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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
騒動
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その48

 



 分厚い扉に耳を寄せ外の様子を窺っていたガレットの鼻先を、饐えた油の臭いがかすめた。


 にわかに慌ただしくなった気配と齎された臭いから火が放たれたのだと推察する。じきに地下へもやってくるだろうと気配を殺し待っていると扉が引かれ、松明を手にした男が姿を現した。

 男は扉のすぐ側に立っているガレットに気付き、咄嗟に攻撃を仕掛けようと試みる。しかしその瞬間に男は胸倉を掴まれ、声を上げる間も与えられぬまま地下へと引き込まれていた。


 引き込まれた勢いのまま階段を滑り落ちる男の手から松明と油の入った袋が離れ、重力に従い落下して床に巻き散らかされる。流れ出た油に火が点火されるまでにさほどの時間はかからなかった。


 階段から転げ落ちた男は意識を失った様子はない。焼け死ぬ心配はないと見越したガレットは捕らわれているであろう者の捜索に駆けだした。

 火を放たれたお陰で敵の姿は見当たらないが、捕らえられている者の居場所が掴めない。運良く連れ出されていれば良いと願いながら片っ端に閉じられている扉を開いて行く。廃墟同然の屋敷故に大した数ではなかったが、鍵のかけられていない部屋は予想通りもぬけの殻だ。階を上り鍵のかかった部屋を殴り付け声をかける。「助けて」と悲痛な声にガレットは何処からともなく取り出した針金を使って素早く鍵を開けた。


 中には三人の若い娘が互いに寄り添い、脅えた表情でガレットを見上げていた。匂いから火を放たれた事は解っていても、目の前に現れた男に恐怖を覚え蹲ったまま震えている。


 「アゼルキナ砦所属の騎士だ。被害者はこれだけか?」


 私服のせいで身分を証明する物は何もない。安心させるように三人の前に膝を付くと、最も近い位置に蹲っていた娘がびくりと震えた。


 「他に被害者は?」


 開け放たれた扉から煙が侵入してきており時間はあまりない。娘たちもそれに気付いて中の一人が「わたし達だけです!」と悲鳴を上げる様に叫んだ。


 ガレットが行くぞと声をかけるが、立ち上がったのは声を上げた娘一人。他の二人は腰が抜けて竦み上がってしまっているらしい。立ち上がった娘にしっかりしてと励まされ腕を引かれるが、首を振って無理だと二人して泣き出してしまった。


 ガレットは上着を脱いで気丈に二人を励ます娘にかけてやると、嗚咽を上げる二人を迷いもなく抱え上げる。一人は左肩に、もう一人は右腕に抱えたせいで両腕が塞がれた。ガレットの上着に包まれ少しばかり安心感を抱いた娘について来いと声をかけると、娘の歩調に合わせて走り外を目指した。







 

 *****


 どうしてここにいるんだろう。いったい自分は何の役に立ってる?

 役に立つとかではない。役立たずでもいいから人を危険に曝し、まして死に至らしめる存在ではありたくなかった。何処から間違ったのだろう。魔術師団長の庇護のもと、狭い世界に大人しく引き籠っていれば良かったのか。


 フィオは絶望の淵に立ち、勢いを増す炎に照らされ己の不甲斐なさに、ガレットへの申し訳なさに、何よりも目の当たりにした現実に身を引き裂かれていた。


 そんな悲嘆に暮れるフィオをヴァルは唖然と見下ろしている。


 男勝りとまではいかないが、気が強く我が道を突き進み、女々しい感覚を微塵も持たないフィオが泣いているのだ。その奇跡に驚き暫し目を見張った。そして同時に、これはやばいかもと全身に冷や汗をかく。


 「あのさ、フィオ。」


 フィオの前にしゃがみ込むと、嗚咽を漏らし震える肩にそっと手を置いて顔を覗き込んだ。


 「さっきも何度か耳元で叫んだんだけど、聞こえてなかったろ?」


 ヴァルはちゃんと報告していたんだと後の被害を未然に防ぐ努力を試みながら、怪我を追い涙に濡れうつろな瞳を揺らすフィオに、思わずごくりと唾を飲み込んでしまった。


 不謹慎だが垣間見てしまった涙に濡れるフィオの表情に、男の部分が熱く掻き立てられ、ヴァルは慌ててかぶりを振って我を取り戻そうと必死になる。


 冗談じゃない、フィオに女を見るなんてどうかしている。どうとも感じていない女性に想い慕われ、想う女性には振られ続ける不憫な兄の思い人だぞと、何時もの野蛮な要素を孕んだフィオを必死になって思い浮かべた。

 

 綺麗な顔をしていても大酒飲み。男達に囲まれても照れや媚はまるで見せない高根の花…ではなく!


 「兄貴なら大丈夫。被害者抱えて出て来たから。」

 「何ですってっ?!」

 「うおっ!」


 ヴァルは勢い良く顔を上げたフィオの頭を避け切れず顔面を強打した。運悪く鼻に命中しぽたぽたと赤い滴が流れ落ちたが、我を取り戻したフィオに遠慮なく肩を揺すられ鞭打ちになりそうだ。


 「嘘付いたら殺すっ!」

 「うん、了解。」


 何時ものフィオに戻った。でも何故か悲しいとヴァルは走り去るフィオを見送りながら、鼻を摘んで流れ落ちる血を止めにかかった。




 フィオは何故か鼻から血を流していたヴァルに首を傾げながらも置き去りにして、全体が炎に包まれた廃墟の周囲を走る。闇の中で炎に浮かび上がる人影を見つけ走り寄ると、縄に繋がれた数人の男と助け出された様子の三人の女性。そしててきぱきと指示を出しているガレットの姿を見つけその場に立ち止まった。


