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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
幼馴染と彼の不幸
36/79

その23




 クインザが去って十日程。天敵でもあるセイは体調不良なのか、見る度に目の下のクマを深くしやつれてい行く様子。お陰でフィオの日常は穏やかで、楽しい訓練に挑み汗まみれの日々だ。


 そんなある日。


 「お前に荷物が届いてる。」

 「荷物?」

 

 訓練を終え自室に篭りガレットが運んでくれた湯で体を拭っていると、サイラスが扉の向こうから声をかけてきた。


 身支度を整え扉を開けると手ぶらで上機嫌なサイラスが立っている。サイラスは先日の演習で勝利し、特別休暇を得て以来上機嫌だ。

 ちなみに獲得した特別休暇は、王都に住まう彼女に会う時間を伸ばしたいがために貯蓄中である。


 「荷物は?」

 「凄いのが来てるぞ。」


 ただでさえ上機嫌が続いているのに、更ににこにこしたサイラスに眉を顰めつつ、フィオは手招きされるままついて行った。



 夕闇迫る宿舎の外には一頭立ての荷馬車がフィオを待っていた。

 荷台には一般的な物より少しばかり小さめの樽が一つ、赤いリボンを巻かれて鎮座している。樽の上には深紅の薔薇の花束が綺麗に包装された状態で乗せられていた。


 フィオを認めると御者台に座っていた小太りの男が駆け寄ってくる。砦にやって来る御者にしては少々身なりが良い。


 「フィオネンティーナ=リシェット様ですね?」

 「はぁ、そうですが?」

 「セイ=ラキス様よりの贈り物にございます。」

 「―――えっ?!」


 不吉な予感を感じ声を上げたフィオだったが、返事を聞いた男は構わず受け取りにサインをと白く分厚い紙を差し出してきた。

 上質な紙には何やら紋章らしき透かしが刻まれている。


 「例の戦利品じゃないのか?」

 

 サイラスに耳打ちされて「あっ」とフィオは声を上げた。


 「受け取れないわっ!」

 「「え―――っ?!」」


 サインを求めた男とサイラスが同時に抗議の声を上げるが、受け取れないものは受け取れない。何しろフィオは戦線離脱したセイに勝てたとは思っていなかったからだ。


 「ここまで運ぶのにどれ程大変な思いをしたか―――それに既にお代も頂いております!」

 「そうだぞリシェット。こんな高級品を荷台に担いで夜道を戻って、賊にでも襲われたらどうするんだ。」

 「その通りです。この樽は王家にも献上される最上級のマルム酒。庶民には一生かかっても口にできない代物なんですよ!」


 だから是非とも受け取ってくれと男は懇願した。


 マルム酒と名を打つだけで高級酒であるには間違いない。さらに王家に献上となるとその中でもずば抜けた良品だろう。良く見れば樽にも数字や印章が押されそれだけで高級感を醸し出している。


 もの凄く、ものすごぉ~く、後ろ髪惹かれるが、樽の上に鎮座する深紅の薔薇も怪しすぎる。こんなもの諸手を上げて喜んで受け取った暁には何が待っているか解ったもんじゃない。


 樽を乗せて夜道を帰れないと半泣きになる男と、お裾分けにあずかろうと決めている男。それを拒否する女。

 やがて三人は騒ぎを聞き付け集まった連中に取り囲まれた。





 *****


 そしてその様子を遠くから伺う男が一人。

 灰色の目を細め静かにたたずむガレットがその目に捕らえるのは、真っ赤な顔をして『冗談じゃない』と樽の受け取りを拒否するフィオだった。


 最近気付いたのだが、あんな風に声を上げ楽しそう(?)にじゃれ合う二人を見ていると、羨ましいという気持ちと嫉妬心が湧きあがってくる。

 二人が互いに特別な感情を抱いていないと知っていても、歳も離れた自分ではとても入り込めないと複雑な想いがガレットの心に渦巻いていた。


 己の気持ちに気付いたのはつい最近、フィオに口移しで無理矢理に酒を飲ませられた頃からだろうか。


 それがフィオだからなのか、対象とする人間がたった一人しか存在しないからなのかは解らない。大勢の女が一同に砦に赴任して来たとして、その中からフィオを見つけ出し同じ想いを抱くのかと問われては返答に困る所だ。

 だがそれでも今までとは違った想いを抱いているのは事実だった。


 演習に出た日の夜、何の緊張感ももたないフィオはやがて睡魔に襲われ船を漕ぎだした。

 がくんと頭が落ちては目覚め、立て直したかと思うと直ぐに瞼を落として船を漕ぎだす。ガレットはフィオとの距離を縮めると、上下に揺れるフィオの頭を己の腕に沿わせた。


 これが騎士なら厳しくもなれただろうが、部下として存在しているそんな彼女に『愛しい』と感じ、守ってやらねばと思う感情が恋であると実感した。同時に部下でありか弱い彼女にそんな想いを抱く自分が不埒だとも思う。フィオに下心を持って近付く輩を排除しておきながら、なのにこんな自分がこれ程近くに居るのだ。


