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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
策略
74/79

その61



 脅されてキグナスにつれて来られはしたが、細やかに世話を焼いてくれたリゼルを始め、ロイの母親である料理人のマケシーと離れるのは些かの寂しさを覚える。

 最後の最後には結局駄々をこね妨害を試みるのではないかと思われたエルファスタは、フィオの疑いを余所に意外にも静かで、何事か企んでいる様な怪しい雰囲気を纏いながらも笑顔でフィオをすんなりと送り出してくれた。


 魔術師云々よりも国内のごたごたを片付けたかっただけなんじゃないのか。そんな疑問を抱きつつ、ここまで迎えに来てくれたガレットと足並みそろえて馬を走らせる。馬はキグナス入りする前にロイが仕入れた足が太く持久力のある例の馬だ。多少足が遅くとも休ませる時間が少なくすむし、何より異国で馬を手に入れるのはなかなか厄介な手間となるので、エルファスタからどの馬でも気に入ったものを連れて行けと言われガレットが選んだのはこの二頭だった。


 馬の他に国境を超えるまでに必要となる装備品も二人分きっちり用意してもらった。土産にはキグナス特産の度数の強い酒を邪魔にならない程度。それからフィオが何より優先したかった、アルファーンで誘拐事件に巻き込まれた娘達に対する保証もエルファスタは約束してくれた。本当はちゃんとした謝罪をして欲しかったが、国を超え、しかも相手が王族となると無理な話だとガレットにも諭される。知らぬで済まされる事件の被害者に何らかの保証を約束してもらえるだけでも奇跡だと諭されれば口を噤むしかない。


 ガレットと前後して馬を走らせ最初の休憩でフィオは異変に気付いた。

 どうもガレットの様子がよそよそしい。口数が少なく何事か想いに耽っている様子が見て取れるのだが、フィオが話しかけても返事のみで視線を合わせようとしないのには首を傾げた。当たり障りのない会話を振ってもちらりとフィオを見ただけで素っ気なく答える程度で、直ぐに辺りを警戒する風に周囲に視線を戻してしまうのだ。


 何か気にくわない様な事をしただろうかと思案し、したんだろうなと溜息をつく。

 ガレットからすればフィオは面倒で手間ばかり掛かる至らない部下に違いないのだ。今回などは特にそう。わざわざ国境を超え迎えに来てみればとてつもなく面倒な事態に巻き込まれ命の危険に曝されていたのだ。

 あの時ガレットが来なければエルファスタはどうなっていだだろう。ロイの話通りに毒に犯されながらも動けたのかもしれないが、そうでなかったかもしれない。ガレットが仕留めるに至ったエルファスタの叔父は、ガレットが不意を突かねば勝てない程の力を持っていたのだとしたら、やはりあの状況のエルファスタはとても危険な状態だったのではないだろうか。


 ロイにつれて来られた時に通った道ではなく直接アゼルキナを目指す。異国人であり事件に巻き込まれるのを避け、人の集まる街を経由せずに進む先に宿は見当たらない。それでもロイとの違いはガレットが目聡く無人の廃屋や猟師小屋と思しき建物を見つける所だ。エルファスタの屋敷を立って最初の夜は頑丈そうな猟師小屋を一晩の宿に選んだ。


 火を熾し干した魚を焼いて食べる。マケシーの焼いてくれたパンは少しばかり硬くなっていたが味は変わらず美味しかった。

 簡単な食事の後は警戒と火の番を兼ねてガレットが暫く起きているという。ガレット一人だけに番をさせられないと申し出るフィオに、眠らない訳ではなく、番でなくてもどのみち気配で目が覚めるから同じだと諭され、フィオは分厚い毛布にくるまって火の前で膝を抱えた。


 「―――申し訳ありませんでした。」


 膝に顎を乗せ弾ける炎に視線を落したまま詫びを述べる。ガレットがフィオに視線を送るのを感じたが、顔を上げて目を合わせた途端に反らされるのが解っていたのでそのままの体勢で過ごした。


 「色々とわたしのせいで面倒をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。キグナスにまで侵入して頂いて。無事に済んだから良かったですが、アルファーンの軍人がこっそり国境を超える危険を理解していない訳じゃありません。」


 見つかれば殺されても文句は言えない。軍人と悟られない為に帯剣していないのもそのせいだ。たった一人で敵陣に乗り込んで襲われでもしたらどうするんだと、よくよく考えるとますます落ち込まされた。


