その54
アゼルキナ砦が置かれる国境を避け西を目指した二人は、キグナスに向け人の侵入を阻む深い森に足を踏み入れていた。
西にはアゼルキナ以外にもキグナスと国境を交える検問所があったが、既に王都の方でもフィオに起きた異変に気付き手を回しているに違いないので通過はできない。
ロイの容姿からオークギラを始め南の国が関わっていると予測を立て南の国境警戒が厳重にされるのは当然だが、帝国を築きあげるアルファーンの重臣たちも馬鹿ではない筈だ。エルファスタの訪問に絡み当然キグナスへの警戒も怠らないだろう。そろそろかと見切りをつけたロイは最後に立ち寄った中規模な街で防寒や食料などの調達を済ませると、それ以降は街を経由することなくキグナスを目指した。
冬の寒空に野宿を繰り返す。温かな日もあったが吹雪の中を進む日もあった。森に入ってからは立ち並ぶ木々が寒風から二人を守ってくれはしたが、十分な暖をとれない状態での行程は辛く、慣れないフィオは少しずつ体力を消耗し続けた。
「明日には森を抜けるからさ、頑張ってよ。」
ほらとフィオが取り落とした手綱をロイから渡されるも、手袋の下でかじかんだ指ではきちんと握れない。弱音は吐きたくなかったが強がりも出て来なかった。
手袋を脱いだロイがフィオの額に触れる。「少し熱いな」と呟かれ微熱があるのだと知った。
「手綱は僕が引くからお姉さんは馬に身を預けてなよ。」
優しい言葉に涙が滲みそうになるのは悔しさからで、けして絆されているのではない。ロイの言葉に優しさを垣間見たとて、実際にその感情を孕んでいるかといえばそうでないとフィオは理解していた。怒鳴り悪態をついて無理矢理従わせる方が煩わしい、ただそれだけだ。
そもそも優しさがあるなら宿を取り体を休ませるなどの処置を取ってしかるべきである。誰のせいだと白い息を吐きつつも馬の首にしがみつけば、それだけで体温が伝わりほっと安堵して瞼を落とした。
太い足を持った二頭の馬は疲れを知らぬように雪道を歩き続ける。休みなく馬を進め暗闇に雪の色すら判別できない時刻になってもロイは先を急いだ。強行軍にアルファーンの追手が近付いて来ているのかもしれないと淡い期待を抱くが、たとえ追ってきてくれていてもロイを確実に捕らてくれるだろうか。闇に沈んだ森を慣れた様子で進むロイには森すら味方している様だった。
凍死の危険もある中で馬の体温に引き込まれ、いつの間にか眠ってしまっていたフィオが瞼を持ち上げると、そこは木々の生い茂る雪深い森ではなく開けた草原だった。
枯れ草が広がる牧歌的な雰囲気に、春から秋にかけては多くの家畜が放たれ草を食むのだろうと容易く想像がつく。ここはもうアルファーンではなくキグナスなのだろう。二頭の馬を操るロイの横顔は涼しく余裕が伺えた。
体はだるいが無理して身を起こす。熱は下がった感じはないが上がってもいないようで、長く体を清潔に保てない日々が続いてそれの方が数段気持ち悪かった。頭部はべたつき体からは悪臭が漂うに違いない。キグナスに入ったのなら宿を取るだろうから身綺麗にしたいと勝手に想像を巡らせていたが、フィオの予想に反してロイが宿を取る事はなかった。
「お腹すいたんだけど何とかならないの。」
本当は体が辛くて食欲なんてなかったが、日が暮れても歩き続けるロイに休憩を促した。けれどロイは馬の歩みを止める事無く硬い携帯食を寄越してくる。口に含んだが噛み砕く気力なく腕が落ちた。
「この辺りはエルファスタ殿下の私有地で、冬の間は家畜の放牧もない。今夜中には屋敷につけるからもう少し我慢して。」
「寒くて死にそう。」
「お姉さんは凍死しないよ、風邪で発熱してるだけだ。」