 悩んでいた所に気配を感じそちらに視線を向ける。

 草を掻き分け出てきたのはサイラスだった。


 「あっ…と、すいません。」

 「お前が気に病む様な事は何もない、逃げるな。」


 フィオがガレットに体を預け眠っている光景を目の当たりにしたサイラスが、現れた早々去ろうとするのを引きとめた。

 正直、いてくれた方が助かる。

 良いのかと迷いつつ腰を下ろしたサイラスから報告を受けると、半数の隊員が戦線離脱させられたと聞かされさすがに驚いた。明日からまた鍛え直しだ。


 「リシェットを囮にしますか?」との問いに否と首を振るとサイラスからほっとした様な表情が漏れる。

 彼女に夜這いをかけた集団の一人であり、後ろめたさから面倒を見ているだけかと思っていたがどうやら違うようだ。彼女がわざと彼らを招き入れ、最終的には司令官を犠牲にした思惑に気付いているのだろうか。

 知っていて面倒を見ているのならいいが、そうでないならサイラスも彼女に惹かれているのだろうか。それにしては結界を張り、幻影を見せる魔術師の様な視線を此方へは向けてこない。


 明け方近くになり、サイラスはフィオが目覚める前に腰を上げ別行動をとった。サイラスがいてくれて本当に助かったと、体重を預けられた腕に視線を向ける。閉じられた瞼から伸びる長いまつ毛がとても印象的で、静かに眠る彼女はまるで人形の様だとガレットは思った。

 

 










 *****


 結局押し切られる形で受け取りにサインしたフィオは、食堂に運ばれた樽に肘を乗せ頬杖を付いている。反対の指で樽をトントンと叩きながら、薔薇の花束に入っていた一枚のカードを開くと、それはそれは嫌そうに顔を顰めた。


 愛しいあなたへ―――セイ=ラキス 


 記された文に脱力する。

 酒の贈り物であれば誰からでも受け取れるつもりだったが、相手が相手なだけに不気味でしょうがなかった。


 受け取ってしまったからには礼を言わねばなるまい。だがしかし―――自分で要求しておいてなんだが、受け取るにはあまりにも後ろめたい代物だ。これがセイを地面に平伏させ、勝利で得た商品でないのはフィオ自身が確信しているだけに、何とか理由を付けて返却できないものかと思案していると影が差した。


 「思ったより早く着いたな。」

 

 なんだこれはと花を持ち上げた送り主は、真っ青な青い瞳の下に深いクマを刻み、気だるげに椅子に腰を下ろした。


 「頂く理由がないわ。」


 カードを差し出すとセイは躊躇せずに受け取りさらりと読み上げる。


 「愛しいあなたへ―――? セイ=ラキス? 何だこれは…ああキセルの奴だな。」


 いらん気を回しやがったなと呟いてカードを花束に差し込むと、フィオに向かって投げるように押し付けた。 


 「そのうち枯れる、遠慮するな。」

 「遠慮するなって、さすがにこんな高級酒いただけないわ。」


 花の話ではなくて樽の方だと主張するフィオを、セイは疲れ切りやつれた顔で見上げる。疑問で眉が歪んでいた。


 「お前が要求したんじゃないか。」

 「勝ったら、ね。勝ってない。あなたが勝手に負けを宣言しただけよ。」

 

 セイは肘を付き暫くフィオをじっと見つめていたが、やがて大きな溜息を落としてそのままテーブルに身を沈める。


 「ちょ…ちょっと大丈夫、あなた最近おかしくない?」


 絡まれずに平和なのは万々歳だが、嫌いな男であっても目の前で弱り切った姿を曝されては無視する訳にもいかなかった。


 「食事は取ったのか?」

 「えっ、食べたけど―――」

 「じゃあこの樽開けるから付き合え。」

 「何でわたしが!」


 疑問に眉を顰めたフィオにセイは顔を上げた。 


 「受け取らないのなら一緒に飲めばいい。それに最近眠れなくてな。一杯くらい付き合っても罰はあたらないだろう。」

 

 なんだこの弱り切った男は―――?


 いつもの厭味はなく疲れ切った男に何か余程の事態が起きたのだろう。そう思ったフィオは「それじゃあ何かつまめそうなもの貰って来るから」といったんその場を離れた。ろくに食事もとってない様子が伺えたからだ。


 遠くから此方の様子を伺っている男達の中にタースとハイドの姿を見つけると、フィオはそちらへ足を向けた。

    

