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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
騒動
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その45




 どうしてこんな事になってしまったのか。軍部に身を置く者として、偶然にも人身商売組織に潜り込めたのだと喜ぶべきなのかもしれない。が、潜り込めたからといって腕を縛られたフィオにこの先どうこうする力など何処にもなかった。


 少年と男達の足音が消え地下に静けさが舞い戻る。フィオが倒れるガレットに駆け寄り様子を窺うとやはり酷い怪我を負っていた。


 殴る蹴るの暴行に加え、乱暴に扱われ冷たい床に転がされている。このままでは体温の低下を招き死に至るやもしれない。そうでなくても腹を蹴られ内臓を損傷していたりすれば命の危険は更に増すのだ。一刻も早く魔術による治療を受けなければならない大怪我であったらどうしよう。フィオは不安に苛まれながらガレットを助ける案を探し、やはり自分には魔術しかないと縛られた腕を必死に捻り続けながら、ガレットの意識だけでも取り戻せないかと呼びかけた。


 「ガレット隊長!」

 「ああ。」

 「ひぃぃっ?!」


 ガレットが呼びかけに応えると同時に、フィオはガレットの突然開かれた眼に驚いて大きく後ろに飛び退く。


 まるで死人が蘇ったような驚きを見せるフィオに、ガレットは怪訝そうに眉を顰めながらゆっくりと身を起こして周囲を見渡した。


 灰色の眼光は静かだがとても鋭い。頬を腫らして口の端からは血を流し、額も割れて渇いた血がこびり付いているが、痛みに表情が歪む所がとても冷静に感じられた。


 周囲の様子を窺うガレットにフィオは恐る恐る声をかける。 


 「ご無事……だったんですか?」


 意識を失いピクリとも動かず、死んでいるのではないかととても心配し、そして怖かった。けれどその対象が今目の前に座り、なんでもない様子で辺りを窺っているのには流石に驚きしかない。


 「あの程度はなんともない。それよりリシェット、後ろを向いてくれ。」 

 「え、あの―――?」


 驚きから立ち直れないフィオの様子にようやくガレットが気付く。それもそうだろう、さんざん殴られ蹴られて意識を失っていたと思っていた相手が、突然何でもなかったかのようにして置き上がったのだから。

 けれどガレットはアゼルキナ砦の騎士、人質を取られ手出しできなくなった状況を想定しての訓練も十分にこなしてきている。ただ殴られる為に転がっているだけの様に見えても大事な急所はしっかり守っていたし、馬車に揺られる中フィオの呼び掛けに応じず意識を失った振りをしていたのも相手を警戒してだ。視界を閉ざしても頭は冷静に周囲の状況を把握していた。


 しかしガレット達の常識がフィオに刷り込まれているかといえばそうではない。心配してくれたのかと思うと嬉しくて、不謹慎ながらこの様な状況下でも少しばかり気持ちが緩んだ。


 「俺の判断ミスだ、悪かった。」


 表情を緩め詫びるガレットの言葉がフィオの胸に突き刺さる。ぐさぐさと容赦なく抉られる気分になり背中を丸めた。


 「そんな―――わたしが命令に従って警邏隊を呼びに向かっていれば捕らえられたりはしなかった。責任はわたしにあります。」


 ガレットの事だ、フィオがいない方が上手く立ち回れたに違いない。

 俯くフィオを覗き込みかけたガレットだったが、一つ息を吐いて暗い天井を見上げた。


 「どうだろうな。同日に二度も若い娘の誘拐を目撃するなど滅多にない。おかしいと警戒すべきだったんだ。」

 「でもっ…これがサイラスだったら隊長がこんな目に合う事はなかった筈です。わたしが役立たずだから―――」

 「リシェット、それは違う。」


 ガレットは首を振り周囲を気にして声を顰めるように、けれどしっかりとした眼差しで俯いたフィオを見下ろした。その視線にフィオも顔を上げる。


 「確かにお前の言うとおりサイラスなら相手を上手くあしらえただろうし、俺もサイラスが人質にとられた位では手を引きはしなかった。」


 しっかりとした訓練を受け実力のある相手に注意は向けても手を貸す要はない。危険と判断すればその限りではないが、少なくともアゼルキナ砦の騎士なら後ろを取られるなんて失態は犯していなかっただろう。


 「だがそうなっていたらこの場所を知れただろうか? あいつらは明朝ここを去る。そうなると他に捕われている娘達は救えないかもしれない。リシェット、お前がいたからこそ上手い具合に潜り込めたとは思えないか?」

 「そんな―――ガレット隊長は実際に怪我をしているのに、結果論よろしく喜べやしません。」


 他の騎士とガレットがあの場所にいたのだとしたら、男達だけではなく少年も捕らえられただろう。確かにガレットの言うようにも考えられなくはないが、捕らえてから誘拐された娘たちの居場所を吐かせても十分間に合ったのではないだろうか。主犯格らしい異国の少年さえ取り逃がさなければ急いで都を立たれる心配もない。