家畜を放牧するなら監視小屋くらいあるだろうがそこに寄るつもりもないらしい。フィオの体調が悪化する前に屋敷につれて行きたいのかとも思ったが、自己中心的なロイがそんな可愛らしい感情を向けてくれるとは思えなかった。フィオが動けなくなって到着が遅れるのを気にして、その前に移動しきってしまおうとしているに違いない。腹が立ってならないが今のフィオには口で言い合うだけの気力は残されていなかった。
「ほら、ついたよ。」
ロイの声に顔を上げると土色の壁に囲まれた大きな屋敷がそびえていた。平原に出来た盛り上がりの上に立つ屋敷はそれを取り囲む壁と同じ土色で、想像以上に大きくまるで要塞の様な形をしており、軍事国家であるキグナスの特徴を醸し出していた。
私兵が守る門を潜り屋敷の正面で馬を下りる。到着を知らされ慌てて起こされたのか。深夜に関わらず初老の執事らしき男が二人を出迎えた。
「やっと戻ったか。首を長くしてお待ちであるぞ。」
「やっぱあいつの方が一足早かったか。」
舌打ちするロイに手を引かれ屋敷に入ると、正面の階段から薄衣にガウンを纏っただけのエルファスタが満面の笑みを浮かべ、慌てて駆け降りて来る様子が目に入った。
喜びを露わにし両手を広げフィオを迎え入れる。
「おおティーナ、我が招待に応じてくれたのだな!」
「寝言は寝て言え!」
気力を振り絞って振り上げた靴底が見事エルファスタの腹に食い込み、フィオを抱きしめて歓迎する予定だったエルファスタが唸り声を上げて半分に折れると膝をついた。けれど苦悶に俯いたと思われた顔には誰の目にもとまらないが恍惚の笑みを浮かべている。
相手はキグナスの王弟、無礼は国家の大問題。けれど今のフィオからそんな常識はぶっ飛び、ひたすら恨みの念だけが感情を支配していた。
腹立つハラタツ腹立つっ!
クインザに悲しい思いをさせたのも、護衛についてくれた二人の騎士に魔術を使ったのも、大事な人たちにいらぬ迷惑を多大にかけるのも、見知らぬ一般人がロイに捕らわれ人質にされているのも、全ての巨悪の根源は目の前の男なのだ。
何がティーナだ、変な愛称で勝手に呼ぶなと喚き暴れ回りたいのだが、何分それだけの体力が残っていない。エルファスタの腹にのめり込んだ足が床に下ろされる前に体は傾き、フィオはエルファスタと同じように磨き上げられ鏡の様になった大理石の床に膝をついた。
「脅して連れて来ておいて何が招待よ。いくらキグナスでもアルファーン帝国の宮廷魔術師を攫っておいてただで済むと思わないでっ。」
「おや、そなたは自らの意志で私の元に参ったのだろう。ティーナ自身の意志を持ちその手で手紙をしたため城を出た筈だが、違うか?」
「きぃぃぃぃぃぃっ、ムカつくっ!」
頭に血が上ったフィオは金切り声を上げるとそのまま後ろにひっくり返った。
エルファスタの顔を見た途端、熱が急激上がり頭がくらくらする。フィオはそのまま意識を失ってしまい、次に目覚めたのは翌日。とうに昼を回った時刻でお腹が空き過ぎて目が覚めた様な物だった。
きりきり傷む胃は精神的な打撃を受けたせいではなく素直に食料を求めている。柔かな寝台で身を起こすと白く清潔な薄手の夜着に身を包まれ、汚れた体も何時の間にやら綺麗に拭われていた。暖炉には昼間だというのに火が入ったままで部屋は暖かく、広い寝室は簡素だが趣味の良い作りの家具が並んでおり、壁際に置かれた大きな振り子時計が刻む音だけが無意味に存在を主張していた。まさかここはとフィオは思わず眉を顰める。
寝台を下りて窓辺に身を寄せる。分厚いカーテンはたたまれていたが、日差しを緩やかに遮る役目のレースのカーテンにより外界の様子が遮断されていた。指先で避けて様子を窺うと、どんよりと雲に覆われた灰色ではなく青い空が何処までも広がり、枯れ草色の平原を映し出している。三階…いや二階だ。天井までの高さが普通の建物よりも更に高くとられてあるせいで見晴らしが良い。
