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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
策略
72/79

その59




 フィオが想像する以上に敵の数は多いようだ。

 敵を避けようと奥へと進んで行くが、幾度となく数人で組んだ男らに行く手を阻まれる。その度に二人残った護衛が容赦なく切り捨て確実に息の根を止めて行った。


 目の前で人が殺される行為に顔を背けつつも黙って従う。どんな理由があるにせよ王族を狙った者が迎える末路は何処もみな同じだ。最近は大きな戦を行っていないとはいえ、彼らの落ち着き払った様子からすると命のやり取りなんてものは日常茶飯事の光景なのだろう。


 アルファーン滞在中には運良く襲撃は受けなかったが、護衛の人選に名を連ねたという事はフィオにも人の命を奪う行為が求められていたのだと改めて実感させられた。覚悟のないフィオをガレットはお見通しだったのだろう。何時も反対されて反発してしまっていたが、ガレットの言葉の方が正しいと、消える命を目の当たりにして初めて事の重大さが理解出来た。


 「張りぼてでも役に立ってたのかしら。」

 「何の話だ?」


 フィオの呟きにエルファスタが振り返る。繋いだ掌に熱を感じ振り返ったエルファスタと視線をかわすと目が少し充血していた。毒の影響が出始めているようだ。


 「アルファーンでの話です。あの時のわたしは宮廷魔術師の衣装に身を包んでいましたから。」


 今はエルファスタに与えられた上等のワンピースと下履きにブーツ、そして上質な分厚い上着を纏った見た目は成金娘だ。宮廷魔術師の証である黒い制服に身を包んでいたなら今回も張りぼての役目を果たせていただろうかと、血を流さない策の素晴らしさに初めて気付かされる。


 「アルファーンではそなたとの時間を邪魔されずに済んで良かった。が、今回は魔術師がいると知っても追って来るのを見ると、あちらもかなり本気の様だな。」


 身なりで解らずとも攻撃を受けた時点でエルファスタの側に魔術師がいるのは解っただろう。敵の正体を知っている風な言葉にフィオは歩みを速めエルファスタに並んだ。


 「彼らは何者なんですか?」

 「王位に目が眩んだ愚か者よ。」 

 「国王だって愚か者の正体にはお気づきになられているのでしょう?」


 キグナスの現国王には世継ぎとなる男子所か子供すら存在しない。もし王に不測の事態が生じれば王位に付くのはエルファスタだ。そのエルファスタを亡き者にして継承権を得ようにも、この程度の悪事はすぐさま露見するのが世の中ではないのか。キグナスの国王が愚王だとはとても思えない。


 「それでも証拠を残されなければ据える他ない。」

 「まさか殿下自ら囮になっておられるんじゃないでしょうね?」


 エルファスタはフィオの問いに口角を上げると無言で先を急いだ。


 『戯れは命懸け―――』護衛は何時もこれに付き合わされているのだろう。口ぶりからすると嫌々ながらではなく、主の命を狙う輩を排除するのは自分たちの役目、エルファスタには安全な場所に引っ込んでいてもらいたいと願っているに違いない。なにしろエルファスタを失っては元も子もないのだ。自ら囮になるほど実力があるのかもしれないが、少しやり過ぎではないのだろうか。


 木の影から突然突き出された剣をエルファスタが寸での所で避け、前を行く護衛が振り向き様に相手を切り捨てる。返り血を浴びたエルファスタは鬱陶しそうに返り血とともに額に湧いた汗を拭い、まるでそれを合図とするかに多くの敵が目の前に溢れ出て来た。


 護衛二人が次々に現れる敵を的確に倒して行くが、流石の彼らにも疲れが見え動きに鈍さが表れ始めた。フィオの魔術を警戒しているのは一目瞭然でこちら側にはなかなか近寄ってはこなかったが、この状況が何時までも続いてくれるわけがない。


