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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
騒動
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その50



 アゼルキナでの訓練により体力には自信が出ていたフィオであったが、初めての経験が肉体的に大きな疲れをもたらしたのだろう。魔術による治療で完治したとはいえ、本気の力で男に殴られるなど初めての経験。慰める様にクインザの背を撫でつけながらフィオは再び眠りの淵に落ちて行った。


 フィオが眠りに落ちるのを感じたクインザは張り巡らせた結界をゆっくりと解いて行く。結界の解除と同時に飛び込んで来ると思われた男は想像に反し、冷静な気配を纏って医務室の扉を開いた。


 「―――彼女の具合は?」


 硬く低い声。ゆっくりと振り返ると大きな体が、眠りについたフィオを抱きしめるクインザを見下ろしていた。


 もっと焦って驚くと思っていたが―――クインザは乗り上げた寝台から体を下ろしながら相手を冷たく見上げる。


 「隊長という立場にあるのなら、医務室のドアに貼りつくよりも他にやる事がいくらでもあるのではありませんか?」


 ガレットはクインザの非難を込めた視線から逃れる様に、眠りについたままのフィオへと視線を移した。


 砦に現れた時にはあまりの神々しい美貌を前に硬直して動けなくなった。敵として戦場で出会っていたなら間違いなくこちらが命を落としている。凍りつく様な視線は微笑みを湛えた表情よりも更に神の領域に達し直視に耐え難く、凝視すれば間違いなく石にされるだろう。


 「怪我を負った部下の状況把握も仕事の内だ。」


 言い訳がましく結界を張り巡らせ侵入を阻んだのはお前だと返すが、視線を合わせるのを避けている分どうにも恰好がつかない。


 「貴方にフィオネンティーナは渡しません。」

 「確かに、置いて帰る方がリシェットの為だろうな。」


 ガレットは素直な思いを口にする。任務中ならまだしも、本来なら関わる予定ではない事件に巻き込まれたのだ。それもガレットの下した命令のせいで、か弱い女の身に暴行まで受けさせてしまった。


 危険な地域である認識は十分に持っていたが、あのまま留まらせる方が更に危険と判断したのだ。しかし結果はどうだ? 逃げたフィオに敵が気付き、廃墟には火が放たれた。主犯格の少年以外の捕縛には成功し被害者を無傷で救い出せはしたが、ガレットが誰よりも大切にしたい存在が大きな被害を被ってしまったのだ。

 あの状況では最善を尽くした。けれど実戦経験のないフィオには危険過ぎる任務と察し、他の案を考えるべきだったのだ。一歩間違えば命に関わる重大事、隊長としてのガレットは部下の命を預かっているのである。


 「解っているのならそうして下さい。」 


 このまま都に残し、アゼルキナへは騎士達だけで戻ればいい。必死になって引き止めても駄目だった。けれど任務任務と口にするフィオなら、どれ程反発しても最終的には上司であるガレットの命令に従うのだろう。


 「だがそれはリシェットの望みではないし、彼女はアゼルキナに籍を置く俺の部下だ。任務を途中放棄させるつもりはない。」


 ガレットとてフィオを残していきたのは山々だった。

 惚れた弱みに手放す口惜しさもあるが、キグナス王弟の同行に気になる面もある。そして何よりも心配なのだ。

 だからといって明日の出立に向け、フィオを置き去りにする理由を潰してしまったのもガレットの判断による物。怪我を負い顔を腫らして意識のない(これはガレットのせい)フィオが最善の治療を受けられるのなら、特権階級にある魔術師を脅しても心は痛まなかった。


 「私のフィオネンティーナをこんな目に合わせておいて、よくもそんな口がきけますね?」

 「守ることが逆に彼女を危険に曝すと身をもって学んだ。こんな状況になった後では遅すぎるが、砦に戻り次第彼女には的確な指導者を推薦するつもりだ。」


 特別な感情を抱く自分の側においていてもフィオの為にならない。守る為に何が必要か大きな犠牲を持って十分に理解したが、やはりガレットにとって女性は守る対象に他ならないのだ。

 頭で理解しても何処かで矛盾が生じるだろう。そうなってフィオを更に落胆させる位なら早々に手放し、遠くから見守る姿勢を貫くのが今のガレットに出来る精一杯の譲歩だった。


