら、言え。明日も、朝は早いんだ」


 「失敬。単刀直入にいいましょう。引き抜きですよ。神立さんを、是非我が社へ迎えたい」


 まっとうな種類の引き抜きのはずはなかった。まっとうなものには、手続きがある。真夜中の路地で行われる引き抜き。面白味はあるが、興味はなかった。


 「断る」


 「いいですね。決断も早い」


 歩き出した。後ろから、チンピラに肩を掴まれた。


 「待てよ、おい」


 ドスを効かせているつもりか、ダミ声だった。脅せば、屈する男だと思われている。それは、癪に触る。


 「何の、まねだ」


 山田に、聞いた。


 「うちの方針ですよ。強行なくして、成功なし」


 頭の悪い、政治家のキャッチフレーズに聞こえた。


 「そういう方法が好きなら、付け加えておいた方がいい。詳しい説明も、必要だってな」


 「あなたがイエスと言ってくれれば、二十四時間体制で説明しますよ」


 「やれやれ、としか、いえない」


 チンピラの腕を、振り払った。それと同時に、気がつく。筋肉は、ある。ただのチンピラではなさそうだった。


 「野郎!」


 左の、正拳突きだった。俺の顔面を捉えようとしたそれを、右手でいなした。重心さえ見極めれば、難しい事ではない。


 チンピラは意外そうに、山田は表情を変えずに俺を見ていた。


 「目を、潰すぜ。坊主」


 予告した。急な言葉に、チンピラは無意識に反応し、大股開きで顔面をガードした。


 股間を、蹴り上げた。身悶えながら、チンピラが目を見開いて絶叫をあげる。左目に、人差し指を突っ込んだ。プリンのような感触がしたあと、チンピラは倒れた。


 山田が、拍手をしていた。


 「お見事ですよ。少々、汚かったですがね」


 「まるで、あんたらが綺麗みたいな言い方だな」


 山田は、何も言わなかった。


 「あんた達が、どういう目的で、俺に接触したのかは知らない。興味もない。帰るぜ。文句はないな」


 「今日のところは」


 明日以降も、同じ事が続くかもしれない。山田は、しつこそうな男だった。


 明日、社長に聞いてみようと思った。山田が何者で、何故俺を狙うのか。


 兄ちゃんは、百獣の王なのさ。


 ふと、雅樹まさきの言葉が、頭に浮かんだ。


 兄ちゃんは、百獣の王なのさ。だからさ、百獣から、王の座をいつでも狙われてるんだ。


 悪い冗談はやめろ。俺は弟にその言葉を言われる度に、そう、答えてきた。


 大通りに出て、タクシーを拾った。帰路に、ついた。


 山田の言葉が、反芻している。今日のところは。今日のところは。今日のところは。


 兄ちゃんは百獣の王なのさ。


 悪い冗談はやめろ、と、口にだしそうになって、思いとどまる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