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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
幼馴染と彼の不幸
37/79

その24



 一夜が明け水を得た魚の様に生き生きと部下のしごきに精を出す男に、一時は同情したとはいえ石の上に腰を落ち着けたフィオはあくびをかみ殺しながら悪態を吐いた。


 「全く何だったのよっ、あんな奴放っておけばよかったわ!」


 お陰でこっちは一睡もしていない。セイにきつく抱き付かれ早々に体は痺れ凝り固まってしまっていた。寝ぼけて女が好きだと絶叫する様な男に、敵対する自分がどうして胸を貸してやらねばならないのだ。

 眠ったまましくしく泣いて女の名を呼んでいたセイはフィオの胸から場所を変え、昨夜までの事態が嘘のように鍛練場に立ち、逞しくも暑苦しい筋肉を曝す部下の名を大声で叫んでいる。叫ばれた隊員は嬉しそうに無駄に大きな返事をしてしごきに堪えているではないか。


 嬉しそうにって何だ? 第一隊の隊員はセイのもとに望んでやって来た英雄崇拝者が多いらしいが、それにしても何故そんなに嬉しそうに訓練に励んでいるのだろう。

 全く理解できないと今度は大あくびを遠慮なく吐き出した。


 第一隊と同じく第六隊も鍛練場でガレットのしごきに堪えている。ガレットもフィオ同様一睡もしていない筈なのにそんなそぶりも見せず隊員に交じり同じように汗を滴らせている。こちらもフィオには全く理解できない体力を披露してくれていた。


 同じ第六隊の隊員として情けないが、フィオに寝不足で訓練に加われる体力がある筈もなく、倒れでもしたら迷惑をかけるし身の危険も被る。何しろ一番危険な存在を完全回復させたのはフィオ自身なのだ。自分はまったく何をやっているんだろうと溜息まで漏れた。


 遠慮なくガレットの指示で腰を落ち着け見学にいそしむ。そのうち座ったまま眠ってしまうだろうなと思いながら凝り固まった体を伸ばしていると、不意に名を呼ばれ後ろを振り返った。


 「ようっ、久し振りぃ~!」

 

 掌をこちらに向けひらひらと振りながら歩いてくるのは砦の住人ではない。だがここにいる筈のない見知った顔にフィオの眠気は吹っ飛び、驚きと共に立ち上がった。


 「ヴァル?!」


 どうして此処にと漆黒の目を見開き、相手の薄茶色の目を見上げる。

 王都在住の騎士だが仕事で関わりがあった訳ではない。同じ飲み屋の常連でそこで知り合い、飲み仲間として意気投合するうちに頼み事をされ一緒に街を歩いたのが始まりだったのだが―――


 「まさか左遷?!」


 異動の時期ではないのにこんな場所にいるなんて左遷かと驚くフィオに、ヴァルと呼ばれた男は違う違うと笑顔で頭を振った。

 

 「王女様極秘旅行のお付き合い。先触れもないのは流石に不味いってうちの隊長がいうもんだから、俺だけ伝令で先に来たんだ。所でクインザは?」


 フィオの側に必ずいる筈のクインザの姿が見えないときょろきょろするヴァルに、フィオは蒼白になり驚きで次の言葉が出てこず口をパクパクさせた。


 「はははっ、砦の司令官も今のお前と同じ顔してたぞ。」

 

 ヴァルはフィオを指さして笑い転げる。そこへ異変に気付いたガレットが一目散に駆け寄って来た。


 「ヴァル、お前なんでここにいるんだ?!」

 「お、兄貴久し振りだな。」


 怒号を上げるガレットに怯みもせず、薄茶色の目をにこやかに細めると気易く手を上げる。ガレットはそんなヴァルを無視しフィオを自身の後ろに庇い込んだ。


 「何もされてないかリシェット!」

 「兄貴ぃ~久し振りに会う弟に向かってそれはないだろう?」


 堅物の兄と違い世間一般に軽い部類に入る弟のヴァルだが、だからとて見境がない訳でもない。兄の前で女性に声をかけても白い目で見られはするがこんな反応をされたのは初めてで、「おや?」と思い、上げた手で柔らかな茶色の髪をかきあげた。