特別に何の感情もなくただ黙って外の様子を窺っていると小さな物音が耳に届き振り返った。誰かがこちらへやってくる気配にエルファスタかもしれないと身構えるが、優しいノックの後に扉を押し開けたのはややふくよかな初老の女性だった。
もぬけの殻となった寝台に気付いて目を瞬かせた女性は、次に窓辺に立つフィオと視線を交わすと安堵の息を漏らす。
「お目覚めになられましたか。丸二日熱にうなされておいででございましたが、ご気分は如何です?」
早足でフィオに向かって来た女性は温かな手でフィオの腕を引くと寝台へと誘う。丸二日も眠っていたのかと驚いたが、熱にうなされていた割には空腹なだけで他はとても元気だ。
「消化に良い温かな物をお持ちしても宜しゅうございますか?」
水差しから水を注いでフィオに差し出しながら問いかける女性に、フィオは杯を受け取りながら女性を見て首を傾けた。
「ただの水でございますから、ゆっくりとお飲み下さいませ。」
目尻に皺を刻んで微笑む女性にフィオはそうではないと首を振ってから水を一口飲み込んだ。毒が混入されているとかを疑っている訳ではないのだ。渇いた喉に潤いが齎されすっきりとする。
「わたしはフィオネンティーナ=リシェット、アルファーン帝国の宮廷魔術師です。」
この女性は屋敷の主たるエルファスタの愚行を承知しているのだろうか。キグナスがいかに軍事力において抜きん出ているとはいえ、アルファーン帝国の魔術師を攫って来ておいて個人的な問題で住む訳がない。両国間に大きな傷を生み、最悪戦争となってもおかしくない所業だ。
フィオの名乗りに女性は悲しい表情を浮かべ、それでも笑顔で腰を折った。
「名乗りが遅れて大変申し訳ございません。わたくしはリゼル=レスターと申します。エルファスタ殿下の乳母として幼少の頃よりお仕えし、今は殿下の身の回りのお世話をさせて頂いております。」
深々と頭を下げるのは『アルファーンの宮廷魔術師』に敬意を払っているからだろう。心の内は知れないが、この状況がどれ程危ういのかは十分に理解しているようで、ロイよりも遥かに話が通じそうだと些か安堵を覚えた。
「それでリゼルさん、エルファスタ殿下はどちらに?」
てっきりつかず離れずつき纏われると思っていただけに、意識を取り戻して最初に現れたのがリゼルと名乗った女性であったのには少し意外であった。もしかしたらマニアというのは偽りなのだろうか。
「主は呼び出しを受け登城しております。往復で一日かかりますので、そろそろお戻りになるかと。」
「呼び出し―――もしかして叱られに?」
アルファーンも馬鹿じゃない。フィオを攫った相手がエルファスタである証拠を掴めば苦情を申し立てて来るだろう。フィオの言葉にリゼルは苦笑いを浮かべた。
キグナス側とて出来るなら穏便に済ませたいだろう。現王の妃は争いを嫌い、そのお陰でキグナスも他国へ無暗に攻撃を仕掛けるのはなくなったと噂される。ロイに捕らわれた娘達の無事が保証されるなら、フィオも騒ぎ立てずエルファスタの愚行を許してやろうと思い始めていた。腹の足しにと運ばれて来た粥があまりにも美味しくて腹一杯平らげたお陰か、考えが幾分穏やかになっているようだ。
瞬く間に粥を平らげ食後のお茶を馳走になっていると、遠慮がちにリゼルが話しかけて来る。
「あの、お嬢様。」
「お嬢様なんて呼ばれる様な身分じゃないのでフィオでいいですよ。」
「主の想う方に対してその様な。」
「やだ、悪寒が…」
エルファスタに想われてると想像するだけで鳥肌が立つ。フィオが首を窄めてお茶を嗜む様に、リゼルは溜息を落としてからピンと背を正して口を開いた。
「お嬢様のご意思でこちらに留まって頂く訳にはまいりませんでしょうか。」
「それは無理ですね。わたしはアゼルキナ砦所属の魔術師ですので、何処かに行くのにも司令官殿にいちいちお伺いを立てなければならない身なんです。」
