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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
面倒がやって来た
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その36




 緊張から解き放たれフィオはふぅと大きな息を吐き出す。それとほぼ同時に閉じられたばかりの扉がせわしなく叩かれ、まさかエルファスタが戻って来たのかとフィオは身を固くした。


 返事を躊躇していると「リシェット?」と硬いながらも聞きなれたサイラスの声が届き、ほっとして返事をすると幾分乱暴に扉が開かれる。


 扉を開くなり焦った表情をしたサイラスが、その場でフィオを頭の先からつま先まで一眺めした。


 「エルファスタ殿下が出て来るのが見えた。大丈夫か?」

 

 フィオが頷くとサイラスは「そうか」と安堵の息を吐き、隊長に話してもいいよなと確認をとって来る。キグナスの王弟がアルファーンの宮廷魔術師と一対一で話をしていたのだ。それを知って無視できるわけがないし報告の義務もある。ただサイラスは隠したい事があるならとフィオに気を使ったのだろう。


 湯上がりのフィオは肌を上気させているうえに薄着で、何処をどう見ても年頃の色香漂う娘だった。エルファスタが何かしらの手を出していてもおかしくない状況がそろっているのだ。実際には湯上りで肌は火照っていても心は冷静で冷え切っていたが、流石にサイラスにはそこまで解らなかった。


 「大丈夫よサイラス。それよりわたしが行くわ。ガレット隊長はどこ?」

 「ファマス隊長の部屋で明日の警備についての話を詰めていると思う。」

 「じゃあもう少し後の方がいいわね。」

 「いや、多分こっちの方が重要だ。」


 その言葉にフィオは詰襟の制服をひっつかんで身に纏い、首から下まできっちりボタンを閉じた。髪が濡れたままだが乾くまで待ってはいられない。それを見届けたサイラスは無言で頷き、ガレットのいる場所までフィオを先導する。ガレットはサイラスの言葉通り、同行する第二隊の隊長であるオーヴ=ファマスの部屋にいた。 


 隊長の両名は椅子に座り顔を突き合わせていた。しかしファマスは濡れ髪姿のフィオを見た途端すっと目を細めると、品定めするかにその全身を見据える。フィオも不躾な視線にいい気持はしなかったが何があったとガレットに問われ、ほんの今し方起きた出来事を掻い摘んで報告した。


 「本当に何もされていないのだろうな?!」


 急に大きな体が迫り、フィオは思わず後ろに仰け反る。詳しく話せばガレットが激情するだろう程度の接触はあったが、まぁあの程度で済んだのだから別に報告する義務もないだろうと口にはしなかった。


 「エルファスタ殿下ご自身が魔術師に深い興味を持たれての行動だと仰られていました。実際にアルファーン程に魔術師が集う国は他に存在しませんし、キグナスでは既に失われた力です。ですが―――」


 青と銀の斑に輝く瞳を思い出しながらフィオは先を続ける。


 「それ程強くはないようですが、エルファスタ殿下ご自身が魅了の術を使える様でした。何があるか知れませんのであの瞳を迂闊に凝視しない方がいいでしょう。」


 魔術に不慣れな人間なら取り込まれる可能性が大きい。それを解って使って来るのだから尚更逃げ難いだろう。

 

 「成程―――予想通りだな。」


 ファマスの言葉に反応したのはフィオだけではない。「何がだ」とガレットは足を一歩引いてファマスに向き直った。


 「通行許可のついでとばかりにリシェットの勧誘に取り掛かったんだろう。無理なら出来うる限りの情報を狙って動くだろうと予想はしていたが、こうも早くに手を打って来るとは思わなかったな。」

 「ファマス―――お前まさか…」


 それに気付いたガレットの眼光が鋭くファマスを捕らえるが、対する彼は恐れもせずに座ったままガレットを下から睨みつけた。


 「私情を挟むなガレット。貴様とてリシェットが女でなければ躊躇なく使う筈だ。」

 「接触させなければ済む話だろうが!」

 「この好機を逃がすつもりか。六隊をあずかる者の言葉とは思えんな。」


 フィオは二人が言い争いを始めた理由が掴めず眉間に皺をよせながら後ろを振り返った。するとサイラスが難しい顔でフィオを一瞥する。どうやらサイラスには話が理解出来ているようで、フィオは言い争う二人に再度視線を向けた。


 「恐れ入りますがファマス隊長。わたしにも解るようにお聞かせ願えませんか?」


 馬鹿だと思われても解らないのだからしょうがない。しかしファマスはフィオの無知を指摘するでもなく願い通りに答えをくれた。


 「司令官はこういう事態を想定してお前を同行させたのさ。」

 「―――事態?」


 よくは解らないが、単なる威嚇のための任務ではなかったのかとフィオは瞳を瞬かせる。

 実際にフィオが同行者に選ばれたのはカイルのまったくの私情だ。我が身の保身を願いこれを良い機会とばかりに利用したに過ぎなかったのだが、魔術師団長による呪いの手紙やらの事情は当事者以外誰も知りえない。優秀な砦の住人らはフィオの同行をカイルの最善な判断だったとして、勝手に好評価へと変換していた。