 「きょっ…兄弟っ?」


 ガレットの背後で声が上がり、ヴァルは兄の大きな背に隠され見えなくなってしまったフィオを体を傾け覗き込んだ。


 「そうだよ。もしかして兄貴の隊?」


 フィオはこくりと頷きながら改めて二人を見比べる。


 黒髪に灰色の瞳のガレットに対してヴァルは茶色の髪に薄い茶色の瞳。背はガレットの方が拳一つ程度大きい。二人とも騎士であり鍛えているので立派な体つきをしているが、顔は兄弟と言われれば似ている様な気がする程度だ。


 「ホントに?」

 「ホントに。それより俺の話聞いてる? あの王女さまがクインザを追ってアゼルキナにやって来るんだよ?」

 「そっ…そうそれっ。何かの冗談じゃないでしょうねっ?!」


 あの綺麗モノ好きな我儘王女がわざわざこんな辺鄙の地にやってくるなんて、とてもじゃないが信じられない。


 「冗談で済めば良かったけどね。表向きは見聞を広める為とかで重要な場所であるアゼルキナへ視察に来られるんだ。」

 「実の所はクインザを追って来た―――って訳ね。」


 馬鹿じゃないのかとフィオは呆れたように溜息を落とす。あの王女が大層な理由までこしらえやって来る程クインザに執着しているのだ。


 「クインザが砦を出てから十日以上経つわよ。」


 フィオの言葉に今度はヴァルが驚きの声を上げた。


 「えっ、まじで? 司令官はそんなこと言ってなかったけど本当に? それじゃあ今頃は王都に到着してる頃じゃないか。何処で擦れ違ったんだろう…ってか…上手く避けられた?」


 とっくの昔に王都へ立った幼馴染は上手い具合に王女一行をかわしたようだ。


 「うわぁマジかよ。王女様信じて下さるかな…無理だろうなぁ―――」


 参ったなと悩みながらもヴァルは笑顔だ。気難しい堅物とのあまりの違いに、フィオはガレットを見上げ再度確認してみる。

 真面目一徹な灰色の目がちらりとフィオを見やるとヴァルに戻された。


 「王女に納得して帰ってもらえば?」

 「離れて警護に当たる俺らの身にもなってよ。聞く耳持つと思う? それにフィオだって顔合わせたくないだろ?」

 「そりゃ嫌に決まってるでしょ。でもいい機会だし、思いっきり無駄足踏ませてやってもいいんじゃない?」

 

 どうやら身の危険が付きまとう旅ですら腕の立つ護衛を蔑ろにし、役に立たない見目麗しいお気に入りの近衛達を引き連れているらしい。身を危険に曝しても己を貫く様は称賛に値するが、その理由が何処までもつまらないものなので馬鹿にする思いしか溢れてこない。


 結局ヴァルは「どうするかなぁ~」とぼやきながら、取り合えず上司に報告すべく着いて早々急いで砦を去って行った。













 *****


 極秘旅行?

 視察?

 意味解ってるのかと真面目に問い正したくなるほど豪勢な一行がアゼルキナ砦に到着した。


 馬車にはかろうじて王家の紋章は刻まれていないが、明らかに高貴な人物が乗っていると解る六頭立ての立派な造りの代物だった。

 周囲を固めるのは王女お気に入りの顔だけ近衛。王都からの道程は安全な道ばかりではない。これでは襲ってくれと言っている様なものだと、役に立たない顔だけ近衛に代わりヴァルの在籍する隊がどれ程の苦労をしたのかフィオにも一目で理解できた。

 その後ろに続いた馬車からは王女付きの侍女であろう六人の娘たちが姿を現した。


 国境偵察に出ている以外のアゼルキナ砦住人総出でメリヒアンヌ王女をお迎えする。不本意ながら当然フィオも交じっていた。


 豪華絢爛たる馬車の中から王女お気に入りの近衛二人が先に降り立つ。本来王女を守るべき近衛が馬車に同乗してどうするんだと突っ込みたくなるが、観賞用なのだと思って誰も何も言わない。

 確かに近衛らは目の保養になる程美しい容姿をしているが、クインザに比べるとさほどでもなかった。そのうちの一人が手を差し出すと、小さな白い手がそれに重ねられる。


 中から出てきたのは金髪碧眼で煌びやかな衣装に身を包んだ、何処にでもいそうな普通の容姿の娘。

 それでも細身で小さく可愛らしい印象を受けるが、青い瞳も小さな吊り目で、色白ではあるが濃いめの化粧が全く似合っていない。全体的に言うと身長の割に頭部が大きく、その中心にある鼻は少し上向きで意地悪そうに見えた。