「確かに、そうでございましょうが……」
エルファスタに仕えるだけあって、女の身でも軍部に身を置くという意味を十分に理解しているのだろう。声を消したリゼルをフィオが横目で盗み見ると、とてもがっかりした様子で肩を落としていた。
悪いのは全部エルファスタなのだが、初老の女性をいじめている様で居心地が悪い。
「エルファスタ殿下はお生まれになった時より、全く手のかからないお子様でございました。」
「えっ?!……はぁ。」
何だ突然、身の上話かと曖昧に返事をすると、躊躇しながらもリゼルは言葉を続ける。別に聞きたくもないが仕方なく耳を傾けるフィオにリゼルもいつの間にか熱がこもっていた。
「手がかからないといえば聞こえが宜しいのですが、失礼ながら全く喜怒哀楽のない人形の様なお子様で。教えられた事はそつなく遣り遂げる何事にも優れたお方だったのですが、その半面なにに対しても気力も興味もなく、そのせいで周囲からは随分と辛く当たられてご成長なさったのですが、周囲の嫌がらせにすら何の反応も示さずにお育ちになられたのでございます。」
武も学も大した努力もせず人より勝り、声をかけられても返事もしない。その態度が第二王子という身分から傅かれて当然との考えと捉えられ、年長者は上辺で敬いはするが同年代の子供たちはそうではなかった。
剣術訓練の際には大勢で寄って集って度を超し、王子に大変な怪我を負わせた事もあった。額を割り大量の血を流しながらも無表情で立つエルファスタの異様さにやがて周囲は恐れを抱くようになる。気味が悪いと幽霊王子との異名までつけられた。そんな状況に腹を立てたのが兄である現キグナス国王である。
「先王の反対を押し切り、陛下がエルファスタ殿下を戦に同行させたのは十二の時にございます。実際にキグナス軍が戦場に立つ事はなかったのですが、そこで殿下が見たのは魔術師によって一瞬で焼け尽された焼け野原でございました。」
エルファスタが十二の時といえばフィオは六歳。記憶を巡らせるとアルファーンが関わった戦があったのを思い出した。弱体化したアルファーン軍を立て直す為に足の不自由な魔術師団長が駆りだされた最後の戦いではなかっただろうか。
もしかしたらその焼け野原を作り出したのは魔術師団長様かもしれないと考えながらリゼルを見ると、縋る様な瞳でフィオを見詰めていた。年齢を重ねきった女性なだけに媚もへつらいもない切実な感情を向けられたフィオはふいと視線を外し、リゼルはそっと溜息を落として先を続ける。
「その光景にエルファスタ殿下は驚き大声を上げ、一目散に走りだしたそうです。何に対しても無気力であられた殿下の態度に、無理やり連れ出した陛下ですら驚き戸惑われたとか。戦に興味を抱くのは良いが殺戮に目覚めるのは悪しきと後を追われ、散々追い回してやっとのこと捕まえた殿下はとても楽しそうに笑っておられたと。」
「笑っていた?」
狂ったのかと首を捻るが、フィオの目には多少変態気味ではあるがエルファスタが狂っている様にはとても見えない。
「魔術師の所業という不可思議な現象が余程嬉しかったのでしょう。それが殿下の喜怒哀楽を引きだす切っ掛けとなり、先王は殿下の望みに応えて異国より元魔術師を一人買い与えになられました。」
「元魔術師?」
「両腕を切り落とされておりました。」
フィオは息をのむとぎゅっと拳を握り締めた。
様々な力を宿す魔術師だがけして万能ではない。捕らわれた魔術師は二度と力を揮えないよう、手首より先を切り落とされるという悲惨な状況に置かれる事が多かった。
取り込めないのなら恐れを与えるために報復されるのだ。そうして奴隷としても役に立たない状況に陥り、命を落とした魔術師は少なくない。その中で捕虜として生き続けた元魔術師を先のキグナス王は奴隷として買ったのだろうか。