 「あれ何?」


 一隊の隊長としてどうなのかと目くばせすると、二人は同時に首を横に振る。


 「俺達もよく解らない。病気じゃないと言い張るし司令官に相談するかと思っていた所なんだが、可能であればリシェットから何か聞き出してもらえないか。」

 「あれじゃあどう見たって病気でしょ。」


 様子を伺うとセイは眉間を指で押さえ辛そうに俯いていた。こんな状態で飲酒など何を考えているのだか。


 フィオは胃に良さそうな品物を見繕うとセイの前に杯と一緒に差し出した。

 眠れていないなら少し酔わせて眠らせればいい。それ程難しい事じゃないと隣の席に腰を下ろす。


 「極上のマルム酒よ、調子のいい時に飲むものだわ。」

 「意識を失うほど飲んで眠らないと体がもたない。」

 「そこまで飲まなくても眠れるわよ。それよりほら、先にお腹に入れなきゃ後が辛いわ。」

 「悪夢さえ取り去られるなら不治の病でも歓迎するよ。」

 「悪夢って―――捨てた女の人にでも呪われてるんじゃないの?」

 「俺から捨てた女はいない。」


 ああそうですかと手元のマルム酒を一口含んだ瞬間、フィオの世界は薔薇色に染まった。


 「うそ、なにこれっ…滅茶苦茶美味しい―――」


 感嘆の声を上げ更に口に含む。

 最初に辛みが舌先を痺れさせるが、やがてほんのり甘く同時に爽やかな香りが口内に広がる。強い酒であるのにそれを全く感じさせない。


 美酒に浸り酔いしれていると、フィオの前に「ダンっ」と音を立て空の杯が叩き付けられる。一気にあおったセイがおかわりを要求していた。


 「そんな勿体ない飲み方―――」

 「この酒なら意識を失える気がする。」


 他は試して無駄だったと頭を抱えるセイに、フィオも頭を抱えたくなった。













 *****


 何でこうなった―――?


 フィオは自分にしがみついて泣くセイの頭頂部を見下ろしながら、同じような行動を見せる幼馴染を思い出す。

 幼馴染なら頭を撫でて慰めてやれるし、蹴飛ばして激励してやったりもできるのだが…こいつの場合はどうするのが最善の策なのだろうか?


 


 味に似合わず驚くほど強い酒をあおるセイは、フィオがタースに頼まれた何かを聞き出す間もなく瞬く間に撃沈した。


 眠ったか―――


 フィオは少し離れた場所で様子を伺っていたタースとハイドの二人に、駄目だったと首を振って結果を訴える。すると二人は気落ちした様子でこちらに歩み寄って来た。


 二人がフィオの目の前に腰を下ろした瞬間だ。

 眠っていたセイが急に身を起して隣に座るフィオを捕らえる。

 驚いたのはフィオと目の前の二人だ。抗うフィオと引き離しにかかる騎士二人の力をものともせずセイはフィオに追い縋ったまま絶叫した。


 「俺が好きなのは女だっ!」


 一瞬、フィオもタースもハイドも、そして様子を伺っていた食堂に集う面々も言葉を失う。


 そんなの誰もが知っているんですけど―――?


 絶叫の後、しくしくと涙を流し何やらぶつぶつと呟いている。女性の名が耳を掠め、やはり呪われてるんじゃないかとフィオは溜息を落とした。


 やがてフィオをきつく抱きしめたまますやすやと寝息を立て始めたセイに、どうしたものかとやり場のない両手を添える。

 恐る恐る頬をつついてみるが反応はない。思い切り揺すってみよとした所で眠れていないとの言葉を思い出し留まった。

  

 「取り合えず引き離したいんだけど?」

 

 タースとハイドが慎重に、やがては多少強引にセイをフィオから引き離そうとするが指の一本すら動かす事が叶わない。


 「いっそこのまま朝までいてくれないか?」

 「冗談じゃないわ、あきらめないで何とかしてよっ!」


 食堂に集う男らも手を貸し引き離そうとするが、やればやる程きつく抱きつきフィオの胸に顔を埋めるセイに、本当は起きているんじゃないかと疑った。試しに小さな雷を流し込んでみたが全く反応がない。


 結局最後には数人がかりで椅子から下ろされると、集められた枕に体を預け、セイに抱き付かれたままという妙な体勢で食堂の床で一晩過ごす羽目に陥った。




 そして翌朝。

 セイはこの世のものではない美貌を湛える男に陶酔し、あんな事やこんな事をやらかす夢にうなされる事無く久し振りの快眠を得て、すがすがしい気分で目覚めた。


 爽やかな目覚めを堪能したセイは、やがて己の周囲にある異様な光景に目を見張る。


 そこには目の下にクマを作り半眼開いて此方を睨みつけるフィオと、二人に付き合い食堂の床で眠ったタースとハイド。それからフィオを心配し途中から加わったサイラスに、何故かガレットまでもが自分を取り囲むように床に腰を下ろしていたのだ。

 タースとハイド、そしてサイラスは眠っていたが、フィオとガレットは一睡も出来ていない。


 「お前らなにやってんの?」


 悪夢から解放されたセイはすっきりした表情で首を傾げ、跳んできたガレットの拳をするりと身軽に笑顔で避けた。










読んで下さりありがとうございます。

次の更新まで少し時間が空きます。

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