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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
面倒がやって来た
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その38

  




 明日には都入りするという頃になり「状況は?」と、ファマスがフィオへ初めて報告を求めて来た。


 エルファスタを探れと命令されてより、人前でファマスから話しかけて来るのはこれが初めてだった。やり方はフィオに任せていたし、いらぬ接触は警戒を招くのが主な理由だろう。

 実はばれてましたよと、フィオが無表情で真っ先に告げたがファマスは驚きもしなかった。予想は付いていたという所か。互いに探り合うのが当たり前の世界のようだ。


 昼食を兼ねた休憩で木陰に落ち着き携帯食をかじる。キグナス王家御一行様も同じ食事だったが、これまでに苦情一つ出ることはなかった。こういう点はちゃんと心得ているのか、何処かの王女様の様にならないでくれるのは正直助かる。


 「それで、何か掴めたか?」


 同じ携帯食をかじりながらファマスが促した。こちらの思惑が知られているからと臆する必要はない。フィオに与えられた情報に役立つ物があればミスなく拾うだけだ。


 「質問には出来る限り答えて下さるそうですよ。ですが代わりに子を産んで欲しいと要求されました。」


 上手い話だな、乗れと言われるだろうか。

 そんな風に考えながら携帯食をかじりファマスを伺うと、いつもは鋭い目と口がまん丸に開かれていた。


 お前程度にキグナスの王族が…とでも言いたげな放心状態。それ程までに自分の見た目が悪いとは思えないが、どうやらファマスのお眼鏡には敵わないらしい。最初に接触して来たのがエルファスタの方だと忘れているんじゃないかと不安になる。


 「あのお方がわたしに興味を持ったのは純粋にわたしが魔術師だからのようで、他に意図は無いそうですよ。子を産めばわたしは帰してくれるそうですし。冗談じゃないと思いましたが、あの方から齎される情報が国にとって一人の魔術師と交換する価値があると判断されるなら、無理に連れ去られる可能性も考慮して、わたしは話に乗り素直に従うべきなのでしょうか。」


 あれ以来エルファスタからの接触もない。その空いた時間がフィオに考える多くの機会を与えた。

 

 アルファーンに生きる騎士ら、特にアゼルキナの騎士たちは命を懸ける覚悟を持って騎士の称号を得ている。しかしフィオにはそれがない。貴重な存在だからという理由一つで宮廷に飼われているが、アゼルキナの魔術師となった今はそれだけでいい筈がなかった。彼らの様に自分を犠牲にする場面に出くわしたらそれを受け入れるのが役目ではないのかと。

 それをファマスも望んでいるのだろうかと、甘いガレットではなく厳しくとも真実の言葉をくれそうなファマスへ問う。


 しかしファマスは目を見開き硬直したままだ。「ファマス隊長?」と問いかけるとやがてファマスの時間が流れだし、幾度か瞬きをしてから頭を掻き毟た。


 「ちょっと待て。誰に子を産めと?」


 ファマスは意味が解らないとでも言いたげに眉間に深い皺を作っている。フィオも眉間を顰めファマスを見上げた。


 「ですから、エルファスタ殿下の血を引く子をわたしに産めと、要求して来たのですが…」

 「まさか呑んだんじゃないだろうなっ?!」


 何を思ったのか、突然ファマスは鬼気迫る勢いでフィオの両肩を掴んで揺さぶった。フィオは突然の事態についていけず、手にしていた携帯食はその手を離れると宙を舞って地面へと落下する。

 

 「ちょっ、ちょっと、ファマス隊長?!」


 力任せにがくがくと揺さぶられ頭部が揺れる。待ったと声をかけるが聞き入れてもらえず、このまま携帯食同様に頭が首から離れ飛んでいくのではないかと恐ろしくなってきた所でようやく揺れが止まった。


 「何やってんだファマスっ!」


 罵声が飛び、回る視界をそちらに向けるとファマスが後ろからガレットに拘束されていた。そして何故かファマスが涙目だ。


 いったいなんだ、泣きたいのはこっちだぞとフィオは目を丸くする。何かファマスの琴線に触れでもしたのだろうか。それにしても行動が異常だったぞと痛む首をさすり無事を確認した。どうやらむち打ちにはなっていないようで一先ずほっとする。

 

