訓練初参加
旅の疲れと男ばかりのアゼルキナへ挑む緊張。そして大好きなお酒のおかげもあるのだろう。ぐっすり眠って疲れをとった翌朝、フィオネンティーナは医務室にいるというカイルを見舞った。
「まさか本当に試しに来るとは思いませんでしたよ」
自分の身はどの程度守れるかと聞かれた際に、魔術師の寝込みを襲っても怪我をするだけだと忠告したのに。司令官自ら身を持って経験しにくるとは。
試すかと冗談だったのに。まさか実行するとは思いもしなかった。
フィオネンティーナは医務室で巨体を横たえるカイルに、いささか軽蔑の思いを込め冷たい視線を向けた。
見た目に反してちょっと紳士的かもしれないと、そう感じていたのはまったくの誤解だったようだ。
「ある程度は予想していたんだがなぁ」
「こうなるって?」
「雷を扱うと聞いたからな。入室か触れた時のどちらかだろうと思っていた」
なるほど。だから昨日、部屋に案内してくれた時に中に入らなかったのかと思い至る。
「想像よりも威力が強かったですか?」
「まぁ、そうだな。夜這いをかけた馬鹿が被害に遭うのは自業自得だとしても、まさかそれを見届けようとした自分に制裁が加えられようとは。油断した」
朝一番にガレットから説明された。フィオネンティーナの部屋に忍び込もうとした四人は、同じ六隊に所属する若い騎士だと。
忍び込みはしたが、カイルが気づいてフィオネンティーナには指一本触れていないだろうとも言われた。それは自分自身でよく理解している。罠にかかったのはカイルで、その後かなりの騒ぎになったらしいのだが、フィオネンティーナは熟睡していたせいで朝まで気付かずだったのだ。
「だけど流石です。アゼルキナ砦で司令官を務められるだけのことはありますね。普通なら三日は意識を失うだろう衝撃だった筈です。化け物ですか?」
フィオネンティーナは早々に目を覚ましたカイルに異常がないか観察するが、特に異常はなさそうだ。
「意識を失くしたのは、騎士になって基礎訓練に励んだ時以来だ」
「ああ、確かに王都でも新人がばたばた倒れていましたね」
見習いを終えた新人騎士の訓練をみたことがある。体力勝負な彼らは肉体的に自分を追い込むことが好きなようで、上官に怒鳴られながらも楽しそうにしていた……ように見えていたのはフィオネンティーナの錯覚だ。勘違い。彼らは望んでではなく、上官から意識を失うまでしごかれていたのだ。
「そう言われると、俺が都にいた時にも魔術師が訓練しているのは見たことがなかったな。お前たち魔術師は肉体強化をしないのか?」
問われてフィオネンティーナは「しませんよ」と、同じ軍部にいるのに恥ずかしげもなく、堂々と、当然とばかりに返事をした。
いざ戦いとなればフィオネンティーナも力を揮うことになるだろう。けれど一般的に魔術師ではない者がその光景を目にする機会はない。
何しろフィオネンティーナが魔術師団に在籍してからは、一度も出動命令は起きたことがないのだ。訓練もひっそりと、やりたいと思った時にやるだけ。上官は最高位の魔術師団長で、集められても楽しいお茶会だ。
過去の栄光は語り継がれて、数が少ないことで稀有の対象とされているだけ。一目置かれるが、それはあくまでも過去の出来事であって、フィオネンティーナたち現役の魔術師には当てはまらない。要するに飾りだ。今の時代、有事で活躍するのは剣を握る騎士たちと決まっている。
「わたしたちは疲れると力が使えなくなりますから、したとしても必要最低限です」
過去の魔術師たちと異なり、フィオネンティーナたちはまったくの役立たず。戦場で必要にされても後方支援が関の山。
だからやるとしても、攻撃の命中力を高める精神統一の地味な訓練しかしない。体力を消耗すると魔術の質が落ちるのだ。
「なるほど、弱点はそこか。他には?」
「狼どもを前にして答えるわけがないでしょう」
フィオネンティーナはカイルを見下ろしながらにっこりと笑って見せた。
「みたところ大丈夫そうですが、念のために今日一日は動き回らないでくださいね。できれば重病人のように振舞っていただけると助かります。今後の犠牲者も減ると思いますよ?」
「俺が女の寝込みを襲って返り討ちにあったって噂になってるか?」
「犠牲者が司令官殿でよかった。白目を剥いて倒れてくれたお陰で、すれ違う人たちから距離を取って怯えられました」
不幸中の幸い。これで暫くは穏やかに眠れるだろう。
「偶然だとしても司令官のおかげです、ありがとうございます」
「ちっ……どーいたしまして」
盛大に舌打ちされて、フィオネンティーナは楽しさのあまり声をあげて笑った。
※