 周囲が木々に囲まれていなければ迷わず攻撃を繰り出せるものを―――背中を向けて戦う二人の力になろうと必死に相手の動きを探っていると、零れ出た敵の一人がこちらに向かって剣を向けて来た。しかし敵の剣がエルファスタを射ぬく前に、フィオが仕掛けた攻撃のお陰で敵の体が地面に崩れ落ちる。殺す程の力を揮う勇気はなかったが、数日は眠りについたままだろう。


 魔術による攻撃で崩れ落ちた男の様に敵が怯むと、ここで初めてエルファスタも鞘から剣を抜いた。それを見た敵らが更に警戒を強めると、エルファスタの抜いた剣がフィオの倒した敵の心臓を突き刺す。


 「情けをかけるな、次に殺られるのはそなたぞ。」


 無表情で剣を引き抜きながらエルファスタがフィオを見やる。特別な感情も何も宿さぬ瞳に恐怖が沸き起こった。


 殺さなくてもという湧き上がった恐怖と怒りは必死に抑え込んだ。彼らの世界はこれが常であり、エルファスタの言葉は正しい。フィオに出来なかったからエルファスタが剣を抜いたまでだ。自らの手を汚さず綺麗なままでいたいなんてここでは卑怯者のすることだ。


 けれど理解しようとしても直ぐには頭が付いていけなかった。混乱したフィオの腕をエルファスタが再び引いて走り出す。護衛の一人がこちらに背を向けたまま「頼む」と声を上げたのはフィオに向かってなのだろうが、託されたフィオには応える余裕がなかった。

 




 *****


 二人で逃げても敵は襲って来た。別れた護衛たちは無事だろうかと気遣う余裕すらなく、エルファスタは剣を揮い、フィオも必死の思いで魔術を行使する。


 一瞬の隙でこちらがやられる状況では、殺さなくてもと湧き起こったばかりの感情は何処かに吹き飛んでしまっていた。

 雷を呼び雷鳴を使って威嚇しても敵は襲い来るし、逆に居場所を教えているようで早々に取りやめ、体に直接衝撃を与える攻撃へと変更する。しかしそうすると接近戦を余儀なくされ、フィオも無傷ではいられなくなったがアゼルキナでの訓練による賜物か。今の所は外套を割かれる程度の被害で済んでいる。


 流石というべきか、エルファスタはフィオを援護しながら傷一つないが、動けば動く程毒の周りが早まっているようで次第に動きが鈍り、フィオは道も解らぬままエルファスタの手を引いて闇雲に森を突き進んで行くしかなくなっていた。


 闇雲に逃げてばかりいても駄目だ、何処か隠れる場所を求めながら先へ進む。横穴を見つけ隠れられないかと中を覗こうとしてエルファスタに後ろから引き戻され、頬にピリッとした痛みを覚えた。


 覗き込んだ横穴からは剣が突き出されおり、一瞬遅ければフィオは串刺しだ。驚き目を見張る瞬間にエルファスタの剣が敵を射ぬくが、射抜くと同時にエルファスタがその場に膝をついた。


 「エルファスタ殿下!」


 止まっては危険だ、エルファスタの脇に体を滑り込ませ密着すると、手を繋いでいた時以上に熱を帯びており、熱に驚いたフィオが射かけられたエルファスタの傷を確認すると酷く爛れ、皮膚は黒く変色していた。


 「耐性があるんじゃなかったんですか?」

 「もともと死に至る毒ゆえ、この程度で済んで良かったと思えぬか?」


 笑いはするものの息をするのも苦しそうで、何とかならないかとフィオは周囲を見渡した。


 「どうすればいい、指示して!」


 これ以上歩かせるのは無理だ、ならば森を焼き払ってでもエルファスタを守ろうと意を決したフィオの頬をエルファスタが撫でる。


 「そなたの接吻キスをくれ。」

 「―――――――――――――――頭沸いちゃいましたか?」

 

