その43
微笑む女性を前に自己紹介しながらそっと我が胸を見下ろす。
うん、平均。恐ろしい爆乳を前にするとささやかにも感じるが、ちゃんとある事を確認し、フィオもやっと笑顔を返し挨拶を交わす事が出来た。
「わたしはリリ。ガレットとヴァルの母親よ、どうぞ宜しくね。直ぐに主人の美味しい料理を食べさせてあげるからちょっと待ってて。」
嬉しそうにはしゃぎながら厨房へと消えて行くリリの様子から、先程ガレットに飛びかかった姿はまるで想像がつかない。
ガレットの母親だからそこそこの年齢だろうがとても若々しく、三十代後半といわれても信じてしまうだろう。若さを保つ秘訣でもあるんだろうかと考え込んでいると、またもやガレットから「どうぞ」との声がかかり、椅子を引いてフィオが座るのを直立不動で待っていた。その行動にフィオは「え?」と目を見開く。
女だから女だから…ガレットには耳が腐るほど言われ続けた文句だが、だからといってこれまでに椅子を引かれた経験など皆無だ。そういえば先程は扉を開いて待たれてしまったし、ここに来て急に扱いが淑女対象になってやしないかと落ち込まされた。いや、そんな事よりも久し振りの里帰り、厨房へ消えた母親について行き父親に挨拶しなくていいのかとも思ったが、もしかしたら余計な御世話かもしれないと口には出せなかった。
躊躇するフィオの様子に気付いたのか、ガレットは少し困った様に眉を顰め、引いた椅子から離れてテーブルを回り向かいへと腰を下ろそうとする。するとそこへ厨房から戻って来たリリがガレットに飛び蹴りを食らわし、ガレットの大きな体が床に転げ落ちた。
「女の椅子も引かず自分が先に座ろうなんざ男の端くれにもおけない。仮にも騎士だろ? あたしゃあんたをそんな男に育てた覚えはないねっ!」
突然の出来事にフィオが唖然としていると、ガレットが床から起き上がり再度フィオの為に無言で椅子を引き直す。リリの怒りに燃える目が怖くてフィオも素直に従えば、リリは満足そうにうんうんと頷いた。
「礼儀知らずの息子で本当にごめんなさいね。」
「い…いえ―――あの、ガレット隊長とは同じ部隊でして。それで女扱いして欲しくないとわたしの方がお願いしている次第なのです。」
だからガレットのせいではないと頭を低くして訴えると、リリはからからと元気に笑った。
「男の中にいるからこそ淑女扱いされるべきなのよ。でも一緒っていえばアゼルキナ? あそこは何時から女性も勤務するようになったのかしら。フィオネンティーナさん、あなた騎士にしては少し女性らしい線をなさっているけど、ちゃんとやっていけてる? ガレットはあなたを守れているかしら?」
ちょっと待って。ガレットがフィオを女扱いしているのはこの人が原因なのではと腰を下ろしたガレットに目を向けると、申し訳なさそうに無言で一つ頷かれる。
もしかして砦での対応はガレットなりに気を使っている物なのだろうか。少なくともここに来てからのような行動をアゼルキナで取られた記憶はない。
「わたしはちょっと特別で。それに騎士ではなく魔術師としての派遣なんです。」
「魔術師ですって?!」
驚いたリリがフィオを頭から足の先まで確認してから、皿の様に丸くした目をゆっくりと元の大きさへ戻して行った。
「あの魔術師団長がよく許したわね。」
「師団長をご存じなんですか?」
「知り合いじゃないけどあの方は特別有名だから。わたし達の時代は騎士嫌いで有名だったけど今はどうなのかしら。」
「騎士嫌い…お詳しいですね。」
騎士嫌いで有名な訳ではないが、言葉の端々にそれとなく感じてはいた。妙に詳しいリリをじっと見つめていると笑って返される。
「若い頃の魔術師団長は好きになった女性を騎士と取り合って負けたんですって。それ以来騎士がきらいなんだって噂があったのよ。」
若い頃といえばいったい何十年前だ。それが本当なら恨みがましく子供っぽい感じがするが、どうも魔術師団長に上手く当て嵌まってしまいフィオは苦笑いを浮かべた。
