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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
アゼルキナへ
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夜這いは社交辞令





 草木も眠る新月の夜。

 たとえどんな時であろうとも、アゼルキナ砦に休息は訪れない。

 深夜であろうと寝ずの番。途中には見張りの交代もあるし、日中の訓練では満足せず、個人的に夜間訓練に励む奇特な騎士もいる。

 そんなこんなで、夜の砦で物音がしてもそれが日常。外ならともかく、宿舎の中での音なんて誰も気にしない。


 しかしながら宿舎であっても、上官が使う部屋に面した廊下に、平の騎士が集まるなんてめったにあることではない。

 そんな宿舎のとある扉の前では、四人の若い男がたむろして何やら囁き合っていた。


「おいっ、まだ開かないのか!?」

「おかしいなぁ。いつもならこれで開くはずなのに」


 小さな灯りが灯された薄暗い廊下で扉に張り付き、鍵穴に針金を捻じ込んで悪戦苦闘する男たちの塊。彼らは必死になって、フィオネンティーナの眠っている部屋の扉をこじ開けようとしていた。

 あまりに必死になりすぎて扉は小さくカタカタと音を立て、貼り付けられた警告文書がカサカサと揺れている。これでは中の人間が起きてしまうだろうが、開かない扉を前にした四人は焦りのためか気にする様子がない。


「なんで開かねぇんだよっ、下手糞だな。俺に貸せ!」

「しっ。でかい声出すんじぇねぇよ。司令官が起きるだろ!」

「残念ながらもう起きてるよ」

「ほらみろっ、お前がごちゃごちゃ煩いからっ――って…うわぁっ!?」


 薄暗い廊下に浮かびあがった大男の姿に、四人は驚いて声を上げた。

 決して温厚とは言えない司令官が仁王立ちして彼らを見下ろしていたのだ。


「言ったよな、手ぇ出すなって。お前らの耳はお飾りか?」


 手を揉んでぽきぽきと鳴らすカイルの姿に四人は真っ蒼になった。


「いやいやいやっ、これは違うんです!」

「俺たち彼女のためを思って!」

「こうやって抜かりがないか確認をっ!」

「へぇ。で、開いたらどうするつもりなのか一応聞いておこうか?」


 優秀な若者四人。けれどアゼルキナ砦の司令官には、そんな四人がいっせいに殴りかかってもぼこぼこにされるだろう。彼女のために鍵に問題がないか確認していたと苦しい言い訳を述べるが、カイルの威圧は増すばかり。

 そんな中で、恐怖に慄くうちの一人が「これは社交辞令です!」と叫んだ。


「はぁ? 社交辞令だと?」


 意味不明の言い訳にカイルの鋭い目が少しばかり緩められる。すると活路を見出すべく、言葉を発した男は途端に饒舌になった。

 

「そ、そう! 社交辞令ですよ。何しろこんな男の巣窟にやってくるくらいですから、魔術師団では男日照りだったに違いありません。彼女は男たちに囲まれて、もてはやされるのを楽しみにしてやってきたはずです。その期待に応えるべく俺たちはこの場にいるのであります!」


 おかしいだろそれ……。

 流石に無理ないい訳だと、他の三人はカイルの怒号を恐れでじわじわと後ずさる。さらには言った本人も。けれどもカイルからは意外な答えが返ってきた。


「ほう、面白れぇじゃねえか。よし、やってみろ」

「……え?」


 にやにやと顎をさすりながら見下ろすカイルに、四人はなんの罠だろうかと一斉に警戒した。


「俺が許す。どうなるかは自分たちで体験しろ」

「い……いいんですか?」


「マジかよ」と四人は互いを見やりながら唾を飲んで喉を鳴らす。


「砦の威信にかけてと言っちゃ大げさだが、嬢ちゃんがどう出るか俺も興味があるからな」


 深夜の寝静まった時間帯とはいえ、扉の前でこれだけ騒いでいるのだ。どんなに温く鈍いお嬢さんでも流石に目を覚ましているだろう。魔術師がどの程度の戦力となり得るものなのか、それを知らないからこそ興味が湧いたのだ。砦の責任者として知っておく必要もある。


 砦カイルの了解を得た四人は、本気かと疑いつつも鍵穴に針金を挿し込んだ。すると先ほどの苦戦が嘘のように、鍵はあっさり開いた。

 カイルが無言で顎をしゃくり先を促せば、最初の男がそっとドアノブを回す。

 部屋の中は当然真っ暗だったが、男たちは夜目が効くので大した障害ではない。所狭しと高く積み上げられた酒が大部分を占めていて、真っ先に視線が行く。けれどすぐにカイルを含んだ五人の視線は、砦の男専用に作られた大きな寝台へと向かった。