 「今回の件でガレット隊長からいただいた言葉を幾度となく考えさせられました。本当にわたしは使えない面倒な存在です。」

 「馬鹿をいうな。お前が使えないなどと俺がいったいいつ言った?」

 「だって、女だし―――」


 能力が足りないのは仕方がない。そして同じように扱って欲しいと願っても性別はどうやっても代えようがなく。それをちゃんと理解しきっていなかった己に深い反省の念を抱いた。


 ファマスの言う様に女だから出来る仕事もあるが、ガレットの手元にはそれがないという事だ。けれどそれはガレットがフィオを使いこなせていないという事実と比例もしている。ガレットがフィオに特別な感情を抱いていなければフィオの反発が大きくなりはしなかっただろう。魔術師マニアであるファマスは己の感情にきっちり蓋をしてフィオに仕事を与える事が出来るのだ。その余裕がガレットには無い。


 「女だからというのは、確かにそうだ。だがこれは俺個人の意見であって、お前自身が使えない訳じゃない。危険に曝したくないという俺の我儘だ。」


 こうしてガレットが単独キグナスに乗り込んだのも攫われたのがフィオだったからだ。他の隊員なら無事に戻って来るのを信じつつ万一に備え砦で策を練り、幾つかの班に分かれてキグナスに侵入しただろう。けれどガレットにはその余裕がなかった。結果的に吉と出たが、エルファスタが本気で排除にかかっていればガレットがフィオに辿り着くのは困難を極め、成功しなかった確率の方が圧倒的に高い。


 「ガレット隊長は、わたしのこと女として見てますよね。」

 「―――そうだな。確かにお前は誰の目から見てもか弱い女性だ。」


 いや、それはどうだろう。か弱い女性がアゼルキナ勤務の騎士を魔術一つで意識不明に落とす事が出来るだろうか。ガレットはか弱いという言葉を学び直した方がいいと思うが、彼が長く培ってきた女性への扱いをそう簡単に改められる訳がないだろう。それにガレットはフィオの問いを的確に捉えきれていない。

 フィオは俯いたまま、第三者にばかりぶつけられて来た言葉を直接ガレットに向かって問質した。


 「隊長はわたしの事。一人の女として好き、ですか?」

 

 放たれた言葉にガレットは灰色の目を大きく見開いた。


 好きか嫌いか、そんなの決まっている。何のためにここにいると思う? フィオがエルファスタの手元につれて行かれたらしいとの知らせを受けた瞬間には、到底人と思えない力を発揮して王都へ舞い戻り情報収集したのだ。ヴァルやクインザの話を聞いてエルファスタが手を回していると確信した。南が有力と検問を敷く奴らを無視し、上官の指示を受けず全ては事後報告と勝手に国境を越えた時の焦りは記憶に新しい。


 それもこれも全てはフィオが意に沿わぬ行いをエルファスタに強いられていると想像してだ。けれどそれは全てガレットが自らの欲求を満たす為に勝手に仕出かした行動で、フィオの意見など一言も聞いてはいない。


 今ここでフィオを好きだと告白し己の欲求を吐露するのは容易い。しかしそうすることが正しいかと言えば違うだろう。告白してどうするんだ。アゼルキナで居場所を確保しようと奔走するフィオにとってガレットの感情ほど迷惑なものはないというのに。


 「どうして無視されるんです?」


 答えを躊躇するガレットにフィオが顔を上げた。夜の闇よりも深い漆黒の瞳が橙色の炎を灯してガレットを映し出している。心の中を見透かされてしまいそうな漆黒の瞳からガレットは慌てて視線を反らした。


 「ほら、また目を反らした。今朝からずっと視線を合わせてくれようとしませんよね。どうしてですか? はっきり仰って下さって構いませんよ、使えない部下の面倒はこりごりだって。」

 「面倒などと思う訳ない!」 

 「じゃあどうして?!」

 「負担になりたくないだけだ。」


 負担?