 こんな状況なのに冗談を言って来るエルファスタを殴らなかった自分を褒めていやりたい。実力的には雲泥の差があるだろうが、王弟であるエルファスタを頼まれた身としてはもう命懸けだ。それなのにこの男ときたら……


 盛大に眉を顰めたフィオにエルファスタが喉の奥で笑いながらその場に座り込んだ。見た目以上に酷い状況なのかもしれないとフィオは不安になる。


 「冗談ではないぞ。希望とは常に大いなる力を紡ぎ出す原動力となるものだ。」


 辛そうに息を吐くエルファスタにフィオはもう反論しなかった。そのかわり素早くエルファスタの正面に位置を変えると目と目を合わせて向き合う。


 「貴方を死なせるわけにはいきませんので、失礼致します。」


 両手をエルファスタの頬に添え、瞼を閉じて顔を寄せた。熱い頬に滴り落ちる汗を掌に感じながら唇を重ねる。けれど重なるその前にフィオは自ら動きを止めてしまった。


 「如何した?」

 

 斑の瞳が愉快そうに輝く。エルファスタの事だ、フィオの過去など調べ尽くしているだろう。フィオはなんでもないと首を振って再び顔を寄せたが、やはりそれ以上進めない。


 キスなど初めての経験ではない。それ所か相手の感情を無視して勝手に唇を奪って来た過去は痴女と呼ばれても全くおかしな話ではないし、今回は相手から求められての事だ。エルファスタもフィオに気持ちがないのは百も承知だろうから期待を持たせてしまう事もない。それなのに―――戸惑うフィオの目の前でエルファスタが面白そうに口角を上げた。


 「やはりな―――」


 呟くなりエルファスタはフィオの後頭部に手を添え力で引き寄せる。触れ合う程に至近距離にあった互いの唇は抗う間も与えられず強く重なった。


 「何をっ!」


 強引な態度に苦情を訴える。フィオの方からしようとしていた筈なのに、実際に唇が重なると嫌悪感が走った。

 そんなフィオの肩を勝手に借りて立ち上がったエルファスタは「時間切れだ」と剣を構える。視線の先を追うと茂みの中から湧きだす様に敵が姿を現した。


 彼らの狙いは間違いなくエルファスタ唯一人。迎えるエルファスタも毒に犯された体であるにもかかわらず一人一人を確実に倒して行く様は、キグナスの王族を名乗るに相応しい実力だった。


 フィオの方はといえば取り囲まれ威嚇を受けるが、やはり魔術師としての力は恐れられているようで迂闊には近寄って来ない。けれどエルファスタから引き離される様にじりじりと追い詰められ、これではいけないと至近距離から何の迷いもなく雷を食らわせた。こちらの命を狙って来る人間の生死などかまってやれる暇などない。押していた筈のエルファスタが大木を背に追い詰められている様を目にしたのはまさにその瞬間だった。


 轟きに慄いた敵が怯んだ隙に彼らを掻い潜りエルファスタの前に立つ。騙され無理やり連れて来られたフィオとしてはキグナスの王位継承問題に巻き込まれてやる義理はない筈だが、それでもこれ程かかわった人物に目の前で死なれるのは嫌だったし、つい先日までは護衛対象として任務についていた身でもあるのだ。色々複雑だが守らずしてどうするとフィオは多くの敵を前に両手を翳した。


 「させるかっ!」


 魔術の発動を止めようとフィオに切りつけて来た最初の男を寸での所で避け足払いを仕掛ける。ジャフロによる体術訓練の結果はフィオが想像する以上に身についていた。次に襲い来る敵が剣を振りかざすと懐に入り、倒れた奴と共に雷を起こして地面に沈める。次の敵はエルファスタが喉を貫いたが、すっかり毒がまわって大粒の汗を滴らせており、何時まで立っていられるか解らない状態だった。