 「―――フィオを手放す?」


 訝しげに紫の瞳がガレットを見上げると、捕らわれぬ様気合いを入れた鋭い眼光と重なった。


 ガレットがフィオに特別な感情を持っているのは、夏にアゼルキナを訪問した際に気付いていた。そしてフィオにとってもガレットが特別な存在になり得る事も。ガレットの肩に頭を預け、無防備に眠る光景は今も鮮明に覚えている。


 賭けに負けた去り際に、今度は自分自身の為にアゼルキナへ向かうと決めていた。フィオはクインザの成長を喜んだがそうじゃない。実際にはフィオの側にいたいという欲求を叶える為に口にした言葉だ。フィオを想い愛している。誰よりも大切にしたい存在故にあきらめるなんてできない。なのにフィオが無防備にも心を寄せた相手がフィオを手放すつもりでいる?


 俄かに心がざわつく。

 フィオに寄せられる感情がごく僅かでフィオ自身すら気付いていないものだとしても、光栄にもそれを向けられた相手は絶対に気付いてやるべきなのだ。


 なのにこの男は本当に気付いていないのか? だとしても愛しいものを手放す勇気を持てないクインザには何とも理解しがたい感情だった。どうしたらこんなふうに思えるのだろう。フィオの変化に気付けずにいるガレットを目の当たりにし、やはりフィオを理解できる存在はこの世で自分だけという優越感に、クインザの沈んでいた気分が一気に浮上する。


 この男では駄目だ。やはりフィオには自分が必要なのだと、クインザは表情を一変さえふわりとほほ笑んだ。

 フィオが自立を望みアゼルキナへ戻るならそれでもいい。この程度の男にフィオが夢中になどなる筈がない、有り得ないと思うと嬉しくてたまらなかった。

 

 ちょうどそこへ合図もなしに男が扉を開け入室して来る。

 

 「ガレット隊長、ファマス隊長が呼んでますが―――リシェットはまだ寝てるんですか?」


 寝台のふくらみに視線を移したサイラスが呆れた様子で瞳を瞬かせた。


 「フィオネンティーナは女性であり魔術師だ。貴方がた騎士とは肉体的にも精神的にも作りが違う。」

 「え、ああ。まぁそうだけど―――」


 同じにするな、このまま置いて行っても全然構わない。いっそそうしてくれと穏やかに微笑みながらクインザは、サイラスへと答えながらもガレットへと視線を向けていた。

 

 「行くぞサイラス。それからリシェットの目が覚めたら知らせてくれ。」

 「勿論―――」


 誰が知らせるものかと女神の微笑みを湛えるクインザに、ガレットに続いて部屋を出ようとしていたサイラスが振り返った。


 「隊長はああ言ったけど俺が様子を見に来るから、目が覚めてもリシェットにはここにいて貰ってくれ。」


 ほぼ同じ身長同士、今度は見下ろされる事無く同じ高さで視線が絡む。


 「それは私が信用できないという意味か?」

 「俺は殆ど初対面の奴を信用する程できた人間ではないんでね。」

 「―――了解した。宮廷魔術師たる誇りに懸けて必ず知らせよう。」


 信用が欲しい訳ではないが根が真面目な分、疑われると意地悪が出来なくなる。意地でも知らせに走ってやると強い意志を持てばそれがサイラスにも伝わったらしい。満足そうに頷いてから寝台に横になったままのフィオを一瞥した。


 「それから余計なお世話だろうけど、いい加減解放してやったら。」

 「何―――?」


 不躾な言葉にクインザのこめかみがピクリと反応する。


 「幼馴染が大事なのはわかるけど、彼女を束縛しているってのにいいかげん気付くべきじゃないのか。」 


 自由にしてやるべきだとサイラスの勝手な推察をクインザは鼻で笑って返した。


 「私達の関係を君に理解してもらいたいとは微塵も思っていないし、出来る筈もない。」


 ただでさえ年期が違うのだ。優越感に浸るクインザにサイラスは素直に同意した。


 「ああ出来ないね。けどお前はリシェットを理解できんだろ? お前は知らないだろうけど、彼女はアゼルキナで必死に頑張ってる。ぬるま湯に浸かっていた宮廷魔術師があんな苦境に追いやられながら笑顔で続けられてるってのはリシェット自身の努力だ。それを受け入れられるからって餓鬼の甘えでリシェットを拘束しようってのはちと我儘なんじゃねぇの?」