「初めて聞きました。機会があれば確かめてみたいですね。」
「魔術師にはべた甘ですものね。わたしなんかが問えば塵に変えられてしまいそうだわ。」
「やっぱりお知り合いなんじゃないですか。」
「違う違う、わたしも元だけど騎士なの。」
「ええっ?!」
女性騎士、だから飛び蹴りなのかと目を見張った。
「もしかしてご主人も?」
「主人は料理人だったの。お互い城勤めだったけど結婚してからここを立ちあげて、わたしも騎士を辞めて食堂の女将に転職したってわけなのよ。」
当時を思い出したのか可愛らしく首を傾けたリリにフィオが頷くと、何時の間にやって来たのかヴァルがすぐ側に立っていた。
「女将ってより用心棒だよな。」
「お黙り。」
「ぐえっ……」
椅子に座っていたリリが無防備なヴァルの腹を殴りつける。
そうか。元騎士だから普通の女に殴られるよりも重い拳になるのだろう。ガレットとヴァルの二人がリリの攻撃をかわさないのも家族ゆえの安心か、避けた後の制裁が怖いからなのか。それとも淑女の拳は無言で受けろと教育でもされているのだろうか。
「女性がいたらまず最初にご挨拶。手取り足とり仕込んでやってるのに、あんたはいつになっても紳士になれないわね。」
「俺は至って紳士よ。それにフィオは俺が誘ったんだから始めましての挨拶なんてしてられないよ、な?」
『な』と振られても。
「ヴァルが魔術師のお嬢さんを連れ歩いていたって噂に上がったけど、それってまさかフィオネンティーナさん? あらやだ、振られたもんだとばかり思っていたけどあらまぁそうだったの?!」
「違いますっ、ヴァルとは飲み仲…お友達なんです!」
慌てるフィオに「あらそうなの、残念ね」と返されほっと胸を撫で下ろす。強引な気配を垣間見せるリリに勘違いされて突っ走られたら逃げられない予感しかしなかった。
ちょうどそこで食欲をそそる香りが漂い、背の高い男性が料理を手に姿を現した。
料理人というからふくよかな姿を想像していたがまるで違う。がっしりとした体格で黒髪に白いものが交じり始めているがとても若々しく、穏やかに細められた灰色の瞳はガレットと同じ色彩だった。
「始めまして、フィオネンティーナ=リシェットです。お邪魔しています。」
立ち上がり挨拶をすれば同時にガレットも立ち上がり、座ったままのヴァルは何故かリリにどつかれている。
「よく来てくれたね、どうぞ座って。私はグリード、宜しく頼むよ。」
両手に持った料理を置きながら穏やかに微笑むと、ガレットに向かって「お帰り」と、久し振りの帰りにも普段通りの様な声かけをし、ガレットも同様に答えた。
食事を作り運んでくれたグリードはすぐに厨房へ姿を消してしまう。『お硬いテレ屋さんなのよ』とリリが補うが、確かにそんな印象を受ける人であった。どうやらガレットは見た目も内面も父親に似たようだ。
早々に引き上げたグリードとは異なり、リリは同じテーブルに椅子を寄せ三人が食事をするのを笑顔で眺めている。ヴァルから向こうに行けよと邪険にされても殴って黙らせる様はやはり元騎士だ。
「リリさんはどうして騎士に?」
こってりに見えるが意外にもあっさりした味付けの肉料理に舌鼓を打ちながら質問すると、何故か大きな溜息を落とされた。
「ほら、わたしって見ての通り背が高いでしょう。そのせいか顔は良いのにちっとももてなかったのよ。だから大きな男が集まる騎士団に入団してみたんだけど、外で見るのとは大違い。実際にはガサツな男ばかりでねぇ。女は少ないから持て囃されはしたけど、長く勤めるにつれ女として見られなくなっちゃって。」
「根がガサツだから女扱いされなかったんだよ。」
「何ですってっ?!」
ヴァルの悪態にリリは直ぐ様攻撃を仕掛ける。殴られるヴァルもいいかげん止めればいいのにと感じるが、この親子はそれはそれで楽しそうだ。
「フィオネンティーナさんも背が高いけど、もてないなんて事ないでしょう?」
