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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
乙女の暴走
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その62




 ガレットは人を避けながら最短距離でアゼルキナを目指すのをあきらめた。予定を変更し、面倒に巻き込まれるのを覚悟で街を経由する進路を取ると、暗くなる前には宿を手配し各自振り分けられた部屋に篭りきりになる。何があるか解らないのでフィオには外出禁止令を出すと逆らいもせず黙って従ってくれた。


 野宿で二人きりになるのが怖いなんて―――当身を食らわされたフィオはそれに付ついてガレットに何一つとして文句を言って来ない。色々と酷い目に合って気が動転していたに違いない。少しは反省してくれたのだろうかと思いつつも、そのせいで完全に嫌われたのではないかと消極的にもなる。けれど万一にも次に迫られたら己を止められる自信がないガレットはフィオの無言を有り難く受け入れ、二人は予定を大幅に超えてアゼルキナへと帰って来た。



 ガレットの単独行動は罰を受ける様なものではない。仲間でありアルファーンにとっては貴重な魔術師が姿を消したのだ。上官であるガレットが自ら判断し単独キグナスに乗り込んでフィオを連れ戻したのは事後報告であっても任務の域である。しかし多くの危険が伴う単独での任務成功以上にアゼルキナでは、ガレットの行動に湧いていた。何しろ誰の目からもガレットの片思いだったフィオをキグナスの王族から掻っ攫って連れ戻して来たのだ。その後の二人がいったいどんな盛り上がりを見せているのか……砦の住人は囃したてる目的で二人の到着を面白半分で待ちわびていたのだが―――


 戻って来たガレットは憔悴しきって浮かない様子。対するフィオはエルファスタの護衛として王都に向かった時同様何一つ変わった様子はないが、ガレットの様子からして何があったのかと各々が想像を巡らせる。囃したてる気満々だった住人らは出鼻をくじかれた状態だが、フィオも女なのだ、口にし難い目に合ったのだろうとあえて詮索する様な事はなかった。


 カイルへの報告を済ませた二人はそれぞれの持ち場へ肩を並べて向かっていたのだが。


 「あ、サイラス!」


 こちらに向かって走り寄って来るサイラスを見つけたフィオが声を上げると、サイラスはガレットに軽く会釈をしてから心配そうに声をかけて来た。


 「元気そうだが、大丈夫だったか?」

 「心配かけたわね、大丈夫よ。でもマニアは暫くごめんだわ。」


 サイラスはうんざりした様子のフィオを注意深く窺う。


 「ファマス隊長が泣くぞ?」

 「ああそうね。ファマス隊長は特別って事で。」


 くすくすと笑うフィオの様子にサイラスもほっと胸を撫で下ろした。正直、キグナスに攫われたフィオが無事にアゼルキナに戻って来れるとは思っていなかったのだ。

 子供を産ませるだとか誘拐事件だとか、魔術師に対する異常な執着を見せたエルファスタが、一度手に入れたフィオを容易く手放すとは俄かには信じ難い。


 同じマニアとして気持ちは解るが、本物のマニアなら魔術師の意志を無視する様な行いは絶対にしないと宣言するファマスの言葉に、周囲は政治的策略があるのではと大騒ぎだった。だからこそ単身乗り込んだガレットがフィオを連れて無事に戻って来た事で、砦はかつてない程の賑わいをみせている。


 「リシェット、お前は今日一日は休みだ。サイラス、彼女を頼んでいいか?」


 談笑する二人にガレットが指示を下すと、サイラスは了解を、フィオは異議を唱えた。


 「わたしなら大丈夫ですよ、ちゃんと訓練にも参加できます。」

 「今は気が張っているからそう感じるだけだ。客観的に考えてみれば自分がどれだけ大変な目に合ったかがちゃんと理解できるだろう。倒れる前に十分な休みを取るんだ。」

 「それならガレット隊長だって同じじゃありませんか。」

 「俺はこれで普通なんだ。」


 戦争こそしていないが友好国でもないキグナスへ単身乗り込んでおいてそれは無いだろう。更に抗議しようとするフィオの腕をサイラスが引いてガレットの味方をしてきた。


 「隊長の判断は正しいよ。」

 「でもっ―――!」

 「サイラス、お前はリシェットを見張っておけ。」


 見張っておけ?