 こうなったら場所を知られるとかはどうでもいい、遠慮なく雷鳴を轟かせ敵を威嚇する。術の行使に迷いのなくなったフィオの体からはバチバチと雷光が散り、迂闊に近付いた敵は自滅した。


 まともな訓練はアゼルキナ砦に配属されてからで実績は短い。けれどフィオの持つ魔術師としての力はけして低くはないのだ。だからといっても実戦経験が物をいう状況で敵に囲まれてはどうすればいいのか解らない。雷光を纏っていてはエルファスタに触れる事も叶わず、背後を警戒しながら出来る限りの範囲で身を寄せたフィオを矢が襲った。


 エルファスタが気付き身を呈してフィオを押しやり、フィオは慌てて術を解いた。かろうじてエルファスタを感電死させずに至ったが、術の解けた二人を一斉に敵が襲う。エルファスタに上に乗られ地面に背をつけたフィオは五本の指から闇雲に雷を放ち、エルファスタは起き上がり様に数人の敵を剣で薙ぎ払った。


 二人を取り囲んでいた敵は三人にまで減っていた。いったい何人いたのか解らないが二十人近い人間が地面に倒れ、半分は血を流して絶命している。これ以上増える様子のない敵の数にほっとしたものの、エルファスタは膝をついて立ち上がれない状態。残った敵もフィオの揮う魔術を上手くかわしてなかなか命中せず、フィオ自身も何時まで魔術が揮えるか解らない状態にまで追い詰められていた。


 最悪使えない剣を取るしかない。倒れた敵が持っていた剣にフィオの視線が反れると、フィオの焦りを魔力の枯渇と勘違いした敵が飛びかかる。が、反対にフィオの攻撃に襲われ白目を剥いて倒れた。


 「右の男―――生捕にしたいのだが。」

 「こっちの方が危ないってご理解いただけてませんね。」


 肩で大きく息をするエルファスタが一人だけ覆面をつけた男を示すと男が覆面を取った。エルファスタと同じ金色の髪が零れ落ち、鷹の様に鋭い眼光がエルファスタを睨みつける。


 「女の背に庇われるとは、お前も地に落ちたものだな。」

 「叔父上には言われたくありません。」

 「余所でやってよ!!」


 身内の喧嘩に異国人を巻き込むなと、心の声は現実に叫び声に変わった。

 

 これだけの人数を伴って仕掛けて来たのだ、エルファスタの日頃はさぞや隙のない鉄壁の守りに違いない。だからって何で自分がいるときに仕掛けてくれるのか、本当に止めて欲しかった。

 エルファスタの怪我も自分のせい、もし死んだりされたら更に厄介じゃないかと、目の前で『叔父』と呼ばれた人物に沸々と怒りが込み上げてる。そしてこの様な事態も想定していただろうエルファスタに対してもだ。想定しているならもっと備えを充実させて欲しかった。追い込まれた状態で二人きり、フィオにはエルファスタを守り切れる自信なんて微塵もないのだ。


 相手が誰だろうがみすみす殺される訳にはいかない。相手がキグナスの王族だとしてもエルファスタを襲っている時点でどうこうしても罪には問われない筈だ。キグナス王家の内情は知らないが、キグナス王が信頼するのは目の前の怪しい叔父ではなくエルファスタに違いないし、フィオには政治的判断を下す能力すらない。兎に角生きて帰る為に最後の敵と気合いを込め力を揮った。


 眩い雷光が目の前の男に向かって突き進む。すると男はもう一人残っていた男を盾にフィオへ向かって投げつけた。魔術による攻撃を受けた男が身を焦がしながらフィオに雪崩れ込む。しまったとフィオが体勢を立て直す前に、敵の剣がエルファスタに向かって振り下ろされるのが見えた。


 「殿下っ!!」


 既に動けぬ程窮地に立たされていたのか。

 何の抵抗も示さぬエルファスタにフィオが伸ばした手は無情にも届かなかった。

 





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