 宮廷魔術師としての地位、外見、女であること。それらを上手く利用し立ちまわれる能力は特に秀でているのではないだろうか。男だろうが女だろうが実力のない者は容赦なく排除されるアゼルキナで、フィオは嫌われるどころか多くの騎士達に好感をもたれている。ガレットや司令官であるカイルの采配も大きいのかもしれないが、周囲には調子に乗っていると思われる事もなく上手い具合に溶け込んでいた。


 ただの幼馴染ではない。だからこそそれを理解してやって欲しいのだ。余計な御世話と知りつつ、クインザが強硬にでればフィオにそれを撥ね退けるだけの非情さはないだろう。


 サイラスの冗談ではすまない悪戯を思惑があったにせよ『友達に』との言葉で許したフィオと、サイラス自身も仲間であり友人としてアゼルキナでの時間を過ごして行きたいと感じていた。それがフィオの望みなら少しばかりの余計な御世話も許される範囲だと勝手に決め付ける。


 「まぁこいつも出来る事とできない事の区別を解ってないから疎外感を感じるんだろうけど。けして砦に受け入れられていない訳じゃないんだ。異動理由が何であれ、今のリシェットは命令だから仕方なく砦でやっている訳じゃない。誰よりもリシェットを解っている筈のお前が認めてやんなくてどうすんだよ。一緒に居たければお前がアゼルキナに来ればいいじゃないか。」


 アゼルキナを去り際に『楽しかった』と零したクインザの言葉をサイラスも耳に拾っていた。それはフィオがいたからこそ出て来た言葉かもしれないが、アゼルキナはただ辛いばかりの場所ではない。


 「出来るならとっくにそうしている。」


 瞼を伏せ、不貞腐れたように力なく艶めかしい吐息を落とす。宮廷魔術師の異動は有り得ない、フィオの場合が異常な現象だったのだ。


 「頑張れよ、リシェットみたいに。」 


 同じ宮廷魔術師でもクインザとフィオでは種類が違い過ぎる。正直クインザがアゼルキナにやって来たなら騒動が二倍三倍無制限に増え続ける予感は大いにあった。だから何に対して頑張れとはあえて言わない。サイラスがクインザに話しかけたのはフィオの為を考えてであって、宮廷魔術師勧誘ではないのだ。


 フィオに異常な執着を見せる幼馴染は何を思っただろう。良い方向に働けばと願いながら今度こそ医務室を後にしようとしたのだが、次はクインザの方がサイラスを呼びとめた。


 「君もフィオネンティーナに惚れているのか。」


 そう来るかと面倒臭そうに振り返ってみると、意外にも冷静にこちらを窺うクインザと目が合う。

 憂いに揺れる紫の瞳が男であるのに怪しい扉を開かせようと試みている様だった。これが本物の魅了の瞳ではないのかと、サイラスは感情をごまかす様に頭をかきつつ、愛しい彼女の姿を必死に思い描く。


 「そんな目で見ていない。確かに多くに好かれる性格だけどな。まぁその中でも本気なのは一人くらいじゃないか?」

 「一人…だと?」


 不意にクインザの眉間に皺が寄り、辺り一面に不穏な空気が立ちこめ始めた。

 なんだなんだ、いったい今の何がいけなかったんだと、部屋に漂う鋭利な煌めきにうろたえるサイラスに破壊的な美貌が早足で迫る。


 「うわっ、ちょっとまっ、寄るなっ!」


 悲鳴を上げるサイラスに構わずクインザが腕を伸ばして肩を鷲掴みにする。相手は非力な魔術師、痛みはないが迫る美貌が恐ろし過ぎて昇天させられそうだった。


 「この私が命よりも大切にする愛しい存在がたった一人……武軍に優れるという君たちの目は節穴か。フィオネンティーナの魅力に気付けないとは嘆かわしい!」

 「え、なにっ?! お前にとっては良いんじゃないのかっ。それより頼む、頼むから離れて!」


 拒絶しながらもサイラスはクインザを力で押し返す事が出来ない。けして比喩ではない女神の美貌を誇るクインザを力で拒絶するのは神に背く行為、触れる恐ろしさから悲鳴を上げて後退り壁に激突した。

 






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