 フィオはガレットの今までにない対応に唖然として言葉を失った。その隙にガレットは二人を残して行ってしまう。


 「何か横暴。」


 冷たいとは感じないが、何時もと違って有無を言わさぬ態度には違和感を覚える。それはサイラスも同様だったようで、ガレットを見送ると心配そうにフィオを覗き込んで来た。


 「横暴ってか、隊長となんかあった?」

 「なんかって?」

 「なんかさ……う~ん。ま、いいや。それよりどうする、部屋まで送るか?」


 サイラスはガレットが何処となくフィオを避けているように感じたのだが、フィオ相手に詮索しても大した成果は得られないと判断し、取り合えず命令に従い無難に部屋に閉じ込めてしまおうと考えたのだが。


 「お腹すいたから食堂行くわ。」


 騒ぎが起こりそうな場所への異動に顔を顰めたが、空腹なら仕方がない。「了解」と普段とあまり変わらない態度でサイラスが歩き出すと、一歩遅れてフィオも足を前に進めた。


 昼食時刻を大幅に過ぎた食堂は閑散としており、任務や何かの理由で遅れて昼食にありついた人間が数人食器を鳴らしているだけだ。フィオが配膳台の前に立つと厳つい中年の料理人が素っ気なく「おかえり」と声をかけながら手早く肉とスープをトレーごと差し出してくれる。何時もはパンが山の様に積まれている籠の上には硬くなったそれがいくつか残っているだけで、フィオはそのうちの一つを掴んだ。


 「ねぇおじさん。」

 「あ?」


 料理人は解体用の包丁を磨きながら何だと眉を上げる。


 「使用済みの食器、売ってくれって声をかけられた事ってある?」


 誰のとは問わずに男と視線をかわしていると、包丁を磨く手を止めた料理人は意味有り気にニヤリと笑った。


 「嬢ちゃんは噂をしらねぇんだな。」

 「噂?」


 いったい何の噂だと首を傾げたフィオに料理人の男は身を寄せると小声で囁いた。


 「売った奴は呪いにやられんだ。」


 呪いって何だとフィオがトレーを手にしたまま身を乗り出すと、男はフィオの直ぐ耳元で大きな笑い声を上げる。 


 「俺が生きてここに立ってるってこたぁ、嬢ちゃんの食器をマニアに売っぱらったりしてないって証拠だ。」

 

 がははと下品に笑い声を上げる男にフィオは頭を下げた。ファマスの言葉が気になっていたが、どうやらフィオの使用済み食器がマニアに収集されているなんて事にはなっていない様子だ。


 呪いが何たるかは定かではないが、恐らく魔術師の食器を売った馬鹿な人間が報復を受けたに違いない。それも一度や二度ではなく、呪いと噂される程に。そういった一件には必ず魔術師団長の影がちらつくものだ。まぁ害がないようなのでほっとしていると、サイラスから「よかったな」と声がかかった。彼もファマスを少なからず疑っていたのかもしれない。

 ファマスを信じない訳ではないがマニアは彼一人とは限らない。マニアの恐ろしさを身を持って知ったフィオは、当事者として楽観視ばかりはしていられなくなっていた。そのせいで酷い目に合い、今はまさにガレットから避けられるという状況に立たされているのだ。


 そう、ガレットから避けられている。アゼルキナへ戻る行程で確実にそうだとフィオも解っていた。

 それもこれも全ての始まりはエルファスタのせいでキグナスに連れ去られたのが原因なのだ。と、フィオは思っているのだが―――実際はフィオの積極的過ぎる行動にガレットが戸惑いを覚えているに過ぎない。それにフィオが気付けないのも己が抱き始めた感情が何なのか確信が持てないからだ。憮然とした気持ちが煙の様にもやもやと心の中を漂っている。初めての感情にどうしたらいいのか迷うよりも、それが何なのか確かめたいという気持ちが勝っており、だからといってどうしたらいいのか解らない状態なのだ。


 フィオは席に付いて口に運ぼうと手にしたパンをトレーに戻すと、黙って隣に腰かけたサイラスをじっと見つめた。


 「何だよ?」


 長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳が物問い気に見つめている。淀みのない何処までも艶やかで底の見えない魅惑的な瞳につい捕らわれてしまいそうになる。が、危険を悟ったのか、じわじわと逃げ腰になるサイラスにフィオは体ごと向けて無言でじっと見つめ続けた。