 「これは、反対の意と受け取ってよろしいのでしょうか。」

 

 諜報部出身のファマスの事だ、エルファスタの条件を呑めとさらりと言ってのけるかも知れないと予想していただけに、今にも涙を零しそうな様には正直驚かされてしまった。女だからと任された仕事はそういう関係になれと言われたも同然と受け取っていたが、ファマスの態度からするとフィオの読みが間違っていたのかもしれない。


 しかしファマスから零れたのはフィオが予想した答えとは全く違っていた。


 「なんて羨ましい―――」


 ぽつりと呟かれた声にフィオは首を傾げる。


 「羨ましいって、ファマス隊長……?」


 もしかしなくてもエルファスタ殿下がお好みですかとの言葉は発せられなかった。ガレットが項垂れたファマスの拘束を解くと、ファマスはがっくりと両手を地面に付き、それはそれは悔しそうに喉を唸らせ太い指が土を抉る。


 「赤子の状態から側において成長を見守ろうなどと―――流石の俺でもそれは思い付かなかった。くそうなんて事だ、なんて羨ましい要求を―――!」

 「あの…ファマス隊長?」


 怪しい雰囲気を醸し出すファマスにフィオは微妙な視線を向ける。ファマスの呟きに嫌な予感を感じていると突然頭上から声が降ってきた。


 「オーヴ=ファマス、そなたになら私の言葉が偽りでなく至宝の要求であると理解できよう。」


 この場に集う者らが一斉に声の主へ注目する。見上げるといつもと変わらぬ微笑みを湛えたエルファスタが青と銀の瞳でフィオを見詰めていた。


 「至福の要求?」


 ガレットが膝をつきながらどういう事かと小声でファマスに伺う。まさかお前もフィオを狙っていたのかと疑念と驚きの表情を浮かべていた。

 顰められた音を拾いそれに答えたのもまたエルファスタである。


 「我ら魔術師マニアにとっては、誕生より成長を見守れるは至福の喜び。私はアルファーンに戦を仕掛けるつもりなど微塵もない。純粋に己の欲求に従い魔術師ティーナを求めておるだけだとオーヴ=ファマス、そなたになら理解できる筈だ。」


 (魔術師…マニア、ですって?!)


 冗談だろう、本気なのかと流石のフィオも目を丸くし、エルファスタとファマスを交互に見やった。

 何がマニアだ、エルファスタなんて国境を超えているぞ。しかも状況によっては戦を交える相手となり得る間柄ではないか。

 そして何よりも信じられなかったのがファマスだ。彼がフィオに対して一度でも興味がある様な仕草を見せた事があっただろうか。ファマスを魔術師マニアと呼ぶには魔術師に向ける瞳の色が違い過ぎる。


 「魔術師マニアとは…いったい何だ?」

 

 聞き慣れない言葉にガレットが眉を顰め呟いた。その疑問に答えたのはいつの間にか気配もなく側に寄って来ていたサイラスだった。


 「魔術師マニアとは宮廷魔術師を崇拝し、魔術師個人に関わる情報の収集を積極的かつ執拗に行う輩のことです。魔術師至上主義ではありますが特に害をもたらす輩でもありません。しかし行きすぎる者の中には魔術師が接触、もしくは使用した品に異常な執着を見せ、それを収集する異常者一歩手前の者も極一部にですが存在しております。」


 サイラスの情報にガレットは怒りにみるみる赤くなり、フィオは主に後半部分に対して顔色を真っ青に変えた。


 「使用品の収集って貴様いったいどういうつもりだっ?!」

 

 そもそも私情を挟むなとか恰好いい事言いやがってと、ガレットはエルファスタが目の前にいるのも忘れファマスへと吠えてかかった。

 ガレットの怒りに項垂れていたファマスは突然息を吹き返し応戦する。


 「マニアだからと見縊るな。正直リシェットが配属されて狂喜乱舞したが、お前と違って俺自身が彼女の何かに手を触れたり、まして魔術師だからと特別扱いした過去は一度たりともないぞっ。せいぜい彼女に付き纏うお前に気付かれぬ様更に遠くから見守り、時にリシェットの使った食器が洗い場に沈む様を涙を飲んで見送る日々がどれ程辛く、幾度涙を零したかなどお前には理解できまいっ。しかも伝説のクインザ=バレロがやって来た日には泡を吹いてぶっ倒れそうになるのを気力で持ち堪えたんだっ!」