 橙色に照らされたガレットは訓練の時に見せるのと同じ厳しい表情をしてはいるが、普段と大して変わらない余裕を感じさせている。炎に巻かれ所々に煤を纏っていたが大した怪我もない様子で指示を出すガレットの姿に、フィオは安堵よりも先に見惚れている自分に気付いた。


 立ち竦むフィオの前で被害者の女性がガレットに歩み寄り、彼女の纏う上着がガレットの物だと気付いたフィオは妙な嫉妬心に駆られ、そんな自分に直ぐ様悪寒を覚えた。


 酷い目に合った彼女に優しくするのは当然なのに、女性がガレットの大き過ぎる上着を着込んでしっかりと前で引き寄せる様子は、同性の目から見ても大いに庇護欲をそそる仕草だ。そして大きなガレットを仰ぎ見て何やら話しかける眼差しには熱が込められ、フィオは自分にない女性らしい一面を見せつけられたように感じて強い劣等感を抱いた。


 男ばかりのアゼルキナに派遣されるにあたり、女性らしさは危険だと感じていた。もともと女らしい性格でもなかったけれど、アゼルキナでは特に注意を払い居場所を求め続けて来た。けれど目の前で繰り広げられる色気を孕んだ光景は、フィオが持つ限りの女らしさを存分に発揮しようとも到底真似できない高度な技だ。真似ようと頑張れば頑張る程滑稽で、どうしたんだと気持ち悪がられるのがオチだろう。


 自分にない物を持っているからだろうか。これまで無い物強請りをした経験などなかったが、どういう訳か羨ましいと感じてならない。宮廷魔術師の地位は一種の特権で羨望を受けるが、そんなものよりも、素直でか弱く誰からも守られるような女性に憧れ、嫉妬してしまう我が身に驚きを抱いた。


 自分の中でいったい何が起こっているのだろう。不可思議な現象に不安を覚えながらも、アゼルキナ砦第六隊の一員としてこんな所で立ちつくしている状況ではない。女々しい感情を拭い去り踏み出そうとした所で、助けた女性と話をしていたガレットが不意にこちらへと視線を移したかと思うと、灰色の目を大きく見開きフィオを凝視した。


 驚きに見開かれた瞳がやがて鋭く怒りを孕んだものへと変わっていく。ガレットは怒りの表情を強くしながらゆっくりと、一足事に地面を強く踏みしめながらフィオへと近付いて来ていた。そんな怒りのオーラを体内から溢れ出すガレットに捕われ、フィオは一歩も動けずその場に立ち尽くす。


 怒りの矛先は自分だ。せっかく与えられた役目もこなせない無能な部下に制裁が下されるのだと、フィオはガレットの怒りに竦み上がっていた。これ程強い怒りを湛えたガレットは初めてで、ガレットの失望を買ってしまう己がどうしようもなく惨めでならないが、逃げ出す勇気は持たない。

 

 目の前に立ち塞がるガレットはまるで鬼神の様だ。寒さの中に有ってさえ煤で汚れた頬に汗が伝い、眼は血走って眉間には底のない皺が刻まれている。伸ばされた太い腕がフィオの両肩を捕らえると、フィオは押さえつけられ地面に埋まる感覚を覚えた。


 「誰が……いったい誰がこんな無体を!」

 「―――え?」


 肩をぎりぎりと押さえつけられ、例えではなく本当に埋まってしまいそうだ。苦痛に顔が歪むフィオの様子に気付いたサイラスが慌てて駆け寄り『隊長!』と声を上げガレットの体を揺するがびくともしない。


 ガレットは困惑するフィオを前に口角を上げ、凶悪としか表現しようのない微笑みを浮かべた。


 「あのクソ餓鬼だな。取り逃がしたというがその辺に潜んでいるに違いない。待っていろリシェット。あいつをとっ捕まえ懺悔させた後には、あらゆる拷問でお前に怪我を負わせた罪を心底後悔させてやるからな。」


 絶望と戸惑い、嫉妬や驚きやらの連続で茫然としていたフィオは、ここでようやっとガレットの言葉の意味を理解する。

 すっかり忘れていたが顔は二度殴られた。思い出したせいで再び痛みだした頬に手をやると酷く腫れている。醜態を曝した羞恥に俯き声が掠れた。


 「えっと…これは、あの少年ではなくて見ず知らずの暴漢に―――」

 「なんだとっ?!!」


 怒号が飛びガレットの眼光が更に強まる。目からは怒りの炎でも発する勢いのガレットだったがしかし―――ガレットは鋭い視線でフィオを射たまま、何故か灰色の目から大粒の涙を零し出したのだ。


 「俺のせいだ―――」


 ぼとりと落とされた呟きで、フィオにはガレットが次に何を言い出すかあらかたの予想がついた。


 「やはりあんな命令を下すべきではなかった。俺のせいで…俺のせいでリシェットが傷物にっ!!」

 「なってませんからっ!」

 

 暴漢といったぞ、怒りのあまり暴漢を強姦とでも勝手に変換してくれたのだろう。冗談じゃないとフィオは反論した。


 「ちょと、ガレット隊長落ち着いてっ!」

 「こんな状況で落ち着いてなどいられるかっ!」

 「ですから誤かっ…ぐぇっ!」


 ガレットは「許せ、いや許すなリシェット」と泣き叫びながらフィオを力のまま抱き竦める。力任せに腕の中に囲われ潰されたフィオは、加減を忘れたガレットの腕の中で意識を失ってしまった。そうして本気で昇天しそうになっていた所をサイラスら騎士達によって救われたのであった。




 






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