 まぁ実際そうなのだが…

 ただ体が小さいお陰で実年齢よりも少しばかり幼く見えるのは女性にとっては嬉しい長所だ。

 

 王女が選ぶ同性の取り巻きの中にあれば目立ちはしないのだろうが、今の彼女を取り巻くのは見目麗しい近衛たち。そのせいで平凡な王女が悪く見えてならないのがあまりにも残念で可哀想になってしまう。



 砦の住人らの失礼な感想など露知らず、青い目を細めたメリヒアンヌは、跪き王女を迎える砦の騎士らを見渡すとふさふさの羽毛が付いた扇を顔の前に広げ、「むさ苦しい男ばかりね」と顔を顰めた。


 囁くでもなく堂々と落とされた声は後列で膝を付くフィオの耳にも届く。

 どうやら砦の精鋭たちの中には王女のお眼鏡にかなう美貌の主は存在しなかったようで…正直有り難いが隣国の戦力を削ぐ最初の要で働く男達を馬鹿にした発言に、これでは王への忠誠心まで揺らいでしまうのではないかと不安になる。どうやらメリヒアンヌには王族としての誇りや品格は皆無の様だと改めて感じた。


 跪いていたカイルが立ち上がって一歩前に出ると改めて首を垂れる。カイルの大きと威圧感に驚いたメリヒアンヌは息を飲んで一歩後ず去り、隣に立つ近衛の袖に腕を絡めた。


 「アゼルキナの司令官を任せられております、カイル=オーランドに御座います。メリヒアンヌ王女におかれましては都よりご足労頂き、砦の住人一同心よりお礼申し上げます。」

 「そ…そう。」


 メリヒアンヌは近衛から手を離すと扇で顔の半分を隠したまま、青い眼に弧を描かせる。


 「異例の訪問です、光栄に思い感謝なさい。所で―――魔術師のクインザ=バレロは何処にいるのです?」


 あまりにも明け透け過ぎる物言いに流石のカイルも驚き一瞬言葉を失った。


 自分は王女で特別な存在、本来ならこんな汚らしい辺境の地に足を運ぶ予定は一生なかったのよと言われた様なものだ。しかも堂々と正直に。表立っての訪問理由はさらりと終了、見当たらないクインザを目で探す王女にカイルは正直に答えた。


 「かの魔術師は既に砦を去っております。」


 しかし王女は馬鹿にしたようにふんと鼻で笑い、細めた目を後方で跪くフィオへと向けてくる。

 

 「戯言はおよしなさい。それが事実ならクインザは真っ先にわたくしのもとへ馳せ参じる筈。あそこにいる汚らしい女がわたくしに嫉妬し、怪しげな術を使って彼を捕らえているに違いありません。」

 

 クインザとは恋仲だと胸を張り堂々と言ってのけるメリヒアンヌに、カイルを筆頭として首を垂れる砦の騎士らは唖然と王女へ視線を向けた。


 クインザがフィオにベタ惚れであるのを彼らは己の目で見て知っている。それをどこをどう捻じ曲げたのか、さも当然とばかりに公言する王女に思いっきり突っ込んでやりたいが…出来る筈もなく。


 痛い…あまりにも痛すぎる。

 誰もが関わりを持ちたくないとの思いから更に深く首を垂れた。


 恐らくヴァルを通してクインザがいない事実を耳にしているに違いない。だが王女はそれを偽りと解釈したのだ。

  

 「お前達、王女であるわたくしを欺けばどうなるか解っているのでしょうね。もう一度だけ命じます。クインザ=バレロを出しなさい。」


 「恐れながら―――」

 「隠し立てすると容赦は致しません。」

 

 聞く耳持たない王女にカイルは顔を上げかけたが再び首を垂れる。その背中が面倒臭いと強く語っているのを砦の住人なら誰にでも読む事が出来た。


 「お疑いならば―――そちらの近衛にでも砦を探索させては如何でしょう?」


 もう勝手にやってくれと馬鹿らしくなったカイルは顔を上げ、何処の舞踏会に出席するのかと厭味を込めて問いたくなるほど、騎士の正装にじゃらじゃらした飾りを付けた目立つ近衛らを睨んだ。

 睨まれた近衛らは磨き上げたブーツが汚れるとでも思ったのか、誰もが「えっ?!」と嫌そうに顔を顰めるではないか。


 「そうね。ではお前達、砦中をくまなく捜していらっしゃい。」


 王女が命じたのは近衛ではなく六人の侍女たちだ。


 「わっ…わたくし達で御座いますか?!」

 「他に誰がいるというの。こんなむさ苦しい場所に長居は無用です。ほらお前達、さっさと行きなさい。」

 