余程気にしていたのか、リリはフィオを眺めながら羨ましそうに溜息を落とす。フィオも女性の平均身長を優に超えているが、リリは更に上を行っていた。恐らく男性の平均身長と同じ位ではないだろうか。今では大きな女性もそこそこ見かけるが、リリの若い頃になると本当に珍しかったに違いない。
「もてはしませんけど魔術師という標章がありますからね。それ目当てに寄って来る人はいますよ。」
「それだけの容姿をしておいてそんな筈ないわ。」
謙遜しなくていいのよと笑うリリの声に隠れ、「クインザが追い払ってるんだよ」とヴァルがぼそりと囁いた。
「所で、お前は親元に帰らなくてもよかったのか?」
いつの間にか食事を綺麗に食べ終えたガレットが話に割って入って来る。どうして帰っていないのを知っているのかと疑問に感じたが、顔を合わせずとも行動を把握していたのかと納得した。
「魔術師なら同じく城に勤務しているんじゃないの?」
魔力をもたない人間から魔術師が生まれるのは極めて稀だ。宮廷魔術師となれる能力を持つ魔術師は同じく力のある魔術師から生まれるのが世の中の常識。現実にフィオの母親も宮廷魔術師として城に席を置いているのだったが―――
「父がトブルの炭坑夫で母もそこで暮らしているんです。」
「えっ、お母様は魔術師ではないの?!」
宮廷魔術師が城以外の定住勤務を言い渡されるのはそうある事ではないし、定年はあっても自己都合退職は受け付けられない強制的な職業だ。フィオの事例は極めて異例で、リリが驚くのも頷けた。
「魔術師ですけど十年ほど前に単身赴任はもう嫌だって母が切れて。魔術師団長の計らいで、こっそり外勤という形をとらせて頂いているらしいです。」
「こっそりって、聞いて良かったのかしら?」
「独断ですので一応秘密でしょうけどマニアの方々には知れ渡っている情報ですし、上は見て見ぬ振りなのではないでしょうか。」
難癖つけて魔術師団長の報復に合うのも恐ろしいし、いざという時に収集に応じてくれればいい話だ。トブルもここから半日の距離でそう遠い訳でもない。
「その話し俺は初耳。思い込みってよくないね。他にも城を出ている魔術師っているの?」
「さあどうかしら。ヴァルが調べて何か解ったらわたしにも教えてよ。」
「兄貴はどうやって知ったのさ。野生の感?」
にやにやと意味ありげに微笑むヴァルにガレットは「阿呆」と答えそっぽを向いてしまったが、都に戻るまでの道中マニアが二人も揃っていたのだ。恐らくファマスから情報を仕入れたに違いないとフィオは予想した。
このあとお茶とお菓子まで御馳走になり、夕暮れ時までゆっくりと話を楽しませて貰った。主にリリとフィオが話をし、時にヴァルが突っ込んでリリの制裁を受ける。それをガレットが静かに見守るといった形で、そろそろお暇するべき時間となる。食堂は夜に向けての準備もあるので些か長居し過ぎたと詫びを述べたが、グリードとリリはぜひまた寄ってくれと笑顔で送り出してくれたのだ。
さて来た道を三人肩を並べ立ち止りながら時間をかけて戻るのかと思っていたら、ヴァルが「それじゃあ」と手を振りだした。それをフィオは慌てて引き止める。
「じゃあって何よ、じゃあって。わたしと隊長を二人きりにするつもり?!」
ガレットに聞こえないよう耳元で怒鳴る様に囁くと、ヴァルは人の良さそうな胡散臭いともいえる笑みを浮かべた。
「二人の時間って必要だよ、何か知らないけど兄貴も元気なかったし。それにもし見合いするんだったら、クインザと引き離された今日かと当たりを付けてみたら了解取れたんで安心したよ。んじゃあまたね!」
片手を上げ逃げる様に去って行くヴァルをフィオは捕まえ損ねる。
まったく余計な御世話ばかりするんだからと腹を立てていると、背後から「見合い―――」と呟きが聞こえ。
振り返ると、真っ青に青ざめたガレットがヴァルの消えた方をじっと見つめていた。どうやらそちらの情報は掴み損ねていたようだ。