「酷い拷問を受けた跡があり、骨と皮だけの老婆でございました。けれど正気を失ってはおらず、子供の殿下に対しても厳しい言葉をかけられる御人でございましたよ。」
「先人はとても誇り高いの。絶対に自ら命を絶ったり、味方を売ったりはしない。」
戦を知らないフィオら若手の魔術師が拷問を受けようものなら直ぐに屈してしまうだろう。けれど戦場に身を置いた頃の魔術師たちは、望んでその場にいたわけでなくとも絶対に敵に屈する事はなかったと聞く。
「ええ、そうでございますね。鎖に繋がれた彼女が二度と力を揮えないと解っていても、目の当たりにして恐ろしいものがございました。」
リゼルは当時を思い出す様に遠い眼をして暫く感慨に耽ってから先を続けた。
「彼女は自分の鎖を解き教えを求めた殿下を一人の人間と認め、彼女自身の意思で多くの知識を殿下にお与えになっておいででした。殿下も腕のない彼女を想いやる気持ちをもってとても大切にさなり、共に食事を取る際には殿下自らが彼女の口に料理を運んで甲斐甲斐しく世話を焼いておりました。」
懐かしむように目尻に涙を滲ませるリゼルの様子に、彼女自身もその魔術師に敬意を払っていた様子が伺える。
感情を持たなかった王子を目覚めさせる切っ掛けとなった戦跡、両腕を失い魔術を使えなくなった元魔術師の老婆。二人に芽生えた師と弟子の間柄と、それを超えた感情。
聞くだけなら素晴らしい話だ。けれどそれだけを事実にしてしまうには楽観的過ぎた。
「今、彼女はどうしているの?」
「―――昨年お亡くなりに。」
そういう存在がキグナスに生きていた事を魔術師団長は知っていたのだろうかとの思いが脳裏をかすめる。そして彼女は魔術師を戦の道具として使ったアルファーンにどんな感情を抱いていたのだろうか。
「そう。それで、この話をしろとあなたはエルファスタ殿下に命じられたのね。」
「そんな事は全くございません!」
穏やかな雰囲気が一転、リゼルは声を上げ進撃な瞳をフィオにぶつけて来た。両手は胸の前に組まれ微かに震えている。
「たとえそうだとしても、乳母であったあなたなら話すだろうとエルファスタ殿下なら予想するでしょうね。だからあなた一人をわたしの側に置いているんじゃない?」
どう? と答えを求めるフィオにリゼルは少し躊躇しながら頷いた。
「確かに我が主ならばその程度の予想は致しますでしょう。」
エルファスタがいったいどの時点からフィオを狙っていたのかは知れない。そもそもフィオに狙いを定めていたのか、たまたまいたのがフィオだったからなのか。
リゼルは主であるエルファスタの為なら何でもするだろうが、この話で嘘をついているとはとても思えなかった。たとえキグナスの王弟とはいえアルファーンの魔術師を連れ去るのは幾多もの問題を抱える事になる。恐らくそのせいでエルファスタは城に呼ばれキグナス王に詰問されているのではないだろうか。だからこそリゼルはフィオの同情を買い、フィオ自身の意志でここに留まって欲しいのだろう。フィオが残して来た置き手紙がフィオの意志で書かれたものでない事くらい容易く想像できるだろうから。
「お嬢様。どうか殿下の御為にここへ留まっていただくわけにはまいりませんでしょうか?」
「はいと頷ける程、わたしの目にはエルファスタ殿下が好意的には映らなかったの。」
「―――左様でございますか。」
残念だと項垂れるリゼルに胸が疼く。本当は食い下がりたいようだが身を弁えてか、リゼルがそれ以上フィオに訴える事はなかった。
全く狡猾なやり方をと、フィオは心の内でエルファスタに思い付く限りの悪態を吐き続ける。悪意には悪意を返せるが、フィオの前でうなだれるのは育てたエルファスタを想いやる一人の女性に過ぎなかったのだ。