 カイルとて呪いの手紙の件がなければ面倒を起こしかねないフィオを砦から出しはしなかっただろう。今回の事はカイルが己の保身に走った結果、偶然に功を奏したに過ぎないのだ。


 けれどそんな裏事情は露知らず、エルファスタがフィオに興味を示したのを逆手にとり、アルファーン側もキグナスから有益な情報を聞き出す好機とファマスは判断した。


 魔術師に興味があるなら偽りの情報を流し信用させる。フィオがエルファスタから仕入れる情報は事実と虚偽に選別すればよい。こちらの裏をかかれる危険はあるがやるだけの価値はあった。好機があるなら無駄には終わらせない。現にエルファスタが僅かながらも魅了の術が扱える事実をここにいる誰もが知らなかったのだ。足手纏いだと思われていたフィオがいなければ掴みそこなっていた情報だ。いずれ王都に到着すれば魔術師の誰かが気付いただろうが、それまでにアゼルキナの騎士らが取り込まれてしまう危険もあった。

 

 ファマスもガレット同様フィオの同行には反対だったのだ。正直使えない魔術師も女も邪魔だと感じていたが、カイルの判断に間違いはなかったと改めて実感する。そんなファマスにとっては幸運な事に、彼がカイルの真の思惑を知る機会は一生こない。 


 「リシェット、お前は上手い具合に殿下に取り入れ。やり過ぎは疑いを招くからあくまでも慎重にだ。」

 「馬鹿野郎、彼女は諜報訓練など受けてはいないぞ?!」

 「それが何だ。お前やあのセイ=ラキスを掌で転がしてるあたり十分にやれると俺は思うがな。」


 掌で転がされているのはこちらの方だと苦情を浮かべながらも口にはしなかった。声を荒げるガレットとそれに答えるファマスのやり取りを右から左へ流しつつ、見せかけだけの張りぼて要員からわりと重要任務(?)に何時の間にやら昇格している事態に、沈み切っていたフィオの心が一気に浮上する。


 「わたし、頑張ります!」

 「ああ期待しているぞ。こればかりはいくら訓練を積んでも俺たちには不可能な案件だ。女であり尚且つ魔術師でもあるお前にしか出来ない。」


 役立たずを気にしているのを見抜かれ、上手い具合に口車に乗せられているとも気付かずに俄然やる気を発揮する。止めろと忠告する直属の上司であるガレットの言葉は耳に届かなかった。


 こうなったらさっさと眠って明日に備えよう。睡眠不足では冷静な判断を下せなくなる。あのセクハラ殿下に平常心で挑むには気力と体力、そして忍耐力の勝負になるのは目に見えている。つい頭に来て張り倒しでもした暁には首を差し出して許しを請わねばならないかもしれないのだ。


 フィオは入室して来たときの緊張した面持ちが嘘の様に上機嫌でファマスの部屋を後にする。黙って後ろをついて来るサイラスは難しい表情を浮かべていた。


 誰に言われるまでもなくフィオを部屋まで送り届けたサイラスは、礼を述べたフィオによって閉じられかけた扉に手をついてそれを阻む。


 「本当にやる気かよ?」

 「ええ勿論、やる気満々よ。」


 何か問題でもあるのかと黒い瞳を丸くして見上げるフィオに、サイラスは少し怒って眉間に皺を刻んだ。


 「相手が誰だかちゃんと解ってるのか。お前の方から踏み込むんだ。危険になってもこっちからは助けてやれないんだぞ。」


 本当に解っているのかと怒りの表情を浮かべるサイラスのそれが、フィオを心から心配してのものだというのは直ぐに感じ取れた。


 「女を武器にしろって言われた事くらいちゃんと解ってるわよ。」


 誰が何処で聞いているかもしれないのでフィオは声を顰めた分、サイラスとの距離を縮める。

 先程入浴を済ませ部屋に戻って来た時には、背中を押されるまで背後に誰かが立っている気配など微塵も感じなかったのだ。物陰にキグナスの騎士が立っていたとしてもフィオにはまったく解らない。


 「出来るのかよ、訓練も受けてないくせに。」

 

 女を武器として体を使い、情報を入手する役目を負った諜報部員がいるのは知っている。ファマスも若かりし頃の一時は諜報部に在籍していたとも聞く。彼が望む仕事はフィオが考えるよりも高度で専門的なものかもしれないが、流石にそれを求められても無理な話だ。


 「訓練なんて関係ない。殿下が望んでいるのは魔術師だもの、このままのわたしで行くわ。」


 そもそも先程まで拒絶を示していたフィオが、明日になってしな垂れかかってきたら裏があると宣伝しているのもいい所だ。このままの自分で行く、でないと襤褸が出るに決まっているから。

 そういって口を引き結ぶフィオにサイラスは「まったく…」と深い諦めの溜息を吐いた。


 「わかったよ。じゃあ俺も襤褸が出ないようこのままで行かせてもらうからな。」

 「ありがとうサイラス。心配してくれて本当にありがとね。」


 何としてもガレットに認めて貰える様に頑張るんだと、フィオは初めて巡って来た大事な役目を無駄にしないと心の内で誓いを立てた。








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