 フィオは負担の意味を改めてよく考えた。


 「負担、ですか?」

 「ああそうだ。」


 確認の為に言葉にすればそうだとガレットが答える。


 「負担をかけているのはわたしの方ですよね。それがどうしてガレット隊長がわたしの負担になんてなるんです?」

 「俺が部下であるお前に邪な感情を抱いているからだ。」

 「邪なんですか?」


 堅物のガレットには全く似合わない言葉にフィオは瞳を瞬かせた。そんなフィオを前にガレットは観念したかに盛大な溜息を落として頭を抱え込む。


 「女として好きかと聞いたのはお前だろう。その通り、俺は部下であるお前を一人の女性として特別な好意を寄せている。」

 「それの何処が邪なんですか。まさかガレット隊長がやるだけやって女性を捨てる様な男だとは思えませんが?」

 「やるっ……そんな訳がないだろう。こんな状況でお前に告白して答えを強制させるような真似をしたくなかっただけだ。」

 「やだなガレット隊長。命を助けて貰っただけで相手に惚れる程わたしは可愛くありませんよ。女として好きかってのは周りにそうだといわれるから聞いてみただけです、深く考えないで下さい。」

 

 ガレットはフィオの深く考えるなとの言葉に愕然とした。

 上司と部下の関係や砦での今後を考え、フィオへの想いを言葉に乗せることはしないと決めていたのに、その決意を呆気なく壊しておいて深く考えるなだと?


 「お前は俺を何とも思っていないんだな。」


 勝手に惚れたのはガレットだ、それをフィオへ無理やり押し付けるつもりはない。けれどこうも簡単に気持ちを吐露させておいて深く考えるなといわれては、まるでこちらが弄ばれている様ではないか。七つも年下の小娘にと些か怒りが湧くが、今後を考えるとさっぱり振られしこりを残さずに済むと思えばかえって良かったのかもしれない。

 そう自分を慰めるガレットに「何とも思っていない訳じゃないと思います」と、訳が解らない答えが返ってきた。


 「それでちょっと確かめてみたい事があるんですが―――」


 ヴァルやサイラスから散々言われたガレットの好意が事実であったと知って調子に乗ったのか。無視されていると落ち込んでいたのも忘れ、フィオは毛布に包まったまま立ち上がるとガレットの隣に異動した。

 何かの危険を感じたガレットが思わず後ずさるが、その分フィオが詰め寄りガレットの毛布を逃がさないとばかりに引っ掴む。


 「ちょっとキスさせてもらっていいですか?」

 「はぁっ?!」


 盛大に驚き声を上げたガレットに構わずフィオがガレットの腕を掴んで来る。人生初ともいえる女性問題に関する戸惑いと驚きにガレットはフィオに縋られたまま後退り、しかしながらあっという間に狭い小屋の壁に激突して逃げ場を失った。


 相手はか弱い女性だ、ガレットがその気になればいくらだって活路は見出せる。しかし色気も何もなく普通に『歩こうか』的な感覚で『キスしよう』と迫るフィオの漆黒の瞳につかまったガレットは、惚れた弱みと今まで押し込めて来た欲求が込み上げ、まるで金縛りにあった様に動けなくなってしまっていた。


 何たる天の采配か。夢か幻かと願望の集約の様な惨事に驚くガレットに柔かそうな唇が押し迫り、かつてフィオと唇を重ねた感触を思い出して年甲斐もなく頬を赤く染めた。


 だが不意に視線の端にうつり込んだ赤い花びらがガレットに正気を取り戻させる。


 「何を確かめるつもりだ?」


 ガレットの冷静な低い声にフィオの動きが止まった。


 「わたしがガレット隊長を好きなのかどうか。」

 「そんな事を確かめる為に―――体すら許して来たのか?」

 「え?」


 それはあまりにも悲痛な声だった。ガレットの豹変にフィオは身を硬くし、ガレットを跨いで押し迫る我が身を振り返る。


 「キスしたら解るかなと、思いまして。」


 誰かと唇を重ねる事に抵抗がない人生を送っていた。けれどつい先日エルファスタとその必要性に駆られた時の迷いが、催眠術にかかった時に過った人の面影がフィオの心を揺さぶっていたのだ。フィオは周囲の迷惑も考えず、ただその感情が何たるかを確実にとらえたいとの欲求に駆られている。クインザ達に抱く感情との違いを確実にとらえたいとの思いが先走っていた。


 「それで―――エルファスタ殿下は違ったのか?」

 「何がですか?」


 今までが嘘の様にガレットは冷静にフィオを真正面で見据える。フィオは訳が解らず瞳を瞬かせると、ガレットの太い指がフィオの首筋を撫でた。


 「殿下と確かめ合ったのではないのか?」


 必要にある一点を撫でつけられ、いったい何だと首を傾げた。そこで昨日エルファスタに与えられた首筋への痛みを思い出す。


 「―――ついてますか?」

 「ああ、しっかりとな。」


 あんっのやろうっ!!!