カイルのお見舞いを終えたフィオネンティーナは、三十人弱の第六隊に交じって訓練を始めた。
といっても、魔術師であるフィオネンティーナが彼らの訓練に付いていける筈がない。ガレットから「出来る範囲で」との有難い申し出を素直に受け取って、勝手に見学席を設けてそこから訓練を見学しているだけだ。
流れとして、午前中は基礎訓練で基本は走り込み。軽い昼食の後で体術と剣の訓練。日が暮れる頃に隊としての訓練は終わる。その後は自由時間で、自主練に励む者も少なくないらしい。
昨日までの六隊は、キグナスの様子を探る任務に出た後、その足で演習となったので、本日の訓練は軽めにすませると聞いた。
それなのに午前中は訓練場を含む砦の周囲をぐるぐると何百周もひたすら走っていた。午後は鍛え抜かれた男たちが互いに体を交えて体術。彼らは見事な肉体を惜しげもなく披露してくれた。
迸る汗を拭いもせずぶつかり合う様は、都でみた騎士の訓練とは比べ物にならないほど過激に映る。
剣技も、フィオネンティーナが知る騎士は流れるような美しさを見せるが、目の前で交えられる刃の潰された剣は重く鈍い音を立てていて、切られても血は流れないものの、肉体を容赦なく叩きつけている。
都でも彼らの様に体を酷使して鍛えている騎士もいたが、それはあくまで自主訓練。この砦ではそれを全員が難なくこなしている様子で、激しい訓練を文句も言わずにこなしていく彼らの姿に、フィオネンティーナは感嘆した。
「何て素晴らしいのかしら。これが噂に聞く真の男ってやつね」
騎士様? きゃあ素敵っ!
……なんて。ここはそんな浮かれた世界ではない。
一般的に騎士は女性たちから人気がある。びしっと濃紺の制服を着こなす姿は鍛えた肉体があるからこそさまになっていて、紳士的で、時に助けてくれる頼れる存在。彼らの顔つきは常に自信にあふれていて。フィオネンティナネンからすると、もてるのを自覚しているから飾っているんだろうなと感じることもしばしば。
けれどもここには見せる相手がいない。黄色い声援を送る婦女子が訓練場を取り囲んでいるわけでもない。それなのにしっかりと、ごく当たり前に厳しい訓練を難なくこなす姿は称賛に値する。
顔だけが取り柄のメリヒアンヌ皇女付きの護衛を放り込んで一から修業させたい。いや、あの皇女自身をアゼルキナに放り込むべきだろう。
なんて。強く願っても現実には有り得ないことだ。
フィオネンティーナは馬鹿な想像をしたと溜息をついた。
訓練に明け暮れる男たちから視線を外して、訓練場に隣接する林に意識を向けると、指先に小さな雷を発生させ、狙いを定めた木の葉へ飛ばした。
狙われた葉はジュッと音を立て小さな穴が開く。
「地味よねぇ……」
巨大な雷を呼んで地面に大穴をあけることもできるが、フィオネンティーナのような攻撃型の魔術師は離れた場所にある目標物への命中度を上げるのが訓練の基本だ。
身体を使って訓練していると一目で分かる彼らとは違い、静かに一点を凝視して集中力を頼りに術を放つ地味な作業。目撃した人からは「いったい何をしているのだろう?」と不思議がられるのが常だ。
現実に今目の前で訓練を続ける六隊の騎士たちでさえ、フィオネンティーナの放った魔術に気づいた者はいない。
見学するとなった時も誰からも文句は言われなかった。
彼らは初めからフィオネンティーナに期待なんてしていないのだ。
突然現れた女くらいにしか思っていない。隊には入れてもらったが、彼らとは全く異なる訓練内容なので、仲間として交わり合うのはとても難しいだろう。
それでもここでやっていくためには、彼らに馴染む必要がある。今のところ彼らにとってフィオネンティーナは狼の群れに迷い込んだ羊。同胞になるにはどうしたらいいのか。全員で仲良くとまでは望まないが、ここで無事に生きるためにはどうするべきか考えなくてはならない。
特に誰とも交友を持てないまま、見学中心の一日を終えた。
フィオネンティーナは部屋に戻ると湯を使って体を拭う。
湯の準備は昨日と同じくガレットがやってくれた。自分でやるといったら、「火傷したら危険だ」と止められた。
完全にお姫様扱いだし、隊長に小間使いの真似をやらせるのもよくない。二人のやり取りを知らない者からすると、フィオネンティーナがガレットを手玉に取って従えている風に見えてしまうだろう。せめて明日は自分でやりたい。ガレットが強引だったら、せめて一緒にやろうと申し出てみよう。
風呂に関しては、休日に町へ出る以外に方法がないようで、フィオネンティーナはかなり落ち込んだ。
もう温泉とは言わないから、たっぷりのお湯に入って髪もしっかりと洗いたい。女としては身だしなみが気になってしょうがなかった。