 どうだ俺の雄姿を湛えろと言わんばかりに胸を張るファマスにガレットの拳が飛んだ。


 「誰がそんなもん理解できるかっ!!」


 ガレットの拳がファマスの顎を捕らえそのまま後ろへと吹き飛ぶ。巨体が跳ぶ勢いにフィオが喉の奥で声を上げたが、そんなフィオの女の子らしい一面はエルファスタが上げた感嘆の声によって掻き消された。


 「おお、クインザ=バレロ―――!」


 尚もガレットがファマスに掴みかかるが、エルファスタが難無くその間に身を滑り込ませ、ファマスの胸倉を掴み爛々と瞳を輝かせて覗き込んだ。


 「そなたはあの美しき凶器とも呼ばれるかんばせを間近で鑑賞したのか?!」

 「私如きがとんでもないっ。しかしながら遥か遠くからでもその美しき光が辺りを照らす様を目撃し、同じ空間に存在できる喜びに酔いしれておりました。」


 当時を思い出してかファマスの表情が至福の喜びに染まる。口を切ったのか口角を伝って零れた鮮血と相まって恐ろしかった。しかしそれに構わず溜息を落としてゆっくりと頭を横に振って見せたのがエルファスタだ。


 「嗚呼、羨ましき事。流石に同性では子を願っても叶わぬ。我が血を引かぬ限り国へ留めるには無理が出るのが口惜しい。」


 エルファスタの遠くを馳せる瞳は恍惚に見開かれており、あまりの光景に周囲は唖然としながらこっそりと少しずつ身を引いていく。フィオがちらりとキグナス側の陣営に視線を向けると彼らは何ら動じておらず、エルファスタが常にこの様な状態に陥る人種であると物語っているようだった。




 なんなの、この展開―――フィオは自らを落ち着かせようと幾度となく息を吸っては吐いてを繰り返す。ファマスを怒鳴りつけていたガレットも二人に距離を置き、今はフィオの半歩隣に位置を移していた。


 ファマスがマニアだったというのは意外だったが、彼の進言通り公私混同していたようには感じられない。まぁ諜報部出身のファマスの事だ、並みのマニアより一歩踏み込んだ魔術師情報を持っているのは確実だろうが…使用済みなんたらとかいうコレクションは流石に受け入れられない。ざっと思い起こしてみても持ち物で紛失した品は皆無ゆえにファマスの言葉を信じようと己に言い聞かせる。が―――


 「魔術師マニアがわたしの名を知らない訳がありません!」


 フィオが声を上げると国境も身分も超え、魔術師について熱く語り合っていた二人が同時に振り返った。

 話題はクインザから謎に満ちた魔術師団長の過去へと移っていたがそんなのどうでもいい。突然アルファーンにやって来たキグナスの王弟がフィオにちょっかいをかけて来たのだ。その理由が単なる魔術師マニアで済まされる訳があってなるものかと、絶対に騙されないと意気込みエルファスタを睨みつける。


 先日エルファスタはフィオの名を問いた。魔術師についてあらゆる情報を手にしようと日々画策しているマニアならばフィオの名を知らないなどある筈がないのだ。年齢や出身地に家族構成程度なら完璧に暗唱できるのが彼らの自慢であり誇りだったのではなかったか?! これまで実害がなかったのでマニアについては深く知らないが、好意的な彼らをフィオ自身は憎からず思っている。声をかけて来るマニアにフィオの名を知らない人間など居やしなかった。


 そんなフィオを前にエルファスタはくすりと笑って歩み寄ると、フィオを守る様に側に立つガレットを軽く往なす。そしてフィオが逃げる前に両手をとって顔を寄せた。人との会話にいちいち距離を詰める奴だと身構える。


 「名乗りは生涯に一度きり。そなたの声で紡がれるなら素知らぬ振りも心が躍る。お陰で誰も呼ばぬティーナという愛称を私だけが紡げるのだ。エルとティーナ、まるで恋人同士のようではないか。」


 はははと、何が楽しいのか笑うエルファスタの手をフィオはピシャリと払い除ける。


 不敬が何だ。滑稽すぎる状況にフィオは叫び声をあげて泣きたくなった。








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