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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
キグナスへ
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その52




 「目立つから私服に着替えて、旅に出るから捜すなと起き手紙も忘れないで。」

 「監視が付いているの、一人で出られる訳がないでしょ!」

 「そんなのお姉さんが自分で何とかしなよ。この人の命が惜しかったら妙な気は起こさないでね。」


 それじゃあと手を振った少年は、人形の様に従う女官を伴い木々の奥へ姿を消してしまう。これから誘拐しようとする側とされる側、緊張感に欠ける現状だが、少年が人の命を厭わないと知っているだけに従う他ない。


 いったいいつから計画が練られていたのだろうか。フィオの同行が決定したのはアゼルキナを出立する直前だ。エルファスタがキグナスを立つ時点で計画していたとは考えにくいが、あらゆる状況に臨機応変に対応できるように日頃から計画されていたのかもしれない。それとも魔力を持った娘が誘拐されている事件を利用しただけなのか。

どちらにしても魔術師マニアという光景が油断を招いたのは間違いない。女官のあの状況からしてエルファスタが絡んでいない訳がないのだ。少年が何処から関わったのか、それが解れば自ずと解ける事実だったがフィオに与えられた時間は短い。人質となった女官の首が切られる前に少年の言葉を実行してしまわなくてはならなかった。


 もしかしたら全てが少年の単独で、エルファスタが絡んでいる訳でもないのかもしれない。エルファスタ以外にも魅了の力を持った人間は存在するだろう。クインザなど有りもしないのに持って生まれた美貌だけで万民を魅了してしまうのだから。


 何が本当なのか解らない。せめてガレットの様に実力を伴った信頼できる誰かに相談出来たならと苦々しく思いながら先を急いだ。無暗に事情を説明して失敗し、女官に危害を加えられては元も子もない。


 「あ、フィオネンティーナ。これから―――」

 「忙しい!」


 自室前で出くわしたクインザを邪険に扱う。

 「何たる事だっ!?」と苦情を叫びながら鼻先で閉じられた扉を勝手に開き飛びこんで来たクインザを完全無視して指示された通りに書き連ねる。軽く見えても迷いなく人の命を奪うであろ少年にクインザを向き合わせたくなかった。


 「ちょっと旅に出るから捜さないで? フィオネンティーナ、これはいったいどういう事だ?!」 

 

 書き連ねる文字を盗み見していたクインザはフィオの手元から紙を奪い取る。お陰で署名は途中で終わってしまったが、クインザが証人となってくれるのでかまわないだろう。


 「そんな訳だから。」

 「外は危険だって解っているだろう。大怪我をしたばかりだというのに!」


 訳が解らないと剣幕を立てるクインザにかまわず黒い詰襟の制服を脱ぎ去り私服に着替える。危険だ、どうして、何があったとわめくクインザの姿に胸が痛むが止むを得ない。フィオはもともと纏めてあった荷物を引っ掴むとクインザに向き直った。


 「フィオネンティーナ?」


 説明を求める紫色の瞳が憂いに満ち、これでもかと魅了のオーラをだだ漏れにしている。大事な幼馴染を酷く扱い、心に傷を負わせている事実に切なくなった。


 「ごめんねクインザ、お願いだからちょっとだけ。」

 「フィオ―――!」

 「大丈夫、大丈夫だから。」


 腕を伸ばしぎゅっとクインザを抱きしめる。

 今生の別れとはならないだろう。ここで話してしまうのも容易い。けれどクインザを巻き込めば話が大きくなるだけじゃなく、あの女官は確実に殺されてしまう。だから傷付いたクインザを残し部屋を飛び出した。クインザなら解る筈だ。追ってはいけないという事実だけを掴んで茫然とフィオを見送っているに違いない。


 魔術師棟をかけ抜けようとしたフィオは当然騎士に二人につかまった。


 「ちょっとだけだから見逃してくれない?」

 「そう言われても―――」


 戸惑いながらもきっちり仕事をやり遂げる騎士に舌打ちしたくなる。周囲の視線を気にしながら焦る気持ちを抑え「ねぇこっち」と笑顔で二人の手を引けば、疑問に感じながらも素直に従ってくれた。


 思惑通りに勘違いしてくれる若い騎士で良かった。堅物のガレットならこう上手くはいかないだろうし、年齢を重ねている者が相手では危険性を考慮しかなりの躊躇を覚える。

 

 「あのね―――ごめんなさいね、本当に。」

 「え?」


 上手く笑顔が作れなかったのは仕方ないだろう。何かを感じた二人がフィオの手を振り払う前に魔術を行使すると、ピリッと小さな音が立ち上り二人が地面に崩れ落ちた。


 前にカイルが罠に嵌った類の攻撃だが、十分に集中し準備する時間があったのであれよりも随分威力は抑えてある。健康で体力もある若い二人ならほんの数分で目を覚ましてくれるだろう。異変に気付いて欲しい気持ちもあったが届いてくれるだろうか。


 私服に着替えたフィオが宮廷魔術師と気付く人間はいなかった。いたとしても羨望の眼差しで見送るだけだろう。王城は入るのは難しいが出るのは容易い。城を抜け街を走り指定された場所を目指してひたすら走っていると、フィオを追う様に後ろから馬車が近付き、速度を緩め完全に止まる前に扉が開かれた。


 「乗って。」


 ローブに身を包み頭にはフードをすっぽりと被って身を隠す少年が手を差し出す。癪だが従うしかなく、手すりを掴んで馬車に乗り込み薄暗い車中をぐるりと見渡した。


 「彼女はどこ?」

 「女官は城でお仕事してるに決まってるだろ?」


 なに馬鹿な質問してるのと蔑まれ、かっと頭に血が上る。

 