 それを訴えるフィオにガレットは首を振って否定した。


 「あの男はお前が宮廷魔術師と知ったから出て来たんだ。そうでなければ罠など仕掛けて来ない。」

 

 女装していた少年をガレットは少年と呼ばずに男と認める。一人の大人として認める事で罪を許しはしないとの意思表示とも感じられた。


 「確かに他にも若い娘達が捕らえられている様ですが、みな魔力持ちのようです。でも魔術を使えもしない娘を攫っていったい何をしようとしているんでしょうね。」

 「あの男がオークギラから遣わされているのだとしたら大体の予想はつく。」 

 「オークギラ?」


 南にある小さな王国だが、あの辺りは小国同士の争いが絶えない地域でもある。そんな場所に力のない娘を連れて行ってどうするのかと、フィオは怪訝に感じて眉を顰めた。


 「随分前だがオークギラが魔術師を保有しているとの情報があり、アルファーンからも密偵が出されて調べらたんだが、脅威となる数も力もないと判断された。だが娘ばかりを狙う所を見るとその魔術師は男で、魔術師の繁殖を試みようとしているのかもしれない。」

 「繁殖って、そんな馬鹿な!」


 犬猫じゃあるまいしと悲鳴を上げかけたフィオの口を、ガレットが縛られた腕のまま塞いだ。


 「無い話じゃない。かつてのアルファーンもそうやって魔術師の数を増やしたのだから。」

 「でもっ、でもそれはもう―――!」

 「服従を条件に魔術師団長が戦に立ち廃止させた事項で、王家もその過去を隠しているらしいな。だが何処からか漏れてもおかしな話じゃないし、同族同士の結びつきが血を濃くするというのは誰でも考える。後は実行するかしないかだ。」


 アルファーンでは先王の時代に魔術師団長との間できっちりと取り決めが成され廃止されている。完全な過去にしてしまえる程に昔の話ではないが、優秀な魔術師を排出する為だけに繰り返されて来た近親婚。当人同士も仕方がないとの理由で納得し、けれど非人道的ともいえる無理矢理な扱いに心を壊した魔術師も多かったと聞いた。


 兵器として生まれ、またその兵器となる魔術師を強い魔術師同士で伴侶とし、新たな魔術師を生み出すよう強要されたのだ。アルファーン帝国はそうやって得た魔術師達の力を借りて築き上げられ今の地位を得ており、それを異国が真似しようとしても何らおかしな話ではない。


 けれど大きな魔力は互いに大きな力を持つ両親から受け継がれる力であって、どちらかの力が劣れば劣る方の力が受け継がれてしまう。勿論例外も存在するが砂山から針を見つけるよりも低い確率だ。近親婚により出生率は極端に下がり、無事に生まれても幼くして命を失う子供が多かった。何れ滅び行く魔術師、なら今失っても大して変わらないとの理由で魔術師団長はフィオらに自由を齎したのだ。


 長い歴史の中でアルファーンが得た魔術師の常識は公表されていない。大国が魔術師に対して犯した罪は世間体の良いものではなく、出来る限り隠し通したい事柄でもあった。

 けれどもし本当にオークギラが人の感情を無視して魔術師を生産しようとしているのなら、過去の事実を公表し、魔術師同士の交配で力を得ようとしても無駄であると解らせる必要があるのではないだろうか。そうしなければ大した魔力しか持たない人間が被害に合い続けてしまうかもしれないのだから。だからといってフィオの独断で秘密を明かして良いという訳ではないのだが。


 「ガレット隊長はどうしてその話を?」


 魔術師には疎い筈ではなかったのか。フィオと接するうちに独自で調べたのだとも思いもせず疑問を漏らしたフィオに、ガレットは苦い思いで口の端を上げるだけに留めた。


 「そんな事よりここから出て応援を呼ぶ方が先だ。」


 フィオがどうやってと問う前にガレットが首を上げる。


 「敵に知られぬ様抜け出し、場所を知らせに走れるのはお前だけだ。」

 「え―――?」


 あそこから出られるとガレットが首を向けた先には、明かり取りの為か高い場所に小さな窓が一つ設けられていた。


 「馬車の動きからすると恐らくここは西のパウナ地区。一番近い警邏隊の詰所までもかなりの時間がかかるし、見回りがあるのを考えるととてもじゃないが時間が足りない。だがお前なら雷を使えるだろう? 同じ場所にいくつも落とし続ければ必ず気付く。」