 女性らしく鏡の前に座って髪を整えたり化粧したりという習慣がないフィオの失態だ。エルファスタの策略に見事嵌り悔しさと怒りが沸き起こった。こんな悪戯をして何が楽しいんだ。ああそれよりもガレットに勘違いさせたままの居た堪れなさに泣きたくなる。


 「誤解ですから。」

 「お前がそう言うのであれば信じよう。」


 黒を白と言っても今のガレットからは同じ答えが返ってくるだろう。


 「本当に誤解ですから。」

 「ああ―――」


 必死に訴えるフィオの瞳が潤む様に色香を感じて、ガレットは思わず視線を外した。それが相手に疑念を与えると解っていてもつい取ってしまった行動にガレットは己の未熟さを痛感する。


 「ほらまた目を反らした! やっぱり信じてないじゃないですかっ。」

 「惚れた女の言う事だぞ、信じるに決まっているじゃないか。」

 「嘘ですっ。誰にでも股を開く不潔な女とか思っているに決まってるんです!」

 「神に誓って、絶対にそんな風には微塵も思っていない!」


 冗談じゃないぞとガレットは首がちぎれんばかりに頭を振った。フィオだけじゃない、女性に対してそんな感情を持った時点で母親に殺されている。


 「そんな不確かなものに誓われても信じられるもんですかっ、何よりも隊長の行動が事実を語っていますから!」

 

 ガレットは襟首を掴んで訴えてくるフィオの腕を力ずくで引き離し出来るだけ遠くへと追いやるが、恐ろしい程に依怙地となったフィオはそれでもガレットに追い迫って来た。


 「落ち着けリシェット、ちゃんと信じている。俺が悪かったから落ち着いてくれ!」

 

 ガレットはこれでもかとしっかり視線を合わせ必死で訴える。懸念を与えない為にもけして視線を外してはいけないと己に強く言い聞かせたお陰か、少しばかり冷静さを取り戻したフィオが硬くなった力を抜いた。


 「本当に、信じてくれます?」

 「勿論だ。お前がそんな馬鹿をする訳がないのに、俺がつまらぬ嫉妬に駆られたせいでお前の名誉を傷付けてしまった。済まない。」

 

 はたから見ると何故ガレットが頭を下げなければならないのか首を捻る所だが、何はともあれ惚れた女が馬乗りでキスを迫って来る状態から何としても逃れたいガレットには、取り合えずフィオの暴走を止めるのが先決だった。

 好いた女と二人きりの状態で迫られそれを拒否するだけでも拷問なのに、キスしてやっぱり何の感情も湧かないといわれても流石にその後の理性を保てるかどうかの保証がない。だから何が何でも試しにキスしてこようとするフィオを拒絶する精神を保たねばならないというのに……

 

 「わたし処女ですから。」

 「―――何の拷問だ。」


 頼むからこいつを何とかしてくれ――― 

 

 「本当にホントに処女ですからっ!」

 「もういい、解った。本当に俺が悪かったから頼む、そこをどいてくれ!」


 純潔の乙女が己を処女処女と連呼するか?!

 いや勿論フィオの言葉を信じているがもう少し嗜みを持っていてもいいのではないだろうか。


 今朝からガレットが抱いていたもやもやは払拭されたが、今度は別の意味で困った事になってしまっていた。


 取り合えず自分の気持ちが何なのか確認の為にと襲い来るフィオを力ずくで取り押さえる。嬉しい、確かに嬉しくて美味し過ぎる展開だが、諸手を広げて受け入れて良い訳がない。これが酷く間違えた行動なのだとどうやってフィオに諭すか―――困り果てたガレットは不本意ながらフィオに当身を食らわせ意識を奪った。


 惚れた女が迫るのを何が悲しくて拒否しなければならないのか。ガレットは己の真面目さを呪う。


 自分の変態行動が原因で過去に惚れた女性と両想いになれたためしがないせいか戸惑いも大きい。正直フィオの事は嘘偽りなく誠意をもって好きだと宣言できるが、フィオから向けられる感情が自分と同じものだとは微塵も感じられなかった。フィオの口ぶりからもそれが証明されているではないか。口煩い上司として疎まれている可能性の方が大きいと感じていただけに、今回フィオが取った行動には酷く混乱していた。


 意識を失ったフィオを毛布でしっかり防寒してやる。無理矢理意識を飛ばされたというのに幸せそうに眠るフィオの姿を眺めながら、ガレットは複雑な感情を蠢かせ、疲れ果てて大きな溜息を落としながら頭を抱えた。

 






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