 「騙したわね?!」


 女官が捕らわれているのでなければ少年に用はない。動き出した馬車から飛び降りようと扉に手をかけた所、肘を引かれ椅子に向かって放り投げられてしまう。


 「次にお姉さんを見たら自害するよう暗示がかかっているから。」


 それなら彼女と顔を合わせる前に魔術師団長に相談すればいいだけの話。次に腰を上げかけたフィオの額を少年が掌で押した。


 「攫ったのがたった三人だけだと本気で思ってるんだったら随分とお目出度いね。」

 「―――何ですって?」


 ガレットが助け出した三人以外にも攫われた娘がいるというのか。少年をじっと見つめると薄暗い車内で碧い瞳が不気味に煌めいた。

 

 「手足を縛ったり傷付けたりしない。だからお姉さんも大人しく僕の言う事だけを聞いて。最後まで約束を守ってくれたら、全員を無傷で解放してあげる。」

 「他にも人質がいる証拠がどこにあるのよ。」

 「信じて貰うしかないね。拒否するなら馬車を降りてくれてもいいよ。餞別として明朝には街の中心に死体を並べてあげる。」


 フィオは口惜しく思いながら揺れる椅子に腰を落ち着けた。にこりと笑って残酷な言葉を並べる少年に寒気が走る。

 確かに他にも犠牲者がいる可能性は高い。彼女らがオークギラに送られる為に捕らえられたかどうかの詳細は不明だが、操られている女官が一人いるのだけは確実だった。


 大人しく従うフィオに少年が満足そうに頷く。二人を乗せた馬車は何の問題もなく検問を終え王都の壁を潜ると真っ直ぐに西を目指していた。


 当然アゼルキナを目指す一行が通った街道は逸れるが、西を目指した時点で何処に連れて行かれるのかは明らかだ。腹が立ち悪態付きたいのを必死の思いで噛み殺すフィオに対し、目の前の少年は極悪非道の誘拐犯である筈なのに、冷たい風が入り込むのも気にせず窓を開け放って車窓の風景を楽しんでいる様子だ。


 「ねぇ、ちょっとあなた。」


 絶対にこちらから口など開くものかと意地を張っていたが、余裕綽々な少年の様子に痺れを切らして言葉をかけてしまう。すると少年はフィオをちらりとも見ないで「うん?」と返事をして来た。


 「あなた生まれは何処よ。ずっと窓を開けたままで寒くないの?」


 オークギラの出身でないにしても姿形は南方の特徴を有している。向こうはこちらに比べると随分温かいらしいので、少しも寒そうなそぶりを見せない少年に疑問を持っていた。少年自身は南方の出身だとは言っていないが、違うとも言っていない。


 「お姉さんは寒いの?」

 「大丈夫だけど……」


 少年は「ふうん」と気のない返事をしてフィオに向き直るとローブの中にある足を組んだ。


 「僕はね、キグナス生まれのキグナス育ち。奴隷商につれて来られた母親とキグナス人の父親との間に生まれた混血だよ。」

 「奴隷―――キグナスに奴隷制度なんてないでしょう?」

 「やだなぁ、これだから綺麗な部分しか知らないお嬢様は嫌いなんだ。表向きはそうだとしても裏では何処の国にだってあるに決まってんだろ。現に奴隷商はアルファーンにも出入りしてんだからさ。」


 裏の見えない部分をさらりと言ってのける少年に反撃できず、フィオは奥歯を噛みしめた。実際にフィオも隠れて人が取引されている事実を耳にした事はあったし、国も取り締まりを強化している。それでもなくならないのは需要があるからだ。買い手は娼館や一部の豪商、そして鑑賞目的で貴族が買い求める例すらある。


 「あなた名前は?」

 「ロイ。」


 答えてくれるとは思っていなかったので少しばかり驚き、同時に少年に対して興味を抱いた。言葉の全てが事実だと信じる気はないが、会話が許されるなら何かしらの情報が得られるだろう。


 「年はいくつ?」

 「十六。お姉さんは?」

 「わたしは十八よ。」 

 「だったらあいつと結婚してやれよ。適齢期だしちょうどいいじゃん。」

 「適齢期って、まだ、もうちょっと先よっ!」


 メリヒアンヌ王女の様に王族なら焦る年齢だが、フィオは宮廷魔術師であっても身分的には庶民同然。結婚は二十過ぎてからで十分だ。


 「それよりあいつって―――エルファスタ殿下、よね?」

 「あー良かった。この程度は想像付くようになったんだ。鳥籠から出てアゼルキナで修行したお陰かな?」

 「年上を馬鹿にするものいいかげんにしなさいよ!」


 はははと声を上げて笑うロイに感情的になったフィオは掴みかかろうと立ち上がったが、ちょうど馬車が大きく揺れたせいで体勢を崩し、ロイの腹部に頭から突っ込んでしまった。

 

 「でもお姉さんより経験値は上だけど?」


 受け止めたロイが指先でフィオの首筋をついとなぞり、フィオは恐ろしい程冷え切った指先に驚いて後ろに飛び退いた。


 「なななな何考えてんのよっ!」

 「お姉さんこそ何考えたのさ。」

 「冷たくてびっくりしただけよっ!!」

 「嘘が下手だね。」


 尊大な態度で見下ろしてくるロイにフィオは耳まで赤くなる。年下の少年に掌の上で転がされているのは確実だ。

 からからと鈴が転がる様な声を鳴らして笑う姿は無邪気で、その様子からは残酷な一面を持つなど到底伺えない。人懐っこく『お姉さん』と呼ぶのも計算の内なのか。容易く人の心に入り込んでしまいそうなロイを前に、フィオは憤慨しながらも心を開いてしまわぬ様、自身に警笛を鳴らし続けた。


 






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