 命じられた侍女たちはドレスの裾を気にしながら砦内へおずおずと足を向ける。侍女ではあるが、王女の側に仕えるだけあって良家の出身。主の命令であっても男ばかりの城へ足を踏み入れるには覚悟がいった。


 司令官から言い出した事だ、遠慮なしに砦をうろつく。が、恐れをなした六人は全員で固まって行動するので時間ばかりが無駄に過ぎる。砦で一夜を過ごす気など全くない王女は焦りを覚え、お気に入りの近衛一人を残して他の者も散策にあたらせた。


 その間王女は馬車に篭り残った近衛と二人で寛ぎタイムらしい。出迎えた騎士らはその場を放り出す訳にもいかず、ただじっと黙って成り行きを観察するしかなかった。




 数時間後―――当然クインザを発見出来ずに戻って来た侍女らは憔悴しきり、近衛らも白いハンカチで口元を押さえ疲れ果てている様子。

 とてもじゃないがこんな場所うろつけないと汚い物を見る目に、フィオは馴染めている己が女としてどうなのかといささか疑問に思った。


 侍女らの報告に腹を立てた王女は手にした扇を真っ二つに折り捨て、怒りの形相でフィオに向かってやってくる。ぎょっとして逃げ出そうとしたら「馬鹿な真似はやめろ」とサイラスに肩を押さえられた。


 視察と銘打っておきながら堂々とクインザだけを捜しにかかった王女に呆れるが、どんなに嫌でも王女は王女。セイとは異なりメリヒアンヌは己に流れる王家の血を主張しているのだ。ここで逃げては砦にも咎が及びかねない。こんな馬鹿げた名ばかりの視察に多くの者が迷惑を被っているのも知っている。きっかけは王女がクインザに懸想したことだが、砦を絡める原因を作ったのはフィオにもあった。


 だからサイラスに諭され大人しくしなくてはと素直に膝をついていたのだが―――


 「どうやら体で男を従えているようね、本当に汚らわし女狐だこと。」


 汚物を見るように顔を顰め、ああいやだわと青い目がフィオを蔑む。それから跪いたままの一同をゆっくりと見渡した。


 「お前達の中にクインザの居所を知っている者はいるかしら? 正直に話すなら褒美として侍女の一人を自由にしてかまわなくてよ?」

 「ひっ…姫さまっ?!」


 六人の侍女らはまたもや悲鳴を上げた。まさか自分らの身が勝手に差し出されるとは予想もしていなかっただろう。なにせ見た目は王女に劣りはするが、れっきとした貴族の子女である。王女の我儘で身売りされていい身分でもない。


 しかし砦の騎士らは王女の言葉につられるように顔を上げると、遠慮もなしに侍女らを見聞しだしたではないか。王女の戯れにしろ侍女一人を自由にできるチャンスがあるのだ、棒に振るには惜しい話である。

 だがその者らの目が輝いたのも僅かな時間だけ。侍女らを品定めした後フィオへ視線を向けると、各自が損得を考え巡らす。

 クインザの居所は誰もが知っていた。既に砦にはなく王都に向かったのだ。事実は一つ、それを信じない王女が悪い。それをここで主張して王女が信じなければ、あの程度の女を手に入れようとした自分は余程女に飢えていると思われるに違いない。実際にそうだとしても見栄がある。せめてフィオ並みに見た目の良い女が並んでいるならいいのだが…それ故最初に手を上げる勇気を持ったものは存在しなかった。


 「こんな女一人じゃ満足しきれていないでしょうに、誰か手を上げる者はいないの?!」


 苛つく王女の前に一人の男が立ち上がる。真面目で堅物な上司、第六隊隊長ガレットだ。

 ふっと勝ち誇った笑みを浮かべた王女だったが、ガレットの言葉は彼女の望む答えではなかった。


 「我が隊を愚弄するのはやめて頂きたい。」 

 「何ですって?」


 言葉で辱められたのはフィオだ。何時もなら立ち上がり抗議の声を上げていたであろうフィオは、砦の仲間を巻き込みたくない一心で黙って右から左に聞き流す努力をしていた。それなのに堅物で真面目な筈のガレットが王女に向かって抗議の声を上げたのだ。さすがのフィオも不味いんじゃないのかとカイルへ視線を向けると、にんまりと口角を上げ無言の声援を送っているのが窺い知れた。

 

 いいの?