 そこに期待通りの盛り上がりを見つけると、男たちは一気に盛り上がった。


 我先にと足を忍ばせ部屋に入る四人に続いて、カイルも気配を消して慎重に入室する。

 この先に踏み込むつもりはなかったが、フィオネンティーナがどう出るのか知りたい。自信あり気にカイルを仰いだ漆黒の瞳を思い出して思わず笑みが漏れた。


 部屋の中はアルコールの匂いが漂っていた。そこいらに空瓶が転がっている。寝酒を楽しんだのだと推察されるが、年頃の娘が飲むにはいささか転がっている空瓶の数が多いようだ。

 皇女の不興を買って左遷され砦に放り込まれた。男ばかりの生活に飲まずにはやってられなかったか……と、若い娘の惨状にさすがのカイルも同情する。

 

 さて、この中の何人が扉の前に張られた警告に気付いただろう。

 感電死の恐れありと物騒な文句は、砦に迷い込んだ娘に浮かれる男たちには重要視されなかったのか。まだ若い騎士だが、アゼルキナにいる限りそれでは許されない。修行が足りないなと、部下たちの訓練強化を思い描くカイルの側で、彼らが息を呑んで高揚したのが分かった。


 寝台で眠るフィオネンティーナは薄い寝巻き姿で、上掛けも纏わずしなやかな肢体を投げ出している。

 細く白い足が惜しげもなく披露されている様に、これはまずったかとカイルは俄かに後悔した。

 どうやら寝たふりではなく、本当に熟睡しているようだ。狼の折に閉じ込められた状況で無防備も程がある。

 カイルは眉間の皺を深くしたが、狼たる部下に許可を出したのは彼自身。部下の一人がフィオネンティーナに触れようと手を伸ばしたところで、その腕を掴んで止めた。


「それまでにしておけ」

「ここまできてお預けなんて冗談じゃないですよっ!」


 自分らが犯罪紛いのことをしている自覚がないようだ。まぁそれを許可した人間が司令官なのだからいたしかたないとしても、開いては小娘。しかも魔術師団という温室で大切に飼われていただろう娘だ。ショックを受けて逃げ帰ってくれるのは構わないが、あることないこと吹聴されて、アゼルキナの住人が入れ替えられ、戦力が落ちるのは避けたい。


「作戦中止だ。悪いな」


 魔術師の力を大きく見過ぎてしまったようだと反省し、苦笑いを浮かべる。軍に属していても貴重な存在は真綿で包み込むように育てられてきたことが、今この現状で推察された。


「そんなっ。せめて生足に触れる許可を!」

「ほんのちょっとだけ、指先でつつくだけでいいんです!」


 四人のうちの二人が、若い娘の肌に触れたいと懇願していた。気持ちは分かるが駄目なものは駄目だ。カイルはその二人を追い立てようとした。しかしその時、フィオネンティーナが「ん~っ」と唸って寝返りを打つ。


「おおっ!?」と、どよめく声に釣られ視線を向けたら、寝返りを打ったフィオネンティーナが仰向けになり、開いた襟ぐりから豊かな胸の谷間が覗いていた。

 これはいかんとカイルは四人纏めて扉へと押しやる。


「おら、さっさと行けっ!」


 声を荒げたカイルのせいなのか、それとも騒がしくしたからなのか。

 フィオネンティーナが再び「んんん~」と唸ったかと思うと細長い足が空を蹴る。その足先が偶然にもカイルの太腿を僅かに掠めた。

 その瞬間。

 ビビっ……と、聞きなれない小さな音が響いたかと思うと、カイルの巨体がその場に倒れ込んだ。


「司令官っ!?」


 突然の事態に支えきれなかった一人が下敷きになってしまう。

 見えない急襲に驚きつつ、何が起きたのか分からないまま、三人がかりでカイルの巨体を部屋から引きずり出した。ちょうどその時、隣の部屋で様子を窺うために聞き耳を立てていたガレットが飛び出して来た。


「何があった!?」

「あ、ガレット隊長っ。司令官が突然倒れて。いったい何が起こったのか」


 ガレットが部屋を覗くと、大の字で眠るフィオネンティーナとカイルに潰された騎士。特に危険はないようで。そして廊下には、引きずり出されたカイルが白目を剥いて完全に意識を失っていた。







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