 いったい何をする気だと眉を顰めたサイラスの肩をフィオはがしりと鷲掴みにする。


 「なっ、なんだ?!」


 サイラスの上げた声に数少ない食堂の人間が一斉に注目したが、フィオはそれに気付かず立ち上がって座ったままのサイラスを上から覗き込んだ。


 「ちょっと唇かしてくれる?」

 「はぁっ、何言ってんだよお前っ?!」


 訳が解らず、けれど危険を感じてサイラスはフィオを振り払うと勢いよく立ちあがった。立ち上がってしまえば身長差のせいでフィオが背伸びをしてもキスされる心配はない。


 「わたしガレット隊長の事、好きかも知れないの。」

 「まさかキスできるかどうかで好き嫌いの判断をしようってんじゃないだろうなっ?!」


 察しの良いサイラスは驚きながらもフィオの言葉を冷静に判断していた。

 恐らくキグナスでエルファスタ殿下と何かがあったのだろう。平気で異性とキスできるフィオの事だ、エルファスタ殿下とやって何かしらの気持ちに変化が沸き起こったのかもしれない。きっとガレット隊長の様子がおかしかったのもこのせいだろう。二人がしたかしなかったかは解らないが、好きな女を前にどうして決着をつけてくれていないんだとサイラスはガレットを心の内で呪った。


 「わかんだろ、自分の気持ちくらい!」


 身長差を補おうとフィオが椅子に足をかけたせいでサイラスは無理にフィオを振り払えなくなる。ガレットだけでなくサイラスだってフィオを一応は女として扱っているのだ。


 「わからないからこうしてお願いしてんでしょ。確信が持てないのよ、男女の特別な好きが本当にこれなのか。」

 「お前だって一応は嫁入り前の女だろ、冗談はよせって!」

 「冗談でこんな事頼める訳ないでしょ!」


 どうやら本気らしいがサイラスとしても冗談じゃない。けれどこうして頼む側のフィオだって必死だ。もしこの気持ちが本物ならガレットの気持ちに嘘偽りなく堂々と応えられるかもしれないのだ。もしかしたら自分にも物語の様な『春』がやってくるかもしれない。だとしたら一刻でも早く判断をつけたいと、ガレットに愛想を尽かされる前に何とか己の気持ちに判断を下したいと焦っているのに、頼みの綱のサイラスは全力で拒否にかかっている。


 「俺には結婚するって決めてる彼女がいんだよ!」

 「知ってるわよ、サイラスなら後腐れないって解っているから頼んでんじゃないのよっ!」


 マニアであるファマスに頼めば二つ返事で了解してくれるだろうが、そうなるとマニアの間で確執が起きてしまうかもしれない。サイラスなら彼女命だし何よりも友達だ。友達なら協力してくれと声を上げるとサイラスからは拒否の悲鳴が上がる。


 「俺達の縁談を破談に追い込む気か?!」

 「何が破談なんだ?」


 ちょうどそこへ第一隊のタースが珍しく一人で姿を現した。


 「あ、タース。あなたわたしに借りがるでしょ。もうあれ許してあげるから代わりにキスさせてくれない?」

 「えっ?!」


 言い争っていたサイラスに一瞬で見切りをつけたフィオは標的をタースへと変更する。フィオの帰還を耳にし捜し回ってたった今この場に姿を現したタースには全く意味が分からず驚いたが、解らないながらもフィオの申し出は下心のある彼からすると喜ばしいかぎりで拒否する理由はない。


 「いや、あれは許される問題じゃないと今も反省しているが…まぁ頼みとあらばいくらでも。」


 いったい何があるんだと詮索していたら折角の好機を無駄にしてしまうと感じて取り合えず頷くと、フィオが今までに見せた事のない心の底から嬉しそうな笑顔をタースに向けて来たのだ。

 あまりにも純粋で朗らかな微笑みにタースは思わず息を飲み頬を染める。


 「ありがとタース、あなたが話の解る奴で助かったわ。」

 「リシェット、こいつは何も解ってないから。ホント洒落になんないから止めろって!」


 二人の間に割り込むサイラスにすっかり勘違いしたタースは、金色の前髪をかきあげながら余裕の笑みを零して見下す。


 「お前とは破談なんだろ、邪魔するなよ。」

 「だから違うって!」


 お前に用は無いとサイラスを足蹴りにしたタースは、堂々とフィオの肩を抱いて己に引き寄せた。


 「で、どうする。ここで、それとも二人きりになるか?」 

 

 タースもフィオが少々おかしな思考の持ち主である事は常々感じてはいたが、思わぬ事態に陥りすっかり失念していたのだ。この時の彼は話に乗ったせいでとんでもなく不本意な状況に置かれる未来など全く想像していなかった。