 「でも雷なんて自然現象―――」


 雨が降る様子はなかったが、こんな離れた場所に落ちた雷に誰が気付いてくれるというのか。けれど大丈夫だとガレットは頷いた。


 「少なくともバレロなら必ず気が付く。」

 「クインザが?」


 ほんの一時期アゼルキナに押し掛けて来ただけのクインザの名を口にしたガレットに、フィオはどうしてと目を瞬かせた。交流がある訳でもないクインザなら気付くと何故言いきれるのだろうか。


 「エルファスタ殿下との面会もとうに終えている時刻だ。あのバレロなら真っ先にリシェットの不在に気付いて捜しまわっている筈。お前が俺やヴァルと城を出る様子は多くの人間に目撃されているから、未だに戻らぬお前を迎えに出ていてもおかしくはない。」

 「そうですね、確かに。クインザなら気付いてくれそうだけど―――」

 

 ずっと一緒に育った幼馴染の行動はフィオが一番良く解っている。ガレットの言う様にやっと都に帰ってきたフィオの姿が見えなければ大騒ぎして、周囲を混乱に巻き込みながら捜し回っているに違いない。クインザのフィオに対する執着は常識を逸脱していた。


 確かにそうだと納得しながらも、フィオは不安げに高い位置の窓へ視線を向けた。


 「でもガレット隊長が行く方が良い様に思えます。わたしにあんな高い所は無理です。」


 高い場所だけではない。戦闘能力をはじめ状況判断も何もかもガレットの方が上だ。フィオは魔術こそ使えるが、他の面においては一般市民と何ら変わりない。


 「残るのがリシェットでは気付かれた時に対処できない。」 

 「それをい言うならガレット隊長の方が残ると危険です。」


 ガレットが逃げたのが知れてもフィオならせいぜい殴られる程度だ、宮廷魔術師が必要なら絶対に殺されはしない。しかしガレットがフィオを逃がしたと知れれば間違いなく殺されるだろう。あの少年が言い残したように、他に捕まっている娘達の身にも危険が及んでしまう。


 「こういうのには慣れているから心配するな。それによく見てみろ、俺が潜れる大きさじゃないだろう。」


 確かに明かり取りの窓は子供一人が通れるような大きさでフィオでも難しいかもしれない。体の大きなガレットなど絶対に無理だ。


 「とにかく時間がない。靴裏に刃を仕込んであるからそれでお前の縄を切る。」

 「それじゃあ一緒にここを制圧するってのはどうですか?」

 「お前には無理だ。それに俺一人で動いた方が他の娘たちを救える可能性が高い。」


 はっきり邪魔だと言われ流石のフィオも言葉に詰まった。ガレットの方もフィオの安全を優先したいという感情もあったが、他に捕われている一般市民の安全も優先させなければならない。フィオの言葉通りに手元に置いて行動し守りきる方がガレット自身も安心できるのだが、それでは捕らわれている女性たちの安全を保証しきれなかった。敵に遭遇し不意に魔術を使われたらたちどころに気付かれてしまう。ならば多少危険は伴うがフィオには離れた位置まで移動し、そこから応援を呼んでもらえたほうがずっといい。流石にガレット一人で敵全員を捕縛するのは難しかった。


 促されるまま黙って後ろを向いたフィオの腕に爪先を寄せる。靴底から刃先を押し出し、軟肌を傷付けないよう注意しながら慎重に刃を動かした。

 

 「ファマスに言われて考えたが、やはり俺はお前を女として見てしまう。どうやっても俺たち同様に扱うのは無理だ。しかし俺にはそれが駄目だとはけして思えない。どんなに努力しても魔術師が俺達騎士の様に動くのは無理だが、それは逆にもいえる話だ。個人によって向き不向きもある。そして今、女であるお前の身が何よりも有利に働くのも確かだ。危険な状況に一人で放り出すのには正直抵抗があるが……やれるな?」

 

 マニアだとか言うファマスも下せた妥当な選択。現時点においてこれが最も最良とガレットが判断する人選だ。たとえ力はなくても魔術が使えればフィオの危険は極めて低くなる。敵に気付かれぬ様に離れた場所まで移動できなければ捕らわれた娘たちが危険に曝されるが、その際は身を呈しても守りきる精神は持ち合わせていた。


 この状況下において最良の策。首を横に振らせない勢いで低く確認すると、フィオは躊躇いながらもゆっくりと頷いた。


 「皆の命を預かる勇気はとてもじゃないけど持てません。でもガレット隊長がそう判断を下されるのなら、わたしにもやれるって事ですよね。」


 期待に応えて見せる。自分以外の命もかかっているのだ、認めて貰いたいとかの詩吟なんてどうだっていい。与えられた仕事をきちんとこなさなければならない場面なのだと、フィオを守る事にばかり固執していたガレットからの言葉に唇を噛んだ。不安など感じなくていい、ガレットに従えば絶対に大丈夫と信じて。









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