 いいならわたしがやらせて頂きますよとフィオはカイルの心を探ろうとするが、この場は既にガレットの舞台だった。


 「恐れながら我ら一同は命を賭して砦の任務に付いており、それは女の身である彼女も同様です。帝国の砦を守る騎士、魔術師を貶め戦意喪失させるおつもりであるなら、いくら殿下であらせられようと黙って見過ごすわけにはまいりません。」


 女だからと守り甘やかしておきながらも戦力としてみなしてくれているのか? 何時になく低いガレットの声に冗談や正義感で異議を唱えている訳でないと知り、特別扱いしながらも蚊帳の外ではなかった事実にフィオは胸の内がじんと熱くなるのを感じた。


 しかし身の内を熱くするフィオに反し、メリヒアンヌ王女の周囲はブリザードが吹き荒れる。


 「お前―――自分が誰に何を言っているのか理解しているのでしょうね?」

 「相応の罰を受ける覚悟は出来ております。しかしながら一定の人物を根拠もなしに辱め、砦の規律を乱しかねない言葉を聞き流す訳には参りません。」


 ガレットの研ぎ澄まされた灰色の眼光が怒りに満ちたメリヒアンヌの青い瞳とぶつかり合う。白を黒と言えばそれが罷り通る世界に身を置くメリヒアンヌにとって、これ程強く意を唱えられたのは初めての経験だった。


 「お前など―――」


 「王に進言し騎士団から追い出してやる」と言いかけたメリヒアンヌの言葉は、静けさに打って入った掌を叩き合わせる音に阻まれた。


 全ての視線が王女の言葉を遮った男―――セイに注がれる。


 「視察だか男を追って来たのだかはどうでもいいけど、お姫さま。口論を続けるつもりならこの汚らしい砦に一泊するってので宜しいので? それならそれでこちらにも準備ってものが必要になります。町までお帰りなら急がれるが賢明ですよ。何しろあの馬車じゃあ半日以上かかるでしょうからね。」


 「それが何だというの。半日だろうがまる一日だろうが、王女であるわたくしが男ばかりの汚らわしい場所に留まる訳がありません。」


 「それなら尚の事お急ぎを。今すぐ出立したとしても町に着く頃には陽はとっぷりと暮れているでしょう。お姫様は身分をひけらかす派手な馬車で王都から砦まで乗り付けた。これまで無事だったのは奇跡としか言いようがない。しかしこれからの移動が夜道となれば、派手な馬車に引き付けられた野盗の類が出てもおかしくないと言っているのです。ここから町までの道のりはとても長いですよ?」 


 役立たずの顔だけ近衛らに出来るのは王女の機嫌取りだけだ。真の護衛は離れた場所で任につかされ彼らの苦労が伺える。すぐそばで守れるならいい、しかし護衛対象から離れた位置で失敗も許されない任務のなんと面倒な事か。

 まるで身分をひけらかす様に豪華で煌びやかな馬車。町から砦への道に野盗の類は珍しいが、これでは道中襲ってくれと宣伝して回っているのと同じだ。これまで襲われていないのなら町までの長い夜道は極めて危険になる。


 さっさと帰れと匂わせるだけのセイにしては温い厭味だ。だが王女の興味はガレットから逸がれたらしい。顔だけ護衛の力量を理解はしているのか、遠く離れた場所にいる筈の真の護衛を確認するようにきょろきょろと辺りを見回した。


 やがて悔しそうに唇をかんでいた王女はにっこりとほほ笑み、侍女らが腰を抜かす命令を下した。


 「お前達の中から四人はここに残ってクインザを捜索なさい。人選は任せるわ。」

 「そっ、そんな姫さまっ!!」


 六人の侍女らから悲鳴が上がる。とりわけ彼女らの中でも身分が低い娘の悲鳴は大きかった。だがそんなの王女の知った事ではない。人選は任せるわと涼しい顔で彼女らを地獄に落として行く。


 「それからリシェット、お前はわたくしが連れ帰る事にします。大勢の男を手玉に取る悪女と解っていたならお前の異動を王に進言したりはしなかったわ。」


 クインザが残っているかもしれない場所にフィオを置いてきたくない、それが本当の理由だとの事は容易く想像できる言葉だった。













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