 「肩は抱かないでよ気色悪い。じっとしててくれない、直ぐ済むから。」

 「気色悪い? 照れてるお前なんて始めただな。」


 なに二人で暴走してんだ、常識人は誰一人存在しないのかと頭を抱えたサイラスが周囲を見渡せば、視界のずっと先に面倒臭い相手が息を殺してこちらを覗いているのが確認された。


 マニアだろ、見て楽しむんじゃなくて止めてくれよと泣きたくなる。ファマスがこれ程近くでフィオを監視しているとなると、頼みの綱たるガレットは全く別の場所にいるに違いない。こんな大事な時にストーカー業を休むなんてどうかしていると、サイラスは心の内でガレットの名を叫んで助けを求めた。


 他に止める人間は誰もいない。逆に面白がって周囲がサイラスを止める始末。そうこうするうちに動くなと言われた筈のタースがフィオの顎に手をかけやる気満々で顔をフィオへと寄せていた。


 「肩抱かれただけで気持ち悪いんだろ、気付けよ馬鹿女っ!」


 サイラスの叫びと同時にタースの唇がフィオに触れる。が、寸での所で顔を背けたフィオの頬にそれは押し当てられていた。


 「馬鹿女―――ですって?」


 フィオの体からパンっと火花が弾け、思わぬ痛みにタースはフィオから手を離すと慌てて距離を取った。室内だというのに雷鳴を轟かせながら、フィオはゆっくりとサイラスに振り返る。


 「こっちは訳の分からない気持ちに掻き乱されて必死になってるってのに馬鹿女…ですって? 友達のくせに何の協力もしてくれないあなたに馬鹿女呼ばわりされたくないわっ!」

 「だからもう解っただろ、それが答えだよっ!」

 「馬鹿女が答えって、サイラスあなた何処までわたしを馬鹿にする気よ!」

 「だ~か~ら、そっちじゃなくて!」


 嗚呼もう誰か助けてくれとサイラスが頭を抱えると、トチ狂ったフィオに第三者からの攻撃が仕掛けられる。


 「戻った早々問題起こしてんじゃねぇっ!!」


 ごんっ。


 手袋なしの大きな拳が司令官であるカイルよりフィオの頭上に向かって遠慮なく振り下ろされた。 


 「いっ………たぁあああっ―――!」


 不意の攻撃且つ手加減なしのゲンコツに、フィオは痛みのあまり頭を抱えてその場に蹲る。

 まさに怒りの鉄拳、女相手でも容赦ないと騒がしかった食堂が一瞬で静寂に包まれた。


 「いいかリシェット、お前は明朝まで謹慎。サイラス、この馬鹿女が部屋から出ないようにしっかり見張っておけ。司令官命令だぞ、解ったな!」

 「了解です。」

 

 ガレットと同じ命令にサイラスは脱力した力ない声で応える。休みが謹慎となってしまったフィオだったが、あまりの痛みにガレットに異議を唱える余裕もない。

 結局サイラスがフィオの食べかけだった食事を片手に、もう片方には頭に大きなコブを作ったフィオを引きずって騒ぎを起こした食堂を後にしたので幕引きかと思われたのだが―――


 取り残されたタースの前に第二隊隊長オーヴ=ファマスが立ち塞がる。


 異なる隊とはいえ相手は隊長。一応頭を下げて通り過ぎようとしたタースの進路をファマスが再度塞いだ。


 「何かご用でしょうか?」


 言葉とは裏腹に邪魔だ、さっさとどけよとイラつく態度を隠しもしないタースの肩をファマスが掴んだ。


 「―――たのか?」

 「はい?」


 聞き取れなかった問いかけにタースが苛立ち眉間に皺を寄せると、ファマスは地を這う様なドスの効いた低音で再度質問した。


 「リシェットと接吻キスしたのか?」

 

 何だ、ファマスもリシェットに惚れてるのかと、タースは勝ち誇ったように嫌味たらしい笑みを浮かべた。

 止めておけばいいのに……


 「だったら何です?」


 フィオとの良好な関係を築きたいタースとしては嘘はつけない、後が怖いから。だからわざと思わせ振りな言葉でファマスを揺さぶってみただけなのだったが。


 「間接キスは俺が頂く!」

 「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」


 





 この後のタースがどうなったかは聞かないであげて下さい。

 







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